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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第八十四話 気分が悪い

 最悪の目覚めを経験した我は、しばらく動けないでいた。体からすべての力が抜けてしまって、立ち上がることさえも出来ない。だが、我は魔王である。そして、我が見たのは所詮夢だ。我は少しの間体を休め、英気を取り戻した。

 気分は最悪だが、なんとか動ける。我はベッドから体を起こした。もうすぐ朝食が運ばれてくる時間である。


 正直、今の我の顔は酷いことになっているだろう。涙の跡が幾つも残り、顔色は悪く、全体的に草臥(くたび)れている。もしもこんな顔をリサやエリーズ……もしくはバジルに見られてしまうことがあれば、我は羞恥で悶えるに違いない。リサには我の情けない姿を幾らか晒しているが、それでも見せたくないものは見せたくないのである。


 我は重いため息を吐いて、顔を整える為に洗面所に向かった。酷い顔であるが、水で洗えば多少マシになるだろう。そんな考えの元で踏み出した一歩に――コンコン、と扉が叩かれた。

 ……どうしてこうも間が悪いのだ。もう少し後であれば良かったものを。例え給仕の者とはいえ、この顔を見られるわけにはいかない。我は取りあえず布団で顔を乱雑に拭い、適当に服装を整えた。


 最小限に扉を開けて、朝食を受け取って閉める。そうすれば殆ど顔は見えまい。我は扉を開ける前に少し考えて、部屋の照明を落とした。こうすればなおのこと顔が見えないだろうと思ったのだ。

 我は咳払いをひとつして、重い右手で鍵を開けた。そしてほんの少しだけ扉を開ける。


「……朝食をお届けに参りました」


「……うむ」


 開いた扉の向こうには、いつもの給仕が居た。押して運ぶ木製の箱のようなものから、盆に乗せた料理を取り出す。我は最小限の動作でそれを受け取ろうとしたが……その前に、声が掛けられた。


「金髪」


「……どうしてお前が居る」


 小さく開けた扉の横から、同じく朝食を持ったリサが顔を出した。その面持ちは謎に緊張が混じっていて、給仕の者もどこか気まずそうである。我の質問にリサは少しだけ怯んで、こう答えた。


「いや……朝食一緒に食べようかなって思っただけ」


「……」


 本当に、どうしてこうも間が悪い。今でさえなければ首を縦に振ることもやぶさかではないというのに、どうして今なのだ。我は呆れと驚きと、その他一割の苛立ちを込めて口を開いた。


「……すまぬが、また今度だ」 


 言葉と共に扉を開け、給仕の手から素早く朝食を受けとる。そして滑らかな動作で扉を閉めようとした……が、閉まらない。見れば、リサが扉に足を滑り込ませていた。どういうつもりか、さっぱり意図が掴めない。

 我はしばらく一人になりたいのだ。こうして動けても、心の回復には時間がかかる。また我が魔王として凛然と在るには、休息が必要だった。


 扉に足を挟んだリサは、どうしてか焦りを顔に浮かべていた。雰囲気を察して、給仕が音もなく立ち去る。我はため息を吐いて、何だ、と言った。


「いや、ちょっと……どうしてよ」


「我がそうしたいからだ。それでいいだろう」


 言葉と共に、もう一度扉を閉めようとした。多少強引だが、リサの行動も元より強引である。やむを得ない、といったところだ。だが、その前にリサが言葉を挟んだ。


「……ねえ」


 我は思わず手を止めた。それが間違いだった。続けて我は下げていた顔をあげて、リサの顔を見た。それも同じく間違いだ。我が見たリサの顔は何かに気がついたようで、驚きに彩られていた。

 リサは続ける。


「あんた……どうしたの?」


「……」


 我はとにかく扉を閉めようとしたが、その前にリサが扉を手で掴んで、強引に押し開ける。リサの持っていた朝食が揺れて、危うく落ちるところだった。我は尻尾で盆を押さえたが、それは扉を閉めるのに使った方が良かったのかも知れない。

 リサは、我の部屋の扉を開けてしまった。どうして気がつかれた、と我は思った。顔は殆ど見せていなかった筈である。声も殆ど変わらない……寝起きならば普通の声である。だというのに、リサは我の様子に気がついたようであった。


 扉が開いて、明るみに我の顔が晒された時、リサは息を飲んだ。……本当に、コイツは思い通りになってくれない。いつも、我の願いと反対に動く。我は深くため息を吐いた。


「え……ちょ……え?」


 我は諦めて踵を返し、部屋の照明をつけてテーブルに向かった。もうどうにでもなれ、と思ったのである。リサはしばらく玄関口で固まっていたが、なんとか意識を取り戻したようで、かくかくとした足並みで我の部屋に入った。


 我が席に着き、リサも我の対面に座る。……一瞬だけ、悪夢の残影がちらついて、我はため息を吐いた。リサは少しばかり落ち着かない様子を見せた後に、どうにか強気を繕って、「で?」と言った。


