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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第八十八話 ヴァチェスタとアルベスタ

 目が覚めると、我はどこか薄暗い場所に居た。一瞬夢かと思ったが、どうやら違う。我は毒による意識の混濁や気絶等では夢を見ないのだ。原理は知らぬが、経験に基づく事実である。

 我は暗い場所で胡座を組んで俯いており、どうしてか両手は後ろにあった。目を覚ました我は、状況を理解するために立ち上がろうとした――のだが、体が動かない。両手も、両足も……果てには尻尾でさえ、何かに縛られている。感覚からして鉄の鎖ではないが、だからといって安堵は出来ない。更に、口の中に何かがあった。(くつわ)のような物を噛まされているらしい。


 我は暗がりで己の足を見た。我の足には薄い布のようなものが巻き付いており、胡座を組んだ姿勢から動けない。おそらく後ろで組まされた両腕も同じだろう。紐では無いので結び目が判らず、判ったとて足が組まれていては動けない。

 一応力を込めてはみたが、微塵も動く気配はなかった。


 尻尾に関しては……恐らく紐で雁字搦めにした後に、紐の先を壁に繋いでいるのだろう。僅かに動かすことは出来たが、何かに掴まれているようだ。


 我は冷静に分析しながら、視線を上げた。まず始めに見えたのは、真っ黒な格子。続けて揺れる松明の炎と、格子の隣に立つ二人の騎士。片方は重装備で、もう片方は動きやすさを重視した装いをしており、どちらとも帯刀をしていた。


「……」


 ……どう考えても、牢屋である。それも、独房に近い。牢の広さは長椅子二つ分ほどしか無く、ろくな灯りもない。両手両足、尻尾の自由を奪われ、声を発することさえ出来ない。


 この有り様を神々が見れば、爆笑の後に辺りを転げ回るだろう。どうかそのまま窒息か舌を噛み千切って死んでもらいたい所である。

 我は魔王である。金色の魔王だ。その我が、こんな屈辱的な姿を晒している。全くもって許しがたい上、赫怒かくどの念が絶えない。


 ――だが、予想の範疇である。予想通りであり、最悪の選択肢を踏んだわけではない。目を覚ませば絞首台や断頭台にあって、何度も死刑を試している最中、という訳ではないのだ。

 我は未だに息を続けている。傷一つなく、拘留という選択を取られている。


 この状況がいかに屈辱的かはさておいて、なんとか我の演算した予定に戻れたことは間違いない。恐らくではあるが、ここは王城の地下だろう。何故ならば、先程から全くといっていいほど物音が無いからである。

 どの国にも監獄はあれど、ここまで静寂に溢れてはいまい。最早松明の燃える音さえ聞こえてくる程だ。


 魔王を城に入れるとは無用心だと思ったが、かといってそこらの監獄に入れるよりは、騎士団の居る王城に押し込むのが一番安全だろう。

 それはとにかく、我は王城に入ったのである。アルベスタに来て最初に来た場所が独房というのはかなり微妙だが、仕方あるまい。


 我は周りの状況を確認すると、静かに瞳を閉じた。音に集中しているのだ。


「…………」


 何も聞こえぬ。流石に遮音はしているらしい。我は内心でため息を吐いて、そのまま目を瞑り続けた。何をするでもなく、ただ目を閉じている。悔しいが、今の我に出来ることは瞬きと呼吸のみだ。声を張ろうとこの騎士たちは身動みじろぎ一つしないだろう。そういった雰囲気がある。ヴァストラの子供っぽさが珍しいだけで、騎士とは本来こんな物だ。


 ……さて、しばらく我は暇である。次に動きがあるのは、我の処刑か拷問が決まったときか、もしくはエリーズがきちんとした説明を為した時である。といっても、国はエリーズという衝撃に呻いてしまうだろうから、我のことなど後回しになるかもしれぬ。

 付け加えて、エリーズの説明が完璧に為されたとて、我が解放されるとは限らない。なんといっても、魔族である。その上で魔王と名乗り、尚且つ王女を連れた怪しい男だ。出される方がおかしいとも言える。


 だが、我はそれを承知で魔王と名乗った。別に、魔王と告げる必要は無かったのである。ただの冒険者だ、だとか、何処かの王だとか言えば……そうだな、西か南の王としてエリーズを送り届けに来た、と言えば丸く収まったのかも知れぬ。

