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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第七十二話 魔王の癖と踏む地雷

 本に従って、我らは幾つもの店を渡り歩いた。二色の練り菓子を売る店や、繊細な飴細工を売る店……中には食べ物ではなく、工芸品を売っている店も回った。壺だの皿だの、中には宝石細工や枯れ木細工なんてものもあった。我とエリーズ、時折リサを含めてそれらに驚き、感嘆し、独特な味に目を丸くした。


 悠々と市場や路地裏を巡って、気になった物をつまみ食いし、そうして時間が過ぎていった。見上げる度に太陽が傾いていって、どうにも時間の進みが早いように感じた。エリーズはよく、それに頬を膨らませて文句を言っていた。


「楽しい時ばかり時間が早くなるのって、なんかずるい」


 エリーズの言葉にリサが苦笑いをしていたが、我は時間の進みが早いように感じることがあまりなかったので、不平不満よりも不思議だという気持ちが湧いた。戦闘中に時間が遅くなることはあれ、その逆というのはどういう原理で時間が過ぎるのだろうか。


 そんなことを思っている内に、もう空は夕焼けである。紫色に空が揺らいで、地平線の果てに太陽がある。雲は白というより黒をしており、澄んだ空気が夜を待つように停滞しているのを感じる。


 人々は熱波を放つ太陽が沈むのを安堵するように見ており、人の往来がだんだんと増えていくのを感じた。水を得た苔のように、市場がどっと騒がしくなっていく。

 視線を二人に戻すと、何やら地図の一点を指差している。


「夜って大体いつぐらいだっけ?」


「太陽が沈んだら?」


「やっぱりそうだよね?」


 リサとエリーズが指差していたのは、喫茶店の店主が勧めていたレストランであった。幸い、ここからあまり遠くない。歩けば十数分でたどり着けるだろう。これまでに散々物を食ってきたが、どうやら二人はまだ余裕があるらしい。リサの方は多少腹の底が分からぬが、エリーズはニコニコとしていた。

 当然我もまだ余裕であるが、エリーズの胃袋は一体どうなっているのかが少しだけ気になった。


 取りあえず行くだけ行ってみよう、というリサの言葉に我は頷いて、目的地へ歩き始めた。



 夕焼けというか、夕方というのはどうにも短い。空が赤らんで、太陽が夕日に変わると、呆気なく夜が来る。幻想的であった空は深い藍色で、月と星々が我らを見下ろしていた。そんな中、我らの目の前にはひとつの小さな店がある。大衆が集う食堂というよりは宿といった風貌のその店は、左右を雑貨屋に挟まれて、人の入りがどうも少なかった。ただ、どうにも縦に大きい。横に挟む雑貨屋よりも店の高さがあったのだ。


 そんな店先には申し訳程度の灯りが一つと、『食堂 宵明かり』という看板がある。店名に関してはリサが読んでいたので間違いはないだろう。しかしなんとも閑散としている。中から物音はするので客は居るのだろうが、喫茶店の店主が勧めてきた理由は今一分からなかった。


 夜空を見て、意を決したリサが扉に手を掛ける。ゆっくりと開かれた店内は、存外普通の店であった。中にはテーブルが四つあり、その内二つが埋まっている。半分席が埋まっていればもう少し騒がしい筈だが、席に着いているのは大半が中年から老人であった。


「おお、いらっしゃい……おや、若いお客さんだね」


 店の奥から声がして、ちょこりとカウンターから顔を出した。恐らくこの食堂の店主だろうが……異常に背が低い。エリーズと同程度……いや、それよりも低い。顔はしわと白い髭で覆われており、腹は中年のように丸くなった、なんとも不思議な老人であった。

 背が低いのも、背骨が曲がっているのではなく、純粋に低いようである。物珍しそうに我らを見る客の間を縫って、店主がようやくこちらに来た。


「あ……えっと」


「席は空いているからね。遠慮なく座ってくれ。それと、今日のお勧めは旬野菜のパスタだよ。滅多にパスタは入荷しないんだが、お客さんはついてるな」


「あぁ、はい……」


 しわの多い顔で柔らかく笑った老人に、リサは言葉をどもらせていた。何を緊張しているのはさっぱりだが、このままでは適当な席に案内されてしまう。横槍を入れるように我は口を開いた。


「おい、お前」


「おぉ? なんだい?」


「……上は空いているか?」


 その言葉を発したとき、老人は大きく目を見開いた。額から垂れてきた皮で半目になっていた小さな瞳が、はっきりと晒される。続いてあんぐりと口を開けた老人は……満面の笑みを浮かべた。


「ああ、あぁ……成る程。ミードラーゼの店主だろう? ここを勧めるのは、あいつしか居ないさ」


「……そうだ」


 先程とは打って変わって、若々しい口調の店主は何度か頷いた。


「ニシシ……まったく、何年経ってもお節介野郎だな……」


 歯を噛み締めながら独特の笑い声を上げた老人は、ああ、と我らに言った。


「空いてるさ。ついてきな。もう何年も開けちゃ居ねえが、掃除を忘れたことはなかった」


 こちらに背中を向け、老人は店の奥へ歩き出した。いつもと異なる店主の様子に、恐らく常連である客たちはどぎまぎとしている。我らはそのどよめきを掻き分けて、店の奥へと続く。

