第五十六話 魔王一派
我はほとほと疲れていた。うるさいライゼンを席につかせ、一戦を交えそうな雰囲気の二人の間に仲裁をし、ゆっくりと扉の方へ後退するアーカムを捕獲したからである。ただ席につかせるだけでも、多大な労力を要した。全くもって解せぬ苦労である。だが、そのかいあって今では四人ともカウンターについていた。
店の奥から、アーカム、ヌト、我、ライゼン、ロダキノの順番である。座った四人を確認して、我は深々と宣言した。
「……さて、これから作戦会議を始める」
「あいよー」
「……」
「……」
「はぁ……」
我の一言で作戦会議が始まった……始まったのか? あまりにも開始に相応しくない展開にため息が漏れそうになるが、どうにかこらえて話を進めた。
「……手始めに、自己紹介をするとしよう。ロダキノから順に、名を名乗れ」
「おぉー」
「俺からかよ……」
「……自己紹介をする意味はあるのか?」
「面倒くさいなぁ」
「互いの名前も呼べぬ状況で連携が出来るわけがないだろう」
早くもこの作戦の趣旨を歪め始めたヌトにそう言うと、ヌトは渋々といった顔で食い下がった。それを見て何かをいい放ちそうになるロダキノを目線で制して、先を促す。ロダキノはため息を吐いた後に、気だるげな様子で口を開いた。
「……俺は、黒槍のロダキノ。知ってるだろうが冒険者だ。好きな物は女と恋愛。……あー、基本的に戦う相手には近づかねえから、宜しく」
拍手の一つも無しに、ロダキノの簡潔な自己紹介が終わった。それを見届けると同時に、ライゼンがわざとらしい咳払いをした。続けてニヤリと笑い、自己紹介を始める。
「俺の名前はライゼン。ただのライゼンだ。見た感じただのおっさんにしか見えねえだろうが……少しばかり剣を使う」
ライゼンは腰元に帯刀した鞘を指差した。そうである。ライゼンはいつもと異なって、武器を装備していた。それは長いとも短いとも言えぬ微妙な長さで、軽い反りが入った剣であった。厚さも剣にしては随分薄く、形状だけ見れば剣というより鉈の方が近い。
ライゼンの指差す革の鞘は砂と油で汚れており、みすぼらしかった。恐らくライゼンと戦場を共にした剣なのだろう。
ライゼンが口にしたように、この男は姿を見れば小太りの怪しい中年にしか見えないが、それを見下して馬鹿にする者はこの場には居なかった。ロダキノはライゼンの鞘をじっと見ており、ヌトはライゼンの指先にある潰れた爪を見つめている。
唯一そういった事柄に興味が無さそうなアーカムだけが、店主の注いだ果物の飲み物に口をつけていた。
「つってもまあ、ぶったぎるとかそういうのは苦手でな。相手の剣を逸らすのが得意っつうか、それくらいしか出来ねえな。前の方でこいつをぶんぶん振り回してるから、死にそうになったら助けてくれ」
こん中じゃ一番最初に持ってかれそうだからな! とライゼンは笑った。ちらりと店主を見ると、相変わらずの無表情である。我は内心、ライゼンを心配するような様子を見せると思ったが、店主はライゼンの携えた汚れた鞘を一別して、さらりと視線をそらした。
その瞳には安心にも似た情が薄くあって、我は二度目の驚きを含んだ。
ライゼンの自己紹介が終わると、次は我である。さらりとこの場の全員に視線を送って、我は悠々と口を開いた。
「我が名は、ヴァチェスタ。ヴァチェスタ・ディエ・コルベルト。此度、汝らを呼び集めた者である」
我は慎重に言葉を選んでいた。いつもならば『見果てぬ北の国の王』だとかを言っていたが、そうなればヌト以外の全員が度肝を抜く。かといってそれ以外にまともな説明もない。うまく話をそらして続けるのが最良である。
「我が好きなものだとか得意なことだとかは、恐らくお前達の興味ではないだろうから省く。我は、恐らくこの中では唯一拳で戦う」
「……拳か」
「ほー」
「……」
我の言葉に、店主を含め全員が反応した。ちらりと見たアーカムも、どうやら耳を傾けているようだった。それを確認しながら、我は言葉を継いだ。
「……だが、我には残念ながら力がない。速さもない。拳を振るおうと相手に打撃を与えることができない。比喩ではなく、事実である」
