第六十三話 金色の魔王とミルドラーゼ
こちらを見る四人の男に対して、どんな説明をすればいいのか、我は考えていた。一番は我の生まれからそっくりそのまま話すことだが、途方もなく長い話になる。血まみれで砂漠を突っ立って、長話をするわけにはいかない。かいつまんで話をする必要があったが、それにしても話すべき点を選ばなくてはいけない。
我が一体何者なのかについて正直に説明をすれば……最悪ヌトは我を殺そうとするだろうか。ヌトにとって今の我は、故郷を滅ぼした憎き魔族の一員である。それが、魔族の一員ではなく魔王となれば……本気で刃を向けそうなものである。
だが、だからといってこの場でぼかすというのも難しかった。我は今、糾弾に近い状況にある。かつ、すべてを話すと口にしてしまった。今さら嘘をついて、それがバレでもすれば、次こそはどうなるかわからない。
そんな拮抗が我の胸の奥で激しく打ち合って、我は静かに語り出した。
「……我の名は、ヴァチェスタ・ディエ・コルベルト。我は……北の国を統べていた。……魔族の国である」
「おいおい……嘘だろ?」
「……貴様」
「そうである。我は王だ。かつて魔族を統べ、その頂点にあった男である」
ヌトがまた暴れだした。慌ててロダキノが押さえ込むが、ヌトは犬のように暴れながら叫ぶ。
「貴様! 何をしているのか分かっていないのか!? 魔王だ! 魔王が目の前に居る! 武器も、兵士も居ない!」
「こんな機会はまたとねえってか?」
「そうだ!! 当たり前だろう!」
ヌトは暴れながら叫び続けた。いまここで我を殺すことが、どれだけ人類の貢献になるか。ヌトは、この四人なら我を押さえ込める、だとか、魔族のしたことを忘れた訳ではあるまい、とも言った。その文言を真っ正面から受け止めて、ロダキノやライゼンは考え込む表情をした。アーカムは我関せず、といった顔をして無言である。
ヌトの言葉に考え込んだ二人の内、先に答えを出したのはライゼンだった。ゆっくりと我の方を見て、じっと目を見てくる。我は思わず視線を逸らしそうになったが、何か見えない力が働いて、我はライゼンから目を離すことができなかった。
ライゼンはじっと我の目を見て、砂まみれでほぼ全裸となった我の体を見てから――ニッ、と笑った。
「あんたに一つだけ、聞きたいことがあるぜ」
「……何だ」
「……あんたに俺達を殺す気はあるか?」
「無い」
我は即答した。我にその気は一切無い。あったとしても出来ない上、そもそもそんな感情が湧く気がしないのだ。我の即答にライゼンは「わはは」と笑って、そして我に背を向けた。
「なら、安心だな! 俺はあんたを信じるぜ!」
「馬鹿かお前は! こいつは魔王だぞ!」
ヌトがたまらずライゼンに叫ぶが、ライゼンはいつものようにさらりとそれを受け流して、柔らかに言葉を返した。
「魔王だなんだってのは、俺には関係無いんだよ。俺にとっちゃ、こいつは恩人だ。そんでその恩人が、何もするつもりはねえって言ってるなら、それでいいんだよ」
ヌトは絶句していた。ひそかに我も言葉を飲んでいた。そこまで信用されているとは思っていなかった。何だか少しくすぐったいものが我の胸の中を跳ねて、我は無意識に上がっていた口角をすぐさま戻した。
我とは対照的に、ヌトは信じられない物を見る目をしていた。それでもなんとかライゼンを説得しようとして――その前にロダキノが小さく笑いながら言った。
「俺も、どうせ人間じゃねえんだろうなとは思ってたさ。唯の人間がバンバン剣弾いてたら怖くてしょうがねぇしな。実際コルベルトは魔王だったけどよ……別に何もしねえなら、俺も何もしねえさ。なんてったって、俺たちゃ戦友っつう奴だろ?」
「戦友だと? ふざけ――」
「全員で力合わせて、全員で死にかけて、そんでこうやって血まみれで生き残ってんだからよ……細かいことだろ、魔王とか」
「……」
「お前はどうか知らねえけどよ……俺はダチを殺す趣味はねえんだ」
ヌトが苦い顔をして、すがるようにアーカムの方を見た。全員の視線を感じたアーカムは面倒くさそうな顔をして、我を見た。こいつは我の魂を見た。我が何者かについても、おおよそ見当はついていた筈だろう。そんなアーカムは、うーん、と一つ唸ってから口を開く。
