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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第五十四話 検算と概算

 砂漠の昼下がり、遠くに陽炎を幻視する暑さの中、我は帰路へついていた。歩く一歩が軽く、どうにも体も軽くなったように感じる。原因は当然、ライゼンの参戦であった。

 それが全くの予想外で、なおかつ理由が恩返しというのだから、我にとっては初の体験である。


「……これだけの戦力があれば」


 我は軽い足を動かしながら呟いた。これまでの戦力に加え、衰えたとはいえ『双子の悪魔』と呼ばれていた男が手を貸してくれるのである。話によれば片割れのライゼンでさえ中々の強者である。今の状況では戦力にならないと思いきや、酒の抜けた佇まいには深みを感じる。全くの役立たずということにはならないだろう。


 ライゼンの参戦に有耶無耶になりかけていた組合での集結も、無事に店主から許可を受け取ったので、何も言うことはない。


 戦いの準備は整ったのである。


 あとは、我が個人でどこまで勘を取り戻せるか……昔、幾度となく死にかけながらも手にいれた戦闘感覚を思い出せるかである。素手が基本の我が編み出した間合い、目線の取り方、体重移動、踏み込み、ひねり。それらすべてを、格落ちしたこの体に落としこむのだ。


 我は最早見知ったこの町を歩きながら、今更な感慨を覚えた。ようやく、ようやくである。たった一人で砂漠に立ち尽くし、砂ゴブリンに敗北したあの日から、ここまで我は歩いてきた。

 用心棒をし、掃除をして、猫を探しては病に倒れて……そして全てを失ってから、ここまで歩んできた。正直どうすればいいかさえさっぱりだった戦力も、どうにか集まっている。


「……戦いの時である」


 我は自然に呟いた。踏み出す一歩が確かになって、全身に血液が巡った気がする。顔を上げれば、視線の先に家があった。リサの家である。昂る体を落ち着かせ、熱を内部に秘めながら、我は一歩を踏み出した。



 ―――――――――



「え……え? ちょっと待って、もう一回言ってくれる?」


「はわ……す、すごい。ライゼンさんも……」


 ライゼンが参戦したことを二人に伝えると、こんな反応が帰ってきた。リサとエリーズの驚きには、少しばかり方向性に差異があるように思えたが、どちらにせよ驚いたということに変わりはない。

 面倒だが補足を何度か加えると、なんとか二人は落ち着いた。だが、ここからが我の話である。前記の内容は事務連絡的なものでしかないのだ。


 変な顔をするリサに向けて、我はこう聞いた。


「おい」


「ん?」


「……このあたりに、どこか空いた場所は無いか。出来れば人目につかず、体を動かすことができる場所である」


 我の言葉に二人は首をかしげたが、すぐに理解したようで、二人して何かを相談し始めた。流石に入り組んだ構造を作ってまで住居を増やすこの町に空き地は少ないか、と我は思っていたが、両者共に満場一致の場所があったようである。


「空き地は……うん。あそこなら多分大丈夫だよね?」


「資材置き場になる前から空き地だったし、教会近いからうるさい人もあんまり居ないし……いいんじゃない?」


 会話から察するに、例の教会の近くであるようだ。確かにあの辺りは中流にしては落ち着いており、市場近くの生命力に満ちた雰囲気に比べて、静けさを感じる。静かなだけで人は居るだろうが、気性の荒い人間は少ないだろう。我は一つ頷いて、二人にその場所への案内を頼むのであった。



 一、二、三、と腕を折る。四度目を折ろうとした途端に腕が音を上げ始めたが、構わず続けて三度腕立てをした。相変わらず汗の一つも垂らさずに腕を折ると、いつもとは違う土の地面が顔に近づく。我の美しい前髪に触れない程度に体を下げると、もう一度腕を立てた。


 リサとエリーズの案内を受けたこの空き地は、細い路地の先にある。裏というほどの場所ではないが、四方を家に囲まれて、多少の暗さがあった。とはいえこの辺りは風通しがいいのか、淀んだ空気はない。お陰で我は久々の半袖で運動をしている。日が差さないので、肌を焼く心配がないのである。

 この空き地は、リサ曰く以前は武具屋だったらしいが、最近は戦争も紛争もあまり無いため、店主が泣く泣く店を畳んだ跡なのだという。


 そもそもこの立地に店を構える事自体が中々の発想と言わざるを得ないが、恐らく昔はここまで周りを囲まれていなかったのだろう。良くあることだ。お陰で店一つ分の空き地がぽっかりと残っている。


 腕立てをなるだけした我は、続けて腹筋を鍛える為に両ひじを地面に着けた。流石にこのまま地面に寝そべる訳にもいかないので、両ひじを地面についた体勢で体を真っ直ぐにし、芯を整えて体幹を意識する。

 体を動かすことはないが、これはこれで今の我にはキツいのである。歯を食い縛って体を保ちながら、我はちらりと空き地の一角を見た。


 そこにはキラキラとした瞳でこちらを見るエリーズと、真面目な表情のリサが居た。二人はいつも組合に行くときの、いわば仕事着を着ており、リサに至っては弓まで携帯している。