 我は気品に溢れた出で立ちをしており、付け加えて何かを腹に含んでいるとヴァストラに思われていた。


 我が王族ということを奴は信じていただろうし、仮に我がそう告げたのならば……そうだな、拘束はされるだろうが、穏便に城まで歩くことになったのかもしれぬ。


 だが、それでは後が不味い。我は嘘は許されぬ状況で、西の王だと嘘をつくことになる。付け加えて、我が人間ではないことが露呈した場合、北の王、並びに周囲の人間に対する信頼は欠片ほども無くなってしまう。

 交渉や弁明の席において、『こやつは嘘をついているかもしれぬ』という印象を相手に与えることは、間違いなく最悪の一手だ。何より、話が拗れてしまう。


 バストロス相手に吐いたあれは嘘というより話のすりかえであるが、殆どがバレていたらしい。もし魔王などと口にしていれば即座に打ち首であっただろうから結果的に良しとするが……今回はどうなるだろうか。


 今回我は、堂々と魔王の二文字を放ってしまった。包み隠さずに真実を話してしまったのである。この国の王は、魔王であるアイン様と文通をしている。ならば魔王の二文字に驚きはするものの、受け入れるかもしれぬ。顔を見たいと言うかもしれぬ。普通の王ならば決して、重ねて絶対にありえない話ではあるが……そもそも、魔王と文通をすること自体がありえないのだ。

 この国の王は、恐らく好奇心が旺盛なのだと我は予想していた。

 馬鹿正直に言葉を放てば、向かい合って語る言葉にも真実味が宿るはずである。


 ……というのが我の計画というか、考えである。どう転ぶかはさっぱりであるし、嫌な言葉ではあるが天に任せることになる。まあ、こうして拘束されるのは、砂ゴブリン、バストロスと続けて三度目であるし、多少耐性がある。不満ではあるが、耐えられない訳ではない。

 ……ただ、我には一つだけ気掛かりな点があった。リサである。リサは一体どうなったのだ。恐らく、この場所には居ない。気配で大体判る。


 我が眠りに落ちる寸前、リサが騎士に捕らえられるのを音だけで聞いていたが……そこから先はさっぱりである。死んではいないだろうが、ではどうなったかと問われればさっぱりとしか答えられない。

 本当にどうなったのだ。


 我が眠りに落ちてから起きた出来事が非常に気になるが、知る術はない。我はしばらく考えたが、結局どれもが妄想の産物である。別の事を考えることにした。

 ヴァストラの剣についてである。奴の剣は、見た目には十字架のようだった。雪さえ濁っていると思われる白さの刃と、異常に大きいつばがあった。鍔には金色の装飾がしてあり、なんとも言えぬ神聖さがある。


 大きさで言えば通常の直剣に比べて多少大きい程度だが、見た目で言えば聖剣の一つと呼ばれても納得がいく一振りであった。もし仮に、ヴァストラが我を全力で斬ったとしたらどうなるだろうか。


 ……まあ、出来て表皮を一、二枚切るくらいだろう。それでも間違いなく人間目線では化物なのだが、我はそれを越す化物だ。砂漠の亡霊のように、人間を遥かに逸脱した存在でなければ、我に死の予感を滾らせることは出来ぬ。

 ただ、あの剣は肌に触れて厄介な一振りだと思った。亡霊の大剣のように、我を斬ってもへし折れたりひび割れたりはしないだろう。


 もしかしたら、精霊の加護を受けるか、矮人(ドワーフ)に打たせたのかもしれぬ。剣士が我の固さを知るように、我も剣の鋭さを悟っている。もし剣の主がヴァストラではなく亡霊であったら……うむ、本格的に最悪であるな。

 我が受けた飛びかかりの一撃で、臓物を切り裂いて我を確かに殺すだろう。


 そもそも、亡霊は中々に化物じみた強さをしている。ヴァストラと相対して思い出したが、ヴァストラに近い実力の者が三人集まって、道具や魔道具を活用し、なおかつ我が居て負ける所だったのだ。なんとも出鱈目である。


 我は改めてミルドラーゼでの生活を思い返したり、本を読むことで覚えた単語を反芻したりして時間を過ごした。暇というか、退屈であるし……何よりこの体勢はかなりきつい。体を動かしてもどうにもならぬし、変に騎士の警戒を受けては困るのだ。


