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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第五十七話 魔王一派と開戦

「あっちぃなあ……」


「おい、コルベルトさんよ。方角はこっちであってんのかい?」


「問題ない。むしろ最短距離である」


「……確かに、方角はあっている」


「あぁぁ……帰りたい。暑い……」


 うるさい四人を背後に携えながら、我は一つの砂丘を乗り越えた。海抜で言えば二十メートルはある砂丘を越えて見た景色は、一面の砂漠である。蜃気楼が我を煽るように揺らめいて、どこからか吹き抜けた風が砂を巻き上げた。


 ちらりと振り返ると、これまで歩いてきた道のりと、遠くにミルドラーゼが見える。太陽は天辺を越える手前で一休みをしており、ライゼンらはそれに面倒そうな顔をしていた。

 我とて熱には弱く、正直なところ全身が破裂しそうである。未だに慣れない渇いた熱波は、煮るというより焼く、といった具合で、我らは鉄板の上で熱される食材のごとき熱を感じていた。


 いつもはもう少しマシなのだが、今日に限って暑さが一際高いような気がする。前日と前々日、そして今日を含めて快晴が続いているからだろうが、勘弁してほしい所である。

 背後から聞こえてくる文句を聞き流しながら、我はさらに前へと進んだ。


 本来ならばラクダの一つでも使うのだろうが、聞いてみればこの中でラクダに乗れるのはロダキノとヌトのみであった。また、ラクダを借りるのは金がかかり、もしラクダを逃がすか、死なせてしまうと多大な違約金が降りかかるらしい。 

 亡霊を狩る我らにラクダの安全は保証できないことと、純粋に金がなく乗れないという問題のため、ラクダによる進行は諦めた。幸いにもそれほど距離は遠くない……のだが、やはり砂漠の距離は信用ならない。暑くてしょうがないのである。


 こうして前へと進んでいると、我はじわりと懐かしさのようなものを覚えた。この世界にきたその日は、こうして宛もなく砂漠を三時間程度も歩き回ったものである。

 ……そのときに比べれば、今の状況はどうにもマシに思えてきた。先導をしながら、ちらりと振り返る。


 ライゼンはいつも通り笑っており、ロダキノは首もとを手のひらで扇いでいた。ヌトは至って平静に真顔だが、額には汗がある。アーカムは……灰色のローブだのなんだのを着込んでいるから、どうにも暑そうである。放っておけば溶けそうな顔をしていた。そんなアーカムに、ライゼンが陽気に声を掛ける。


「おう、あんた。涼しくなる魔道具とか無いのか?」


「あるだろうけど、砂漠じゃそういうのは高いんだよね……いつも自分の魔法でなんとかしちゃうし、そもそも外にでなかったからさ……」


「おいおい、そんじゃあお前の魔法で氷の一つでもだしゃ良いんじゃねえのか?」


 横槍を挟んできたロダキノに、アーカムは「簡単に言ってくれるね」と言った。どうやらそうはいかない理由があるらしい。


「君たちは魔法とか使わないだろうから知らないと思うけどさ……魔法には属性ってものがあって、その属性に適応した空間以外で魔法を使うと、倍以上魔力を使うんだよ」


「ほーん……」


「で、氷は出ないのか?」


 魔力を無駄遣いしたくない、ということが理解出来なかったらしい二人の言葉に、アーカムは青筋を浮かべた。続けて手のひらを乾いた空に向けてこう呟いた。


「『乾天に氷塊を』」


「うぉっ」


「ぉあっ」


 言葉の終わりに、ロダキノとライゼンの頭上が光り、頭ほどの大きさの氷が二つ、空中に現れた。氷塊は物理法則に従って地面に落下し……二人の頭にぶつかる。

 アーカムに似合わない、投げやりな行動である。が、勅令で無理やり店から亡霊狩りに参加させられていることと、これまでの道のりでの暑さがアーカムの機嫌をかつてないほどに傾けているのだろう。


 してやったりな顔でアーカムは口を開いた。


「どうだい、頭は冷えたかい?」


「おう、ありがとな!」


「うひょー、冷てえな」


「……はぁ」


 多少の意地悪のつもりなのだろうが、ライゼンとロダキノにダメージは無いようだった。むしろ氷を出してくれたことに感謝の意を述べ、砂上に落ちた氷塊を抱きかかえている。放っておけば頬擦りの一つでもしそうである。