 ……この二人がここに居る理由は、はっきり言ってよく分からぬ。


 そもそも、我がわざわざ家ではなく空き地を鍛練の場所に選んだのは、我が今の鍛練とは別に、大きく体を動かして昔の動きを思い出す為である。どちらにしても我一人で十分であるが、何故だかこの二人は我をこの場所に案内して、一向に立ち去らないのである。

 エリーズは興味津々な顔であるし、リサも良く分からんがどっしりと腰を据えてこちらを見ている。今更帰れというのもなんとなく気まずい我は、結果としてじわじわと謎の緊張感に捕らわれているのである。


 緊張というのは少し言い過ぎだが、平生のように脱力はうまくできなかった。なんとなく変な心地になりながら、我は鍛練を続ける。……そもそもこの鍛練は何時間と続けることを前提にやっているので、見ていて楽しいものでもない筈である。

 そんなことを思いながら、約一時間半程体を動かして……我は閃いた。


 ゆっくりと体を起こして、未だにこちらを見ている二人……主にリサの方へ比重を傾けながら、声を放った。


「おい」


「あ、うん」


「……一つ、我の相手をしろ」


「……へ?」


「組み手というやつである。普通ならば怪我をするところであるが、生憎我とお前たちとの筋力にはさほど差がない」


 一人で済ませるつもりであったが、ちょうどいいではないか。我はより実践的な経験を積むことができ、この二人も多少の肉弾戦を経験できるだろう。何より、この良く分からない緊張を拭うことができる。


 我の申し出に二人は慌てふためき、しかしリサは直ぐに平静を取り戻して、こう言った。


「……分かったわ」


 当然、そう言わねば我とエリーズが組み手をする可能性が生まれるからであろう。だが、そのつり目に宿った戦意は、そんな理由を置いてもなお強く、相変わらずの勝ち気さが見えていた。

 リサとしても、一応冒険者、我とエリーズの先輩として立つ瀬があるのだろう。矢筒と弓を困惑するエリーズに預けたリサが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「……あたしは組み手とか初めてなんだけど、ルールとかあるの?」


「……互いに一発でもまともに食らえば終わりとしよう。ただの殴り合いになっては元も子もないからな」


「分かったわ」


「それと……我は慣れているから寸前で止めるが、お前は好きに殴って来るがいい。下手に手加減をされて動きが落ちてはかなわん。ただ、我は硬い。拳を痛めるなよ」


「……親切な通告に感謝ね」


 鼻で笑って皮肉を放ったリサに苦笑し、我はゆっくりと距離を取った。視界の端では、相変わらずエリーズがあわあわと混乱している。弓と矢筒を持っての、右往左往である。それから目を放し、リサへ向けた。すらりと伸びた手足に、少しばかりの力が込められているのを感じる。


「……開始はお前に任せる。お前が今から二歩動いたら、開始である」


 リサはこくりと頷いて、静かに我を見た。普通は我と組手をする場合、多少の恐怖があるのだろうが、先程から散々我のありさまを見てきたリサは動じない。流石に冒険者として生活しているだけあって、力量を推察することくらいはできるのだろう。

 静かな空白が我とリサの間に訪れて……大股にリサが一歩を踏み出し――そして跳ねた。


 我は、リサが二歩を踏むまで動けない。二歩目を飛んで、大きく詰めてきたのだ。だが、流石に驚くような真似はしない。そもそもどう動こうと我には関係がない。リサの二歩目が地面に着くと同時に、我も大きく肉薄をした。

 大きく開いていた距離が、瞬く間に素手の間合いになる。


 肉薄する我に一歩先手を取れるリサは、我の肩辺りへ素早く拳を振った。我はそれに対して静かに両手を胸の前で構えたが……ああ、違うな。

 リサは振った拳を直ぐに曲げて、体を捻りながら回し蹴りを放った。


 低空から我の首を狙う回し蹴りを、我はしゃがみこんで回避し、同時にリサの軸足に回し蹴りを放った。鈍い音がして、リサの軸足が地面から浮く。ふらりと浮いたリサの体が建て直しを図る前に、左手でがら空きの胴体へ拳を放った。

 だが、追撃を読んでいたらしいリサはなんとか両腕を戻して拳を防ぎ、有効打を回避した。……しかし、それは予想済みである。殆ど力を入れずに放っていた左手を開き、リサの右手を掴んで引っ張った。同時に強く踏み込んで、鋭く右の拳をリサの喉元へ――  


「……っ!」


 寸前で拳を止めると、リサは遅れて体を跳ねさせて、続けて「あぁ」と脱力した。己の敗北を悟ったようである。我はリサが両の足を地面に着けたことを確認して、掴んでいた手を離した。


「……いや、分かってたけど無理でしょ」


「……一応魔王であるからな。そこらの女に負けてなどいられんのだ」


 流石に戦闘の経験が違う。見てきた相手が異なるのだ。いかに地力が拮抗していようと、力勝負にさえ巻き込まれなければ問題はない。我は元々、そういった戦いを得意としているのだ。