「……損得とか感情を抜いて考えても、僕たちじゃまずこの人を……この魔王を倒すって、無理だと思うんだよね。さっきまでだったら分からなかったけど、今は多分この国の人間全員で囲んでも死なないと思うよ」
「……」
「それにね……正直、僕は魔王とかどうでもいいんだ。面倒臭いし、興味が無いんだよ。僕はただ、ひっそりと生きてたいだけなんだから」
言葉の最後に、アーカムは我を見た。不服そうな顔である。大方、こんな場所へと赴かせた我への不満だろう。我が「すまぬ」と謝ると、アーカムはため息と共に「別に」と返した。
だが、すぐに思い出したような顔をして、我に言う。
「あ……君のところのお嬢さんにちゃんと言っておいてね? 流石の僕も、タダ働きさせられた挙げ句契約不行き届きとかされたら家まで行くからね? 硫酸投げるよ?」
「もちろんである」
我の言葉を聞いたアーカムは、それならいいや、と言って口を閉ざした。言うことは全部言った、といった顔である。我らはお互いを何度か見合わせて、最後にロダキノに拘束されるヌトを見た。ヌトは信じられない、といった顔をしている。
その顔を見て、我は我についての説明がまだ途中であったことを思い出した。ヌトに遮られて最後まで語れていなかったのだ。我は大きく咳払いをして、全員に向かい合った。
「……我は魔王である。偽りはない。だが、それはもう過去の話なのだ」
「……お?」
「元魔王って奴か?」
魔王がその玉座を退くときは、確実に死んでいる。なので元魔王というのは違和感しかないが、あながち間違いではない。我は取り敢えずのところ、ロダキノの言葉に頷いた。
「魔王は……あー、役目を終えると、全ての力を次の魔王に託す。つまるところ、今の我には殆ど力がない。我が遅いのも、ひ弱なのもこのためである」
「成る程なぁ……でもよ、そしたら今コルベルトの尻尾に生えてるのは何だ? 魔族ってのは、倒した相手の体を取れたりすんのか?」
ロダキノの言葉に我は首を振った。そんなことがあれば、今頃我の体は化物そのものか、もしくは欠片ほども残っていないかの二択だろう。
「この尻尾は元々、我の物であった。我がわざわざお前たちに亡霊を狩ることを依頼したのは、この力を回収する為である」
「おぉ……? 訳が分かんなくなってきたな」
「俺もだ。さっぱりわからん」
「かいつまんで説明をする。……我は昔、最強の魔王であった――」
それから、我は要所を摘まんで四人に説明をした。我が実は別の世界から来たこと。我がその世界で人間を支配し、神と戦を繰り広げていたこと。しかしその果てで失敗をし、力を失ってここに飛んできたということ。
簡単にではあるが全ての説明を聞いた三人は、取り敢えずの納得を示してくれた。特に神が我の力を奪った、という話に、アーカムがどうしてか納得したような顔をしていた。理由は知れぬが、理解ができたのならば幸いである。
「そういうことで、我は力を欲しているのだ。神に奪われた物を取り返すために、そして元の世界に帰るために、我は戦っている。決して人間を滅ぼす為でも、お前達を殺す為でもない」
我の言葉を聞いたロダキノは安心した顔をして、続けて腕の中のヌトを肘でつついた。
「だってよ。どうにも魔王違いってやつみたいだな」
「……黙れ。まだこいつの言っていることが真実だとは言えないだろう」
「つっても、嘘だとも言えねえわな。……こういうのは時間の無駄って分かるだろ?」
「……」
ヌトが苦い顔で黙りこくった。その様子を見て、静かにロダキノが拘束を解く。再び自由の身となったヌトは、下から睨み上げるように我を見た。続けて、その顔のまま言う。
「……私はお前を信用しない」
「……それに関しては仕方がない」
「この事に関してはバストロス様にも報告をする」
「……いずれバレていた嘘である。奴にそうそう嘘を貫き通せるとは思っていない」
