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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第八十話 魔王、解読を始める。

 翌朝、運ばれてきた朝食を腹に収めた我は、少しの緊張を含めてリサの部屋の扉を叩いた。昨日今日でバジルに目をつけられてしまったことを説明しておかなければいけないのだ。昨晩は別に説明をしなくとも、と説明を控えるような考えも浮かんでいたが、こちらにはエリーズが居る。バジルと鉢合わせになれば、確実に面倒が起きるだろう。そう考えれば、エリーズは船内を出歩くこと自体が危険なのかも知れぬ。


 そんなことを考えていると、目の前の扉が開いた。ちらりと隙間からリサが顔を覗かせた。我を見たリサは少しだけ驚いた顔をしている。我はそれを不思議に思いながら口を開いた。


「すまぬ、一つ話があるのだ」


「あ、うん」


 リサが扉を開き、我を部屋に入れる。部屋に入ると、何やら人の気配があった。部屋を見回すと、ベッドの上にエリーズか居た。エリーズは我の来訪に飛び起きて、素早く寝癖を手で直していた。服は例のごとく寝巻きで、傍らには一冊の本がある。ベッドに寝そべりながら本を読んでいたのだろう。

 何故エリーズがリサの部屋に居たのだろうか、という疑問を含めて慌てるエリーズを見ていると、ぺしりと後頭部にリサの手刀が入れられた。


「こら、じっと見ないの」


「む、すまぬ」


 痛くはないが、我は後頭部を擦った。このまま立っているのも手持ち無沙汰なので、昨夜の二人の行動に倣ってテーブルへと向かう。エリーズは身嗜みを整えて、ベッドから立った。我の後にリサが椅子に座って、エリーズも席に着く。

 我は疑問を抱え込んでおくことが苦手なので、素直に疑問を口に出した。


「どうしてエリーズがリサの部屋に居るのだ?」


「あぁ、えぇと……」


「え、リサ、ちょっと待ってよ」


「え? ……いや、これは言わないと分かんないでしょ」


 リサの言葉にエリーズが謎の抵抗を見せたが、リサは少し呆れた顔をして、我に理由を語った。


「あたしとエリーズっていつも同じベッドで寝てたんだけど、久し振りに一人で寝るってなって、エリーズが急に部屋に来たの」


「……」


「どうしたの、って聞いたら、一人だと寂しいって言ったから……いつもと同じように一緒に寝たの」


「えーっと……広い部屋に一人だと、ちょっと寂しくなっちゃって……」


 リサの説明に、エリーズは言い訳のような言葉を吐いた。音からして二人で寝ているというのは知っていたが、それが習慣じみて寂しさを生んだらしい。なんとも子供らしいエリーズの理由に我は虚をつかれたが、同時に少しだけ悲しくなった。エリーズと我が同年齢だということを思い出したのだ。

 そんな我に、リサは「それで、話って?」と切り返してきた。そうだ、本題を忘れるところであった。


 我は少しだけ深く息を吸って、昨日の夜の出来事を話した。幸い大して説明が難しい状況では無かったのと、出来事自体が短かったのが相まって、するりと話すことが出来た。我がバジルについて話している途中から、どうやら嫌な予感を滾らせていたらしい二人は、バジルの『あんたが欲しい』という言葉を聞いた瞬間、リサは天を仰ぎ、エリーズは苦笑いを浮かべた。


「……というのが、昨夜の出来事である。すまないが、駄目であった。完全に捕捉されたようである」


「……いや、もう……はぁ」


「あはは……それはもうしょうがないね。コルベルトさん、かっこいいから」


 苦笑いのエリーズが我を見た。続けて、「コルベルトさん、お風呂入った?」と聞いてくる。我はその質問を不思議に思いながら頷いた。甲板に出たら髪を洗った方がいいと言ったのはエリーズである。我が湯浴みをするのは当たり前に知っている筈だ。

