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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第五十五話 そして、五人は集う。

話の都合上、時間が多少飛びます。ご留意下さい。


※誤字脱字の報告、本当にありがとうございます。

「……」


 夜の空き地で、我は星を見上げてため息を吐いた。先程平らげた夕食が原因である。


「……これが、経験の差か」


 リサに出された料理の完成度は、我の比ではなかった。やはり料理という一点において、リサは我の上にあるようだ。味付けや煮込みの時間などの細かい点もそうだが、肉にあらかじめ切り込みを入れて中まで味を染み込ませたり、柔らかくしたキャベツを棒で叩いてほどよく固さを取る等、知識の面で大きな差があった。


 それらの差に唖然とした我は、それを抱えたままここまで歩いてきた。流石に夜の鍛練に二人はついていない。しばらく二人で暇を潰した後に寝るのだろう。だが、我は眠らない。魔族の特権である。多少の無理が許されるのは、中々に都合がいい。


 緩んでいた思考を切り換えるために、我はまず体を鍛えることにした。体の捌きに関してはまだまだであるが、それ以前に身体能力が女並みというのは厳しいものがある。せめて普通の男程度にはなりたいのだ。


 そんなことを思いながら、しばらく体を鍛える。一時間、二時間と時間が過ぎるが、まだまだである。今日の夜を含め、明日の時間を全て鍛練に注ぐつもりだ。普通の人間ならば多少は休み、英気を養う所であるが、魔族の我は便利な体をしている。丸二日を鍛練に注いでも、体調に異変をきたすことはないのだ。


 体により負荷を掛けることを意識し、全身の筋肉に集中する。時折見上げる夜空は鬱陶しいほどの快晴で、ちらちらとまばらな星屑達が我を眼下に捉えていた。相変わらずのそれらに苛立ちが湧くが、今はそれをバネに動く時である。あと少し、あと少しで我は倒れた体を起こすことができる。この世界を歩くことができる。

 そうなれば、天上の神を血祭りに上げるのも難しくは無いはずだ。


 ……そんな事を考えながら体を鍛え、遂に六時間程度が過ぎた。六時間というのは体感なので、多少の前後があるだろう。だが、相当な時間を使った事だけは分かった。流石の我も汗をかきはじめているが、しばらく休めば体は活気を取り戻した。まだ動ける、ということである。


 本音を言えば、空き地で一人筋肉を鍛えているよりも、魔族の一人と延々と組み手を繰り返した方が為になるのだが……そんな都合の良いことは起きない。起きたとしても、こんな夜更けに戦闘音を掻き鳴らしていては、間違いなく衛兵案件である。

 戦闘へ向かう前に衛兵に捕縛されるなど、格好がつかないにも程がある。


 ずるずると両脇を固められて引き()られる我を想像して、思わず苦笑した。だが、直ぐに我は今の時間が何のためにあるのかを思い出した。

 深呼吸を一つに両手を構え、緩慢に(まぶた)を下ろす。途端に、暗闇から一人の男が躍り出た。当然のように我である。


「……」


 音の無い静寂の中で、光が無い暗闇で、見えない敵と向かい合う。……さて、戦闘の時間である。ゆらりと動いた虚像に向けて、我は静かに肉薄した。

 相対するのは、史上最強の自分。確かに我であった男である。それをねじ伏せる為に、その先に進むために、我は繊細に呼吸を吐いた。



 ――――――――――――



 指先に力を込めて、足の小指まで意識を向けて……ねじる。ひねる。すべての関節と、筋肉を最大限に躍動させる。荒々しく繊細に、流動的で本能的に……何度も全身の骨を砕かれ、唾や罵倒を吐かれながら見つけた最適な形を反復する。思い出せ、思い出せと何度も自己を叱責した。


 ――だが、どうしても理想の動きとはかけ離れている。近づけない。どうしても我の動きは雑で、どれだけ動いても最適にならない。十年近く、強力な魔法と豪腕で雑に皆殺しを繰り返してきたせいである。そこには欠片ほども駆け引きなどなく、力任せに相手を殴り殺しているだけだ。


 だが、それでも我は最強であった。それだけ魔王の権能は強大なのである。そのせいで、ろくな戦い方が出来なかった。体は錆び付いて、本能が弱っているのだ。


「……」


 我は薄々勘づいていた。今の我は……弱い。たとえ竜鱗という権能があれど、昔の我には届かない。餓えた狼のような、暴走する獅子のような本能が、今の我には無いのだ。想像上の相手と戦ってこれなのだから、実際の相手と戦えば、よりボロが出るだろう。