「あんた、どうしたの……その顔」


「……そんなに酷いか」


「……前に路地裏で会ったときよりは全然マシだけど……でも、うん。酷い顔」


 リサは慎重に言葉を選んでいた。似合わないな。全くもって似合わない。リサは、こういった心の医者じみたことに、一等似合わなかった、そんな含蓄はこいつの中にはないし、我の内側に踏み込むだけの勇気もない。あくまで普通で平均的な女だからだ。

 なのに、リサは勇気を振り絞っていた。素手で我に向かい合っていた。


 ……我は少しだけ、変わったな、と思って、口を開いた。


「……特に大それたことは起きていない。何日ぶりに寝て、悪夢を見ただけだ」


「……」


「気分は悪いが、すぐ治る。治るのに半日も要らぬだろう」


 我がそう言うと、リサは「そう……」と呟いた。リサは続けて何かを言おうと口を開いたが、声が出てこない。唇はいくつもの形を代わる代わるとって、なんとか言葉を探していた。その様子があまりにも健気で、滑稽なもので……我は小さく鼻を鳴らした。


「ふん……」


「……何?」


「心配するな。我は魔王である。放っておいても早々には死なぬさ。我が死ねば悲しむ人間が居る、とヌトにも言われた上、幾つかの約束をした。……最悪の気分でも、問題はない」


 我はリサを安心させようとした。確かにあの悪夢は最悪である。我が見る中でも致命的な破壊力を持っている。だが……所詮夢なのだ。夢の刃が現実の我を殺すことは決してない。

 リサの心配は、形だけ受け取っておく。そういう意味合いだったのだが、リサはなぜだが怒った顔になった。続けて、不機嫌な声が放たれる。


「……問題ないって……全然そうは見えないんだけど」


「……」


 我慢しすぎでしょ、とリサは言った。……我はいつも通りの言葉を吐いたつもりだったが、どうやらリサにとっては不服だったらしい。我慢しすぎと言われても、我は子供ではない。魔王だ。我慢をすることで何か事態が好転するのならばするし、この程度の我慢を苦しいとは思わぬ。

 いまいちピンとした反応の無い我に、リサがため息を吐いた。


「……あんたが誰かに頼るのが苦手ってのは分かってるけど……あたしたちの仲なんだから、隠さなくたっていいじゃない」


「……すまなかった」


 色々、言いたいことはあった。反論する言葉もあった。だが、それはきっと、口に出した途端に我の『我慢』とやらに結び付いてしまう。それがわかっていた我は素直に謝罪を口にした。リサは我の言葉に意外そうな顔をして、別に謝らなくても、と言った。

 ……確かに、よく考えれば一つ頷くだけで良かったな。


 我が反省を噛み締めていると、不意に無言が我らの間に寝そべった。おかしなことではない。我らはお互いに共通した話題について話終えた。次の話題をどちらかが出さねば、当然無言が現れるのだ。

 我は少し黙って、こう切り出した。


「……あとどのくらいで、中継の街に着くのだ?」


「……最初に停まるのはギデオンっていう街ね。時間で言うと、あと二日って感じ。……ギデオンって結構食べ物が美味しいって有名なんだけど……」


「すまぬが、あまり西には居たくない。……簡単に言うと気まずいのだ」


 我の言葉に、リサは微妙な顔をした。色々な買い物を予定していたのだろう。人手が足りないというのもあれだが、我に続けてエリーズも外へ出られない。となると、リサ一人での外出となる。我は船の停泊についてあまり詳しくないが、丸一日は留まらないだろう。あって半日ではないか? 


 そう思うとリサと共に出掛けたいという思いも浮かぶが……やはりそう簡単に割りきれなかった。西は、我にとって我自身の狂暴性の象徴なのだ。激情に飲まれた過去の我が、どう足掻いても脳裏にある。例え無理に西の大地を踏んだとて、明るい顔は出来ぬだろう。


 リサは我の言葉に残念そうな顔をして、我に別の話題を振ってきた。


「……そういえば、あの本、読めてる?」


「……うむ。全くもって問題はない。余裕……とは言えぬが、充分読める」


「そう……」


 何だかリサの反応は薄かった。もう少し馬鹿にするだの疑うだの、もしくは驚くだのがあると思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。我らはお互いに話題を出し合いながら、朝食を摂った。我が北の騎士団長に出会ったことを話すとリサは目を剥き、リサが例の鳥について説明を垂れてくれた時は我が目を剥いた。


 夜、海の上を悠々と飛んでいたあの黒い鳥は、フナノリガラスというらしい。当然の如く渡り鳥で、生息範囲はかなり広いらしい。高温から低温まで耐性を持っているフナノリガラスだが、代わりに一つ生息に適さない環境がある。それは、乾燥した空気のある場所だという。


