第五十二話 魔王流交渉術
我は今、ミルドラーゼの上流を歩いていた。当然の如く装いは上品で、纏う雰囲気も超一流である。だが、周りから送られてくる視線には奇異の物が混じっている。恐らくエリザベス捜索の際に起こした幾つもの事件が噂となり、我を一介の人間から『噂の人』という奴に引き上げたのだろう。なんともやりにくいことである。
そんな我が上流を歩き、目指しているのは当然、バストロスの城である。エリーズから情報を受け取った我は朝食を終えて早速交渉へ向かっている。当然リサには行き先を伏せたので、半目で見られることになったが、最終的には何も言われなかった。
「……さて」
悠々と上流を歩いていると、衛兵の視線が徐々に我へと集まってきた。勘の良い衛兵は何かを察したようで、ゆっくりと我と同じ方向に歩みを進め始めた。我はまだ何の罪も犯していないが、監視はされているようだ。まあ、本来ならば極刑ものの行為をしたわけであるし、妥当だな。
監視の目を受けながら、我は視線の先に城を捉えた。歩みは遂に城の直前にまで達し、見覚えのある検問所の前に立った。そして、多くの衛兵が見ている暗黙の警戒線の手前で立ち止まる。途端に検問所から二人の衛兵が出てきて、我の元へと歩み寄ってきた。
「そこのお前、何用だ」
「ここの主に用がある」
警戒する衛兵から放たれた言葉に、我は端的な返事を返した。直ぐ様その場の全員が警戒態勢に移る。どうやらかなり悪い噂が蔓延しているようである。だが、バストロスへの無礼はバストロス自身によって不問になった。つまるところ今の我は何の罪もない一人の男である。
目の前の衛兵がまごついて、こう返してきた。
「……身分を名乗れ」
「……我は汝らが見果てぬ北の国より参じた王である。名を、ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトという。ここの主、エスト・ウィル・バストロスに対し、私用があるのだ」
「王族が家臣も連れずに私用だと? 万が一あり得たとて我々警備隊に事前の通告が無いことは絶対にあり得ん。……その上、お前は以前この城へ無断で侵入をしたと聞いている。そのような怪しい輩をこの先へ通すことはできん。直ちに帰ることだ」
「ほう……? この我が『怪しい輩』か?」
我はにやりと笑った。堂々たる王の笑みである。周囲を囲まれ、たった一人で警戒を受ける我の笑みに、衛兵が戸惑った。
ここに来るにあたって、当然こうなることは予期していた。寧ろこうなることは当たり前であると思っていた。ならばどうするか。前回開けた穴へもう一度突っ込むのも考えたが、少し話が拗れる。その上二度目となれば問答無用の攻撃を食らうやもしれぬ。面倒を無くすのならば、正面からが一番に違いない。
我は衛兵に向けて突きつけるように言った。
「確かに、我に対して違和を持つものはいるだろう。実際、貴様の言い分は正しい。我は無断でこの城へ侵入した」
「……そ、そうだろう! それは紛れもない事実だ――」
「――だが、ならば何故我がここに居る? おかしいと思わんのか? 本来ならば極刑が妥当であろう無礼を犯して、我は無罪放免である。なおかつ我は王であるバストロスをして『賊ではない』と判断されている。嘘ではない。そこらの衛兵に聞けば分かることだ」
我の言葉に二人の衛兵は慌てるように固まった。図星というか、そういったものを感じたのだろう。周りで我を囲む衛兵も、どうしてだろうという顔をしている。
「……まあしかし、お前たちの言い分にも多少理があるのは確かだ。我はここに来るにあたって通告はしていない。これは完全に我の私用であり、突然の訪問であることは間違いないのだ」
「……」
「だからまず、衛兵を走らせてバストロスへ我の名を伝えよ。用事が合わないのならば我はこの線を越えることはしない。おとなしく日を改め、従者を送って予定を擦り合わせることにする。……何、我はこういった事が面倒でな、よく他の国にも同じような対応をされるのだよ」
