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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第七十五話 過ぎていく日々と変わらないもの

 リサとの会話から数時間後、寝ぼけ眼を擦りながらエリーズが降りてきた。小さな欠伸をしたエリーズは、テーブルに座る我とリサを――正確には我とリサの間にある空気を察して、眠そうな目を静かに覚醒させた。

 大きな寝癖を手櫛で直しながら、エリーズが口を開く。


「えーっと……何かあったのかな?」


「……あったかと言われれば、あったな」


 我はそう言うと、口を閉ざした。これはリサの口からエリーズに伝えたほうが良いに違いない。我の行動からその意図を汲み取ったのか、リサが緊張の面持ちとなって、エリーズに向かい合う。察しのいいエリーズはそれだけで何の話かが理解できたようで、引き締まった顔をした。


「……エリーズ。あたし……二人に着いていきたい。どうなるかは分からないけど、後悔しない選択をしたいの」


「……リサ、私きっと、リサに凄い迷惑を掛けちゃうよ? 私のお家はただのお家じゃないから……コルベルトさんは諦めないって言ってるけど、きっと戻って来れないと思う。楽しい旅行じゃないんだよ」


「……それは知ってるわ。何度も考えたの。でもきっと……ここで二人と別れたら、これから先、ずっと後悔するから。生きてるだけでも辛くなるから……だから、あたしは二人の後についていって――冒険者らしく、冒険してみたいの」


 リサは変化を好まない。我がこの家に来たときも、パーティーを組もうとした時も、我が住むことになったときも、リサは必ずそれらの変化を撥ね付けようとした。リサにとってエリーズと過ごす日々が一番の平和で、理想だったからである。

 そんなリサが今、自分から変化をしようとしている。冒険をしてみたい、と似合わぬ言葉を吐いている。どれだけの覚悟がそこに込められているのか、そう易々とは量れない。エリーズにもそれが分かっているのだろう。少しだけ儚く笑って、小さく頷き、エリーズは言った。


「……うん。うん……分かった。リサ、一緒に行こう。どこまで続くか、どうなるかは私も全然分からないけど、私達で頑張っていこう」


 エリーズはちらりと我を見た。見られた我は、ふん、と堂々たる様で鼻を鳴らした。当然だという意味である。我らは三人で顔を見合せ、次にどうするかを探った。が、誰も口を開かない。ようやく我らの方針が決まったというのに、決まったら決まったでどうすればいいかを考えている。

 なんとも馬鹿らしい三竦みがあって、リサがそれを取り除いた。


「あー……えーっと、朝ご飯にする?」


「うん」


「うむ」


 返事を聞いたリサが台所へ向かい、エリーズがちょこんと我の隣に座った。いつも通りの一日が始まる、その最初の動きである。我がちらりと見た時計は午前八時を指しており、秒針がゆっくりと円運動を続けていた。

 我はそれをしばらく眺めてから視線を離す。……さて、今日は間違いなく慌ただしい一日になるであろう。我は旅について知らぬし、リサもエリーズもそうだろうが、二人は我よりは知識を持っている筈である。


 船旅で必要なもの位は分かるだろう。今日はそれを買い集め、この家の掃除や整理をすることになるはずだ。台所から聞こえ始めた生活音に、我は小さくまばたきをした。



 ―――――――――――――



「……本当に組合に行く必要はあるのか?」


「あるに決まってるでしょ。あんたは確かに短い間かもしれないけど、一応お世話になったんだから」


「私達も冒険者になってから初めて他の国に行っちゃうから、あんまり良く分かってないんだけど、お話はしておいた方が良いと思うよ」


 そう口にする二人に連れられて、我は冒険者組合への道を歩いていた。我からすれば言葉通り最後の挨拶など要るのか、と思うが、確かにライゼンと店主には北へ向かうことを欠片ほども伝えていない。冒険者四人やクルーガーらについてもである。

