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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第六十四話 眠る魔王

 ミルドラーゼにたどり着いた我らは、そのまま軽やかに町に入ることができると思っていたが、流石に町の入り口で止められてしまった。無理もないことである。我らの格好はマシになったとはいえ、それぞれが大きく体を切り裂かれ、赤黒い装いになっていた。服の汚れと濃密な血の臭いだけは水では落とせなかったのだ。


 だが、取り調べの段階で衛兵がヌトの顔を見ると、直ぐ様に顔を青くして敬礼をし、面倒そうな顔のヌトの説明によって、我らはなんとか町の中に入ることができた。町に入ってからも奇異の視線が止まらず、針のむしろになった気分だった。

 だが、そんな調子で町を歩いていると、ライゼンが気まずそうに口を開いた。


「いやぁ……本当ならこの五人で酒飲んで祝いたい所だったんだが……流石に無理そうだな」


「僕はもう帰りたい気分で一杯だよ」


「ふん。魔族と交わす酒など無い。私は一刻も早くバストロス様の元へと帰らなければならないからな」


「俺も無理だ……もう眠くてしょうがねえ」


「……そうだな」


 全員平気そうな顔をしているが、歩く一歩が短い。付け加えて背筋が軽く曲がっていた。隠しきれない疲労がそこにはある。ライゼンの言葉に同意を示した我らは、少しずつ解散をし始めた。

 十字路をライゼンが笑いながら右に曲がり、分かれ道をロダキノが右手を振りながら左に曲がった。そして我も、大通りから別れる細道を曲がって、残っていた二人に別れを告げた。


「我はここで曲がる」


「そっか」


「……」


「では、また」


 また、という言葉にヌトが反応して、無言で前に進んでいった。どちらにせよ、明日にバストロスの元へ赴くことは間違いない。そのときには当然、ヌトが隣に居るだろう。アーカムに関しては……というよりロダキノに関しても、これが最後になるのかもしれぬ。

 我はこれから北西に向かう。海を渡って欠片を探す。そうなれば当然、もうロダキノらに合うことは無いだろう。


 見慣れた道を歩きながら、我はそんな事を思っていた。だが、リサの家に近づいていくと、もう一つ別の考えが浮かんだ。


 ――これで、リサとエリーズとも別れることになるのだろうか。


 その考えが浮かんだ瞬間、ひゅう、と町中に湿った風が吹いた。通りすぎていく風に、パタパタと波打つローブの音を聞きながら、我は少しだけ目を細めた。


「……当然であるな」


 元より、我は居候の身としてあの家に住んでいた。なんならば、最初の一晩を泊めるだけの関係だったはずである。それがずるずると続いて、エリーズの計画によって住むことになり……あぁ、我はいつの間にか、あの家に馴染んでいた。

 家具の配置も、家から組合への道も覚えている。……だが結局として、我はずっとそこに居ることは出来ないのだ。


 最初から分かっていたはずである。尻尾を取り返したのならば、次を探す。リサやエリーズとも別れを告げる。……だが、我の中の何かが、驚くべきことにそれを拒んでいた。


 我は……あの二人に何一つ恩を返せていない。エリーズを救うとのたまった癖に、何も出来ていない。それなのに、欠片を取り戻したからと出ていくのは……どうしても気が引けたのだ。

 我は考えた。どうすればいいのか、どうしたいのかを考えた。だが、それに関して答えを出すには、リサの家はどうにも近い。すぐに我は家の玄関にたどり着いた。


「……落ち着け」


 そうだ。一度思考を取り戻せ。時間ならば夜に幾らでもあるだろう。今は取りあえず、二人に勝利を報告するべきだ。我は玄関の前で呼吸を整え、ゆっくりと白い扉にノックをしようとした。

 だが、その前に扉からガチャリ、と音が鳴って――扉が開いた。


 思わず後ろに一歩を引くと、扉の奥から一瞬、心配そうな顔をしたリサが現れて、固まった。焦げ茶色のつり目が呆けたように固まって、口が開いたままになる。我とリサは一秒か二秒見つめ合って、我が先に口を開いた。


「……遅くなった」


「……」 


 その声に反応して、家の奥から物音がする。ドタドタとうるさい足音が鳴って、リサの後ろにエリーズが現れた。我を見たエリーズも、目を丸くして固まる。沈黙と硬直が支配する玄関口で、リサがボソリと言った。