 ……そんな事を思いながら三時間ほどが経過して……当然我はきつい体勢のままだった。眠っていた時間が分からぬが、取りあえずかなりの時間、ここに拘束をされている。下手をすれば、外は夜になっているかもしれぬな。

 呑気な事を考えてはいるが、やはり体が痛い。節々に負荷が掛かっている。


 これは丸一日拘束される形だろうか、と内心でため息を吐いていると――何か物音が聞こえた。薄暗く寂蒔じゃくまくを保ったこの場所に、音が響いたのだ。それは低く唸るような物音で、ともすれば重い扉を開ける音にも聞こえた。

 それから三人分の足音が遠くからひしひしと続いて……そうして、我の前に立ち止まった。


 我を見張っていた騎士の二人が素早く敬礼をする音が聞こえて、続けて「御苦労」とヴァストラの声が聞こえた。まあ、我を迎えるのならば当然ヴァストラだろうな、と分かってはいたが、どことなく気まずい。


 いつも甲板ではヴァストラのなんとも言えぬ視線を受けていたので、殊更顔を上げ辛かった。が、眠った振りを続ける訳にもいかない。我は努めてゆっくりと、伏せていた顔を上げた。

 上げた視界には三人の騎士が居て、我をじっと見ていた。三人は兜を着けていたので、どれがヴァストラか一瞬分からなかったが、腰に差した剣を見てヴァストラを見つけた。


 兜の奥の瞳が我を見下ろして、低くこう言った。


「謁見だ。来い」


 冷たく、最低限の声だった。とてもではないが、乾杯しませんか、だのと言ってきた奴には思えぬ。だが、その声には何処と無く不満の色が滲んでいた。我はヴァストラの冷たさよりも、その言葉に驚いた。処刑だの拷問ではなく、謁見である。王が直々に、我に会いたいと言っているようなものだ。


 恐らくエリーズの説明が神憑かみがかりり的に成功したのだろう。そうでなければ、魔王と宣った我が謁見など出来るわけがない。我の危険性を剣から伝って理解しただろうヴァストラにとっては、当然不服に違いない。きっと奴は、我の危険性について強く訴えたに違いない。

 だが、我は実際こうして捕らえられている。簡単に捕まった。どれだけ筆舌に尽くそうと、その事実は変えられまい。


 恐らく王は、我に対してさほど危険だという印象を持っていない。なおかつエリーズの言葉を信じ、我に興味を示している。完璧だ。こうなれば我の独壇場である。

 我はヴァストラに見えぬよう内心でほくそ笑みながら、ヴァストラの言葉を待った。


 ヴァストラは兜の奥でため息を吐いて、腰元から鍵を取り出した。お前が持っていたのか、と警備の厳重さに舌を巻いていると、ヴァストラが牢を開けた。開いた牢に、二人の騎士が入ってくる。牢はさして広くないので、大柄な人間が三人居ればぎゅうぎゅうである。

 ヴァストラの横で控えていた騎士は、我の足を拘束する布を器用に解き、続けて尻尾の拘束を解いた。ずっときつく組まれていた足と尻尾が自由になって、なんとも清々しい。そして、騎士によって口の轡が取り外されて、我はようやく言語を取り戻した。


 続けて腕の拘束を解いてくれるものかと思っていたが、騎士は無言で牢を出た。我は驚き、咳払いと共に口を開いた。


「……おい、腕はどうした」


「外すわけがないだろう。身体検査はしたが、お前は仮にも魔族だ。何をするかは分からない」


 やはりそうか。流石にそこまで甘くはないようである。とはいえ、両腕が自由になろうが我に出来ることはさほどない。尻尾だけが動かせても、出来ることは少ないのだ。

 ため息を吐きながら、我はゆっくりと立ち上がった。先程からずっと見下されていて気分が良くなかったのである。立ち上がれば我の目線はヴァストラよりほんの少しだけ高く、ヴァストラは我を見上げる形になる。