 氷を得たことにより、急速にやる気を取り戻した二人に辟易しながら、我はさらに前へと進む。


 欠片には順調に近づいているが、どうにも少し時間が掛かりそうであった。そんなことを考えていると、揺れる地平線上に、一つの影が浮かんできた。砂漠はあまりにも見渡しが良いので、こういったものは良く見えるのだ。

 我は一瞬、もう目的地エーテルホワイトが見えてきたか、と思ったが……どうやら違う。方角は違う上、距離も違った。


 我は少し考えて、さっさと聞くことにした。


「おい」


「どうかしたか?」


「……あの遠くに見えているのは何だ。見た感じは町に見えるが……」


「あぁ……?」


 ロダキノが我の言葉に疑問符を浮かべ、我が指差した方角を見た。じっとそこを眺めるロダキノに倣って、他の三人も地平線に視線を送る。

 一番最初に声を漏らしたのは、ヌトだった。言葉ではなく、ぎりりと奥歯を噛み締めた音が聞こえた。ヌトの顔を見ると見ると、射殺すような形相で砂漠の果てを睨んでいた。


「……ヌト、あれは何だ?」


「……エーテルワイス」


 その単語を聞いたとき、我はしまったと思った。聞かなければ良かったかもしれぬとも思った。ヌトはまるで魔物のような形相をして、エーテルワイスを睨んでいた。ヌトの年齢は、低く見積もっても二十四はある。六年前に起きたらしい戦いの時、ヌトは確実にエーテルワイスに居たのだろう。


 そこで何があったか、この男が何を見てきたのか。それは、黒い瞳に彩られた屈辱を見れば容易く理解できた。

 だから我は一切を口にせず、静かに前へと進んだ。誰も何も語らなかった。先程までの騒がしさも嘘のようで、この場の気温が下がってしまったように感じる。


 そんな中、我は誤魔化すように目を瞑って、欠片の位置を確かめた。欠片は一歩として動かず、進路方向で立ち止まっていた。エーテルホワイトへの道のりは、おおよそあと半分である。あと少し歩けば、道の果てにエーテルホワイトを見ることができるだろう。


 我はちらりと振り返った。気まずそうな顔をした三人と、未だに地平線を睨むヌトが居た。道のりはあと半分だと言おうとして、その前にヌトの独り言が我の耳に届く。


 ――魔族共が。


 我は思わず言葉を飲み込んだ。飲み込んだまま、吐き出せない。結局、我の言葉が顔を出すことはなかった。エーテルホワイトが遠くに見えて、それに四人が気がつくまで……ずっと。




「……お、あれがエーテルホワイトじゃねえか?」


「おぉ、みてぇだな。遠くて爺には辛いが、どうにか見えるぜ」


「……そのようだな」


「……」


「……あっつい」


 視線の先、砂丘の奥に国があった。遠くからでも目立つ、真っ白な国である。太陽を崇め、信奉していたことを表す白い防壁があって、その奥に意匠を凝らした町並みが見える。ああ、そうである。見えているのだ。

 町……いや、規模からして都だな。都の周りをうず高く護っていたらしい純白の防壁は、遠くからでも分かるほどに崩壊していた。真っ黒なひびを入れ、倒れ伏すように大穴が空いている。


 そこから見える清廉な町並みも、多くが損傷の色を含んでいた。どこか既視感のようなものが我の中にあって、無意識に顔が歪む。

 そっくりであった。壊れた大門、崩壊した町並み、ひび割れた防壁。そこへ仮に黒煙と炎が添えられていたのならば、きっと我は両の足を止めて唖然としていただろう。


 長い時間をおいても癒えることのない傷跡が、じわりと痛んだ気がした。


 エーテルホワイトを視界に捉え、我々は一気に戦闘の雰囲気になった。あれだけふざけておきながら、やはり我々は戦場に生きるものだったのだ。ライゼンは静かに抜刀し、ロダキノは背中の槍を鮮やかに肩口に担いだ。ヌトもゆらりと銀色の刃を鞘から解き放ち、アーカムは面倒そうな顔をしながらローブの中に手を突っ込んでいる。


「んー……あった」


「お? なんだそりゃ」


 アーカムが懐から取り出したのは、一つのランプだった。香辛料だのなんだのを入れる、鉄製のランプである。ちょっとまってね、とアーカムは言って、ランプを空に向けて一振りした。