 正直なところ、冒険者というのは所謂根なし草のようなものだと我は思っている。一番始めに店主が口にした『契約書も印鑑も要らない。その代わり、お前の明日の保証もしない』という言葉から類推するに、冒険者とはふらっと現れて消えるようなものである。それに長く付き合ってきた店主が我らを心配するとは思えぬ。


 だが、行かぬ理由も特に無かったので、我は二人の後を歩いているのである。外はいつにも増して暑く、エリーズの額には薄く汗が照っていた。我は汗をかかないかわりに、体の内側が暑くてしょうがない。

 渋い顔をしながら我らは曲がり角を曲がり、十字路を突っ切って見慣れた組合にたどり着いた。


 最初は顔をしかめ、最悪だという思いを胸に通った扉を、我は特に感慨なく通り抜けた。続けて酒の臭いがして、中の騒がしさが伝わってくる。


「いや、あん時に火炎瓶投げる必要は特に無かっただろ。むしろ投げてたらムダっつうか……」


「そういう問題じゃあ無いんですよ兄貴。オレ本当に焦ったんすからね。なんすか、瓶が固すぎて割れない火炎瓶とか。サンドゴーレム目の前に唖然とするオレの気持ち考えて下さいよ」


「つうか、瓶買ったのはアーサーだぞ?」


「いや、すまん……なるべく良い奴を買おうと思ったら……」


「店員が勘違いして固いのを進めたって訳ですかい。まあ、これに関しては両方悪いと思いますぜ?」


「え、オレもっすか?」


「そうだな。瓶投げる力が弱かったのかもしれねえ」


 ぎゃーぎゃーといつにも増して騒いでいた冒険者四人組に対して、カウンターで話をしていたらしい二人がこちらを見た。


「ん……おぉ! コルベルトじゃねえか」


「……来たか」


 大分様になってきたライゼンが我らに向けて笑顔を放ち、店主は相変わらずの仏頂面であった。ライゼンの言葉にガヤガヤとうるさい四人が言葉を止め、我を見る。


「おぉ、コルベルト!」


「コルベルト、久し振りだな」


「お久し振りですぜ、コルベルトの旦那」


「リサちゃん達も久し振りっすね」


 あいも変わらずに警戒心というか、そういった概念が壊れた連中である。わかったわかったと我が片手で制すると、四人は犬のように大人しくなった。どうやら、我らが次にどんな依頼を取るかを楽しみにしているらしい。こいつらのことである。我らが変な依頼に手を出そうとすればお節介を焼いて止めるか、もしくは先輩面をして依頼を奪うかするだろう。

 それを思うと、我は少しだけ申し訳ないという思いを受けた。この知能指数が気分次第な四人に対して、我が申し訳無さを覚えることが正直なところ驚きである。


 我は狐に摘ままれた顔で四人を見て、その間にリサとエリーズが店主に向き合っていた。


「あ、えっと……」


「……どうした」


「おい、我を置いて話を始めるな」


「お? 話ってなんだ?」


 ライゼンが興味津々に食いつく。……残念だが、お前が食いついた話題()は毒入りである。リサはやはり肝心な場面で日和っており、エリーズは緊張でリサの後ろに隠れている。

 なんとも情けないというか、不器用な奴等である。我はため息を吐いて、「我が話す」と前に出た。


 改めて、店主とライゼンに向かい合う。店主はおそらく我と同じ背丈だろうが、カウンターの床は上げ底になっているのか、多少目線が高い。反対にライゼンはカウンターの高さを考慮しても僅かに我より目線が低かった。

 我はそんな二人に向き合い、何から話したものかと考えた。


「……色々、積もる話もあるだろうが、その前に我から……いや、我らからお前達に話さねばならないことがある」


「……」


「……お?」


 組合の中はどうにも静かだった。誰も物音を立てず、我の言葉を待っていた。こうなってしまうと中々話がしづらいな、と思いながら、我は店主の青い瞳を見た。瞳は少しだけくすんでおり、年齢相応の深い色合いをしていた。

