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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第五十九話 エーテルホワイト攻防戦

 我は考えていた。このまま戦った所で、亡霊を打ち倒すことは難しい。最悪の場合は死人が出るだろう。物理的な手段でも、魔法的な手段でもこの亡霊を倒すことは難しい。

 ならば、別の角度から攻め立てるのみだ。我は……これから、エーテルホワイトへと向かう。


 エーテルホワイトの壊れた大門から、正々堂々侵入をする。亡霊はたった一人でこの門を守った。その戦いを今、再現するのだ。

 何が目的なのかというと、我はこの亡霊を成仏させるつもりなのだ。三十年近く昔の戦いを再現し、亡霊を打ち破る。そうして、己が負けたのだと悟らせて諦めさせる。

 ある意味で正攻法な作戦であった。


 我は亡霊の一撃を防ぎながら、声を張った。


「我はこれから、あの門へ進む! それを援護しろ!」


「マジかよ!?」


「どういうことかな?」


「おうおう、やってやるぜ!」


「それは作戦とは言わない……ッ」


 ヌトが我に対して抗議の声をあげようとしたが、それより早く亡霊が動いた。まるで中身が変わったように、我に向けて猛攻を繰り出し始めたのだ。

 乱雑に、猛烈に、技量を捨てた捨て身の連撃である。慌てて体を合わせようとするが、しくじった。真後ろに吹っ飛ばされ、砂上を転がる。直ぐ様に体を起こして走ろうとしたが、亡霊は既に剣を振りかざしていた。走りながらの振り下ろし。まるでヌトの攻撃を再現するような素早い攻撃だった。


 これは受け流せない、と本能が言う。どうしていきなり攻撃が変わったのだ? 我の言葉に反応したか? だとすれば多少はこの作戦に意味があるのかもしれぬ。そんなことを思いながら、できるだけ衝撃を殺してやろうと両手を構えて――声が聞こえた。


「だらっしゃぁぁぁ!」


「わはは! 行くぞッ!」


「『流水よ、締め上げろ』」


「ハァッ!」


 ロダキノの黒槍が振りかぶった亡霊の手首を穿ち、どこからか現れた流水が蛇のように亡霊の肘に組み付いた。続けてヌトが亡霊の肩の隙間……恐らく腕を持ち上げる腱に相当する部位を切り裂いた。しかし、それでも止まらない剣が我の喉元へ迫って――ライゼンが堂々と弾く。

 大剣はまるで我を避けたように曲がって、砂の大地を強かに打ち付けた。


 それを見た瞬間、我は弾かれたように走り出した。作戦を提示したのは我である。彼らはそれに対して文句を言ったものの、こうして確かな勲章をあげている。直撃すれば即死は免れない一撃に対して一片の恐れもなく立ちふさがって、我の道を切り開いている。


 ならば我は、走るのみだ。そこに確証が無くとも、我が鈍足だろうと関係ない。誠心誠意、彼らの上に立つ魔王として、全力で走る。


「おっそいなァ!」


「走れ走れぇ!」


「後ろは任せたぞ!」


 我がそういうや否や、後ろで鋼鉄が擦れ合う音が聞こえた。続いて裂帛の声と、なにかが空気を切り裂く音。だが、我は振り返らない。


『貴様ァァァァァッ……!』


 亡霊が地獄の底から出したような咆哮を上げる。我の中で、何かが強い熱を持っている。今は無き欠片が、熱く震えていた。亡霊がそれだけ感情を荒らげているのだろう。


 目測で大門までの距離は四百メートル。戦闘の結果、大分離れてしまった。本気で足を回そうと、この鈍足は全くいうことを聞いてくれない。柔らかく砂を蹴って、必死さに見合わぬ牛歩である。ここにきて、俊敏さが無いことが災いした。

 だが、無い物ねだりをしてしてもしょうがない。走れ、走るのだ。あの様子を見るに、何かある。


 もしや、門を抜けた果てに守らなければならないものでもあるのかもしれぬ。どちらにせよ我は走らねばならない。


『い、い、行かせはしな……い!』


「まあまぁ、座ってなってッ!」


「シィッ! ……下がれ馬鹿が!」


「おわっぷ……馬鹿って言うんじゃねえスカシ前髪が!」


「殺す!」


「『流るる双璧よ、迎合せよ』……無駄口叩いてないで止めてくれよ!」


「わはは! 無理だ! いくら俺でも体当たりは無理がある!」


『邪魔を、するなァァァァッ!!』


「足狙え!」 


「なら貴様も頭を打て!」


 真後ろで激戦が繰り広げられている。彼らもここが正念場と力を入れているが、亡霊は一心不乱に我を狙っていた。それほどあの門を破られるのが嫌なようだ。奴にとって、あの門だけは『死んでも』護りたいのだろう。その怨念が、奴をこの世に顕現させ続けていると信じたい。