「……遅すぎ」


「……すまぬ」


「……もう夜なんだけど」


「……」


 リサの言葉に、我はどう返せばいいかわからなかった。二度謝るか、もしくは弁明をするか。だが我は、直感としてその二つが正解ではないと思った。助けを求めるように後ろのエリーズを見たが、エリーズはなにやらニコニコと機嫌の良さそうな顔をして、家の奥へと引っ込んでしまった。

 どうしたものかと我はリサに視線を戻して、その顔を見て固まった。


 リサは怒っているような顔をしていた。だが、その目には僅かに似合わぬ水気があって、口の端は耐えるように固く結ばれている。怒っている癖にどうしてか泣きそうな……そんな顔を見たことが生まれて初めてで、どうにも調子が乱されてしまった。どぎまぎとする我に、リサは静かにこう言った。


「……馬鹿金髪」


「……馬鹿は余計だ」


 我の言葉に、リサはくるりと踵を返した。


「……ご飯、出来てるから」


「分かった」


 リサは家の奥へ向かった。我も静かにその後を追う。玄関で靴を脱ぎ、中の砂を外に捨てて、いつもの家に入った。居間のテーブルには料理が並べられており、行儀よくエリーズが座っていた。リサも静かにテーブルに座っており、後は我が椅子に掛けるのみである。だが、流石にこの格好のまま座るわけにはいかない。


「あー……すまぬが着替えてくる。ついでに髪も洗いたい」


「……コルベルトさん、その服……」


「アーカムに借りた。……明日返すとする」


 そう言えば返す手間があるな、と我は思い出した。数日前ならば気分が悪いと思ったが、今はそうでもない。共に死線をくぐったからだろう。

 我は長椅子の隣で山積みになっている袋から幾つか服を見繕って、風呂場へと向かった。本来ならば服は衣装棚にでも置くのが正解だろうが、この家にはリサとエリーズのもの以外に、リサの両親の衣装棚しかない。そこを使っても服が入りきらない上、その時は我が二階に進むことは禁忌だったので、こんな場所に服がある。


 妙に豪華な料理の並ぶテーブルの側を抜けて、台所の奥の浴室を目指す。静かに浴室の扉を開けた時、居間から小さく話し声が聞こえた。リサとエリーズのものである。


「一安心だね、リサ」


「……まあ」


「んふふー、素っ気ないリサもかわいい!」


「……可愛いっていうのはエリーズみたいなのを言うの」


「……そうかなぁ?」


「そうでしょ。……そういえば、そろそろ金髪の服の棚、買わないと」


 聞いてしまった我も悪いが、リサの言葉はどうにも心臓に悪かった。必要ない、とは言えなかった。エリーズが一瞬固まって、うんうん、と返事をする。


「いつまでも床に置いとく訳にもいかないし」


「えーと……いくら位するかなぁ」


「……まあ、そのお金は依頼で稼げばいいし、気にしなくても大丈夫でしょ」


 これ以上聞いていれば、申し訳なさに打ちのめされると我は思った。無理やり体を動かして、浴室に入る。アーカムのローブを脱ぐと、立派な金色の尻尾が見えた。続いてぼろ布になった服を脱いで、冷水の溜まった水瓶に触れる。

 いつもならばその冷たさに渋い顔をするのだが、今回は違った。水は生暖かい。我に配慮した温水になっていた。


「……」


 我はその温もりに小さく感謝しながら、同時に苦い顔をした。だが、すぐに調子を取り戻すと、静かに体を洗い始めた。



 全身をくまなく洗い、体を拭いて服を着ようとしたとき、問題が発生した。


「……む。尻尾が」


 我が着ようとした下着やズボンを、尻尾が邪魔していた。尾てい骨から伸びたしなやかな尻尾の影響で、人間の服を着られないのだ。我がこの世界に来たときの服はしっかりと布に穴が空いていたが、人間に尻尾はない。

 どうしたものかと浴槽で迷い、取りあえずリサとエリーズに助言を求めようと履けるところまで下を履いた。だがやはり、腰の部分で引っ掛かる。


 我は渋い顔をしながら、ゆっくりと台所へ顔を出した。続けて居間に出ると、リサとエリーズが我の方を見た。大方「遅い」と口に出すつもりだったのだろうが、その前に我の背後から姿を現した尻尾に、二人は大きく後ずさった。椅子が同時に呻くような音を立てる。