 圧倒的に力で劣る我は、決して相手と力での勝負をしない。するとしても本気で決められると思った時か、それしか選択が無いときだけである。相手を押さない。相手に決して掴ませない。相手を安易に掴まない。徹底的に相手と接触する時間を減らし、大振りの攻撃も大胆な移動もほとんどしない。代わりに相手に距離を取らせずに、超接近戦で集中力を削り、決定的な隙を打ち抜く。


 それは、弱者であるからこその戦い方であった。一切力に頼らない『俺』の戦い方である。結局は地力の違いにねじ伏せられる事が多かったこの戦い方だが、経験を積めば積むほど拳の扱いが洗練され、いつの間にか体に染み付いていた。


 ……とはいえ、やはり十年近く期間が空いていたからか、鈍っているな。まさかこの我をして『相手の手を掴んで引き寄せる』等と、雑に力へ頼った行動を取るとは。

 魔王の力に頼った行動を、この体から追い出さなければならない。そんな事を思っていると、リサがため息を吐きながらとぼとぼとエリーズの方へ向かっていた。


 もう一度組み手を、と思っていたが、どうにも完璧に萎えてしまったようである。流石にこればかりは無理を言うわけにもいかないので、我は組み手を諦めることにした。 

 とはいえ、やはり動きの荒さが気になった。本当に久し振りとはいえ、これではまるで魔族になりたての我のようである。流石に許容が出来なかった。


 我は静かに目を閉じ、真っ暗に見えない相手を幻視した。その男は金色の髪と瞳を持っていて、荒々しい雰囲気をした――我自身である。最も戦いに明け暮れた……いわば最盛期の我を相手に、ゆっくりと一歩を踏みしめた。


 途端に力強い拳が顔に向かってくる。手の側面と裏を利用して柔らかく拳を弾いて、返す手刀で首筋を狙った。が、当然のように避けられて、後の先を取られる。小振りな一撃を我も避け、もう一度――


 我と虚像の戦いは、当然すぐには決着が付かなかった。お互いに攻めないが攻めさせない、そんな鏡合わせの戦いをしているからである。だが、当然我の虚像は我の理想の動きを描き出す。しばらくすれば、我はため息を吐きながら拳をおさめる事になった。当然、我の敗北である。


 脳裏に理想を描けるのに、どうしてだかその動きを思い出せない。あの頃の戦い方が出来ない。だから、思い出す為に何度でも目を閉じた。ようやく転がり込んできたこの好機チャンスを逃がすまいと、幾度となく虚像と向き合った。

 ……もっと泥臭く、もっと卑屈に。食らいつくように本能的で、馬鹿にされてしまうほど動物的に。あのときのギラつきをどうにか思い返して、経験を頼りに体を動かす。


 ここがどうだとか、ここをどうすると隙が埋まるとか、そういった戦い方ではない。我が得意としているのは、液体のように流動的な、文字通り型破りの動きなのである。裂帛れっぱくの勢いで踏み込んで、次の瞬間には羽を踏むようにひるがえる。

 不定形に、不安定に……手足の一本や二本など軽く捨てて肉薄し……そうして何度目か分からない敗北を喫したとき、我は気がついた。


「……む」


 もう、夕頃である。いや、どちらかと言えば夜が近い。開いた視界はどうにも暗かった。慌てて空を見てみれば、空は茜から藍へと変貌を見せており、空き地の隅ではリサとエリーズがじっとこちらを見ていた。


「……すまぬ。ほんの少しだけのつもりだったが……」


「いや、別に大丈夫」


「私も平気だよー……あ、でも……少しお腹が」


 エリーズは恥ずかしそうに腹を押さえた。確かに、時間で言えば夕食の時間である。我はいつも通り寝るつもりはないが、流石に食事を抜いては鍛練がままならない。英気を養うというのは、当たり前のように大切なことなのである。


 我の顔を見たリサが何やら一つ頷いて、ゆっくりと歩きだした。進む方角は家を進路にとっている。ぱっと顔を明るくしたエリーズがその後を犬のように追って、その更に後ろを我が追った。


「今日は何にしようかな……」


「私は何でもいいよー!」


「……我も特に要求は無い」


「そういうのが一番困ったりするんだけど……」


 こちらに向かって苦笑いを浮かべるリサに、そんなものか、と言おうとして、一つ思い付いた。


「……『巻きキャベツの赤水煮込み』」


「……へぇ? まあいいわ。お手本を見せたげる」


「リサがやる気……これは絶品の予感だよ!」


 ぼそっと言っただけのつもりだったが、どうやら聞こえていたようである。リサは一瞬虚を突かれた顔をして、そしてニッと笑った。その顔は自信に満ち溢れており、それに加えて『さっきの借りを返したげる』という謎の言葉が聞こえてきた。流石にまな板の上では我はリサに全く敵わない。勘弁してほしい所である。


 例のごとく騒がしいエリーズと邪悪な笑みのリサを先頭に、我はゆらりと夜の町を歩いた。

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