 何時間と流動的に動いて、ようやく分かったことがそれであった。何度目か分からない失敗に瞼を開けてみれば、空がゆらりと白んでいた。朝である。夜が明けて、朝が来た。鳥はさえずって、大気が張りつめる。砂漠の朝はいつもそうであった。これから来る熱波、日射の前触れのように、妙な静寂があるのだ。

 太陽は嫌いだが、この雰囲気だけは嫌いではなかった。


 我はしばらく、棒立ちで空を見上げていた。ここは四方を建物に囲まれているので、日の出を見ることは出来ない。だが、群青から白群びゃくぐんへと色を移す空を見れば、それだけで充分であった。

 我は静かにため息を吐いて、ゆっくりと歩きだした。流石に、体に堪えたのだ。休めば当然また動けるだろうが、休みたい気分というものがある。


 リサとエリーズの計らいで水嚢は預かっていたが、今となっては空に近い。そう思えばキリがいいとも思えた。ゆっくりと目を覚ましていく砂漠の町を背景に、我は二人の眠る家へと向かった。



 ――――――――



 それから過ごした一日は、随分と中身が無かった。朝食を取って鍛練をし、謎に戦意を(みなぎ)らせたリサを再び返り討ちにした。どうやら、昨日の夜に戦闘術の本を読んでいたらしいのだ。当然、本を読んだ程度で何も変わることなど無いので、赤子の手を捻るように倒したが、意外なことに再戦を望んでくる。どうしても本を生かしたいようである。


 こういった負けん気の強い部分がリサの利点でもあり、弱点でもある。我にとってこの負けん気は随分と都合が良かったので、何度かリサと組み手を繰り返した。その最中で、多少の面白さをリサに感じたが、どうやらやる気をへし折ってしまったようである。

 八連敗の果て、リサは(しな)びた瞳で組み手を辞退した。適当に負けてやろうかと思った時もあったが、それはそれでリサのやる気を削ぐ事になるだろう。この女はどうにも面倒なのだ。


 仕方ないので、我は戦意を萎びさせたリサに向けて、幾つか助言らしいものをした。らしいもの、というのは、我が基本誰に対しても『教える』という行動をしないからである。これであっているのか、と思いながら、リサに我の所見を伝えた。


 最初から動きを計算するせいで相手を見て動けない。

 型に拘りすぎている。

 裏の裏をかこうとしすぎて訳がわからなくなっている。

 目線が露骨。

 殴ろうとする時に体重が乗りきっていない。

 指先を意識できていない。

 体重の移動が壊滅的に遅い。

 そもそも体重移動の概念が理解できていない。


 それらを手本を混ぜながらリサに……何故だか途中からエリーズも入ってきたが、体を動かすことで教え込んだ。お陰で多少はマシな動きになった……はずである。こういったことは反復しなければすぐにでも忘れるので、文字にでも纏めておけ、と二人に言った。


 そんなことをしていると、どうしてか飛ぶように時間が過ぎて、いつの間にか昼頃である。仕方なしに二人と共に昼食をとった。リサの料理中に、エリーズがちまちまと白紙の紙に我の伝えた要点を纏めており、生真面目さに少し驚いたりもしたが……何より我の度肝を抜いたのは、リサの読んでいた戦術書である。


 これに記載されていることが、すさまじく非合理的であった。素手の間合いは伸ばした腕から拳いくつ分だとか、そういった無駄なことばかり書いてあるのだ。そのくせ足捌き等、そういった重要事項についてはさらりと流されており、我は何度か本の表紙を確認してしまった。


 そんな一幕を抜けて、我は一人での鍛練に入った。何やらリサとエリーズは簡単な依頼を一つ受けに行ったらしい。手伝おうかと口にして、そんな余裕は無いことに気がついた。案の定リサに呆れ顔で断られることになった。


 薄暗い空き地で一人、体を動かす。一人になったことで体を動かすことに遠慮は無くなったのだが、どうしても理想に近づけない。必ずどこかに粗が出る。その粗を閉じれば他が出て、しまいにはどちらもこなせなくなっていた。

 何度か休憩を入れて、どうにか考えるが……分からない。そもそも考えるものではないのだが、ならばどうすればいいのだろう。


 霧の中で戦っているような気分になりながら、我は何度も動きを確かめた。一朝一夕でどうにかなるわけがないとは知っているが、ここまで難しいとは思わなかった。心得や感覚の領域からやり直さなければならないのは予想外である。

