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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第八十一話 魔王と白黒。或いは嵐との遭遇について

 解読からおおよそ九時間が経過した。途中、ちらりとリサが我の部屋を覗いた以外は、大した出来事は起きていない。午後六時を過ぎてもテーブルから動かない我をリサは呆れた顔で見ていたが、一応途中で鍛練を挟んで休憩はしている。でなければ流石の我も精神的な疲労でどうにかなってしまうだろうからな。 


 そんな長々とした解読によって、我は本を36ページまで読み進めた。全体のページ数を確認したところ、221ページであったので、そこそこ読み進められていると我は思っている。後半は文法をだんだんと理解し、知らない単語も記憶していったので、中々に『読む』という行為をすることができた。


 さて、冒頭を読み進めて分かったことが幾つかある。まず、名前の無い森の近くに小さな町があること。次に町から少し離れた牧場に、一人の娘が居ることである。娘は羊や牛と戯れることが嫌いでは無かったが、どこか寂しさを感じていたらしい。

 それを見抜いた両親は、初めて娘を連れて町に出かけ、そこで娘は運命的な出会いを果たした……らしい。文を読み間違えていなければこれでいいはすだ。


 娘が出会ったのは黒髪の少年で、すれ違っただけにも関わらず、娘は少年が浮かべていた微笑に一目惚れをしてしまったのだ。だが、今まで動物と暮らしてきた娘は、少年にどう声を掛けたものか分からない。分からないまま娘は少年とすれ違い、そして町を後にした。しかし娘の中に着いた恋の炎は消えず、度々娘は両親に町へ連れていってくれるようせがんだ。

 だが、町へ向かっても少年とすれ違うだけで話が出来ない。娘はこのままではいけないと思い、動物を相手に話し掛け、一応の練習とした。


 挨拶から始まって、自己紹介、幾つかの話題を提示してみたりと、娘は娘なりに努力を重ねた。そんな日々が四年ほど続いて、娘はれっきとした少女になった。少年も益々美しさを際立たせ、娘の一目惚れは、確かな恋になっていた。

 明くる日、両親と町へ出掛けた娘は、こっそりと両親からはぐれた。そしていつも少年を見る場所に足を運び……そして少年に出会った。


 少年からすれば、娘は全く面識の無い人間である。娘は最初の一言が肝心だと考えた。人の良さそうな笑みを浮かべながら路地を歩いていた少年に、娘は一生分の勇気を振り絞って声をかける。


 それによって少年を呼び止めることはできたものの、少女の頭は暴走寸前だった。あれだけ練習したというのに、言葉が何一つ出てこない。顔を赤くし俯く娘に、少年は訝しげな顔を浮かべた。その表情にはやはり人の良さを表すように心配が混じっており、少年にそんな顔をさせてしまった自分を、娘は情けないと思った。

 だが、言葉は出ない。頭は真っ白だ。そんな中を必死に掻き分け、なんとか娘は言葉を口にしようとし……勢い余って、少年に想いを告白してしまった……という所まで、我は読み進めた。


 正直な話、解読が前に出ているのであまり話に入れていないが、一番手間取ったのは娘が少年に『一目惚れ』をしたというところである。一応読むことは読めたのだが、理由だのなんだのがふんわりとしていて、なおかつ前後関係がわかりづらかったので相当困惑した。


 話に関しては……まあ、まだ冒頭である。ここからいかにして黒い森が生まれ、魔女が生まれるのか……そして魔女は、どうして悪い子供を食べるのか。未だに欠片ほども説明がない。

 ここから先まで読み進めてもいいが……流石の我も少し疲れた。休憩を挟んだとて、体調が完全によくなるという訳ではないのだ。


 我はうんと長い背伸びをして、テーブルの上に散らばった紙を纏める。我の記憶力と飲み込みの速さは魔王級であるが、流石に一発で単語を暗記は出来ない。一応保険として持っておくべきである。

 紙を整えた我は、疲労を癒すためにベッドへと寝そべった。現在時刻は午後八時過ぎ。夕食は先ほど済ませてしまった。鍛練もしばらく続けたし、中々にやる気が起きない。というか……ああ、そうだな。このやる気の無さの理由は疲労であり、そして眠気だ。


 眠い。眠くなってきた。最後に寝たのはいつだ? 亡霊を打ち倒し、泥のように眠って悪夢を見たあとにバストロスの元へ向かい、船が来るまで三日あって、船の上で一夜を明かした。おおよそ五日は寝ていないのか。その上環境の変化や荷造りがあって、駄目押しにバジル関係や本の解読で脳が活動の限界を迎えたか。


