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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第六十五話 こうかいとこうかい 前

 真っ暗闇で声が聞こえる。すすり泣くようなか細い声だ。どこから聞こえているのかは分かるのに、そこを見ても暗闇しかない。だが、我は取りあえず暗闇に一歩踏み出した。何かを踏む音が聞こえて、泣き声が近づく。我は何度か前に進んだ。


 どうしてだか分からないが、体が軽い。火照っている。我は首を傾げながら声の方角へ向かった。進むほど声が鮮明になっていって、声の主がどうにも幼いことがわかった。子供の声で、泣いている。そして更に進むと、子供が親を呼んでいることが分かった。


 はぐれたのか、後を追いかけているのか。にしてはどうにも声に悲壮が漂っていて、我はそれを聞くたびに心が踊った。歩いて、歩いて……声の真後ろに立つ。見えないが、目の前に何かが居ることが分かった。膝ほどの高さから、声が発されている。うずくまっているのだろうか。我は声の主に「どうして泣いているのだ」と聞いた。


 声は答えない。代わりに激しく親の名前を呼ぶ。我は無視されたことが腹立たしく、恐らく子供がすがり付いていた親の死体を蹴り飛ばした。何かが跳ねて、飛んでいく。泣き声が止んだ。

 我はもう一度「どうして泣いているのだ」と聞いた。だというのに、声は答えない。固まったように喋らない。我は手を伸ばして、声の主の首を掴んだ。細い。小枝のようだ。


 我はそれを高く掲げて、これが最後だ、と言った。声の主は我の手首を掴み、両足をばたつかせていた。


「どうして、泣いているのだ?」


「お、お母様が……お父様も、お姉様達も……みんな、し、死んじゃった、から……うぐっ」


 我の手に何かが掛かった。唾液か、涙か……どちらでもいいが。我は自分の顔が笑顔になるのを感じた。そしてこう聞いた。


「辛いか?」


 声は掠れた吐息だけを残して、激しく頷いた。我はその醜い様を笑いながら続けた。


「辛いだろう。悲しいだろう。なあ、すべてを失う気分はどうだ。あの人が感じた苦しみが分かるか?」


 あの人は……自分が守っていた者達に裏切られた。信じていた人間にさえ裏切られた。果てには大切な国をめちゃくちゃにされて、大切な人を皆殺しにされて……何もできずに死んでいった。

 我は手に力を込めながら言った。


「お前らのせいだ……お前らはいつもそうだ。自分より優れた者を許せない。平気で他人を裏切る。つまらないことで他人を殺す」


「あぐ、あ……がぁ……」


「なあ……どんな気持ちだったと思う? 目の前で部下を拷問される気持ちは……配下の死体を窓から投げ入れられる気持ちは……!」


 人間は屑だった。あの人がどうして人間になんて殺されたのか、勇者に問い詰めれば分かった。奴は笑いながら話した。お人好しの魔王で良かった、と。

 もはや、泣き声は聞こえなくなっていた。手から伝わる命が欠けていって、それに比例して世界が明るくなっていく。


 そこは、崩壊した人間の城の中だった。辺りに炎が撒き散らされていて、城は原型を失っている。血まみれの絨毯の上に我は立っていて、右手の先には一人の少女が居た。その子は綺麗な黒髪で、目や鼻から液体を溢しながら、宙ぶらりんになっていた。


 我は死んでいく人間の少女に向かって言った。


「来世はどうにか、人間以外に生まれるといい」


 そうして、我は静かに少女の首を――



 ――――――――――――



「ッは……! は、あ……夢、か……」


 我の体が大きく跳ねた。結果として長椅子から転げ落ちる。痛みは無いが、全身に嫌な汗があって、酸素が足りない。過呼吸に近い状態になりながら、我は胸に手を当てた。心臓が爆発しそうである。限界まで走ったかのようだった。


「……」


 全くもって、最悪の目覚めである。時計を見れば、深夜四時ぴったり。まだ朝方だというのに、全くもって眠気がない。荒く浅い呼吸をなんとか整えながら、我はしばらく心を鎮めることに努めた。落ち着け、夢である。ここは悪夢ではない。復讐に取り憑かれていた魔王はもう居ないのだ。