 順番は先程と異なって、我が先頭である。老人は恐らく厨房へ続いているだろう扉を開けた。中には予想通り厨房があり、そこには料理をする老婆と一人の女が居た。恐らく老人の妻と娘だろうが、二人は老人の姿に驚き、続いて我らの姿に仰天した。


「え……お客さん!? おじいちゃん、どういうこと?」


「……いや、ちょっと上に用があるんだよ」


 その言葉に老婆が納得したような顔をし、女は更に困惑した顔になった。老人は娘に説明をすることもなく、ずんずんと先へ進んでいく。厨房の奥へ進み、恐らく住居としている居間にたどり着いた。そこから老人は階段を上り始める。二階を通り越して三階……いや、店の屋上まで達した。老人が階段と付随になった扉を押し開けると、そこには意外な光景があった。


「うぇ!?」


「え、あ……えぇ……?」


「……成る程、上で食事が摂れるのか」


 外観は地味な店であったので屋上は適当な様子なのだろうと思っていたが、そうではなかった。屋上の床には白い石材が升目ますめになっており、安全の為か黒い柵が周りに張り巡らされていた。こんな柵はあっただろうか、と我は思ったが、夜の闇に紛れて外からでは視認が出来なかったのだろう。


 そんな屋上にポツリと、同じく黒いテーブルと四つの椅子があった。どちらも鉄製のようで、椅子には若干の意匠が凝らしてあった。


 ちらりと横目で二人を見ると、リサは不安げに周囲を見回しており、エリーズは惚けるように三階分の高さから見える夜景を見つめていた。老人は軽く我らに腰を折ると、四つの席を手で差した。我は取りあえず入り口から一番遠い椅子に座った。小心者のリサやエリーズが離れた席に座るのは面倒だろうと思ったからである。続けてエリーズが我の右側に座り、リサがぎこちなく我の対面に座る。


 我らが席に着いたのを確認して、老人は「少々お待ち下さい」と、これまた口調を変えて言った。我はころころと変わる老人の態度に疑問を抱いたが、それを口に出す前に老人が二階へ消えていく。残されたのは椅子の背もたれを前にして夜景を見つめるエリーズと、気まずい顔のリサである。


「ほわぁ……」


「え、エリーズ……ちょっと行儀が……」


「え? あ、うん。……でも、柵の近くに立つの、ちょっと怖いかな……」


 エリーズはどうやらここからの眺めが気に入っているようだった。確かに、この店は周りに比べて多少高い。加えて近くに市場があるので、移ろう人の流れや煌々とした夜景を存分に観ることが出来るのである。

 高いといっても所詮は建物三階分であるので、人々の喧騒も小さく聞こえてくる。


 気を抜けば我も町並みを眺めてしまうほど、ここからの景色は良かった。だが、それよりも気になる点がひとつある。リサの緊張した態度だ。リサが小心者であることは分かっていたが、しばらくすれば慣れるか開き直るのが常である。だというのにリサは先程から塩を振られた蛞蝓なめくじのように萎縮して、満足に町並みを観ることも出来ていない。


 我は脳内でリサが気に病みそうなことを箇条書きした。食事の値段、帰る時間、これからどうなるのか、料理は旨いのか……。そこまで考えて……こうして内心で考え込むのは我らしくないという結論に至った。疑問に思えば聞くべきである。我は咳払いをひとつして、未だ太ももの上に握りこぶしを固めたままのリサに声をかけた。


「おい」


「ん?」


「いや、お前ではない。リサである」


「あ、ごめんね」


「あ、あたし……?」


「先程から何を身構えている。それほど緊張することがあるのか?」


 我があっさり言い放つと、エリーズがくるりとこちらを向いて、確かに、と言った。エリーズは少しばかり夜景に釣られ過ぎであるが、どうにも違和感があるのだ。リサは我の言葉に目を丸くして、続いて顔を赤くした。む? なんだその顔は。何を意味しているかさっぱりであるぞ? 

 それはエリーズも同じなようで、こちらに向き直って小首を傾げている。


「あ……いや、緊張……はしてるけど、変なのじゃないから大丈夫」


「いや、何故緊張をしているのかについて聞いているのだ」


「そうだー!」


 エリーズのよくわからない囃し立てを聞いて、リサが「うっ」と気まずそうな声を漏らした。いや、本当に何が何だか分からない。今回に関しては謎と銘打っていいくらいである。

 我とエリーズの追及を受けたリサはしばらく悩むような仕草をしてから……俯きがちにこう呟いた。


「その……た、高い所が……」


「え」


「……む?」


 エリーズが何かを理解したような声を上げた。続けて驚きに目を見開いている。リサは我に向けて睨むような顔を向けたが、全く怖くない。手負いの草食動物のような顔であった。高いところがなんなのかが理解できない我は、高い場所というものから連想される要因を探した。