 我を見上げるヴァストラが、くぐもった声で言った。


「……一応言っておくが、魔法は使えないからな。まあ、使えたとしても、謁見の間には宮廷魔術師が揃い踏みだ。魔力を練った瞬間に首が飛ぶ」


「残念ながらそうはいかぬだろうな。我の首はそうそうやわくない。お前は知っているだろう」


「……」


 しかし、宮廷魔術師か。この世界に来て、我は殆ど魔法と触れていない。縁がないというのもあるが、これまでは竜眼によって常に見ることが出来ていた魔力の流れが見えない。その上魔力が欠片ほども無く、魔法を扱えなかった。結果として魔法を見たのはクルーガーとアーカムの二人のものだけであったし、若干の緊張が我の中にある。久し振りの魔術師を見ることになるが、魔力の流れが一切見えんのだ。途中で何かをされても全く気付く事が出来ない。


 我が口に出したように死にはしないが、面倒なのは確かである。我の言葉を聞いたヴァストラは黙り込んで、そしてこう返した。


「……どうだろうな。やってみなければ分からないだろう」


「強がりは止めておけ。魔王である我を殺すことは神にさえあたわぬ。そこらの人の子が用意に手を出せる首ではないのだ」


 腕を拘束されたままの我は、しばらくヴァストラと睨み合った。……睨み合ったというのは語弊があるな。我はただ単に早くしてくれと催促の目を送り、ヴァストラは剣呑な目で我を見ていた。だが、騎士という役職の都合上、勝手な行動は出来ぬのだろう。目に宿る感情を内に伏せて、ヴァストラはゆっくりと我に背を向けた。


「……着いてこい」


「言われずとも着いていく」


 ヴァストラは我の言葉をさらりと流して我に背中を向けた。銀色の鎧の背中には傷一つ無く、それがヴァストラの精神を体現しているかのように思われた。ヴァストラがゆっくりと歩みを進め、我がその後を歩く。どうしてか靴さえ奪われてしまったので、我は裸足である。灰色の床を歩く度にペタペタと音が鳴った。

 服装は良いが、裸足は王の前に出るにあたって平気なのかと思ったが、正直我にはどうしようもない。


 ヴァストラを追う我の背中を、二人の騎士がさらに追っていた。騎士達にはぴりりとひりつく気配があって、すこしでも余計な動作を見せれば背中を十字に斬られるだろうな、と我は思った。

 だが、そんな素振りをするつもりは微塵もない。我はただ粛々と、銀色の背中を追った。


 地下牢の出口は急な階段になっており、扉には二重の鍵がかかっていた。まず鉄の扉に鍵があって、続いて木の扉に鍵があったのだ。これは脱走出来そうもない、と我は内心で思いつつ、ようやく色のない地下牢から外へ踏み出した。

 地下牢に続く廊下には赤い絨毯が敷かれており、白い壁面には目を凝らさねば分からぬほど小さく、雪の結晶が彫られていた。


 我はヴァストラに続いて城の中を歩いた。アルベスタの王城は赤と白を貴重として、派手すぎず、地味すぎない様相をしていた。壁には時折絵画を飾り、赤い絨毯はそのままで、金細工の魔力灯が檸檬色の光を放っていた。

 場内は人気が無く、されども何か空気に違和感があった。どこか慌ただしいような、目まぐるしいような……人が居ないというのに、どうしてかそんな空気だった。


 ヴァストラの辿る廊下は段々と広くなっていき、それに比例してざわめく空気もはっきりとしていく。歩きに歩いて、そうしてようやく我は謁見の間へとたどり着いた。

 目の前に白磁の大扉があり、奥から小さくざわめきが聞こえる。結局ここまで人には会わなかったが、恐らくその殆どがここに居るのでは無いだろうか。


 我がそう予想していると、扉を前にしたヴァストラがこちらに振り返った。


「……お前。くれぐれも粗相はするなよ」


「生憎我は王族なものでな。粗相には縁が無い」


「……そういう所だ」


 ヴァストラはため息を吐いて、とにかく喋るな、と機嫌悪そうに言った。続けてヴァストラは、扉につけられた輪っかのようなもので扉を三度叩いた。その瞬間、扉の向こう側から音が消える。同時に、さぁっ、と不気味なまでの静寂が現れた。

 その静寂を撃ち抜くように、ヴァストラが声を張った。


「アルベスタ騎士団団長、ヴァストラ・ジークレストでございます。国王様の令にいて……魔王、ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトを、間違いなく連れて参りました!」