 何度も何度も胸を撫でて、深呼吸を繰り返し……そしてなんとか平静を取り戻した。相変わらず、散々な悪夢である。こんなものを何度も見ていれば、体より精神が先に参ってしまう。出来ればささっと逆鱗を手にいれたいところである。

 我はため息を吐いて、台所へ向かった。そこで一杯水を飲み、少しだけ顔を洗った。冷水は嫌いであるが、顔を洗う分には清々しくて良い。


 再び長椅子に戻った我は、もう一度ため息を吐いた。随分昔の事を見たな。その頃の我はとにかく怒り狂っており、人間をこの世から滅してやろうと世界中を暴れまわっていた。血まみれの化物となった自分を見るまで、本気で世界から人間を消すつもりだったのだ。


「……『来世はどうにか、人間以外に生まれるといい』」


 ……そんな台詞せりふを吐いて、今は人間と共に生きている。のうのうとどうすればいいかなどを考えている。到底許されはしないだろう。途中で夢は終わったが、我は確かにあの少女の首の骨を折った。右手にその感覚を得て、鈍い音を聞いた。

 そんな男が別の人間を相手に『お前を救ってやる』等と、随分思い上がったことを言うようになったものだ。


 我は度重なる自己嫌悪に、苦い顔をした。いつもならば傲慢な性格の我が『所詮は悪夢の産物である。気にするだけ馬鹿らしい』と言い放つのだが……どうにも、最近はそのなりを潜めてしまっている。


 ……ああもう、止めよう。こんなことを考えたところでみじめである。魔王だとかそういったものをおいても惨めである。我は頭を振って、暗い考えを捨て去った。


「……切り換えるとしよう」


 今日の目標としては、まずバストロスに会うこと。……我が魔王ということを知られて裏切られ、衛兵に捕らえられでもしたら目も当てられないが、奴はそういったことはしないはずである。少なくとも、交わした約束を守る義理堅さはあるはずだ。

 そうでないにしても、我は結局あの男の元へ行かねばならない。北へ向かう船に乗りたいのだ。自力で向かうにしても、これ以上リサの金を我の為に使わせたくは無かった。


 バストロスに会って、船の日程を確認した後、アーカムにローブを返すとしよう。ついでに同じようなものが無いかを確認したい。それと、もうひとつ……アーカムには聞きたいことがある。ゼウス・アーデンについて、もしくはカヌスについてである。これに関しては、エリーズやリサに聞いても別に構わないが、常人よりも長命らしいアーカムならば、その分詳しいことを知っていそうである。


 その後は、まあ……リサ達と依頼を受けるなりなんなりをして過ごすつもりである。その過程で、どうにか説明ができれば良いのだが……我の経験則によると、こういった場合は基本ろくな結果にならない。


 ……まあ、どちらにせよ、別れは避けられぬ。リサやエリーズには確かな家があって、我のように大きな目標はない。我には欠片の回収という目標がある以上、定住することは出来ないのだ。

 そんな事を考えていると――階段の方から視線を感じた。静かに振り返ると、こちらを伺う顔のエリーズが居た。


 エリーズは我と目が合うと少しだけ驚いた顔になり、続いて苦笑いになった。


「えーっと……うん。ちょっと音がして、確認っていうか……」


「ああ……すまぬ。我が長椅子から転げ落ちたのだ。どうにも……あー、尻尾の座りが悪くてな」


 我の言葉にエリーズは、そっか、と返して、ゆっくり階段を下りた。そのまま台所に向かい、水をコップに注ぐ。時計を見たが、まだ四時半であった。いつも長時間の睡眠をとっているエリーズには珍しい時間帯である。エリーズは水を一杯飲むと、ちらりと我の方を見た。我はじっとエリーズを見ていたので、当然目が合う。