 我は走るが、やはり遅い。これだけ走ってまだ半分程だ。砂漠で走ることに慣れていないのと、そもそも全力疾走を殆どしないからだろう。基本は魔法で事足りる。最悪風の魔法で飛べば良かった。それがこんなところで実を結んでくるとは……。


 歯を食い縛り、珍しい脂汗を浮かべながら、我は砂漠を疾走した。どんどんと後ろの戦闘音が近づいてくる。そんな音に混じって、やけに大きな舌打ちが聞こえ、続いて我の背中に何が投げつけられた。


 パリン、と投げつけられた何かが割れて、砂漠を走る我の足が速くなった。速度的な意味で速くなったという訳ではなくて、足の動かしかたが効率的になったのだ。

 背後からアーカムの大声が聞こえた。


「今の君は砂漠に適応して、二回空を踏める!」


「助かる!」


「それ本当に高いんだからなっ! 本当にっ!」


 いつになく感情的なその言葉に謝辞を投げて、我は走った。速い。体感だが、随分と違う。ぐんぐんと大門が近づいてくる。壊れた町並みが見えてきて、町並みの奥に巨大な城が見えた。真っ白で神聖みを含んだ城である。当然のごとく破壊の限りを尽くされているが、残った部分だけでも城の偉大さが伝わってくる。


 走れば走るほど、我の心臓がうるさい。耳元で鳴っているようだった。喉が堪らなく渇いて、足を止めたくなってしまう。だが、後ろで聞こえる怒声と衝突音が我の両の足を止めさせてくれないのだ。

 亡霊が、猛々しく叫んだ。


『待てぇぇぇぇ!!!』


 それに続けてロダキノの声が轟いた。


「おぉらよッ!」


『邪魔だァッ!』


「うぉ――」


「うぉぁ、間に合わ――」  


「こ、『氷よ――」


「……ぉあぁぁぁっ!!」


「おいっ、ロダキノ!」  


『お前も……退()けッ!』


「んなッ――カハッ!」


「おいッ! ……クソッ!」


 背後で何かを力強く殴り飛ばす音が二つ聞こえた。続けて足音が二つ消えて、亡霊が一気に迫ってくる。大門までの距離は残り百メートルを切った。もう殆ど目と鼻の先である。だが、このままでは追い付かれてしまう。

 背後の音から察するに、ロダキノとライゼンがしくじったらしい。アーカムが直ぐ様に戦線を離れた。二人を治療するのだろう。残されたヌトだけでは当然、亡霊は止められない。苦し紛れに肉を切り裂く音が聞こえたが、亡霊には効果がないようであった。


『逃、がさ、ないッ!!』


「飛べッ! コルベルトッ!!」


「ッ……!」


 何かが来る。だが、どこからか来るかが分からない。いや、右だ。右から空気の流れを感じた。右からの振り下ろし? 掬い上げ? いや、横薙ぎかもしれぬ。

 どちらにせよ、我は飛ぶしかなかった。走る足を宙に出して、翔べと念じる。どう飛べばいいかはさっぱりだったが、足の裏が何かを捉えた。


 体が浮いて、音が聞こえる。空気を切断する音だ。間髪を入れず、我はもう一度空を踏んだ。見えない何かを踏みつけて、我は高く前方に飛んだ。ぶわり、と音がして、我の頭があった場所に銀の塊が通り抜けた。なんとか避けられたようである。

 我は着地を意識しながら、両ひざを軽く曲げ、砂漠に着くと同時に体を転がして前に転がった。我の美しい髪が砂で汚れるが、今はそれどころではない。


 もう、目の前である。あと十数歩で辿り着く。三十年近く正面からの侵入を許さなかった門に、あと少しで。我は砂をはらうこともせず、両足に力を込めた。姿勢を低くして、素早く前へ――