「え!? ちょ、え?」


「あわわ、わわ、尻尾が、えっと……」


「落ち着け」


 混乱の極みに居る二人に抑止の声を掛けること三度。ようやく二人は落ち着きを取り戻した。だが、その両目は興味津々に我の尻尾へ向けられていた。


「これは、我が亡霊から取り戻した尻尾である。魔王の権能の内、再生を司る。これによって我は魔王級の不死性を手にいれた」


「……」


「かっこいい……」  


「ふむ、そうだろう」


 金色の尻尾は楔形の大きな鱗が連続して重なっており、美しい金色をしている。今はまだ慣れが必要だが、平素ならば指先のように軽やかに動かすことができる。金色の尻尾の先端の鱗は一際大きく、これを使うことによって刺突や斬撃を繰り出すことができる。当然この尻尾も我の体の一部なので、我の尋常ならざる堅さを保有している。……当然、我に倣って力も速さも弱いが、手数が増えたと考えれば充分である。


 ……と、ここまで本題を見失っていた。リサやエリーズに我の腰元を見せると、あぁ、と声が上がる。


「それはしょうがないっていうか……まあ、そうなるでしょうね」


「うーん……やっぱりハサミで切るしか無いのかな?」


 一瞬だけ我の尻尾の方を切り落とすのかと焦ったが、エリーズが見ているのは我のズボンである。やはり、そうする他無いようである。我が保有している他の服にも同じ加工を施さねばならないと思うと気が引けたが、こればかりはどうしようもない。

 今回は取りあえずリサから布を切るハサミを借りて、ズボンと下着を切った。結果として我の尻尾は自由になり、服装もまともになったが……リサとエリーズは微妙な顔をしている。


 忘れかけていたが、我の服は一つ一つが高級品であった。そうでなくては我は着ることを拒否する。それにハサミを使うことに多少の抵抗があるのだろう。難しい顔をする二人の前で、我は尻尾を左右に振った。

 リサとエリーズの目が丸くなって、我の尻尾を追う。我としては尻尾の試運転を兼ねての動きだったが、どうにも面白かった。


 左に右にと柔らかく尻尾を揺らすと、二人の目もそれを追う。しばらく遊んでいると、我の顔を見たリサがじとっとした目をしながら言った。


「……人間じゃらしに決定」


「……うん」


「おい」


 この二人の中で我の通称が人間マタタビから人間じゃらしに変わった。


 それから、料理が冷めるということで我らは三人食卓についた。戦闘のお陰で食事が取れなかった我の胃袋は空っぽのまま料理を待っている。体から血を流して、久し振りに死力を振り絞ったので、どうにも体が栄養を欲していた。


 我の前に並ぶのは、これまで見た中でも一番豪華な料理の品々であった。それを見て思わずごくりと唾を飲むと、リサがニヤニヤとした顔で我を見ていた。なんだか負けた気分になって微妙である。

 だが、そんな気持ちは料理を頬張った瞬間に消滅した。相変わらずに最高の料理である。やはり多少は冷めていたが、それでも褪せない味に舌鼓を打つ。


「うむ……美味である。美味だ。うむ」


「んー! 最高ぉ!」


「エリーズ、ちゃんと飲み込んでから喋って」


「最高!」


「……そう」


 素っ気ないリサの返事だが、顔には隠しきれない嬉しさが滲んでいた。やはり素直ではない女である。我が料理の味を一品一品詳しく説明し始めると、顔を赤くしながら話題を切り換えた。


「ちょ、え……あ、あぁ! そういえば、他の人達は大丈夫だった? ライゼンさんとか、アーカムさんとか……」


「あ、それ私も気になる!」


「うむ? ……大丈夫の定義が不明だが、おおよそ五体満足である。たいした傷も特には……いや、どうだろうな」


 アーカムの傷薬の程度によるが、多少は傷が残るやもしれぬ。流石にあれだけ深々と切り裂かれれば、無傷とはいかないのである。我の言葉に食いついた二人に向かって、我は戦闘の成り行きを話し始めた。


 二人は我らの連携にわくわくとした顔になり、我の作戦に驚いて、その過程でロダキノとライゼンが吹き飛ばされたのを聞いたときは、思わず声を上げていた。その後のアーカムの爆薬や、亡霊の覚醒、ほとんど全滅に近づいた展開では慌てた顔をし、我が投げられ、そのあとに体を切り裂かれたことなどを話すと体の傷を案じていた。