 エリーズが気まずそうに苦笑いをした。


「えーと……あはは」


「……何だ?」


「いや、見られてるなぁって思って……」


「……癖である。気を付けるとしよう」


 我はよく、意味もないのに他人を見つめている時がある。我からすればこういったときにどこを見ていれば分からないのでエリーズを見ているだけだが、どうやら視線が嫌だったらしい。

 我は目の前の壁を見たが、これはこれでわざとらしいような気がした。うーむ、どうすればいい。白い壁面を見ていると、エリーズがくすりと笑った。


「……あ、ごめんね。ちょっとだけ面白くて」


「……馬鹿にされていないのならばいい」


 我とエリーズの間に沈黙が湧いた。エリーズはコップを置いて立ち止まっている。すぐにでも二階に上がると思っていた我は、どうにもいぶかしい思いに駆られた。首を傾げながらエリーズを見ていると、エリーズは一旦目を伏せて、そしてゆっくりと我を見た。

 何か我に言いたいことがある、ということがその仕草からは伝わってくる。


「……コルベルトさん」


「何だ」


「……コルベルトさんは、やっぱり何処かに行っちゃうのかな」


 我は少しだけ黙った。エリーズは……というより二人は、我の過去と現状を知っている。目的を達成した以上、我が次の場所へ向かう必要があると知っている。リサはどうにもその気配が薄いが、エリーズはしっかりと理解しているようだった。

 我は静かに答える。


「……ああ」


「えーと……場所とかは……?」


「確かバストロスが言うには、『アルベスタ』とかいう国だ」


「……」


 我の言葉に、エリーズは一瞬だけ笑った。黒い瞳の奥で何かが動いたような気がした。エリーズは、うん、と言った。どういう意味なのかは分からない。返事にしては多少変なものがあった。


「……いつ行くかって、決まってるのかな?」


「それに関しては、今日バストロスに聞きに行く。いつの便があるのか、そもそも我は知らないのでな」


「……次は四日後に便が出るよ」


「……」


 その次は更に三日後、とエリーズは続けた。我はとにかく驚いて、エリーズの顔を見た。エリーズはこちらを見ない。じっとテーブルに人差し指を当てて、木目をなぞっているようだった。

 ねえ、コルベルトさん、とエリーズが言う。


「……私も、着いていったら……ダメかな?」


「…………どういうことだ」


 我はなんとか言葉が出た。意味はわかるが、意図が読めない。一瞬、我が言った『救ってやる』という言葉が出てきたが、それは恐らく関係ないだろう。我の予想だが、これはエリーズ個人の問題のように感じる。

 我の言葉にエリーズはしばらく黙って、こう言った。


「えーっとね……うん。……やらなきゃいけないことがあるっていうか、その……」


「言いにくいのならば口にするな。だが……あー、どうなのだ?」


「どう……?」


「……リサである」


 我の言葉に、エリーズは苦い顔をした。


「お前の用事がどういったものかは知れぬが、恐らく距離からいって往復するだけでも五、六週間は掛かるぞ」


「……うん」


「……」


 エリーズは黙った。それを受け入れた上で、ということか。エリーズには余程の事情があるらしい。あれだけ大切に思っていたリサから離れなくてはいけないほどの事情である。


「……アルベスタへ向かって、帰ってくるつもりはあるのか?」


「……あるよ。あるけど……無理、かなぁ」


 一体どんな橋を渡るつもりなのだ。それさえ分からないとなれば、流石に我も首を縦には触れない。もう二度とここへ帰っては来れなくなるような用件である。

 それについて我が問いただすと、エリーズは瞳を伏せながら、静かに答えた。


「……お家に帰るんだ。私のお家に」


「……」


 その一言で、理解ができた。エリーズは、話によれば高貴なる家の娘である。それが何の因果か逃げ出して、ここに転がり込んできた。正直北から南へ海を渡って……いや、この世界は確か西にも大陸があるから、そこを伝ってきたのか?