 そんなとき、亡霊が叫んだ。これまでで一番大きく吠えた。その一音一音には、限りない怒りが滲んでいた。屈辱と、怨念がありありと詰まった呪詛だった。

 それは、こんな並びをしていた。


『今度は、逃がさ、ないぞ――ゼウス・アーデンッ!』


「ッ!?」


 我の両足が止まった。門まであと三歩の所で、硬直した。ゼウス……アーデン? それは、カヌスの父親で、アイン様の前の魔王の名前だ。人間の国を幾つも滅ぼし、カヌスによく似た深紅の出で立ちをしていて、『深紅の流星』と呼ばれた――


 我の首が掴まれた。万力のような力が両方向から込められ、我は思わず首を抑える。我の首を掴む亡霊の手は、容易く我を門から引き離して、地面に引き倒す。続けて亡霊は我の首を正面から掴み直して、門とは反対の方向へと向けた。我を盾にするつもりなのだろう。


 冷静にそう判断をしたものの、我の思考は纏まらなかった。何故だ? なぜ、この亡霊は我の世界の魔王の名前を知っている? 我を狙ったのも、単に我が魔族だからではなく、我の中のゼウス・アーデンの魂の臭いを嗅ぎとったからか? 

 もしかすれば、我の欠片がゼウス・アーデンに関する知識を……いや、そんな筈はない。欠片に知識は伝搬しない。そうならば我はこれまでの魔王の記憶を持っているはずだ。付け加えてこの亡霊は『今度は逃がさない』と言った。面識がある。


 今度は、という表現からして、一度は逃げられている。このエーテルホワイトが攻められた時なのか? いや、待て。まずどうしてこの世界にゼウス・アーデンが居るのだ。それも、三十年前から。


 おかしい、おかしい。訳が分からない。辻褄が合わない。亡霊が恨みの籠った瞳で我を睨み、首を締め付ける力を強めた。呼吸が出来ず、血液が循環しない。視界が暗転していく。だというのに、我はそんな事よりもこの亡霊について考えていた。

 後ろから誰かが我を呼ぶ声が聞こえる。その間にも、ギリギリと我を締め付ける首の圧力が強まるが、そんな我に掛けた亡霊の言葉が、我の意識を覚醒させる。


『お前を、殺したら……お前、の息子も、殺して……やる。カ、ヌス……アーデンもだ……!』


「あぁ……?」


 瞬間、我の中で何かがせめぎあった。鎖のようなものが全力で引っ張られて、叫ぶように軋むのが聞こえた。それは過去からやって来て、今の我を縛る鎖を引きちぎろうとする……一匹の蜥蜴とかげだった。

 明暗する意識が目覚めていく。首を締め上げられ、血液が巡らない筈だというのに……無理矢理に血液が狭い血管を抜けていくのを感じた。目の前が赤くなっていく。


 我はゆっくりと首に添えられた黒い籠手を掴む。そして、亡霊に向けて獣のように唸った。


あいつ(カヌス・アーデン)を殺すのは……俺だ……!」


 勝手に体が動く。両足が地面と平行になって、亡霊の肘に絡み付いた。我の両腕が亡霊の手首に組み付いて……そして我は、全力で体を捻った。ただ捩るだけではない。背筋や腹筋、その他全身の筋肉を理想的に動かして、絡み付いた腕にすべての力が伝搬する捻りである。


 我にとって火事場近い全力を、昔の理想に近い形で出すことが出来た。その技巧は昔と謙遜無く、女並みの筋力は万力に相当する。――メキャリ、と音がした。同時に何かが外れる音が二つ……肩と肘を逆向きにへし折る音が聞こえた。亡霊の腕はおかしな方向に二度曲がっており、しかし力が抜けない。

恐ろしい執念で、亡霊は我の喉を締め上げていた。視界が周り、脳が窒息していく。体から力が奪われて、視界が赤から黒へ変わっていく。


けれども我は、そんなあれこれをどうでも良いと思った。ただ、コイツを殺してしまう他無いという激情に駆られていた。故に、全身が躍動する。


「ッァアアア!!」


獣のように吠えて、また関節が一つ壊れる音がした。手首だ。亡霊の手首が外れた。肩、肘、手首が壊れ、そして再生しない。我が折り続けているからだ。けれどもまだ、力は抜けない。ならば――なら……ば――


ふわりと、世界が回った。急に力が抜けてくる。ああ、成る程。意識が落ちる――と思った瞬間、後ろで声が聞こえた。


 声に連なって、地面から氷の棘が幾つも生まれ、亡霊の肘に突き刺さった。続いて何か棒状のものが高速で我の肩口を通過し、亡霊の脳天に突き刺さる。亡霊は呻いたが、我を掴む腕を緩めない。そんな膠着状態に、アーカムが叫んだ。