我の言葉を聞いたヌトは、ふん、と鼻を鳴らして……ようやく、肩から力を抜いた。警戒は一応しているが、戦闘をするつもりはなくなったようである。ここにきて、ようやく我の肩からも力が抜けた。そもそも亡霊を倒して満身創痍だったのだ。これ以上戦闘が起きれば本当に無理が過ぎる。
ため息と共に、取り敢えずの戦闘終了と勝利を宣言しようとして――我の体から力が抜けた。毒だとか攻撃ではない。純粋に疲労が遅れてやってきたのだ。同時に我の体が信じられないほど高温になっていることが分かり、尚且つ強烈な喉の渇きがやってきた。
それらをなんとか押さえて、倒れることだけは防ぐ。よし、踏ん張った、と思った次の瞬間、ドサドサと何かが倒れる音がした。
驚きに顔を上げると、ライゼンとロダキノが砂漠に寝そべっており、ヌトが座り込んでいた。
「おい、どうした」
「いやぁ……緊張の糸が切れて、もう動けねえ」
「死んだわ」
「クソ……」
「えぇ……? なんなら僕も倒れたいんだけど?」
見ればアーカムも、両手を膝に当てている。我と同じくなんとか踏ん張ったのだろう。かく言う我も、疲労が不味い。尻尾によってもたらされる再生能力で体が癒えていなければ、間違いなく砂漠に伸びていただろう。だが、流石の再生も精神的な疲労と失血や喉の渇きなどは治せない。無から有は生まれないのだ。
なんとか体を起こして、腰元の水嚢に手を伸ばしたが……無い。そう言えば持ってきた水嚢ごと両断されて、今の我はほぼ全裸である。かろうじて残った裾や袖、腰布の一部しか纏っていない。その癖全身が血塗れの、なんとも変態的な格好である。
「おい、起きろ……いつまで寝ているのだ」
「無理……」
「そこのあんちゃん……水出してくれぇ」
「出せるけど……どうやって飲むのかな?」
「直で」
「絶対無理なんだけど」
「……馬鹿野郎共め」
言葉と共にヌトがなんとか立ち上がる。ヌトは右肩から腰元までをバッサリと切り裂かれ、黒い戦闘服は見事なまでに赤黒くなっていた。見れば、他の面々も同じである。文句を垂れながら立ち上がった三人は、それぞれの格好を見て固まった。そしてちらりとアーカムを見る。
「……あぁ、もう。僕のこと蛇口かなんかだと思ってないかな?」
アーカムは文句を垂れながら、魔法で水を両手に産み出した。ため息と共にアーカムが一人一人に頭から水を掛けて汚れを洗い流した。ついでに多少の水分補給をアーカムの魔法で済ませる。
アーカムのおかげで我の見た目はマシになったが、服装の変態度合いは変わらなかった。
その有り様に渋い顔をしていると、ライゼンが「おー」と声を上げた。続けてロダキノも何かに感嘆の声を上げる。見れば、二人は沈んでいく夕日を見て、その美しさに目を輝かせていた。
ちらりと我も夕日を見る。昼から始まって、今は夕方である。なんとも長い戦いだった。その果てに傾いた夕日は金のような、赤のような、そんなはっきりとしない色で地平線に寝そべっている。
相変わらずに蜃気楼があちこちで踊っていて、茜色の光と砂丘の影が明確な明暗を生んでいた。遮蔽物など殆ど無い砂漠の空を見上げれば、西は燃えるように赤く、東は藍色を深めていた。
ちぎれた雲がどっち付かずにその間を停滞していて、だんだんと藍色へ流れていく。もう一度見た夕日は焼けつくように眩しく、我は無言で目を細めた。
溶けるように形を歪めていく夕日を見ていると、どうしてか生きているという実感が湧いてくる。なんとか戦いに勝ったのだ、という心持ちが、時間差で生まれたのだ。
我はついにやったのである。力も伝手も何もない砂漠から、ここまで来た。欠片を取り戻した。残る欠片はあと六つ……その内、北西にある欠片へはバストロスが船を出すと約束をした。
この世界には残り六つの欠片があるが、おそらくすべてを回収することは、そう難しいことではないと思う。欠片を取り戻せば取り戻すほど、我の力は増していく。今、我は再生の権能を得た。強靭と再生が合わされば、この世で我を殺すことができるのは神のみである。付け加えて、我を我足らしめる尻尾を得て、我は気分が落ち着いていた。