 その瞳が、一瞬湧いた沈黙に、どうしてか細められる。我は畳み掛けるように言葉を吐いた。


「……我らは三日後、このミルドラーゼをつ」


「……」


「うっそだろ!?」


「なっ……」


「は……?」


「嘘っすよね……」


「……」


 店主は小さくため息を吐き、ライゼンは驚愕に目を見開いた。後ろでさまざまな声が上がり、それに対してリサとエリーズが気まずさに縮こまる。一瞬にして沸き立った場の中で、店主が冷静に言った。


「……もう少し、早く言え」


「……すまぬ」


「おいおい、俺を外野にすんなって。急すぎるだろ?」


「確かに急だが、いずれこうなることは決まっていた」


 その場合はリサやエリーズが居ないということもあり得ただろうが、今は三人纏めてでの移動である。我の言葉に、ライゼンはやるせないといった顔をした。


「……折角、これから楽しくなってくって思ったんだが」


「ライゼン」


 店主が嗜めるように言った。続けて店主の瞳が宙を滑って、我の瞳に合わさる。


「……理由は聞かない。止めもしない。私は、組合の主であって、ただの仲介人だ。お前の友人でも上司でもない」


 だが、と店主は言った。いつも通りの仏頂面である。


「一つだけ、独り言を言おう。……寂しくなるな」


「……世界というのは存外狭いのだ。いずれ何処かで会えるだろう」


「それは分かってるんだが……あぁ、なんつうか、久し振りに酒が飲みたくなるな」


 ライゼンは大きくため息を吐いた。口振りから察するに、未だに酒を飲んでいないのだろう。ライゼンの唇がへの字に曲がってそんなライゼンを置いて店主が口を開いた。


「……とにかく、話は分かった。三日後、何処へ向かうか言えるか」


「アルベスタである」


「……アルベスタか」


 店主は何かを考えるように視線を上に上げた。そして、少しだけ長い瞬きをすると、なら、と口にした。


「もし向こうで冒険者をするのなら、オズワル支店を選ぶといい。あいつは私の知り合いだ。私の名前を出せば無下にはされない」


「……心に留めておこう」


 我の後ろで、リサとエリーズがペコリと頭を下げた。相変わらず、店主を前にすると借りてきた猫のようである。店主の言葉が終わると、組合には静寂が満ちた。誰も何も声を発さなかったのである。我は次に何をすれば良いのかわからず、リサやエリーズは場の納め所を見失っている。


 どうしようかと悩む我に対して、ライゼンが急に声を上げた。


「あぁ、やっぱり塩っぽい空気は性に合わねえ。なあ、コルベルトと嬢ちゃんたち。もし、時間が空いてたらよ……酒、飲んでかねえか」


「おい、ライゼン」


「良いじゃねえか兄貴。もう何年も会えなくなることだってあるんだぜ? 別れの酒くらい交わさせてくれよ」


 店主の言葉に、珍しくライゼンは食い下がった。ライゼンは基本的に店主の言葉を聞けばすぐに引くので、相当ライゼンの意志が強いということがわかる。店主もライゼンが食い下がったのが意外だったのか、珍しくその目に困惑を浮かべて我らを見た。

 我を見られてもどうにもできぬのだが。どれだけ準備に時間がかかるかだとか、どれだけ飲むのだとかが分からない。そういう意味を込めて、我は店主の視線をリサに受け流した。受け流された側のリサは大いに焦った様子を見せて、両手を降参するように前に出した。


「いや、あたしを見られても――」


「それ良いな」


「もしやるんでしたら、俺たちも混ぜてくだせえ」


「別れには酒が似合うんすよ」


「俺もなんだか酒を飲みたい気分だ!」


 ここに来て、下戸四人組が声を張ってきた。良くわからないが謎にやる気である。全員の視線がリサに集まった。リサの後ろに居るエリーズがあわあわと当惑している。

 この状況に至る原因を作ってしまった我は思わずいたたまれなくなり、リサに助け船を出すことにした。


「リサ、予定はどうなっている」


「え、あ……えっと、これから市場に物を買いにいって、明日は家を掃除して……明後日に持ち物の確認と最後の休憩をして、次の日にラクダを借りるつもりだったんだけど……」