 そう考える我に、エリーズが小さく頷いてこう言った。


「うん。いつもよりかっこよくなってるよ。髪が凄く綺麗になってるもん」


「……ふむ」


 我は唐突な褒め言葉に固まった。続けて思わず自分の髪を触る。……確かに、リサの家ではあまり体や髪を洗えなかった。最後ならまだしも、それまでは冷水で体を清めていたのだ。体を冷やすことが大敵である我からすれば、丁寧に髪を洗うことは難しい。

 とはいえ、砂漠では砂が髪によく絡まる。エリーズもそうであったが、砂というのは水で洗った程度では殆ど取れない。きちんと局所的に揉んで流す必要がある。


 そういった事情でくすんでいた我の髪は、昨夜の湯浴みで輝きを取り戻したのだろう。まさか玄関口でリサが一瞬固まったのもそれが原因か? ……いや、流石にあの女に限ってそれは無いだろう。一応確認のつもりでリサを見たが、やはり真顔で我を見ている。目があった途端に、何か? と言わんばかりの視線を受けた。やはり勘違いか。


 髪を弄くっていた我は、一つの物事を思い出した。髪から手を離し、エリーズを見る。


「エリーズ、部屋の外を出歩くのは得策とは言えぬかもしれぬ。万が一、バジルのような者が居るとも限らん。加えてここは賓客が集まる階層だ。なおのこと北の王家に近い人間が居てもおかしくはない」


「……うん。それは昨日考えたよ。私は三年も家出をしてたし……港の人も、誰も私のことに気が付かなかったから大丈夫かなって思ったけど……これからはあまり外には出ないことにするね」


 エリーズの言葉に、リサが何か言いたげに口を開いて、静かに閉じた。語る言葉が見当たらなかったのだろう。何を言おうとしたのかは分からないが、この問題に軽々しく口を開けるほど、リサは無神経ではないし、子供でもない。

 リサは少し考えて、別の話題を取り出した。


「……金髪。結局どうすんの?」


「何を……あぁ、あの女か」


 我の言葉に、リサは、そう、と返した。少し沈んでいた顔のエリーズが、興味深そうに顔をあげた。我を見るリサの目には謎の緊張があり、我はそれを不思議に思った。何をそんなに緊張することがある。


「……まあ、適当にいなせば良いだろう。あの女は自分の思い通りに物事が進まないから、と憤慨するような奴ではない。手を変え品を変え我を狙うだろうが、それを適当に流すだけだ」


「……そう」


「……安心しろ。恐らくお前達が狙われることは無い筈だ」


 恐らくエリーズや自分に被害が及ぶのではないかと緊張しているのだろう。だが、バジルの目に歪みは無かった。正々堂々と我にぶつかってくるだろう。リサとエリーズの存在を知っても、その上で我に向かってくるに違いない。

 我の言葉を聞いたリサは、一瞬(ほう)けた顔になった。続けてため息を吐く。なんだ。どういうことだ? 何か我が間違った事を言ったのか?


 我は少し困惑しながら口を開いた。


「……何だそのため息は。言いたいことがあるのならば早々に言えばよかろう」


「いや……なんでもない」


「明らかに何でもないとは――」


「なんでもないの」


「……そうか」


 ……どうやらなんでもないらしい。これ以上踏み込むのは薮蛇である。我の言葉が原因なのか、我らの間には容易に口を開けない空気が満ち始めた。これが空間に充満してしまえば、気まずいことこの上ない。

 我はなんとかこの空気を変える話題を探り……本の事を思い出した。そうである。我はリサかエリーズに本を借りようとしていたのだ。話題を見つけた我に、二人が音もなく聞く姿勢となった。