 途端にランプから何か白い霧のようなものが出て、我らの体に纏わりつく。


「おぉ?」


「ふむ」


「……っと、臭いが無くなったな」


「……少し姿も見えづらい。魔道具だな」


「正解。『冥王の悪戯』って魔道具。こうしてる間だと、足音も臭いもしないし、他人から姿が確認しづらくなるよ」


 なんとも仰々しい名前の魔道具だが、効果は確かなようであった。殆ど、欠片ほどしか臭いがしない。足音も、まるで綿の上を歩いているように静かだった。ヌトやライゼンらの姿は蜃気楼のように時々揺らめいており、視認も多少は難しくなっているようだった。


「臭いが消えるってんなら、風呂に入らなくても良くなるな!」


「……汚い」


「……君にこの魔道具が渡らなくて本当によかったと思っているよ」


「いやいや、お前らはわかんねえと思うけどよ、冒険者は風呂に入んのがかなり難しい場合もあるんだよ。なあ、コルベルト」


「知らん」


 我が即答すると、ロダキノは調子外れな声を出した。そんなロダキノを傍目に、アーカムがもう一つ魔道具を取り出す。いや、魔道具ではないな。錬金術によって産み出された物に見える。

 アーカムは更に二つ、懐からなにかを取り出したのは。そして少し躊躇うような仕草をみせて、手元のそれを一つづつ使った。


 アーカムの手のひらで小さな硝子が五つに割れ、白い羽が黒い灰になって、瓶の中の砂粒が空気に溶けてしまった。


「……この三つは使っちゃうとそれっきりだし、作るのも面倒だからやだったんだけど……まあいいや」


「あんたぁ、何を使ったんだ?」


「『身受けガラス』と『矢抜き鷹の羽』……それと『流れ星の涙』だよ」


「いや、名前で言われてもわかんねえよ」


 我もさっぱりであった。ヌトを見るが、真顔である。同じく知らなかったのだろう。アーカムは消耗した品々を大事に懐へ戻しながら説明をした。


「身受けガラスは、内臓の一つが傷つく時に、一度だけ損傷を身受けしてくれる。矢抜き鷹の羽は、燃えるのを見た者に、飛び道具を避ける才能を付与する。これは一時的だけどね。

 それと流れ星の涙は、動体視力を著しく上げてくれるんだ」


「……おいおい、まさか永続か?」


「うん。……でも、欲張って何回も使うと目玉が破裂するよ。二回で破裂した人も居るから、気を付けてね」


 どれも強力な道具である。それを作ることができるアーカムは当然、錬金術師としてかなりの立場に居るのだろう。じっと我が見る先で「あーあ」とため息を吐きながら、アーカムは袖から幾つかのガラス瓶を取り出した。前に見せた爆薬や傷薬、聖水や毒薬である。


 我の視線に気がついたアーカムは、いや、と声を上げて、眉をしかめた。


「これ以上は流石に無いよ。……まあ、あるにはあるんだけど、流石に家がぽんと立つようなものをそんなに使いたくないかな」


「ただ見ていただけだ。すまぬ」


 そ、とアーカムは言って、目線で進めと(さと)してきた。それに従って前へ進むと、後ろでライゼンがアーカムに絡んでいるのが聞こえた。「すげえなぁ、あんた」という言葉に、アーカムは塩な対応を返している。

 我が一つ咳払いをすると、ライゼンが言葉を止めた。そろそろ戦いが始まると思い出したのだろう。


 我らはゆっくりとエーテルホワイトに歩みを進める。つむじ風が目の前で巻き起こって、小さな竜巻になって、消えた。進めば進むほど、崩壊したエーテルホワイトの様子が見える。

 圧倒的な破壊だった。とても人間の兵器や人間による破壊には見えない。


 何か天災じみたものが荒々しく国の上を踏み荒らして、全てを潰してしまったような具合だった。一歩、二歩と進むが、亡霊の姿は見えない。だが我は姿を見ずとも亡霊の居場所を把握していた。

 壊れた国の、壊れた防壁の真ん中。弾けるように崩壊した木製の大門の真ん前に、亡霊は居る。


 目測ではそこまであと六百メートル。長いようで、一瞬の距離である。歩く一歩に応じて、背後で空気が変わっていく。研ぎ澄ますような、漲るような気迫があった。ゆっくりと言葉もなく足音がバラけていく。ライゼンが我の隣に立って、アーカムが離れていく。それぞれが無言で、それぞれの立ち位置についたのである。