 エリーズはこうなると思っていたが、リサも似たような反応を繰り返していたので、我は意外だと思った。理由は知れぬが、悪いことではあるまい。我も二人の反応を見て良い心地だったので、食事と共に言葉が進んだ。


 すべてを語り終える頃にはテーブルの料理は綺麗さっぱりなくなっており、我の語る声だけがあった。

 事の顛末を理解したエリーズは我に向けて「お疲れ様!」と精一杯の労いを送り、リサも労いと共に心配そうに我を見ていた。確かに我の体調は良くないが、流石に死にはしない。


「前にも言ったが、魔族は頑丈である。そう簡単には死なん」


「……そう」


 リサにそう言うと同時に、我は一つ言わねばならないことがあることを思い出した。


「明日、行かねばならぬ場所がある。すまんが午前は依頼を受けられそうに無い」


「分かった」


「あ……ちょっと私もいかなきゃ行けない所があったり……」


 えへへ、と苦笑するエリーズに、リサが半目になって我とエリーズを見たが、ため息共に頷いた。恐らくエリーズはアーカムやロダキノに交渉の対価を支払いに行くのだろう。それがなんなのかは分からないが、エリーズならばなんとかするだろうという思いがある。

 この女が先の見えない契約をするわけが無い上、アーカムやロダキノもそんな契約をまんまとかわすような馬鹿ではない。……ロダキノはもしかしたらがあるやもしれぬが、それについては考えぬこととしよう。


 それからしばらくの間他愛の無い雑談があって、いつの間にか夜も遅くになっていた。眠そうなエリーズの様子を見たリサが食器を下げ、エリーズがゆっくりと上の階に向かう。

 我はいつもの長椅子に掛けながら、リサが台所で皿を洗う音を聞いていた。


「……」


「……」


 特に語ることもない沈黙の中で、リサが我の名を呼んだ。なにかを思い出したような声色である。


「……金髪」


「何だ」


「……あんた、何か私に隠してない?」


「……」


 思った以上に鋭い言葉に、我は沈黙を吐いた。そうか、ばれていたか。にしても、どういったものか分からない。我でさえまだ噛み砕けていないのだ。

 悩む我を見て何かを察したのか、リサが言った。


「まあ……言えないなら言わなくても別にいいけど」  


「……すまぬ」


 散々考えて、我はそう言った。どうにも、今ここで言葉を告げる勇気が、我にはなかったのだ。皿を洗い終えたリサは手を拭いて、静かに二階へと上がっていく。


「……お休み、金髪」


「ああ」


 その言葉を最後にして、居間から音が消えた。リサが向かった二階で何かはしゃぐような物音が聞こえる。大方エリーズが何かをしているのだろう。その物音を流しながら、我はしばらくぼーっとしていた。

 いつもならば鍛練をしていたが、流石に今日は無理である。これ以上体を動かしたくはない。尻尾も疲労にならってだらりと垂れている。この尻尾をどう隠すかについても、また考えていかねばならないな。


 アーカムにあのローブと同じものはどこで買えるのかを聞いてみてもいいかもしれない。


 あとは……あぁ、これからのことである。これからどうやって生きていくか。いつこの国を出るか。そして、リサやエリーズになんと言えば良いのか……である。


「……」


 正直なところ、そんなものを考えてもしょうがないと思った。どう考えても、これは我の心の問題だったからである。どうすればいいかではなく、どうしたいかの問題だ。

 しばらく一人で黙っていると、だんだんと我のまぶたが下がってきた。気のせいだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「……む」


 だんだんとやって来ているこれは、眠気であった。そういえば、最後に寝たのは何日前だろうか。相当な時間、眠気に耐えた気がする。戦いが終わり、目標も片付いて、我の体が休息を求めていた。正直、悪夢を見るのは最悪な気分なので、出来ればまだ寝たくはないが……眠気には逆らえない。

 回る秒針の音を聞きながら、我はゆっくりと横になった。相変わらずに狭い長椅子である。今となっては尻尾もあるので寝づらいことこの上ない。


 長椅子の背もたれに尻尾を乗せて、我は静かに目を瞑った。どうかマシな悪夢であってくれ、と祈りながら。

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