「…………まさか、な」


「……うるさい」


 夜でも我の視界に影響はない。リサの珍しく赤らんだ顔がよく見える。我の言葉に、リサは肯定ともとれる言葉を返した。まさか……高い所が怖い等と、子供らしい理由が原因で萎縮していたのか? 確かに普通の人間は三階から落ちれば骨折……打ち所が悪ければ死ぬのかもしれぬ。だが、それに緊張するというのはいささか珍しかった。


 顔の赤いリサを見たエリーズは、両手で口を覆って「かわいい……」と口にしていた。


「いや、エリーズ、それ本当に止めて」


「恥ずかしい?」


「……それ、どう返してもあたしにダメージしかなくない?」


 不機嫌そうにリサは目線を反らしたが、両手はきっちり太ももの上である。対称的にご機嫌なエリーズが何かを口にしようとしたが、それより早く屋上の出入り口が開いた。続けて老人が何かを両手に持って近づいてくる。


「水と……暗いので蝋燭を幾つか」


「うむ」


 老人は水の入ったグラスを三つ置いて、次にテーブルの真ん中に銀色の燭台を置いた。三又に分かれた燭台の上に蝋燭を起き、マッチで火をつける。ここは市場の夜景や星空、月を眺めることが出来るが、反面暗いという欠点があった。満月ならばまだしも、半月の月明かりだけでは薄暗いのだ。


 蝋燭は続いて柵に蝋燭を立て始めた。よく見れば確かに蝋受けがある。柵に幾つかの火が灯されると、屋上は一気に明るくなった。同時に多少の雰囲気が醸し出されている。揺れる蝋燭の灯り、誰も知らぬ屋上、遠い喧騒や笑い声。見上げれば、地平の果てまで広がる夜空を広々と見上げることが出来た。……我はあまり星空が好きではないが、ここで口にするのも野暮というやつだ。


 老人は料理を持ってきます、と口にして、また屋上を去る。ちらりとリサを一瞥すると、太ももの上の拳がほどけていた。多少は緊張が解れたのだろう。小鳥のようにきょろきょろと周りを見ている。


「……何?」


「……あぁ、すまぬ。癖だ」


 どうやら我はいつの間にかリサをじっと見ていたらしく、リサは居心地悪そうであった。いつもの癖に渋い顔をしながら、我は適当に市場を見ていた。多種多様な人間が歩き、喋り、交渉し、酔っ払っている。人の群れは柔らかく流動し、ランタンから放たれる暖色の光は、そんな人々を静かに照していた。


 ……そんな景色を見ながら、我は別のことを考えていた。……リサのことである。きょろきょろと周りを見ているリサは、少しだけいつもと異なる印象があった。いつもより丁寧に整えられた髪、そばかすを薄く誤魔化す化粧……果てには薄く桃色の口紅があった。

 いつもと違って出掛ける為に化粧をしたというのならば、まあ分かる。冒険者をやっていてそんな化粧をしていれば、舐められるどころの話ではないからな。


 だが……ああ。


「……おい」


「何?」


「……どうして化粧をしているのだ?」


「え……? いや、普通に出掛けるから……顔を整えたかったって感じだけど」


「かわいいよねー。私はさっぱり出来ないから、憧れちゃうなぁ」  


 エリーズの言葉を小耳に流しながら、我は静かに口を開いた。いや、余計だろうか。変に思われるだろうか。エリーズに同調しておくべきだろうか。そんな考えが刹那に過って、我は言った。


「……飾った化粧などしなくとも、お前はそのままで十分だろうに」


「え」


「…………え?」


「……む?」


 エリーズは硬直していた。それはいつもの比にはならない固まり方で、敢えて言うのならば『処理速度を越えた』といった感じである。対称的にリサは、本質的に『何を言ったか分からない』といった硬直をしている。

 方向性が異なる二人だが、呼吸の筋肉すら固まっていた、という一点においては相違が無かった。


「え? え?」


「え、ちょ、ちょっと待って? ど、どういうこと?」


「……そのままだが?」


 前も言ったが、リサとエリーズは不細工ではない。リサは鋭利な雰囲気とそれが弛緩したときの可愛らしさを内在しており、エリーズに至ってはそこらでは目にかかれない美形である。我は化粧というやつがよく分からなかったが、わざわざ引き立てようとしなくとも、十分にリサは綺麗な顔をしていた。

 化粧について知らぬ我が口を出すのは変だと分かっていても、何故だか思わず口から出てしまったのである。


 我の言葉にエリーズは行動を停止し、リサは壊れた人形のようにカタカタと両手を構えて固まっていた。……それらに加えて、どうしてか我は心臓の脈拍が早くなっており、思わず首を傾げてしまった。何故だかさっぱり理由が分からぬ。


 そんな状況で、見事なまでの間をもって、老人が出入り口の扉を開ける。


「お待たせ致しました。旬野菜のパスタで……おや?」


「うむ」


「え、十分って、え?」


「……良い匂い」


 ……なんとも混沌とした食卓へ、静かに皿が並べられた。

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