 何度もため息を吐き、首を傾げ……そして夕食になった。


 二人の依頼は無事成功したようだが、我の方は全くである。夕食の席で、エリーズがやんわりと明日のために寝ないのか、と聞いてきたが、まだ大丈夫である。むしろ寝ることで時間を無駄にし、悪夢で調子を崩される方が不味い。

 そう有り体に伝えると、エリーズは苦笑した。


 夕食を終えて空き地へ向かい、最後の調整に入る。調整と銘打ったが、まだ何も出来ていない。多少は動きが似てきたか、という段階である。あと……四日。いや、五日あれば最低限は動ける筈だが……こればかりはしょうがない。エリーズが我の実力を多少見誤っていた部分があったらしいのだ。それに関してエリーズは何度か我に謝罪をしてきたが、今さらどうなるものでもない。


 一応そこまでの信頼というか、それに準ずるものを我に向けていたのはありがたいが、やはりそれとこれとでは分別がつけがたい。とはいえ我も、己のことを最強だなんだと言いふらしていたので、多少の責任はある。


 どうにか動きを形にはしようと我は健闘したが……結局あやふやな物にしかならず、渋い顔で家路に着くことになった。朝が来ている。会議の時間である。双子の悪魔ライゼン、錬金術師アーカム、近衛兵士長ヌト、黒槍のロダキノ……そして金色の魔王ヴァチェスタによる会議だ。


 名前で見れば亡霊なぞ一息に二度目の冥府に落としてやれる面子であるが、幾つかの不安要素が拭えない。だが、それを口や顔に出すことは厳禁である。我は早めに鍛練を切り上げて家に帰り、例の冷水で体を清め……なんとかその損傷(ダメージ)に耐えた。そして、綺麗な服に身を包み、集合である六時までゆったりと体を休めた。


 こういった時に魔族の体が役に立つ。持ち前の復帰力で瞬く間に体が癒えるのだ。ふう、と我は一息をついて、時計を見た。午前六時前である。

 これから五人の顔合わせがあって、綿密に作戦を話し合い……そして今日、亡霊を討つ。今日、欠片を一つ取り戻すのである。


「……」


 結局戦闘の勘を取り戻すことは出来なかったが、だからといって今さらどうすることも出来ない。もう戻れない場所に、我は来ているのである。高まる緊張を押さえる為に、我はぐるりと回る時計の秒針を見た。



 ――――――――――



 一歩、前へ進む。背中に刺さる日射が鬱陶しい。見慣れた道を歩いて、組合を目指す。その途中、我は朝食で交わした二人との会話を思い出していた。

 目覚めた二人はいつも通りだったが、やはりどこか固かった。その固さのままリサは料理を作り、エリーズはぎこちない笑顔を浮かべていた。


 そして始まった食事だが、会話が始まらない。まるで全方位を地雷で囲まれたかのように、誰もが一歩を躊躇しているのである。こうなれば我がなにかを言うしかないが、その話題が全く思い付かない。元々寡黙というか、人付き合いの少なすぎる我である。気の利いた話をすることが出来ないのだ。


 そのまま無言で食事が終わろうとしたとき、エリーズがちらりとリサを見た。何かを合図するような目である。それを受けたリサは戸惑うように困った顔になって、続けて我を見ては視線を逸らしてしまう。これは会話の種になるに違いないと直情的に踏んだ我は「どうした」とリサに聞いた。

 が、リサは(ども)るばかりで話が進まない。なんとも珍しいその様子に驚いていると、リサが何かを後ろ手から取り出した。


 それは冒険者の認識票に似た、一つの木の札であった。首から下げられるように赤色のひもが通してあり、見れば見るほどに似ている。だが、認識票に書いてある筈の数字はそこになく、かわりによく分からない記号が丁寧に刻まれていた。

 我が端的に「これは何だ」と問うと、リサはとうとう観念したのか、お守りだと我に答えた。


 なんでも、昨日の夜に作ったらしい。札に書いてあるのは、リサが知っている古い言葉で、旅の安全を祈願する言葉だという。それを聞いた我はどう動いていいのかさっぱりで、まばたきをする程度しか動きが出来なかった。

 固まる我に、リサが耐えかねたようにお守りを押し付けて、そそくさと皿洗いへ行ってしまった。


 そんな一幕があったので、我の調子は未だかつて無いほどに狂っていた。まさか悪夢ではなくあの二人にここまで乱されるとは、露ほどにも思っていなかったのだ。静かに服の上から胸元を擦ると、二つの物が下に隠れているのを感じる。


 ……実のところ、我は誰かに無事を祈られたことがない。それどころか守っていた魔族達の大半が、途中で頓死すればいいのに、と思っていたのだ。我が国から出陣するときの背中に感じるのは、尊敬ではなく冷罵の視線である。

