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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第七十九話 船は進む

少し短いです。

 部屋に戻った我は部屋に備え付けられた風呂に沈みながら、ぼうっと思考を漂わせていた。いつもならば感嘆の声を漏らしていた所だが、生憎それほどいい気分でもない。言わずもがな、バジルのせいである。奴の言葉と顔からして、恐らく強引に我を捕らえようとはしないだろう。むしろ、正々堂々とこちらに向かってきて、我を『買う』つもりに違いない。


 少し話しただけだが、我は奴の性根を見抜いたつもりである。なんとも猪突猛進というか、馬鹿正直な女である。その癖先を見る力があり、言い知れぬ余裕がある。飄々として風のような態度は、押しても引いても我を捉え続けていた。

 こういう人種に、我は何度か出会ったことがある。老獪としているというか、根本的に我とは相容れぬ奴等だ。そういう奴は、放って置けば置くほど手札を集めて厄介になる。


 ああ、どうしたものか、と我は考えた。考えたが、当然対策など出来ない。さっさと無視だの押し退けるだのをすればいいのだが、バジルの社会的立ち位置は恐らく我にとって……加えて北での目標に対して大きな利益がある。顔見知り程度ならばまだしも、我はあの女に言い寄られているのだ。

 上手く扱えば、欠片を簡単に取り戻すことができるかもしれない。……問題はそのあとが本当に怖いという点である。あの女に我の目標を悟られてはならない。そんな気がする。


 我はため息を吐いて、湯から上がった。水の滴る尻尾を一振りして水を切り、備え付けの布で体と頭を拭う。……そういえば、尻尾の問題もどうにかせねばならぬな。今の我は旅人らしくローブを着て誤魔化しているが、常にローブを着ているのは不自然である。

 我は適当に服を着て、尻尾を上着の背中に滑り込ませてみた。だが、どうにも尻尾が大きい。背中に沿わせてみれば襟から尻尾が飛び出すし、いつものようにとぐろを巻くと背中に不自然な隆起が生まれる。


 下手に我の正体が暴かれれば、エリーズやリサ共々海に放り投げられること間違い無しである。我は鏡の前でしばらく試行錯誤をしてみたが、どうにも上手くいかない。……正直な事を言うと、我は尻尾を隠したいとは思わない。今こうして隠そうとしているのは必要に駆られたからであって、そうでなければ魔王様の力を象徴とする尻尾をわざわざ隠したいとは思わないのだ。


 なので我はそもそもがやる気を掻き立てられず、すぐに尻尾については諦めた。ふらふらと部屋を歩き、ベッドへと寝そべる。リサの家の長椅子では、満足に手足を伸ばすことは出来なかった。そもそもあの家で寝た回数が少ないというのはあれだが、こうして大の字に寝そべると、何だか違和感がある。


「……いつの間にか、小さくなったな」


 我はぼそりと独り言を言った。ちらりと見た時計は深夜一時過ぎを表している。前まではむしろこうして寝ることが当たり前だと言うのに、大体一月の生活で、我は大分変わった。それが良いことなのか悪いことなのか、我にはよく分からない。


 世界が変わったのだから変わるのは当たり前だと言う自分と、周りにつられて変わるとは弱くなったじゃないか、とあざける自分が居た。

 どちらの言い分が正しいのか、我は分からない。考えれば考えるほど分からなくなる。変化することが弱いことなのか、そもそも弱いとは何なのか。


「……そもそも、我など権能が無ければただの蜥蜴か」


 我は結局、ただの蜥蜴だ。特別な血縁も神様の祝福とやらもない。前世の人格だの魔法の道具だの、強い仲間というやつも無かった。


 ……我はずっと、未来で最強であった。あらゆるものと戦い、捩じ伏せた。だから、強さというものが単純な力だけではないことは知っている。借り物の力で戦った我だからこそ、強さがどういうものかを理解している。

 本当の強さとは……あぁ、そうだ。すべての力を失った時に、初めて垣間見える。これまで積んできた全てが見えてくる。そこにこそ、本当の強さがある。


「……止めよう」


 脱線が過ぎる。何だか馬鹿らしい。暇だからといっても、考えることは選ぶべきだろう。こうしてうだうだとしているのは……魔王らしくない。我は大きなため息を吐いて、寝返りを打った。眠るつもりはない。眠気は……まあ、あるにはある。だが、まだ早いだろう。我の予測では二日は持つ。正直なところ、船の揺れが悪夢に変な影響を与えないかが心配であった。