「目と耳を塞いで!」


「……ッ!」


 言葉の終わりに何かが我と亡霊の間に飛んできて、我は直ぐ様両手で顔を覆って耳を塞いだ。パリン、と静かな音が聞こえ――凄まじい大爆発が起きた。生半可な一撃ではない。世界が一瞬真っ白になって、塞いでいた鼓膜が破れそうになる爆音が轟いた。

 我は久し振りに『痛い』と感じた。我の竜鱗に多少の傷がついたのだ。針に刺された程度の痛みだが、一般にとっては殆どが致死の一撃だろう。


 爆発によって我は後方へ吹き飛ばされ、何度か砂の上で跳ねる。亡霊に吹き飛ばされたよりも激しく飛んだ。水平面に転がり続けた我はなんとか受け身をとろうとしたが、脳が怠けている。動きが鈍い。ようやく止まった時には、なんと真隣にアーカムが居た。


「うわぁ……あれ炭鉱を一気に崩すときとかに使う奴なんだけど……無傷って凄いね」


「……そうでもない。多少は傷がついた」


 耳を抑えながら立ち上がる。ああ、キンキン煩いな。なんとか立ち上がって体を見ると、我が纏っていた服は殆どが吹き飛び、我は半裸に近い格好になっていた。その下にある皮膚は殆どが無傷だが、多少擦りむいたような赤みがある。鱗に傷がついたのだ。


 我は首もとを擦りながら、先程まで我が居た場所を見た。あれだけの爆発である。さすがの亡霊も唯では済むまい。見ると、大門の前に三人の男が居る。ロダキノ、ヌト、ライゼンである。三人は大門の真下近い場所に発生した黒煙をじっと見ていた。

 黒煙の周りの砂は隕石でも降ったかのように抉れていて、アーカムの爆薬の威力がありありと伝わってくる。 


 風の無い砂漠で煙は停滞していたが、気の利いた風が吹いて、黒煙が晴れる。晴れた先に居た亡霊は……片腕を失っていた。恐らく我を掴んでいた腕である。鎧の胸板も大きく凹み、兜は上を向いていた。

 亡霊が初めて見せた損傷であった。


 だがしかし、我は苦い顔になる。片腕が消え、胸が砕けようと……亡霊は膝をついていなかった。残った腕には大剣が握られていた。そして空に浮いた亡霊の目は、確かに死んでいなかった。ゆらりと亡霊の体が仰け反った姿勢から元に戻る。続いて何かが焼けるような音がし始め、へこんだ胸が再生し始めた。


「……君も大概だけど、彼は何なのかな」


「亡霊だろう。死に方を忘れた亡霊だ」


「にしたって、あんな再生能力見たことが無いんだけど……」


 アーカムの声には畏怖が混じっているようだった。他の三人も、その様子を見て追撃の手を止めた。ここから追い込もうと無駄だと悟ったのだろう。無理に攻め立てても体力を失うだけである。

 えぐれた砂地の中心で、亡霊の体が再生していく。胸板が治って、どこからか腕が空を舞って飛んでいった。


 そうして、亡霊の姿は最初と同じになる。我はため息を吐きながら拳を構えた。どうせ吠えて向かってくるのだろうと踏んだのだ。

 だが、亡霊は上を向いたまま動かない。


 我は少し考えて、理解した。ああ、門がない、と。アーカムの爆薬は、我ですら痛みを感じる威力である。崩れかけの、というより、一度壊れた門の真下でそんなものを使えば……門ごと防壁が吹き飛ぶ。爆発の後には、大きなアーチを作る防壁だけがあった。


 爆発の影響で、エーテルホワイトの町並みは随分と鑑賞しやすくなった。守るべき正面の門が跡形もなく吹き飛び、地面は抉れ、もはやどこが門だったのかさえ分からない。あるのは砂の窪みとひび割れた防壁だけである。