「……そういえば、言いたいことを一つ忘れていた」


「何?」  


「……本を一冊、貸してくれぬか。暇で暇でしょうがないのだ。昼も夜も、甲板で外を眺めているか鍛練しかない。我も二人と同じく本を読んでみたいのだ」


 我の言葉に、二人は心底驚いた顔をした。……なんだか少し虚しくなるな。それほど意外か。確かに我はあまり字が得意ではないが……暇なのだから別に良いだろう。

 戸惑いながら、リサは口を開いた。


「あー……まあ、確かにあんたは夜寝ないから、暇かもね」


「簡単な本のほうがいいかな?」


「……まあ、いきなり難しい本を渡されても、というところはある」


 エリーズの言葉に、我はそう返した。流石にリサが読んでいるような純文学の本を読んでしまっては、内容を一割も理解できないだろう。本当に残念なことだが、我には文学を嗜めるだけの教養が無い。

 我の言葉にリサとエリーズは顔を見合わせて、旅行鞄の方へと歩いていった。続けて、幾つか本を取り出しては話をしている。


「これはどう?」


「……リサ、もう少し優しいのはある? あとこれ……コルベルトさんはちょっと悲しくなるかも」


「え……あ、うん。じゃあ、これとか……」


「……リサ、本に慣れすぎてて何が優しいか分からなくなってない?」


「……そうなの? これは結構分かりやすい話だったと思うけど……」


「分かりやすい話なのは良いけど、その上で分かりやすい文章じゃないと。あの本、隠喩表現凄く多かったよ」


「え……あぁ、うん」


 珍しく気後れしたリサが、少しだけしょんぼりとしながら本を探していた。しばらくして、我に合う本が見つかったようである。手渡されたのは、至って普通の本である。多少他の本に比べページが少ないようだが、手に持てば確かな厚みがある。革の表紙に刻まれた題名には、『黒い森の魔女が来る』となっている。なんとも童話的というか、題名から内容が想像できない。


「多分これが一番分かりやすいと思う……」


「うむ……」


「そのお話、私は結構オススメだよ」


 エリーズの言葉に、リサも頷いた。どうやら中々の本らしい。パラパラと本を捲ってみると……う、うむ。一応読める……筈だ。少しばかり難しい顔をした我に、リサが心配そうな顔をした。


「えーっと……一応あらすじがあるんだけど、そこだけ教えてあげようか」


「……頼む」


 流石にあらすじを読み間違えてしまうと、本をどう読んでいいかさっぱりになる。我は少しの逡巡の果て、エリーズの言葉に頷いた。


「まず、この黒い森の魔女っていうのはね、実際に子供達とかに聞かせるお話なの。もしも食べ物を粗末にしたり、誰かと喧嘩をすると、夜に黒い森の魔女が来て、一口に食べられちゃう……みたいな」


「……成る程」


 我は目で先を促した。


「この本はね、その黒い森の魔女についてのお話なんだよ。どうして魔女が子供を食べるのか、どうして魔女が魔女になったのか……そういうのを題材にしたお話なんだ」


「民間信仰の理由を題材に、か……確かにそれならば余程の書き手でなければ酷い話にはならぬかもしれないな」


 我は手元の本に目線を落として、静かに傍らに持った。どうせこれからも暇であろうし、少しずつ読み進めていくことにしよう。そう心に決めた我に、リサが思い出したような声をあげた。


「あ」


「……何だ?」


「金髪、夜に甲板に出たって言ってたけど、後ろの方のお店に寄った?」


「後ろの方の店?」


 我は昨夜を思い返した。後ろの方、と言われても……我は船の先端に向けて歩いたので、後方については知らない。面舵や帆があって、後ろの方はあまり見ていないが……どうやら店があるらしい。エリーズもはっとした表情を浮かべた。


「なんていうか……バーみたいなんだけど、お酒は出してないんだって」


「……まあ、船の上で酔っぱらわれては堪らぬからな」


「船の中にあるレストランよりも人は多いかもしれないけど、夜に行けば空いてると思うよ。景色も結構綺麗だったし……」


「あんた、あたしが渡した財布持ってるでしょ? 暇になったら行ってみたら?」


「うむ」


 ミルドラーゼでリサから受け取った布の財布は、未だに我の懐にある。中身はライゼンへの料理を作る際にぼったくられたが、まだ幾らか残っていた。これだけあれば、バーで飲み物だの軽食だのを取るのには事欠かないだろう。