 ヴァストラの言葉で、殺されてしまったように静寂が満ちる。その静寂を堂々と切り裂いて、一人の男の声が響いた。


「うむ! 入れ!」


 男の声は四十代程度のもので、多少年による深みというのがあった。だが、その言葉遣いと調子は非常に若々しく、我の脳裏には歯を見せて笑う王の姿があった。

 エリーズの父親で国王というのだから、もう少し厳格なものだと予想していたのだが……なんというか、似ている。固まる我を差し置いて、ゆっくりと扉が開いていった。


 開いた扉の奥は明るく、非常に広々としていた。金色の装飾が左右に為された絨毯が真っ直ぐ前に続き、見上げるほど高い天井には絢爛なシャンデリアがあった。左右の壁は曇りガラスになっており、そこから覗く景色は予想通り夜の闇である。玉座までの長い道のりに沿うように、騎士や文官や武官、魔法使いに執事など、様々な人間が並んでいた。そしてその全員が食い入るように我を見て、唖然と固まっている。


 部屋の天井には何やら丁重な彫り込みがあり、雪の結晶の一部が剣になったような紋章――恐らくアルベスタを意味するものだろう――があった。

 多くの人が並び、謁見の間にふさわしい豪華さを持つこの場の奥に……二つの玉座がある。それは金と銀をあっさりとあしらって作られた王と王妃の為の玉座であり、そこには二人の人間が座していた。


 一人は、落ち着いた雰囲気で丁寧に玉座へ座る黒髪の女。そしてもう一人は、にぃっ、と楽しそうな笑顔を浮かべる白髪の男だった。二人とも頭には華美な王冠を被っており、王は真っ赤なマントを羽織っていた。対して王妃は白い毛皮のマントを羽織っており、長い黒髪と対比して、えもいわれぬ気品を醸し出していた。

 両者共に年齢は三十を遠く越しているだろう。下手をすれば四十半ばという齢に達しているかもしれぬ。だというのに、その見た目には耄碌もうろくの色など欠片もなかった。


 王妃の黒い瞳には冴えた知性の色があり、王の蒼い瞳には轟々と渦を巻く好奇心の色があった。王の肉体は高級そうな衣服の上からでも分かるほど隆々としており、背丈も我に近いかそれ以上のように思われた。


 そんな王と王妃の隣に控えるように――四人の人間が居た。四人は一人を除いて黒髪黒目の女で、頭にちんまりとしたティアラというやつを着けている。


 一人はエリーズよりも背が高く、大人びた顔の女で、まるでエリーズを数年成長させたような見た目をしていた。白いドレスのよく似合う女の隣には、固い顔のエリーズが居た。頭にはティアラがあり、空色のドレスを着ている。我を見る目にはハラハラとした緊張の色があるが、美しく整えられたその見た目はまさしく王女の風格があった。


 そんなエリーズの隣……というより若干後ろに――どうしてか青白い顔のリサが居た。服装は整えられており、ティアラこそ無いものの、どうしてか王女に混じって立ち尽くしていた。顔は極度の緊張で青白くなっており、我を見る目には助けを求める色がある。正直我が助けて欲しいくらいだが、その様を見ていると実に哀れである。


 そんな二人の更に隣に、一人の少女が居た。少女もまた、エリーズによく似た顔立ちで、黒髪黒目の少女である。少女は桃色のドレスを可愛らしく着こなして、ニコニコと笑っていた。頭の上にはちょこんとティアラが乗っており、王女というより姫といった見た目である。


 最初の女、エリーズ、少女と並ぶと、まるでエリーズが少女から大人になるまでの並びに見える。だが、そのどちらともエリーズには無いものを持っていた。自信や風格、品格、堂々たる在り方。そのどれをとっても、エリーズには見当たらない。


 そんな彼女らのことを見ていると、我の隣のヴァストラが一歩前に歩いた。ああ、そうだ。忘れるところであった。我は今、謁見をしている。王の前に居る。集中をせねばなるまい。我は我に向けられるあらゆる視線をへし折るように、胸を張って前へ踏み出した。その途中でさらりと脳内で計画を思い出す。

 さあ、目標を思い出せ。何を話すかを思い出せ。大丈夫である。我は魔王だ。この程度の場、いくらでも通り抜けてきた。


 粛々と赤い絨毯の上を歩きながら、我は静かに玉座の王を見据えた。

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