「……もし、今日が潰れたらどうなる」


「……最終日の荷物確認が前日に繰り越しになるくらいだけど……」


 その言葉を聞いて、馬鹿四人組が顔をばあっと明るくした。何故あの四人は今の言葉を聞いて時間があると思えたのだろうか。旅の準備というのは、往々にして時間が掛かる。今回は船旅なので食料や水を運ぶ必要は無いが、それでもリサの家を整理するという手間があるのだ。


 理性的に考えれば、断るべきである。……だというのに、どうしてだろうか。いつの間にか、我は四人やライゼンに似た目でリサを見ていた。それに自分で気がついたとき、リサがくすりと笑った。


「…………一日くらい、ゆっくりしても良いかも」


 あたしたち、お酒飲めないけど、とリサが言った時、後ろの四人が一斉に声を上げた。続けてライゼンが、わはは、と大声で笑う。店主が呆れたような顔をして一瞬だけ微笑み、くるりとこちらに背中を向けた。続けてカウンターの壁にある酒瓶を眺めると、何本かに指先を合わせる。


 続けて、後ろの四人が軽い足取りでカウンターの席についた。きっちりと三つの席が空いている。我らは三人顔を見合せ、その席に着いた。入り口から順に、エリーズ、リサ、我、四人組の順である。カウンターのライゼンが店主に倣って酒瓶を取り出し、続けてグラスを我らに配る。


「さあ、そうと決まったら酒だ酒だ。俺は死ぬほど酒を飲んできたからな。どれがどんだけ美味いのか知ってるんだぜ?」  


「あ、えっと、あたしとエリーズはお酒無理なんですけど……」


「ああ、勿論分かってるぜ。嫌がってる相手に飲ませられる酒なんてものはねえんだ。安心してくれ」


 ライゼンはそう言うと素早い手つきでリサとエリーズのグラスに何かを注いだ。匂いからしてリンゴかブドウの飲み物だろう。さっと二人にそれを宛がったライゼンは続いてニヤリと笑うと、我のグラスに手をつけた。


「……我はこの四人に比べればマシであるが、酒はあまり強い自信がない。お手柔らかにというやつだ」


「わはは、とにかく俺に任せておけ。酔っ払っても酒を仕事にしてたんだ。誰にどんな酒が合うのか位は分かるさ」


 ニコニコと機嫌が良さそうに笑うライゼンから視線を反らし、隣で難しい顔をしている店主を見た。……あぁ、成る程。あの四人は酒の空気で酔っぱらうような下戸である。下手な酒を飲ませればすさまじいことになる。店主は悩みに悩み、度数の低い果実酒をさらに水で割った物を四人に出していた。


 それを見ていると、ことり、と我の目の前にグラスが置かれた。中には並々と金色の液体が注がれている。顔を上げると、同じく酒を入れたグラスを片手に上げたライゼンが居た。


「……なあ、コルベルト」


「……何だ」


「いつかよ……また、前に食わしてくれた料理、食わせてくれよ」


「……我よりも上手く作れる者はいくらでも居るぞ?」


「そういうんじゃねえんだよなぁ。うまいのが食いたいんじゃなくて、お前ともう一度飯食ってみたいんだよ」


「……」


 我は思わず口を閉ざした。ライゼンは少しだけ恥ずかしそうに笑って、「ありゃ、もう酔っぱらってんのかな」と言った。続けて、まあいいか、と言って上げたグラスを左右に振る。


「酒の席でしんみりしたのは似合わねえ。さあ、乾杯しようぜ」


「……うむ」


 我もグラスを持って掲げた。乾杯などしたことがないが、ライゼンがグラスを近づけてこう言った。


「また会える日まで、別ちの酒を」


 乾杯、とライゼンがグラスを触れあわせた。キン、と音が鳴って、ライゼンが酒を飲み干す。我は、次に合間見える時、料理が上手くなっていれば良いな、とそんなことを思いながら、小さな一杯を飲み干した。

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