我を問題の無い人間であると理解させた上で、衛兵の言い分を汲み取り、あたかもこちらから折れたように第三の選択肢を送った。それが失敗すれば帰ると落とし所もつけた。我に従者など居らぬが、この行動の辻褄合わせにしては妥当なところである。
我は異国からやって来た気儘で自由人の王という解釈を、こいつらに与えるのだ。
我の言葉を聞いた衛兵二人は顔を見合せ、どうすると話し合いをした後に、片方が王に取り次ぐことに決めらしい。我を囲んでいた衛兵は落とし所を見つけてひと安心し、警戒を解いた。後は王の判断に仰ぐと決めたのだろう。
……さて、ここまでは完璧であるが、次は正直運である。本当に用事が立て込んでいれば……あぁ、帰るしかあるまい。今後の印象を悪くせぬよう「一騒がせをした、すまぬ」と笑って軽く頭を下げるしかないのである。
バストロスは十中八九暇では無いだろうが、我への興味が公務への義務感を上回っている事を祈るのみである。
最大の不確定要素を前にして、我は堂々と立ち尽くしていた。いかにも慣れている、という風体である。
暫くして、庭園の奥から先程の衛兵が走ってきた。さて、と我が佇まいを整えると同時に、衛兵達の緊張も高まる。妙にしんとした空気の中で、軽く息を切らした兵士は我を見上げ、こう言った。
「お、王のお言葉です。『すぐに通せ』とのことでした」
「ふむ」
勝ったな。内心で冷や汗を拭った我に、衛兵は「失礼しました」と頭を下げた。そして、こちらです、と城への案内を始める。我はその背中を、徹頭徹尾悠々と追うのであった。
――――――――――
「こちらの扉の先に……国王様がいらっしゃいます」
「ふむ」
衛兵の案内で城の中を歩き、今我の目の前には白い扉がある。扉の周りには丁寧な装飾があり、この先に控える人間の偉大さを知らしめている。ちらりと振り返った城の中は荘厳で、我が思っていた以上に城らしい作りになっていた。白い壁面にはよく見れば薄く紋様があり、途中途中にある生け花が静かな色の抑揚となっていた。
窓が多く開放的なことも相まって、清廉な印象を受ける。
視線を戻し、扉へ向けた。衛兵は案内を終えてびくびくとしている。我が本当に一国の王であったら、と考えているのだろう。我としてはその誤解を解く意味もないので「ご苦労」と適当な事を言って、目の前の扉を三回叩いた。
すると、奥から入れと声がする。入るぞ、と返して我は扉を押し開けた。開いた視界の真ん中に、書類の積まれた木製の事務机があり、大きな背もたれのある椅子にバストロスが腰掛けていた。机の右前にはヌトも居る。我を見る瞳には当然、警戒の色が強い。
左右の壁は巨大な本棚になっており、よくわからんが分厚い本がある。部屋の四隅には白い柱が立っていて、これまたよくわからない壺が上に置いてあった。
「……数日ぶりであるな」
「ああ。今度は正面玄関から来たぞ」
「鍵は我が開けたようなものだがな」
バストロスの言葉に、我は小さく笑った。同時にちらりとバストロスの首飾りを見る。ああ、確かに銀の首飾りの中央に、ぽっかりと大きな穴がある。元々『砂漠の宝玉』が収まっていた穴なのだろう。
バストロスは椅子にゆっくりと凭れ、肘掛けに肘をついた。
「お前の様子を見るに、息災なようだな」
「そうだ、と言いたいところであるが……遺憾ながらそうではない」
「ほう……?」
バストロスは我の外見を見て息災と言ったが、今の我には幾つもの変化が起きていた。エリザベスを捜索していた時とは、大きく異なっていたのだ。バストロスは我の言葉に興味深そうな顔をして、我の目を見た。
「それが、今日お前がここに来た理由か?」
「そう結論を急くな。……まあ、ここに来た理由と我が息災でなかったことについては特に関係はない」