 こういった面を見ると、こいつらを連れてきたのは間違いではなかったと安心した。横目で見たライゼンの顔は笑顔であった。悪魔が頬杖をつくときのような、凶悪な笑みである。

 双子の悪魔の二つ名は、伊達ではないと思った。


 背後で、抜き身の刃のような戦意と、揺れる炎のような闘争心が膨れ上がるのを感じる。

 あぁ、戦いの時だ。すべての始まりと、因縁を終わりを意味する戦いが始まる。


 我はゆらりと肩から力を抜いた。体を軽く半身にして、膝からも力を抜く。そして、開いた両手の指の一本一本に意識を向けた。……多少は似ているだろうか。

 我の型に、ライゼンはヒュー、と口笛を吹いた。目線でそれをたしなめようとするが、すぐさまライゼンは明後日を向く。


 我はため息を吐いて、大門へ向かった。大きさで言えば五、六メートルはある巨大な門である。離れた場所で見ていれば、中々に豪奢というか、凝った作りをしていたのだろうと推察できる。


 そんな大門の、開ききった扉の前に……大きな何かが立ち尽くしていた。それの全身は真っ黒で、二足で立っている。良く見ればその体は甲冑を着込んでおり、それの手には歯毀れした黒い大剣があった。三メートルを優に越すそれの胸元まである大剣は、音もなく砂漠に突き立てられ、黒い柄頭には同じく黒い篭手が二つ乗せられている。


 仁王立ちであった。真っ白な防壁の中で、静かに立ち尽くす一人の騎士。それが、エーテルホワイトの亡霊であることは、もはや間違いがないと確信した。

 ゆっくりと、慎重に……我が足を進める。確実に亡霊の感知圏内には居るのだろうが、アーカムの魔道具の影響でバレていない。


 亡霊との距離はおおよそ二百メートル。ここから先へ進むのは中々に危険が高く、得もない。ここから先制でアーカムの魔法を撃ち込もうと考え、亡霊を見て……我は気がついた。


 臭いがする。血の臭いだ。夥しいほどの血の臭いが、亡霊から発されていた。我はその臭いに硬直して、続けて理解した。

 どうして騎士の姿が黒いのか。どうして黒い剣を携えているのか。ああ、これは黒ではない。赤だ。


 亡霊の全身は、返り血で真っ黒に染まっていたのだ。頭の先から、剣先まで。三十年近くを経て血液が固まり、そして漆黒の鎧となっていた。


 思わず硬直する我だったが、すぐに持ち直し、アーカムに手で合図を出した。


 ――直後、我は全身に鳥肌が走った。亡霊と、目が合ったのだ。気付かれたのか、そんな筈はない。そんな考えが刹那の間に巡る。我は魔道具で殆ど臭いも足音もしない。この我が臭いがしないと言っているのだ。それだというのに、二百メートルは離れた場所で目があった。


 寸分違わず、視線が通っている。そんな確かな感覚があった。我は直ぐ様全身に力を込め、両手を胸の前に構えた。突然の我の行動に、ライゼンらは殆ど誤差なく動きを合わせてきた。

 それぞれが武器を構え、本気の戦闘態勢となる。


 アーカムの魔法が唱えられるのと同時に、こんな声がした。冥府の奥底から唸るような、底冷えのする声である。どこに声帯があるのか知れぬが、確かに亡霊は声を発した。枯れた呪詛を吐いたのだ。


「『氷塊よ、天より来たりて地を穿て』」


『魔、族の……臭いが、する』


 アーカムの魔法が発動し、晴天に氷塊が放たれる。ライゼンやロダキノに放ったものが、本当に手加減をされていたのだと分かる速度、質量を持った三角錐の氷塊が、瞬きの間に撃ち込まれて――粉々に砕かれた。砕かれた氷の欠片が空を舞って、一瞬の虹が掛かる。


 ……一撃で、砕かれた。蚊を振り払うような仕草で剣を振って、その太刀筋で人間大の氷塊が簡単に砕けた。氷塊を砕いた亡霊は、緩慢に振った剣を手元に戻して、両手で持った。

 そして、寸分違わず我を見て、こう言った。


『お……前、さえ、居な、ければ……お前らが……お前……』


 (つたな)い言葉尻に憎悪が滲んでいた。殺意だとか、そういった言葉では言い足りない物があった。亡霊は苦しそうに喉元を片手でかきむしって――その喉元へ、音のない氷の刃が伸びた。