 我は朝までの時間をどう過ごそうか考えていた。眠らないとなれば、素直に鍛練なのだが……どうにも気乗りしない。先程まで気分を悪くしていたこともあり、どうしてか体を動かす気にはならなかった。甲板に出て夜を過ごすことも考えたが、また髪をべたつかせるのもあれである。

 我はしばらく何も考えずにぼーっと天井を見つめ……一つだけ、やっておくべき事を思い出した。


 確かこの部屋には、紙とペンがあったはずである。書き置きを残すだのなんだのに使うやつだ。我は玄関口にあったそれを手にもって、僅かに揺れる椅子に座った。続けてテーブルに紙を置き、一本の直線を引く。


「……時系列の確認だけはしておくべきであるな」


 この世界は恐らく我にとって過去である。それを証明する物証が多すぎる。もしそうでないとしたのならこの時間は無駄だが、否定から物事を考えるのは無駄の極みである。

 我は引いた直線の真ん中に、小さく丸を書いた。そしてその上に数字の零を書く。……少しだけ数字を思い出すのに時間がかかり、気まずくなった。


「……確か、アイン様の即位が五年前で、カヌスがエーテルワイスを侵攻したのが六年前で、ゼウスがエーテルホワイトを侵攻したのが三十年前……」


 口に出すと共に、直線に丸を加えていった。後は……あー、一応我が神に破れた時を右端としよう。これが今から何年後だ? 十年は間違いなく巻き戻っているだろうが……まあいい。分かるところから埋めていこう。

 アイン様の在位期間は……確か七年である。書類や年表で穴が開くほどそれは見た。魔王としてはかなり短い部類の在位である。我はアイン様の即位から七年後……つまり、今から大体二年後に丸をした。


 アイン様は……今から二年後に死ぬのか。それまでに、我は欠片を集めなければならない。それが我に残された時間だ。


「……二年あれば、いけるか?」


 分からぬ。欠片のいくつかは魔大陸にある。今の技術ではどうやっても進めぬ。無理に行くとすれば、魔力と筋力を取り返さねばどうにもならんな。その上、東にある欠片はかなり動いている。我が最初に確認した時は真東にあったが、次に確認したときは北東にあり、今はまた東にある。他の欠片は殆ど動きが無いので、東が特例なようだ。追い付いて戦うのは少しばかり骨が折れそうである。


 最初の欠片である尻尾を得るのに掛かった期間が大体一月。今から北西のアルベスタまでは三週間で、そこからまた面倒事がある。一応、欠片を集めれば集めるほど、強引に前へ進めるようにはなるが……移動を考えて進行を仮定したのなら……相当ギリギリである。これは、アイン様を助けに向かう時に持っている欠片を選ばねばならぬな。


 四つ……そうだな。四つあれば、余程我の引きが悪くない限り、アイン様を救うには事足りる。というか、あの場に我が居さえすれば、アイン様を説得するか庇うかして、なんとか救うことが出来るはずである。あの人の命を奪ったかもしれない一太刀を、どうにか止められれば……。


 我は思わず固くなっていた眉を少しほぐした。落ち着け、気を早めるな。これはあくまで仮定の話である。我はアイン様に関することだと、いかんせん思考に無駄が出る。考える時間はいくらでもあり、起こる出来事もこれから先で幾つもあるだろう。

 その上、我は歴史に介入している。……これが一番、我の仮定を狂わせているかもしれない。


 我はバストロスと出会い、手を焼いていた亡霊を退治してしまった。その上で、バストロスとヌトという、ミルドラーゼにおける重要人物と接触し、『魔王様を信じて欲しい』と口にした。実際にバストロスは魔族に関する考えを改め、本来は見ることなど無かったアイン様の手紙を開くことになる。


 この時点で、世界の歴史に大きな変化が起きるのだ。人間の進行が早まる可能性もあれば、アイン様がその前に人間と和平を組んだりする未来もあるかもしれない。もしくはカヌスが急に反逆を早めたり、人間の進行をバストロス陣営が諌めたりする可能性さえある。


 未来は今、完全に混沌カオスという状態にあるのだ。


 我は何度か未来について意味のない予測を繰り返して、取りあえず目の前の紙に集中した。カヌスとアイン様の死後から我が在位し、それから十数年ほど世界を支配していた。そこから神々との最終戦争が起き、我が負けるのだが……我の即位から敗北までの年数がわからない。ああいや、待て……我は今、恐らく齢にして十五か十六である。


 こういった時に自分の誕生日や在位記念日を祝わなかった事が裏目に出てくるが……確かそのぐらいだ。そこから逆算して、我の誕生を……待てよ?