 ぱりぱり、とどこからか音がした。見れば、亡霊が見上げる防壁に、皹が入っている。


 ゆっくりと、ゆっくりと、皹が増えていく。真っ白な壁に蜘蛛の巣が蔓延って……そして崩壊した。残っていたアーチ状の防壁が落下してくる。

 それを見たライゼンらは慌ててこちらに走ってきたが、亡霊は唖然とするように降り注ぐ白い壁材を見上げていた。


 その姿は、己が守ってきた全てを失って、ただただ立ち尽くしているようにも見えた。


 瓦礫が降り注いで、亡霊の姿が見えなくなった。先程の爆発にも似た轟音が響く。ぶわり、と白と砂色の煙が全てを覆い隠して、すべてが崩れる音だけが続いた。


「あっぶねぇ……」


「おぉ、無事かあんた!」


「お前もであるな」


「わはは……死ぬかと思ったぞ。そこのあんちゃんの薬が無かったらヤバかったな」


「肋骨が五本折れてたからね……」


「おいおいコルベルト、随分と露出が増えたな……」


 冷や汗を垂らしながらこちらに走ってきた三人は、我とアーカムの姿を見て安心したようなため息を吐いた。亡霊に殴り飛ばされたらしい二人は中々に重症だったらしいが、今ではピンピンしている。


 我らは一先ずお互いの無事を確認して、そして瓦礫の山を見た。未だに砂煙は晴れない。だが、うず高い瓦礫の山に、亡霊は押し潰されていた。いくら常人離れした筋力があろうと、もう動けまい。ただ、窒息などでは死にそうもないので、ここからどうするかを考えねばならなかった。


 我は、はぁ、とため息を吐いた。瓦礫が落ちきった砂漠は、音が消えたように静かだ。聞こえるのは砂の擦れる音と、ライゼン達の吐息のみである。

 我は静かに瞳を閉じた。欠片の位置を確認する。目の前、瓦礫の中に一つ……弱々しくなった欠片があった。大方、守るものを失って感情が死んだのだろう。先程までの憤怒や憎悪もぱたりと途切れていた。……ゼウスやカヌスの名前を知っている事を問いただしたかったが、もう無理だろう。そもそも、会話ができるとは思えない。その一点に関しては、大きな謎と言う他無かった。


 そんなことを思いながら、ゆっくりと瞳を開く。目の前の煙は晴れ、砂丘よりも高い瓦礫の山があった。その一番下に、亡霊は埋もれている。難しい顔でそれを見つめる四人に、我は静かに言った。


「亡霊はまだ生きているだろう。……だが、見たところ動けそうにもない。あとは煮るなり焼くなり、であるな」


 我としては、なんとしても欠片を取り返したいのだが……欠片が帰ってこない。やはり亡霊を殺さねばならないのだろうか。だとすれば厄介である。瓦礫の隙間から溶岩でも流す位しか倒す方法が見当たらない。


 我の言葉を聞いた四人は、ヌトを覗いて安堵のため息を吐いた。アーカムなどそのまま座り込んでいる。


「もう……ほんっとうに無理……。あんなの一撃食らったら僕は挽肉未満になるよ」


「流石にヤバいヤマだったな……ぶん殴られた時は久々に死んだと思ったわ」


「俺の愛剣ちゃんがやベぇな……下手くそな受け流しばっかしたせいで負担が……鍛冶屋行くかぁ」


「……おい、お前」


「何だ」


「……亡霊はどうやって倒すのだ。まだ生きているのだろう」


 ヌトの質問に、我は腕を組んで考えた。ちらりとアーカムを見ると、勘弁してくれ、といった顔をする。


「ちょっと僕頼り過ぎない……? ……まあ、あと少し待ってよ。魔力が全快になったら、一応僕の全力を撃ってみるから。それで死ななかったらもう無理だね。爆薬さっきので使いきっちゃったし」


「ふむ……取りあえず亡霊は動けそうにもない。あとはどう倒すかである。実質、我々の勝利と見て良いだろう」


「勝利宣言までが速すぎる。せめて奴を殺してからにしろ。万が一この重りが無くなったら――」


 ぞわり、と鳥肌が立った。久々に、戦慄という言葉を思い出した。我は目を見開いて、弾かれたように瓦礫の山を見た。全く物音はしない。我の様子に全員が直ぐ様戦闘態勢になった。 

 背後にアーカムの走る音を聞きながら、ライゼンが言う。


「……どうしたよ」


「……いや……ああ――何かが来る(・・・・・)


 それは我の第六感であった。予感に近い確信だった。来る。何かが来る。終わっていない。まだ、戦いに勝利した訳ではない。その予感に混じって、我の胸の奥で何かが弾けた。我は思わず呻いて膝を折りそうになる。


「おい、どうした」


「……何か食らったか」


「いや……違う」


 これは、共鳴だ。欠片が、再生の力が暴走している。その衝撃が我を内側から揺らしているのだ。体が熱い。そのくせ寒い。ぐらぐらと平衡感覚があやふやだった。まるで風邪を引いたような感覚で、思わず顔が渋くなる。