少なからず走った動揺に、だが、と我は言った。
「代わりに一つ、飛び抜けた点がある。堅さである」
「あん? 堅さだと?」
「そうだ。我は、お前達の中の誰よりも堅い。どれだけ切りつけられようと傷一つ付かない。理由に関しては個人的な問題であるから伏せるが、そういった体なのだ」
「……」
我の隣に座るヌトが、どうしてかため息を吐いた。理由を聞いてみたいが、それを押さえてこう続けた。
「……だから、お前達は我を盾にするが良い。相手は騎士の亡霊だが、生半可な太刀筋では剣の方が折れる。遮蔽物も何もない砂漠なのだから、存分に我を盾にするといい」
「おいおい、冗談だろ?」
「いやぁ、俺が言うのもなんだが……イカれてるな」
店主を含め、ロダキノとライゼンが呆れるような顔になったが、対照的にヌトとアーカムはため息と共に理解を口にした。
「……一応、理解はした」
「……存分に使うとするよ。死にたくは無いからね」
先程からトゲを含んでいたヌトがあっさり納得したことで、どうやら三人は我の言葉が冗談ではないと知ったらしい。ロダキノはひきつった顔をし、ライゼンは似合わない苦笑いをしていた。
だが、今言ったことは寸分違わず真実である。我としてもなんとか貢献をしたいところだが、今の我では肉の盾になるくらいしか動けないだろう。あとは何度か攻撃を受け流して隙を作るくらいだろうか。
何だか微妙な空気が組合に満ちたが、それをヌトが静かに破った。
「……私の名前はヌト。このミルドラーゼ唯一の王、エスト・ウィル・バストロス様にのみ仕える一人の剣士だ。今回は主であるバストロス様の命令であったからここに来た」
言葉を続けるヌトの顔は、心底嫌そうなものであり、主であるバストロス以外の男である我の命令を聞かねばならぬのが、余程不愉快なのだろう。にしても、いつもと随分口調が違う。仕事中と普段では気構えが違うのだろう、ということは簡単に分かるが、その上でも多少気になった。
「得物は直剣だ。お前と、そこの……ライゼンとか言ったか。私の間合いでうろつくなよ。邪魔だ」
「りょーかいだぜ」
「分かった。だが我はそう器用に動けぬのでな。多少は見逃せ」
主に俊敏さと、大人数での戦闘経験が皆無であることが災いして、我はこの四人との連携が難しい。出来るだけ動きに合わせるつもりでは居るが、やはりズレる部分は必ずあるのだ。
我の言葉にヌトは嫌そうな顔をして、こちらから視線を離した。大方、何で自分が配慮をせねばならんのだ、と思っているに違いない。
若干悪くなった空気の中、アーカムが声を上げた。
「さて……僕の名前はアーカムという。錬金術師として店を開いているよ。本来ならこんな場所に……というか、戦ったりなんてしないんだけど……王様直々の勅令を受けたら、そうも言ってられないよね」
アーカムは呆れるような顔をして我を見た。ライゼンやその他の面々は、全く戦闘に向いていない体型のアーカムを十人十色に観察していた。そんな視線を受けながら、アーカムは続ける。
「僕は錬金術師だけど、多少は魔法も使えるよ。弱くは無いけど、そんなに期待しないでね。代わりに、今日は色々持ってきたんだ。見た通り僕はあんまり動けないから、後ろで君たちの支援をするよ」
「色々っつうと、例えばどんなのなんだ?」
アーカムの言葉にライゼンが聞いた。確かに、そこをぼかされてもしょうがない。これから協力していく以上、お互いが出来ることを知っておくことは重要だろう。
質問をされたアーカムは「うーん」と一つ唸って、ネズミ色のローブの中をまさぐった。続けて出てきたのは、色とりどりのガラス瓶である。
「これは素早く傷を直す薬。これは弾けると閃光が出る瓶。……それにこれなんかは、割れたら爆発する瓶だね。一つなら大したことはないけど、さっきの傷薬の中身を混ぜて投げると、家が三軒は消えるかな」
その他にも、亡霊への対抗手段を探るためにさまざまな毒薬や聖水、魔道具の類いがあった。特に面白いと思ったのは、握って念じると三歩前の場所に移動する勾玉である。使い方によるが、随分と悪さができそうな代物であった。