「……あぁ」


 我は呻いた。ようやく気がついた。なんとも我らしい節穴である。そうだ。忘れていた。


「……この世界にも――我が居るのか」


 正確には『俺』である。未だにアイン様を目指して、足りない努力を振り絞る俺が居る。いずれカヌスと争い、アイン様を失う、情けない木偶の坊が居るのだ。我は一瞬の放心状態に陥って、取り敢えず筆を動かした。


 我が魔族になるまでに掛かった年月は二年と少し掛かった。そこから開拓班に入るまで……あー、確か一年半から二年ほど、あちこちに喧嘩を売っていたな。それから開拓班に二年半居て……そして魔王様の死に繋がる。


「……つまり、この世界の我は今、開拓班に入って半年ということか? ついでに言えば、我の年齢は恐らく十六……面倒であるし十六ということにしておこう」


 リサよりは圧倒的に年下であるが、エリーズよりは……いや待て、エリーズは確か十六だったな。……嘘だろう? 我はそんなに若いのか? あれだけ童だなんだと言っておきながら、同じ年齢……もしくはそれ以下である可能性さえあるだと? 

 我は背中に嫌な汗が伝っていくのを感じた。文字が読めぬのも我のみで、尚且(なおか)つこの三人の中で我が最年少なんてことになれば、我の自尊心が持たない。


 我はしばらく、自分の年齢を二十四と偽ることを決めた。これは必要な嘘である。仕方のない嘘なのだ。誤魔化すように咳払いを決め込んだ我は、もう一度自分の書いた一本の直線を見た。


 これが、この世界で起きたことであり、起きることである。未来に関してはもう大した信頼が出来なくなったが、それでも大まかな道筋は変わらないはずである。我は二年後のその日までに、どうにか力を持って……極論、持っていなくともアイン様の元に居なくてはならない。そうでなければ、我が生きている意味がもう一度消えることになる。


 この世界の我はもう一度最悪の結末を始めることになるのだ。考えれば考えるほど、我は神々が考えていることがわからなかった。奴等は一体何がしたいのだ。我を助けるつもりではないということだけは確かだが、それならば早々に殺されていないことが理解できない。……もしや、もう一度目の前で魔王様を殺し、我の心を折るつもりなのか? だからギリギリの時間に我を―― 


「ああ、全く。同じことを繰り返しているな」


 これ以上考えるのは止めよう。あまりにも被害妄想が過ぎる。分からないならば、分からないなりに動くしかないのだ。我は湿り気のある髪を掻いて、目の前の紙を四つに折った。それでも少し大きいのでそれをさらに半分にし、懐にしまう。書こうと思えばいつでも書くことは出来るだろうが、その度に色々と思い出すのは癪である。持っていて損は無いだろうと考えたのだ。


 この世界における年表を記した紙をしまった我は、残った時間をどうするか考えていた。時計を見れば、深夜二時半である。船内は驚くほど静かで、木材が軋み合うような音だけがある。

 我は散々考えて、結局鍛練を重ねることにした。それ以外にやることがなくなったのである。


 揺れる床を利用して筋肉を鍛えながら、我は脳内でリサとエリーズについて考えていた。正確に言えば、二人への弁明である。バジルの行動は我をもってして予想外であり、我はとことん被害者でしかないが、それを口にしてもどうにもなるまい。リサは呆れ、エリーズは苦笑いをするだろう。


 正直奴に関しては我よりもあの二人の方が余程マシな考えを持っているのではないか、と我は思っている。我としては上手く利用できれば、と思っているが、あの女は一応商人である。自分に利益が出ないことはしないだろう。

 その他にもああだこうだと考えていた我は、その最中に一つの事を思った。明日、リサかエリーズ辺りに本を一冊でいいから借りるべきかもしれぬ。この調子の旅が三週間続けば、夜は退屈で死んでしまう。あの二人はそこそこ本を持ってきていたし、何か面白いものを寄越してもらおう。

 そんな事を考えながら体を鍛え、そして夜が明けていった。

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