 次第に強まるそれが、ある一定の領域に達した時――声が聞こえた。頭の奥から、空の上から、鼓膜の隣からの声だ。


『誰か……居ないのか』


「ッ……!?」


「おいおい、本当にどうしちまったんだよ」


「聞こえて……いないのか?」


「何の事だ?」


 ヌトが訝しげな顔をする。続けて二人も不思議そうな顔をした。我は胸を抑えながら、じわりじわりとあふれ始めた脂汗を拭う。この声は……我にのみ聞こえている。

 声は男の低い声で、何度も反響した声だった。


『誰か……こちら、ヴェルド。応答願う』


「……ヴェルド」


「……貴様」


 聞こえる声の主を呟くと、ヌトが顔色を変えた。何故その名前を知っている、とヌトが詰問する。


「どうして……どうして北の国にいるというお前が――南の国の守護騎士長の名前を知っている」


「……亡霊の声か、これは」


 声の主を悟った我は、静かにこめかみを抑えながら、瓦礫の山を見た。声は続く。


『ここは、夜か……? 夜警隊は何をしている……』


「……」


「おい……一旦帰るか? 多分ほっといても――」


「……黙れ。静かにしろ」


「……」


 ロダキノが心配そうな顔をするが、声が聞こえなくなる。静寂の中で、声は続けた。


『応答願う……応答願う。クソ、誰も居ないのか……? モーリス、ミネルバ……』


「……」


『誰か、救援を頼む。魔族が、攻めてきているんだ……俺一人では、持ちこたえられるか分からない』


 声は段々と悲痛なものになっていった。声は震え、小さくなっていく。


『誰か、救援を……』


『頼む、誰か……』


『俺では駄目だというのか……?』


『……俺は』


 声は途切れた。暫くの静寂を持って、声は言った。か細い声だった。


『……ここを、守らなきゃいけない』


『そうだ。俺は、守護騎士長だ』


『守らなきゃ……勝たなきゃ、いけない。じゃないと……あぁ――』


 ――みんなが、ここに……帰ってこれないだろう?


 その言葉と共に、瓦礫の山が動いた。何かが弾ける音が聞こえた。我の体は急速に元の調子に戻ったが、それに反比例して緊張の感情が増幅される。

 瓦礫が動いて、動いて……砂埃が散る。全員が武器を構えて距離を取った。ライゼンは苦い顔をしながら我の隣に居る。


 何度も、何度も瓦礫が揺れて……そして、その天辺から何かが飛び出してきた。それは高く飛翔し、音もなく瓦礫の上に降り立った。砂埃が散っていく。煙が晴れていく。そうして姿を表した亡霊の姿に、我らは全員息を飲んだ。


「おいおいおい……」


「なんだよ、あのバケモンは」


「……やるしかないのか」


「これ、僕ヤバいかも……」


 瓦礫の上に居た亡霊は、二足で立っていなかった。両手は犬のように地面についている。四足で獣のような出で立ちをした亡霊の腰には――一つの尻尾があった。


「黄金の尻尾……」


 我の尻尾である。それは金色で、しなやかな形状をしていた。そして、尻尾の先には亡霊の大剣がある。巻き付けるようにして掴んでいるのだ。

 金色の尻尾は形状、煌めき共に、我の持っていた尻尾と寸分違わなかった。しかし、長さだけは大きく異なっていた。三メートル近い巨躯に合わせるように、尻尾は我のものよりも長い。

 黄金の鱗に包まれた、真っ黒な亡霊には似合わない尻尾。


 我が求め続けたものが、目の前にある。……全く他人のものとなっているが。


 亡霊の目の奥に、真っ赤な光が灯っていた。騎士兜の内側から、何か蒸気のようなものが漏れている。四足の見た目、尻尾と合わさって、どう見ても人間には見えなかった。


「……人間を捨てたか」


 人外に打ち勝つために、人の形を捨てたのか。その結果、我の権能を受け入れる事が出来た。そんなところだろう。もうあの状態では理性があるのかも怪しい。ただただ暴走と破壊を繰り返す魔物畜生である。


 人を捨てた騎士は、瓦礫の山の上から我らをじっくり見回すと、最後に我を見た。ああ……戦いが始まる。ここから始まる。これはもう、対人戦ではない。化け物を討つ討伐戦である。

 我は額の砂を拭って、ゆっくりと両手を構えた。

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