 正直、もう少しいけるだろうと思っていたが……あぁ、眠い。だが、何故だか寝たくない。我の五感から外れたただの勘が、今寝てはいけないと言っているのだ。理由は知らない。だが、我は我を信じる。我の感覚を信じている。我はなんとか重い頭を上げ、ベッドから起きる。


「……」


 が、我は眠気に対してあまり耐性がない。何も思い付かぬし、体が動かない。ひたすら呆然とする我の脳裏に、リサの言葉が流れた。


『金髪、夜に甲板に出たって言ってたけど、後ろの方のお店に寄った?』


 店、か。まだ夜更けというには早すぎるので、おそらく幾らか人が居るだろう。だが、このまま部屋に居ては確実に眠りに落ちる。最悪甲板で海を眺めておくだけでも良いだろう。我は半目を擦って財布の中身を確認し、出していた尻尾を背中で巻いた。


 部屋から出て船内をしばらく歩き、我は甲板に出た。潮風が頬を通り抜け、湿った海の臭いがする。我の予想通り、甲板にはかなりの人間が居た。見上げた満月は少しだけ欠けており、星空の下を、例の知らない鳥が飛んでいた。前回は四羽であったが、今はそれよりも多い。見える範囲で六羽の鳥が飛んでいた。


 我はそれをボーッと見上げた後に、ゆっくりと歩き出す。前回はここから船の先端へ向かったが、今回は後端へ向かう。操縦席だのなんだのがある横を通り抜けて後ろを目指すと、確かに人の気配が多い。

 後端へ向かうと、そこにはいくつかの椅子とテーブルがあった。テーブルにはそれぞれ小さなランタンがあって、人間の男女や本を読む人間が飲み物を片手に夜を嗜んでいる。


 後端の甲板は思った以上に広く、人間も相応の数が居た。中には船乗りらしき人間も見える。我は取りあえず席の一つに着こうかと思ったが、見回した視界に一つの店……リサが言っていたように、バーのカウンターのようなものがあった。それは潮風の影響を受けないように、操縦席だのなんだのが纏まった場所に背を向けるように立っている。


 木造のカウンターには口の軽そうな若い男が一人居て、男の後ろには幾つかの瓶がある。二人はこの店では酒を出さないと言っていたので、恐らく酒以外のものを詰めた瓶だろう。

 見た感じ八人ほどが掛けられるカウンターには、どうしてか二人の男しか居ない。


 一人席の真ん中近くに座っており、後ろ姿からしてかなり背が高い。男はそこそこ鍛えられた背中と、珍しく白い髪をしており、店の主である男とにこやかに会話をしているようだった。店員の男が動いたことで見えた男の横顔はかなりの美形で、さらさらした白髪や凛とした佇まいからして、只者ではないということが簡単に分かる。

 男は我の視線に気がついたのか、一瞬だけ我を見た。綺麗な黒目が我を見て、にこやかに笑う。


 白髪黒目、とは中々に珍しい。我は男の素性よりもその見た目の方が気になった。明らかに賓客だろう男は、我を気にする素振りもなく、店員と話を深める。


 我は白髪の男から目を離して、カウンターの左端に座る猫背の男を見た。こちらの男も珍しいことに白髪である……が、それはどうやら生来のものではないようだ。男の髪には、黒と白が入り交じっている。老齢になって髪が白むように、男の髪は半端な色になっているのだろう。

 だが、ちらりとだけ見えた男の顔は、かなり若い。あって二十五か六である。とてもではないが、老齢には見えない。


 アリシノやアーカムのように、見た目以上に何かあるのかと思いきや、男にそんな雰囲気は微塵もなかった。体格もどちらかといえば貧相で、肩は細いし背も平均的である。男は常に膝を揺すっており、平凡な顔には退屈そうな、それでいて何か急いているような印象があった。


 そんな二人の前に立っているのは、茶髪の店員である。短い茶髪は額が見えるように後ろに流され、同じく茶色の瞳は猫か狐のように細かった。それに加えてにやついた口元をしているので、どうにも軽薄な印象を受ける。


 そんな三者が一同に介しているので、店からは少しばかり異様な空気があった。主に白髪の男の高貴そうな雰囲気のせいであるが、白髪混じりの男の雰囲気や、二人の間に空いた三つの空席も、店に入ることを躊躇わせる力があった。