 どちらにせよ、途方もない距離を通ってここに来たことは間違いない。そうして、エリーズ曰くもう三年も顔を見せていないらしいのだ。それが顔を会わせに行けば……もう二度と外に出られないというのは、なんとなく理解ができる。


 エリーズは我の顔をちらりと見て、いつものように明け透けに笑ってみせた。大方心配させたくないのだろうが、無駄である。無理に笑っているというのが簡単にわかる。


 ……さて、どうにも面倒になってきた。エリーズの意思は固いようである。このままではリサが一人で暮らしていくことになる。我は恐らくいいだろうが、三年も妹のように過ごしてきたエリーズが二度と帰ってこないというのならば、絶対にリサはエリーズを止めるだろう。なんならば我もついでに止めかねない。

 エリーズはリサに対して強く出れそうにもないので、もし面と向かえば言いくるめられてしまうかもしれない。


 だからこそ我に便乗する形で申し出たのだろうが……。


「リサは相当……いや、すさまじく止めるぞ。無理にでも出れば、心を病むに違いない」


「……うん」


 かといって、リサが我らに着いてきてここを出るとは思えなかった。ここはリサにとって最愛の家族が居た場所である。五年近くもずるずると親の死を引きずり、こうして暮らしてきたリサが、全てを捨てることは想像できなかった。

 エリーズもそれがわかっているのか、苦しそうな顔をしている。我はその顔がどうにも見ていられなかったので、ため息と共に別の話題を振った。


「……まず、どうして家に向かうのだ。その理由を知りたい」


「えっと……実は、アーカムさんとロダキノさんに、コルベルトさんに協力してもらうためにお願いをしたんだけど……」


「……おい、お前……まさか――」


 えへへ……とエリーズは力無く笑った。こいつ……どうやってあの二人を仲間につけたのかと思えば……返す宛の無い約束をしたのか。……我のために、北へ向かうことになったのか。


 この女は相変わらず――他人を助ける為に自分を簡単に切り捨てている。馬鹿らしい。意味が分からない。なぜ我のためにここまでするのだ。

 絶句する我に、エリーズが言った。


「……ロダキノさんには『お友達の黒竜さんのお墓を立てます』って言っちゃって、アーカムさんには『教会にお金を出します』って言っちゃった……ロダキノさんは信じてくれたけど、アーカムさんはあんまり信じてくれなくて……」


「……お前は、本当に馬鹿なのか?」


 エリーズは困ったような顔になった。


「……ごめんね。私、やっぱり馬鹿だから……こんなことしかできなくて。迷惑掛けちゃって……ごめんね」


「……」


 その言葉に、我の中の感情がごちゃ混ぜになった。怒れば良いのか、呆れれば良いのか、それとも慰めれば良いのか……もう、どれを選んでいいのか分からなかったのである。

 我はただ顔をしかめてため息を吐いた。エリーズがびくりと小動物のような反応をした。


「……まあ、とにかく、事情は分かった。原因が我であることも分かった。ただ、どうするかについては考えなくてはならない。我ら二人で、である」


「……うん」


「……そう暗い顔をするな」


 我が見たエリーズの顔は沈んでいて、普段の明るさが嘘のように深々とした暗さがあった。あれだけふわふわと、何一つ悩みなどないような顔をしていたエリーズがそんな顔をしていると……どうにも調子が崩される。

 我は考えた。諸々が入り組んだこの事態を解決するには、まず目的を明確にしなくてはいけない。


 第一に、我とエリーズが北へ向かうこと。第二に、リサの心に一番適切な選択肢を取ること。これに関しては我らに着いて来させるのが一番なのかも知れぬが、無理強いはできない。何せ、家も何もかもを捨てて、知らない北の国に着いてこい、と言っているのである。最悪、後腐れの無いように別れる文言を考えねばならないだろう。


 ……そして最後に、エリーズの家の問題を解決することである。エリーズの家出――三年も失踪することを家出と言えるかはさておき――がどのような理由のもと起こされたかは分からないが、この女が耐えきれないと思うような環境である。そこに残りの一生を捧げるというのは、完全に我個人の感性であるがどうにも味が悪い。