 常にそんな日々を過ごしていた。それがいつの間にか普通になっていた。だから尚更、調子が狂うのである。


 無事に帰ってきてほしい、と誰かに思われるのが……ああ、そうだ。嬉しかった。驚いたし、続いて嬉しかったのだ。それだけで我の調子は軽く外れて、両足が軽かった。そんな歩みであったので、我はすぐさま組合にたどり着いてしまい、何だか解せない気持ちになった。


 我はこんなに単調な男だったか、と自問しながら、組合の扉を押し開ける。組合の中は妙に静かで、ちらりと見るとあの四人が居ない。それどころか冒険者が一人も居なかった。店主が気を利かせたのかもしれぬ、と思いながらカウンターを見ると、いつもの仏頂面で店主がこちらを見ている。


「……ライゼンはどうした」


「……ライゼンは、昨日から見ていない。鍛え直すと言っていた」


「勤務二日目から無断欠勤とは、相変わらずである」


「……全くだ」


 そう呟いた店主の顔は……なんとも形容しがたかった。懐かしいような、嬉しいような、それでいて心配そうな顔なのだ。それが硬い仏頂面の上に薄く伸ばされていたので、余計にどんなものなのかが理解しにくい。

 我は戸惑いながら、カウンターについた。すると、店主がゆっくりとグラスを用意し、並々と水を注いだ。


「……水でいいか」


「当然だ」


 初めてこの組合で飲むものがただの水というのは、存外残念というか、変な感じがする。出されたグラスに口をつけて、一口水を飲むと、店主が静かに口を開いた。


「……何か、良いことでもあったのか」


「……珍しく接客か?」


「単純な質問だ」


 初めてこの男が店主らしい真似をしたことと、それがなかなか我の痛点に刺さる言葉であったことに驚いて、若干皮肉めいた言葉が出た。純粋に驚いて出た言葉なのだが、店主は少々気に障ったようである。


「……良いことといえば、良いことなのかもしれぬ」


「……そうか」


「……」


 我の言葉に店主はあっさりとした対応を返した。若干意趣返しじみているその言葉に我はむっとしたが、それと同時に気がついた。そろそろ約束の時間である。店主もそれを思ったのか、露骨に顔が質素になる。この男に限って緊張などするわけもないので、単純に雰囲気作りだろう。

 呆れた顔で我がそれを見ていると……店の外から話し声が聞こえてきた。なんとも騒がしい声である。それは我にとって聞き馴染みがあったが、その組み合わせは驚きであった。


「わはは! お前さん、なかなか小さいな!」


「うん、その話さっきもしたよね? その年齢で身長の自慢をしないでくれるかな? 毒投げるよ?」


「俺が虫ならお前は単細胞かなんかだな」  


「おい、さっさと訂正しろ。股間の槍を切り落とすぞ」


「おぉ、なかなかしもな話だな!」


「黙れ。というかお前はもう喋るな。話す度にムカつく」


「全くもって同意見だね」


「そうか? 俺は結構話合うと思うんだがよ」


「お似合いということだな」


「ハハ。死ぬか?」


 うるさいを通り越してやかましい。なんだ、この組み合わせは。何があったら当事者が全員纏めてこちらに来るのだ。我が困惑していると、店主も同様に眉をひそめていた。流石に全員同時とは思わなかったらしい……というより、ライゼンの言動にひやひやしているように見える。我も多少はこの男の表情を読めるようになっているのだ。


 外のやかましさはこちらに近づいて、そして扉の前に立った。続けて強めに扉が押し開けられて、満面の笑みのライゼンが入ってくる。続けて後ろに振り返りながら青筋を浮かべているロダキノと、無表情に苛立ちを浮かべるヌト。最後にやる気の無さげなアーカムが、三角帽子のつばを押さえながら扉を閉めた。


 予定通り全員集合であるが……なかなかどうして、雰囲気が最悪である。それぞれの我が強すぎるのだ。ライゼンは酔っているのか酔っていないのか定かでないし、ロダキノはヌトに怒り心頭である。対するヌトは不機嫌の極みにいるようで、アーカムに関してはあくびをしている。


「……なんだこれは」


「……」


 挨拶の前に独り言が出てしまった。店主は何かを察したようにこちらから顔を背けた。おい、部外者になろうとするな。カウンターの奥に引っ込まないだけマシだが、この店の主らしい対応をすべきである。

 先程とは打って変わって騒々しくなった店内で、我は大きくため息を吐いた。これはどうにも……戦いの前に一苦労がありそうである。

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