 だが、我には関係ない。眠いのもあるが、素直に空気だなんだというのは興味がないのだ。我は周りがちらちらと視線を向けるだけの店に近づいて、一番右端の席に座った。左に二つ席を空けて白髪の男が居る。


 店員の男が座った我に少し驚き、口を開いた。


「いらっしゃい。何が飲みたいんだい?」


「特に希望は無い。適当に選べ」


「あいよー。おまかせってことだな」


 我の言葉に店員は淀みなく答え、どれにしようかなー、と瓶の群れと向かい合っていた。我は正直、この眠気をどうにか覚ませないかという一点にのみ思考を割いていたので、大した反応はしない。ぼーっと店員の後ろ姿を見ていると、左から視線を感じた。ちらりと首を曲げると、左には当然白髪の男が居た。


「……何だ」


「ああ、ごめんね。その……珍しい髪の色だなあと思って」


「……お前も大概ではないか?」


 生まれつきの白髪など、バストロス以外に見たことはない。前の世界……ああいや、ここより未来では幾らかあったことはあるが、記憶に無い。取り敢えず全員殺してしまったこと位しか憶えていないのだ。我の言葉に男は小さく笑って、「そうだね」と返した。


「……眠そうだね?」


「まあな。だが……ああ、眠るにも早いだろう」


「おお? じゃあ眠気に効くやつにするか?」


「……あるのか?」


「あるともさ。確かここら辺に……っと」


 男はなにやら透明な瓶を取り出した。中には薄い黄色の液体があり、僅かに泡立っている。酒ではないということは確かだが、それ以外となるとさっぱりだ。店員は瓶の栓を抜くと、続けて何かを探した。我はてっきり、次はグラスに一杯を注ぐのかと思っていたので、少しだけ意外である。何かを探す店員は一旦瓶をカウンターに置き……何か果物らしき物を取り出した。それは夜に映える色をした黄色の果物で、店員はどこからか取り出したナイフで、それを真っ二つにした。


 ちらりと左を見ると、白髪の男は興味深そうに店員の動作を見ていた。店員は半分になった果物を片手に、瓶からグラスへと飲み物を注いだ。そして四角い氷を二つ中に落とすとその上から果物を強く握りしめた。黄色い果汁が搾り出されて、辺りに酸っぱい臭いが散る。果物からある程度の果汁を搾った店員は、にやにやと薄く笑いながら、泡立つグラスを我の前に置いた。


「飲んだら一発で目が冴えるヤバい飲み物だぜ? 一気飲みなんてしたら逆に気絶するかもな」


 店員の言葉に、我はグラスを手に取った。……手に持ったこの距離から目に何か刺激がある。細かい泡が弾ける度に、言い知れぬ酸味が喉の奥で湧いた。これは本当に目が冴えそうである。我は小さく息を吸って飲み干そうとしたが、その前に声が割り込んできた。


「あ、ちょっと待ってくれないかな?」


「……何だ」


「ここで会ったのも何かの縁だし……乾杯とかしてみないかなって」


 男は自分のグラスを掲げて我を見た。男の黒い瞳には爛々と何かを期待する光が湧いており、顔中にわくわくとした感情を巡らせていた。こうして見ると、外見に比べて案外子供らしい男である。我は男のグラスを見て、自分のグラスを見、そして少し考えた後にこう言った。


「断る」


 男から視線を外し、一息にグラスの中身を飲み干した。――瞬間、我の口の中で何かが爆発した。そこで噴き出さなかったのは、ミルドラーゼでカンパチ云々(うんぬん)を経験していたからかもしれない。ともかく、あれを越える刺激が我の口の中で炸裂し。我の脳が反射的にそれを飲み込んだ。途端に強烈な酸味と苦味が後味となってやって来て、我は人目を憚らずに顔をしかめた。この我が、思わず表情を崩したのである。


 それがどれだけの破壊力をもって我を蹂躙したかについては、説明する必要もないだろう。単純かつ強力過ぎる酸味、苦味、刺激の爆発である。もしあと少しでも口の中にあれを留めていたら、とんでもないことになっていたに違いない。我はなんとか顔を元の調子に取り戻したが、それを店員は驚いた顔で見ていた。