 そこまで考えて、我は思い至った。突拍子もない考えである。だが、元よりエリーズに放った言葉も考えなしのものである。同じようなものだ。

 我は緩やかに金色の尻尾を揺らした。そして、エリーズに向けて「おい」と言う。


「……決めたぞ」


「……え?」


「お前を、どう救うかである」


 エリーズは伏せていた顔を上げた。驚きに満ちた顔である。……だがすぐにそれは陰って、どうしようもない苦笑いになった。まるで、子供が荒唐無稽な夢を語っているのを見るような、諦観の目である。


「……コルベルトさんの考えてることは、凄く嬉しいよ。うん、本当に嬉しい。……でもね――ダメだよ」


「……何故だ」


「コルベルトさんじゃ、ダメなんだ」


 貴方に私は救えないよ。エリーズは儚くそう言って、僅かに微笑んだ。その笑みが我に向かって『お前じゃ無理だ』と言っているような気がして……我は苛立った。


「何故だ。言ってみろ」


「……コルベルトさんはね、力が足りないんだよ」


「筋力か? 財力か? ……それとも権力か?」


「全部」


 全部足りない。エリーズは柔らかくそう言った。その言葉に見下すような色は一切無く、本心から言ったものだと分かる。我はエリーズの口からここまで強烈な拒絶が出るとは思わなかった。

 エリーズは固まる我に小さく笑って、ゆっくりと二階へ向かった。後でまた話そうね、とそう告げて。


 その言葉に、我の苛立ちは限界を迎えた。我はエリーズの背中に「だから何だ」と言い放った。


「……え?」


「我にはあらゆる力が足りていない。……だから、なんだというのだ」


「……えぇと」


「力が足りていないから、諦めろということか? 我には無理だと? ……お前は、魔王を舐めすぎである」


 確かに、我は仮初かりそめの魔王である。ただの蜥蜴にすぎない。だが、我は確かに魔王として生きてきた。世界を征服した。それがこことは別の世界とて、確かな経験が我にはある。

 先程からずっと、エリーズは我を低く見積もっていた。本人にそのつもりはないとはいえ、我にできないだろうと勝手に無理な契約を交わし、勝手に悲劇の女優さながらに諦観を含めて自分を犠牲にしようとしている。


 それを救うことさえ、我には出来ないと言うのだ。


「エリーズ。……我はやるぞ。諦めるつもりはない」


「……無理なのに、どうして……?」


「黙れ。無理だとか、そういった言葉は我には無いのだ。我が……お前を、その家とやらから引きずり出してやる」


 我が堂々とそう言い放った時――エリーズが、ギリリ、と音が鳴るほど歯を噛み締めた。その顔を見て、我は思わずたじろぐ。エリーズは……エリーズは初めて、我に対して苛立った顔をした。眉を怒らせ、歯を噛み合わせていた。似合わぬ憤怒の顔だった。


「勝手なこと……言わないでよ」


「……」


 無言の我に畳み掛けるように、エリーズは言った。リサの両親の墓をいじくった時でさえ、悲しみに泣いていたその顔は怒りでひきつっていた。この世界で初めて見るエリーズの顔である。嘘偽りのない……剥き出しの感情であった。


「絶対に……無理だから。私に無駄な期待なんて、させないでよ」


「……断る。我はお前を連れ出す。我は魔王である。魔王らしく、(お前)さらってやるのだ」


 絵本のように拐ってやる。嘘偽りのない、全身全霊の我の言葉に、エリーズは目を見開いて……そして、こう叫んだ。泣くように、突き放すように、あるいはその両方を込めて。


「その女が……その女が――たとえ王家の人間だったとしても?」


 我は固まった。動けなかった。こいつは今何を言った? エリーズも思わず自分の口を押さえている。王家、だと? あまりの衝撃に動けない我に対して、エリーズは逃げるように背中を向け、階段を上ろうとして――固まった。

 見れば、エリーズの向かう先に誰かがいた。当然……リサである。階段の上に居るので、我からは足しか見えない。だが、ボソリと漏れた声だけで、リサがどんな顔をしているのかは簡単に分かった。


「……ぇ?」


「り、リサ……えっと、これは……えっと、その、えっと――」


 地獄のような三竦みの中で、エリーズの声だけが壊れた機械のように連続した。

後悔、渡航、公開。

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