 そんな事を思ってちらりと時計を見ると、意外にも昼前だった。流石に食事にはまだ時間があるが、時間になれば部屋に食事が届けられる。別にリサの部屋で食事を摂っても良かったが、我は存外受け取った本に興味が出ていた。


 この部屋後にするには丁度良い区切りである。我はリサとエリーズに部屋を後にする断りを入れた。理由を聞かれたが、素直に本が読みたいからと答えた。


「……分かんない所あったら聞きにきてもいいから」


「分かった。……まあ、なるべく世話にならぬようにするがな」


 そう言い残して、我は席を立つ。では、と告げてリサの部屋の扉に手を掛けた。そして、一瞬だけ固まる。……流石にバジルは居ないだろうな。ここで出くわすのは最悪だぞ。我は少しだけそんな想定を浮かべて、扉を開けた。そして自然な動作で廊下へ出て、左右を確認する。


「……居ないか」


 ありきたりな物語であれば、こう呟いた後ろに居たりするものだが、この我をもってすればあり得ない。我の五感は魔王じみて冴えているのだ。ほんの少しの視線でも、我の感覚器官は見逃さない。それらが何の気配もしないと述べているのなら、居ないのだろう。我は小さく息を吐いて、自らの部屋に戻った。

 鍵を閉め、続けてテーブルへ向かう。早速この本を解読するのだ。


 椅子に座った我は革の表紙を捲り、続けて最初のページを見る。……一つの文脈でもやっとな我からすれば無茶とも言える分量の文章が、丁寧に羅列されていた。


「……いや、落ち着け。我は一応、多少の文は読める」


 そうだ。本とは結局、文章の塊である。一つ一つを分解して解釈していけば、時間は掛かろうと読めるはずである。時間ならば幾らでもある。好都合だ。

 そう自分を鼓舞しながら、我は本の一行目に向き合った。


「……昔々、あるところに……黒い森の……待て待て、これは魔女という意味の単語か? いや、そうでなければ何なのだ?」


 我は一行目で知らない単語に出くわした。我は苦い顔になり……そうだ、と一つの発想を得た。部屋に備えられた紙を何枚か失敬し、テーブルの上に置く。続けて紙に『魔女』と写し書きをして、それがどういう意味なのかを我に分かるように書いた。

 こうして単語を一つづつ潰していけば、なんとか読めるはずである。分からない文脈があればこの紙に書き出して、文法に当てはめて理解すればいい。それでも分からなければリサに頼る他無いが、過度に頼るのは我の矜持きょうじが許さない。

 我は一応、魔王である。この程度の事が個人で出来ぬ筈もない。


 ……『昔々、あるところに、黒い森の魔女と呼ばれる女が居ました』。よし、完璧であるな。次だ。


 その彼女がどうして魔女と呼ばれるのかは……更に昔に……遡ります、か。


「……よしよし」 


 その頃、黒い森は……青々? としており、森の近くには町がありました。……うむ、中々読めるではないか。この調子である。


 我はしばらく本と向き合った。知らない単語に出くわしては文脈からなんとか意味を解釈し、文脈が理解できないときは、単語からなんとか連想をした。

 こんな作業をしたのは、初めてではない。当然のごとく二度目だ。だから、存外慣れていた。言葉を覚えることや、知らない単語の意味を類推するのは、かなり得意なのである。


 ほんの少しだけ昔を懐かしんで、我は文の塊に向き合った。さあ、解読である。どうせ暇なのだから、幾らでもできるだろう。左右に振れる視線に合わせて、我の尻尾も左右に揺れた。

この世界の文章に関しては、横書きの日本語みたいなものだと思ってください。単語に関しては漢字のようなもので、『魔女』の単語を見たヴァチェスタは「ああ、『魔』の『女』か……」と理解し、メモに『魔女=魔法の使える女』と書いています。

時折来る『燦爛たる』や『耽美』などは文字から理解するのが難しいので、頑張って文脈から理解しようとしています。

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