しばらく体から離れていた為か、多少違和感があるが、すぐに直るだろう。夕日を見ながら左右に尻尾を揺らし、我はゆっくりと振り返った。そして、一歩前に進む。砂漠に足跡が残った。
「……そろそろ帰るぞ」
「んー……もうちょっと夕日を見てたい気分だが、このままだと夜になっちまうからな」
「コルベルト、方角とか分かんのか? 俺はさっぱりなんだが……」
「当然である」
「……」
「それじゃ、帰ろうか……もう両足が破裂しそう」
なんか筋肉痛消せる魔道具無いのかよ、とロダキノが言って、それにアーカムがあきれたようなため息を吐いた。それから始まる会話に時折混ざりながら、ミルドラーゼへと向かった。
我は目を瞑ることで、世界中にある欠片の位置を把握することができる。その配置と距離を覚えていた我は、相対的にミルドラーゼの場所を知ることができるのだ。
夕日を背中に受けながら、砂丘を越えていく。肉体的な疲労は殆ど無いが、脳が疲れた。どうにも眠い。そういえば我の格好はどうするべきだろうか。疑問をそのまま口に出すと、アーカムが懐を漁って何かを取り出した。
それは綺麗に折り畳まれた、灰色のローブであった。アーカムの懐から道具の数々が出てくることについては暗黙の了解をしいていたが、さすがに少し驚いた。
「良いのか? 大きさが合うか分からんが……」
「それ僕よりも結構大きいからギリギリ大丈夫だと思うよ。そのローブには実は魔法が掛けられててね……着けてると体の異常とか特徴が、他人から見えなくなるんだ」
「……ほう?」
「すげぇな。血塗れとかでもバレないのか?」
「多分それは臭いでバレるんじゃないかな……? 正直検証とかはしてないから分からないや」
借りるぞ、とアーカムに断りを入れて、ローブを着込む。ローブにはフードが着いていたが、流石に使わない。ローブを纏った我は特に違和感を感じなかったが、ライゼンが「うぉ」と声を上げた。
「どうした」
「いや……尻尾が見えなくてよ」
「これどうなってんだ? 触ったらあるのか……?」
「多分あると思うけど……」
ロダキノが断りを入れて、我の尻尾があった場所へ手を伸ばしていく。ちらりと見ると、ヌトがロダキノの手を興味深そうに追っていた。
……実のところ、我は尻尾を他人に触らせた事がない。他人に触れることはあるが、その時は基本相手の体の一部が吹き飛んでいた。なので我も多少の緊張をもってロダキノの手を待つ。
ロダキノの手がローブに重なった我の尻尾に触れる。久々に尻尾から感覚がやってきた。ロダキノにも触れた感覚はあるらしく、おー、と声を上げた。
なんとも便利な魔道具である。いや、魔力を込めた文字を打ち込んでいないので魔道具ではないのか? そんな事を考えながら、我は四人を先導した。
暫く歩くと、だんだんと空が暗くなっていく。夜が近づいているのだ。ちらりと振り返れば、太陽は半身を砂漠に埋めており、空の赤みは薄れているように見える。
そろそろ帰らねば寒さで震える羽目になるな、と話していると、ヌトが声を上げた。
「……あれは」
「……お」
「あ……やっとだよ」
アーカムが愚痴るように言った。砂丘を乗り越えた我らの視線の先に……一つの町がある。それには防壁など無くて、小さく、町並みも整然極まっているとは言えない。城も無ければ、地味な町である。
だが、それを見た瞬間、我は心底安堵した。思わずため息が出た。ああ、ミルドラーゼである。最初にこの街を見たときは、随分小さいな、と声を漏らしたが、背景にある事情を知れば、その小ささにも納得がいった。
遠くに見えるミルドラーゼは、暗くなっていく砂漠に小さく明かりを灯し始めている。東の果てにはもう、夜空があった。相変わらずな星々が瞬いて、いくつかの星座の型を組み始めている。
そんな眺めがどうにも既視感を刺激して、我はしばらく町を見ていたが、後ろから伸びた指先が我をつついた。見れば、ライゼンがいつも通り笑っている。
「さぁ、帰ろうぜ?」
「……あぁ。帰ろう」
ライゼンの言葉に一つ返事をして、我は前に歩み出た。進む一歩に連なって、真後ろで四つの足音が続く。我らが進む東の夜空に……蒼白い流れ星が一つ、尾を引いて飛んでいった。