流石にそういった優秀な魔道具はあまりないらしいが、自衛の手段と支援の手段を兼ね備えていることは分かった。
「僕は基本、氷と水の魔法を使うから、足元に気を付けてね」
アーカムの言葉に頷くと、全員が我の方を見た。自己紹介が終わった後は、本格的に作戦を立てるのみである。が、作戦というのはもう少し人数が多い場合に使うものである。それも、これほどまで質の高い面々を扱うことは基本的にない。
我は一つ咳払いををして、一先ず隊形の確認をした。
「……まず、我とライゼンが最前線で亡霊を押さえる」
「おうともよ」
「続く前衛のヌトとロダキノが――」
「あ、俺は前衛の距離よりも中距離の方がやり易い」
「……どう見てもお前の槍の射程ではないが」
我の言葉を遮ったロダキノに、ヌトが疑問を投げた。確かに、ロダキノが背負っている槍はおおよそ二メートル程。槍としては平均的な部類に入る。槍の長さからして、ロダキノの前衛を戦うものだと思っていたが……。
「はん。近衛様は知らなくて当然か。……俺の黒槍は、伸びるんだよ」
「は? ……いや、魔道具か」
「違うね。魔道具なんかじゃねえさ」
「おうおう、なかなかいい武器ってことだな?」
槍が伸びる? 随分と鼻につく口ぶりのロダキノにヌトが食って掛かろうとしたが、その前にライゼンが声を挟んだ。伸びる槍など我も聞いた事がないが、魔道具でもないという。
ライゼンの言葉を聞いたロダキノはぱっと明るい顔になって「そうともさ! やっぱ爺さんは分かってんな」と笑った。
「……ま、コルベルトよろしく詳細は伏せるけど、そういうことなんだわ」
「……分かった。お前は中距離だな」
詳細を伏せるというのならば、追いはしない。そもそも我々は協力するとはいえ、今日を越せばまた他人に戻るのである。我とは一応同業者なのだから、武器の詳細を省くのは当たり前と言える。
……だが、確認をする我の言葉を聞き流しながら背中の槍を一撫でするロダキノの姿には、どこか哀愁じみたものがあった。粗雑で、いかにも冒険者といった在り方のロダキノがそんな顔をしたことがどうにも驚きで、我は続く言葉を飲み込みそうになった。
「……後衛はアーカム一人である。魔道具や薬品での支援、魔法での火力支援を頼む」
「はいはい。なんとか頑張るよ」
五人の立ち位置を確認した我は、続けて戦術的な作戦を立てようとしたが……無駄であるな。この場に居る人間は、アーカムを除いて戦闘経験に溢れている。ライゼンは言うまでもなく、ロダキノ、ヌト、そして我も数多の戦いを経験してきた。
もしかすれば、長きを生きるアーカムも戦闘を経験しているのかもしれぬ。
そんな連中が集まっているのだから、変に作戦を考えるのは無駄に思えたのだ。そんなことをしては、動きの質を落とすことにもなりそうである。……付け加えれば、ヌトやアーカムが指示に従うかも怪しい。
つまるところ、各々が各々の判断で動くのが最善である。それぞれがおおよそ自分一人を想定した戦い方なので、そのままが一番違和感を覚えないだろう。
そんなことを端的に伝えると、全員から同意の言葉が帰ってきた。
「わっかりやすくて助かるぜ」
「いつも通りってこったな」
「……分かった」
「はぁ……帰りたい」
アーカムの言葉をさらりと流して、我はこれからどうするかについて聞いた。今からエーテルホワイトへ向かうか、昼食をとり、体調を整えて向かうかである。
すると、四人が四人、揃って今からが良いと返してきた。
「酒の禁断症状が出る前にいかねえとヤバイからな!」
「さっさとやった方が良いだろ。こう、精神的なヤツだな」
「バストロス様の側を離れる時間が伸びるのは耐えられない」
「早く帰りたいからね」
「……分かった。では、今からエーテルホワイトへ向かうとしよう」
こいつらは本当に戦う気があるのだろうか。いや、あるにはあるのだろうが、どうにもそれが軽い。誰にしても我ほど亡霊を狩ることに目的を見いだしていないからだろうが……このまま行くと何人か死なないか心配である。
全員が歴戦の猛者であることは分かるのだが、相手はそれを上回る存在である。我は不安を抱きながら席を立ち、カウンターのグラスを店主に返した。