「お客さん……凄いね。意地悪してみようって思ってたんだけど……完敗だよ」


「……余裕である」


「いや、本当に凄い。あれ、大の大人がスプーン一杯で悶えるやつだし……」


「そんなものを出すな」


 道理で凄まじいと思ったぞ。こんな刺激物を飲み干せる奴が居るのか、と困惑した。一瞬爆薬を飲まされたかと思った位である。恐らく我が刺激に慣れていないせいもあるが、今ですら余韻がある。


「痛くない? 唾液が止まらないとか」


「唾液はあまり出ていないが……痛くはない」


 我の言葉に、店員は目を剥いた。どうやら通常であれば、唾液が止まらず痛みがあるらしい。魔族の体にとって、毒でもなければ唾液は出すに値しないのかもしれぬ。我が思わず口の端を揉んでいると、白髪の男がポカンとした顔で我を見ていた。


「……残念だが、我にもう一杯を飲むつもりはない。一人で乾杯でもすることだな」


「そ、そんな……そこは乗ってくれるものじゃないのかい?」


「知らぬ。もし乗るものだとすれば、お前は乗り遅れである」


 男はグラスの中の飲み物を見た。一人で取り残されたらしい。別に乾杯をしても我に損は無いが、なんとなく面倒だったのである。男はちらりと自分の左側を見た。左端の男は未だに一言として言葉を発することなく、ちびちびと手元のグラスに唇をつけていた。意を決したのか、白髪の男が口を開く。


「……あの、乾杯とか……」


 話し掛けられた男はあっさりと断るのかと思ったが、そうではなかった。無愛想な無表情に、大きな驚きの表情が浮かび、続いて焦るような顔になった。どうにもその顔は板についており、やはり何か焦った顔が男は似合っていた。


「え、いや……無理なんですけど。いや、無理です」


「えぇ……あ、はい。ごめんなさい」


 どうやら白髪の男はまたしても乾杯を断られたようである。「一度でいいからやってみたかったのに……」としょんぼりとした様子で男は言って、ちびりとグラスの中身を飲んだ。……文脈から察するに、乾杯をしたことがないらしい。我も数日前までは似たようなものであったが、既に乾杯は経験済みである。


 項垂れる男を傍目に、店員は未だ我に感服していた。


「いやあ、お客さん。どうか名前を教えてくれないかな。あぁいや、ダメだったらあれだけど……」


「ヴァチェスタ。ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトである」


 我は堂々と名乗りを上げた。その瞬間、ガタリと三つの音が鳴った。一つは、猫背だった男が驚きで肘をカウンターに打ち付けた音。二つ目は、白髪の男がグラスをカウンターに置いた音。三つ目の音は――我の背後からやって来た、一つの足音だった。


「あんた、ここに居ったんか。うちがあんたの部屋に行く時に限ってどっか行っとるなぁ」


 呑気な女の声に思わず振り返って見れば……そこにはバジルが居た。バジルは当然の如く我に歩み寄り、我の左隣の席に着いた。それと同時に周りの状況に気が付いたのか、おぉ、と声を上げた。


 ……我は薄々感じていたが、やはり本名を全て名乗ると人間は驚くのか。流石に人間にとっての王族を表す三つ目の名(ミドルネーム)を名乗るのは不味いのかと思ってはいたが、ミルドラーゼでアーカムやアリシノ、ライゼンに名乗った時は大して反応がなかった。なので意外におかしくはないのかと希望的な観測を抱いていたが……やはり駄目なようである。


 左端の男は驚きに目を剥いているし、店員は何だか反応が薄いが、白髪の男は信じられないものを見るような目で我を……うむ?

 男の目は、我を見ていなかった。どちらかといえば、我の隣……バジルに向けて注がれている。

 白髪の男は似合わぬ驚愕の顔で、小さく声を紡いだ。


「ど、どうして貴女がここに……バジル様」  


「おー、やっぱりヴァストラやったか。久し振り。どうや、元気にしとるか?」


 ニマニマと笑うバジルの髪が軽く揺れて、店内の空気が止まった。それはまるで嵐の目に入ったようで、不気味な静寂である。そんな嵐を体現しているバジルは、能天気に我にこう言った。


「あんた、部屋の鍵開いとったで? 気い付けんといかんよ。……うち、一瞬変な勘違いする所やったからな」


 いやん、とふざけるバジルの声に、益々店の空気が重くなった。

ヴァチェスタが飲んだのはライムとクエン酸を足したものを超キツめの炭酸水で割って、レモンを丸々半分叩き込んだ感じだと思っていただければいいです。

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