 アーカムの魔法である。しかし、亡霊は首を掻く手を横薙ぎに振って、氷の刃を容易く砕いた。


 そして次の瞬間、全身を震えさせ、声にならない唸りに続けて獣のような咆哮を上げた。


『ァァァァアアアア!!!』


「……最低だな」


「おいおい……もうちょい人間味があると思ってたぜ?」


「こいつ、強えな……」


「……参る」


「はぁ……無理」


 亡霊の兜の奥に、深紅の光が二つ、爛々(らんらん)と覗いていた。どう見ても理性や人間としての形を成していない。明らかな怪物の目だった。亡霊は猛々しく吠えると同時に、大剣を棒切れのように大きく掲げて、我に向けて突っ込んできた。我以外を一瞥もしない一直線さである。


 踏み込む一歩で亡霊の背後の砂が飛び散り、鎧の重さなど欠片ほども感じぬ素早さで我へ大剣が振り下ろされる。凄まじい膂力と破壊力を持った一撃に対して……我は軽く両腕を重ねるようにして掲げた。

 その行動に、四人全員が目を剥いたが、この一撃は速い上に癖が分からぬ。避けたいところだが、今の我では避けられそうもない。ならばいっそ、亡霊の攻撃力を確かめることとしよう。


 亡霊の大剣が我の腕に叩きつけられ――瞬間、衝撃波が散った。砂が円形に大きく吹き飛び、続けて鋼鉄を引き裂くような音が轟いた。


 鼓膜を破壊しかねない異音に続けて黒い大剣がひるがえり、我は後ろに大きく吹き飛んだ。同時に赤黒い鎧の亡霊が一歩後ろに引いて、大きく仰け反る我を見た。ふわりと掲げられた我の両手は、全くの無傷だった。

 亡霊の剣は我に傷一つ負わせることなく、それどころか弾かれてたたらを踏んだのだ。流石に衝撃は殺せないので立ったまま砂漠に踵で線を引く羽目になったが、それも二メートル程度である。


ぬるい」


 我がそう言うと同時に、亡霊の体に一本の槍が突っ込んできた。素早い動きで亡霊はそれを弾くが、がら空きの胴体に二つの影が通り過ぎて、鎧の隙間を正確に切り裂いた。腐肉を潰すような音が鳴って、亡霊は直ぐ様己の真後ろに剣を振った。先程にも似た強力な一太刀だが、それはある一点で大きく空中に受け流された。


 見れば、ライゼンがニヤリと笑って剣を掲げている。横薙ぎの一撃を、あの剣でいなしたのだ。両手で曲げれば折れそうなちんけな鉈で、分厚い鉄塊の剣を完璧に弾いていた。直ぐ様豪快な太刀筋で亡霊の体をヌトが斬る。素早い動きで亡霊がヌトを叩き切ろうとしたが、その手前で氷の壁が隆起し、勢いを殺した。


 亡霊は構わず叩き切ったが、ヌトは既にそこに居ない。剣を振り切った亡霊の胴体に、一本の槍のように男が飛び込んできた。ロダキノである。ロダキノは目にも止まらぬ速さで亡霊へ肉薄すると、その胸ぐらを強烈に蹴り飛ばした。


 先程までロダキノが居た場所を見れば、伸びた槍の穂先が埋まっていた。ロダキノは槍の穂先を地面に立てて、そこから伸ばすことで加速したのだろう。

 ロダキノに蹴り飛ばされた亡霊は強く飛び……あれは恐らく距離を取るために大きく飛んで、重い音を立てながら着地した。


 赤い瞳が、じっと我らを見て……そして我を見た。激しい怒りと憎悪の感情が、欠片を通じて伝わってくる。だが、恐ろしくはなかった。最初こそはヒヤリとさせられたものの、竜鱗には傷一つついていない。加えて、予想以上に我の仲間は強力らしい。既に即席の連携のようなものまで決めている。

 その上、油断らしい油断もなかった。誰一人何も語らず、落ち着いた瞳で亡霊を威圧している。ライゼンもヘラヘラと笑っているが、視線は常に亡霊の手元だけを見ていた。


 どうやら会敵戦においては、我らに軍配が上がったらしい。だが、これからはどうなるか分からない。こちらへ向けて、もう一度獣の咆哮を上げた亡霊を見据え、我らは静かに開戦を受け止めた。

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