 砂漠の空、湿気を吸う雪国の冬、季節風の影響で吹く乾いた風、植物が少ない山岳地帯……そんな乾燥した環境が、フナノリガラスの天敵だという。それを避けるために彼らは常に湿気が約束される海上を渡っている。だが、海鳥ではない彼らは魚を取って食い繋ぐ事ができない。海の上で湿気を含みながら、なおかつ餌を求めて陸地を転々と回るのだ。その経路はまるで船の航路のようであり……航路そのものであった。


 フナノリガラスは、人間の船に追従して海を渡っているらしい。多くの人間を乗せた船は、決して無茶な航路を取らない。無理に急いだりはしない。確実な航路と速度、日数を保っている。フナノリガラスはそんな船の後ろをついて飛び、世界を渡るのだという。故にその鳥たちはフナノリガラスと呼ばれ、船乗りに親しまれている、とのことだ。


 そこまで説明を聞いた我はあの鳥達に納得を覚えたが……同時に気になることもあった。フナノリガラスが船を追って飛行するというのならば……どうして二日目の夜は四羽から六羽に増えていたのだろう。海上をさ迷っていたのか、はたまた船に従わずに飛んでいたのか。

 我がそれについてリサに聞くと、どうしてか苦笑いになった。


「……そういう場合って、二つ理由が考えられるの。まず、追っていた船が座礁したり沈没したりして、海上で迷子になること。もう一つは……フナノリガラスが船の後を追えないと思うような何かが、空を飛んでて、散り散りに逃げた結果迷子になること」


 例えば、亜竜(ワイバーン)が飛んでたりとか、とリサは言った。それに関連して、竜が空を飛んでいても同じことが起きるだろう。竜族はこの世界で上位に存在する魔族の中でも最強と謳われる種族であるが、その為出生率が非常に低い。海を渡っていたとて、遠くにそれらしき影を見つけたら幸運、といった程度に珍しい。


 数が少ない竜族であるが、一つだけ変わった風習がある。竜族における『高貴な血統』の竜は、産んだ卵を海に流すのだ。二つ卵があれば先に生まれた卵を、荒れ狂う魔大陸の海に送り出す。

 竜の卵は荒波程度では傷一つ付かないが、そこから先は不明である。どこかの陸地に降りたって、親も何もかもを知らぬまま、たった一人で生き抜いて、そうして本能に従い親元に帰ってくる。


 ただでさえ出生率が低いのだから、そんな馬鹿げたことをしている余裕はないだろうと我は言ったが、竜王の返事は『伝統である』の一点のみであった。そういわれてしまうと、もう我にはどうしようもない。竜の血など一滴も我には流れていないし、むしろ竜王の娘を殺した竜の仇敵である。


 更に竜族は魔王であった我をして、迂闊に手を出せない勢力であった。正面からならば勝てるが、不意を突かれて囲まれれば相当厳しい戦いになる。結果、我は特に何もすることは無かった。


 話が脇道にそれたな。取りあえず、フナノリガラスが増えたということは、良いことではないらしい。だからといって取り乱すような真似はしなくていいとのことだが、船乗りならば一応警戒はするらしい。


 我とリサは朝食を平らげても、しばらく話を続けていた。それはどこか落ち着きがあって、意外にも我は心の調子を取り戻しつつあった。そんな我の様子にリサは嬉しそうな顔をして、そうして我らの雑談は終わった。時間にしてみれば二時間にも満たない会話であったが、我は存外満足であった。

 やはり、お互いに気心が知れているというのはいい。


 バジルとの会話は……なんというか、バジル側の計算を後ろに感じる。勿論バジルの目的が我であることや、それを我が認めているという点はあるが、やはりこうして打ち解けた会話はできまい。

 なんとも久し振りなリサとの会話が終わると、我は少しだけ静けさを感じていた。


 口を開いても返事がない。表情を変えても視線がない。一人なのだから当たり前だが、それに伴う静寂に、なんとも言えない感情を抱いていた。あえて言葉にするならば……違和感がある、といった感じか?

 まあとにかく、我は一人に戻った。


 すると、やることがない。体を動かそうと思ったが、流石に気分が上がりきっていなかった。そういうことで、我は次なる手段として、例の本を持ち出した。続けて本に挟んでいた用紙達を取り出す。


 リサは、なんとなく本に対する反応が薄かった。理由は分からぬが、なんだか釈然としない。もう少しなにかあっても良い筈である。我はどこまで読んだかを確認した。ええと、36ページまで読んだのだったか。ああ、そうである。娘が慌てて告白を口にしてしまった場面だ。

 どうやら少年も告白に気が付いたらしいので、この先の展開がどうなるかは物語の基点となるだろう。そこを読み間違えることは決して許されない。


 我は音もなくペンを構えて、本と相対した。西の街ギデオンまではあと二日。二日あれば……行ける筈である。時間自体は十分にある。あとは我の解読能力とその成長速度の問題である。


「……少しでいいから、驚かせてやろう」


 柄にもなく子供じみたことを言って、我は文字の列に指を這わせた。

次回から大分展開が動いていきます。

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