それを見て、他の面々も席から立つ。最後にグラスの中身を飲み干したライゼンは、なにやら物足りないような顔をして、店主に言った。
「酒が恋しいぜ」
「……帰ってくればまた飲める」
それを聞いたライゼンはなにやら上機嫌になって、続けてなにかを思い付いたらしい。ライゼンはニヤリと笑って、空っぽのグラスを店主に渡すと、こう言った。
「代金はツケで」
「……飲んだのは水だろう」
「分かってっけど言ってみたかったんだよ。ほら、雰囲気ってやつ」
相変わらずのライゼンに、店主は小さく笑った。そしてライゼンに向けて「わかった」と言葉を返した。そのやり取りを見届けながら、我は先陣を切って組合の出口へ向かう。ロダキノとヌト、アーカムが少し遅れて後をついてきた。
「んじゃ、兄貴。行ってくるわ」
「……ああ」
そんなやり取りを後ろで捉えながら、我はゆっくりと組合から出た。続けて一瞬目を瞑り、欠片の場所、方角を確かめる。最初にこの世界へ飛ばされた時は文字通り右も左も分からなかったが、今の我には欠片の位置が正確に分かる。迷うことは無いだろう。
そうやって一歩を踏み出して……くるりと店の方角に帰ろうとしたアーカムの襟を掴んで引きずった。
「ああ、わかった。わかったから。引っ張らないでくれるかな」
「何を自然に帰ろうとしている」
「……敢えて言うなら帰巣本能かな」
何を馬鹿なことを言っているのだ。少しでも目を離せばそそくさと退散しそうになるアーカムに辟易しながら後ろを見ると、何やらヌトとロダキノがライゼンを交えてバチバチとした会話を繰り広げていた。
「あんたら、よろしく頼むぜ」
「おう、あんたも頑張れよ爺さん」
「……私の邪魔だけはするなよ」
「……あん? お前はどうしてそんなに協調性っつーのが無いんだ?」
「注意喚起をしただけだろうが」
「その注意が余計なんだよ。舌に火薬庫でもあんのか?」
「は?」
「わはは。賑やかで良いなぁ。酒が欲しくなる!」
……あれはもう放っておいて良いだろう。我の隣のアーカムが止めなくていいのか、という顔をしているが、あれの中に割って入るのは、正直かなり体力を使う。両者ともに正反対の性格であるから、僅かな衝撃で火花が散るのだ。
だが、ロダキノもヌトも、実際に手は出さないようであるし、もうそういうものだと思って放るのが一番である。
我はため息をひとつして、欠片の方角へ歩き始めた。とぼとぼと退屈そうなアーカムが我の後を追い、続けて騒がしい三人が追従する。努めて巻き込まれないようにと思っていたが、最悪なことに、会話に我まで巻き込まれた。
「どう考えても勝手が過ぎんだろ……なあ、コルベルト」
「おい、ふざけるな。どうしてこっちに話を投げてくるのだ」
「良いじゃねえかぁ。折角五人集まった訳だしよ」
「……私は好きで集まった訳ではない。元はと言えばその金髪がバストロス様に無礼を働いたからだ。全くもって煩わしい」
「貴様、我を金髪と呼ぶな。ぶちのめすぞ。コルベルト様かヴァチェスタ様と呼べ」
「断固拒否する」
ヌトの金髪呼びに思わず反射的な言葉を返すと、ロダキノが謎に頷いていた。それが癪に障ったらしいヌトが何かを言って……と、我らは騒がしく無駄口を叩きながら、ミルドラーゼの中を歩いた。
目指すは亡霊、もしくはその先である。もう、戦いまでの時間は少ない。あとは歩いて開戦をするのみなのだ。
今は亡き国の亡霊対魔王一派……一派として数えるには、随分と統率に問題があるとしかいいようがない面子だが、そう呼ぶ他にいい名前が思い当たらぬ。
そんな両者の戦いが、今に始まろうとしている。我のすべてを賭けた戦いが、である。
騒がしいやりとりの間に、我はそんな緊張を持った。もしかすれば、他の四人もそうなのかもしれない。だが、それを確かめる術はなかった。
やれるだろうか、と我は自問した。誰も死なずに勝つことは出来るのだろうか。
「……分からぬ」
ぼそりと一人で呟いた。勝負事に絶対はない。やってみなければ分からない。……ならば、やるだけである。深く吐息を吐いて、欠片への一歩を踏み出す。
進む一歩に連なって……戦いへの秒針が、確かに天辺を回ろうとしていた。