我がここに来たのは、バストロスからヌトの力を借りる為である。バレない程度にヌトを一瞥すると、無表情で我の事を見ていた。その腰にはいつぞやの直剣があり、ヌトがバストロスに相当信用されていることが分かる。
我が視線を戻すと、バストロスは小麦色の指を顎に添えて言った。
「……確かに、何かがあったようだな。今のお前からは角を感じない」
「どうだろうな」
「……まあいい。その点がこの話に関係しないというのなら、深追いはしない」
バストロスの金色の瞳が揺れた。琥珀にも似たその双眸に、淡く我の姿が浮かんでいる。バストロスは落ち着いた声色で「さて」と言った。
「このまま世間話をしていてもいいが、生憎我は多忙の身だ。急くようで悪いが……用件を聞こう」
我は一瞬だけ考えた。どこから切り込むか、どこを言って、どこをぼかすか。話し方と立ち振舞い、最終目的に最も近い最適解を考え、そして言った。
「我が北に国を持っていることは知っているな?」
「……国の名前は知らぬが、お前がそう言っていたのは記憶している」
「……我の国では、齢が二十五になった王は……国民の信頼を勝ち取るために、試練を受けるのである」
「……試練だと?」
「そうだ、試練である。先代の王……我が父は竜を屠った。我が祖父は一夜で国を攻め落とした」
バストロスが興味深そうに聞いている。隣のヌトは半信半疑が拭えないようだが、バストロスの手前、話を遮ることはしないだろう。
……さて、当然の如くこの話題は嘘である。我は齢二十五ではないし、魔王にそんな風習は無い。だが、この嘘は必要なものなのである。
「今年で二十五の我は、同じく何らかの功績を立てねばならないのだ。その功績を、我はこの国に見いだした」
「……それは何だ?」
「……どうやらこの国から北西に、今は亡き国の跡があるらしいではないか」
その言葉を聞いた途端、バストロスは似合わぬ驚きを一瞬だけ浮かべた。ヌトは相変わらず猜疑を瞳に乗せている。バストロスは話の流れを整理して、どうやら早く結論に至ったようである。
「……お前は、亡霊を狩るつもりか」
「噂によると、その亡霊は亡国の騎士だというではないか。家臣も兵士も連れず、単身で強力な亡霊を狩るというのは、十分な試練である。……だが、実際に一目見て分かった。あれは我の手に余る」
「……成る程。理解はした」
バストロスは深く息を吸った。その表情には納得が表れている。我が従者も連れずにのこのこと歩いている理由が分かったらしい。嘘だがな。
「……お前は、力を貸せというのだろう? 案山子でも、ここから続く言葉は分かる」
「そうだ。察しが良いと助かる。……我一人ではあれを倒すことが出来ぬ。出来れば単身で仕留めたい所だったが、返り討ちにされては堪らぬのだ」
だから、と我は言葉を継いだ。
「お前の力を借りたい。だが、お前に兵を動かす余裕はないのだろう。だが、生半可な兵では数のうちにも入らん。強力な強者が要る」
我はそこで、正面からヌトを見た。我と目があったヌトは目を丸くして驚き、続いて顔を不快そうに歪めた。どれだけ我のことが信用ならんのだ。
視線をバストロスに戻すと、バストロスは難しい顔をしていた。
「……それは分かっている。だが、ヌトのように力のある家臣を何人もお前の為に動かすというのは、おかしな話である」
「そうだ。おかしい。釣り合わぬ。例えエーテルホワイトの土地に『砂漠の宝玉』があったとしても、である」
我の言葉に、バストロスは渋い顔をして「どうして知っている」と聞いてきた。当然、正直に答える義理もない。噂から聞いた、と答えた。
「どうやらその様子を見るに、間違いはないようだな。噂もたまには信じてみるものである」
「……それで、そこまで知っているのならば、お前は何を支払うのだ」
「……借りるのはヌト一人で良い。もう、根回しはしてある。……黒槍のロダキノをはじめ、戦力を集めているのだ。加えて、エーテルホワイトに眠る全ての品々を、お前に譲ると誓おう。お前はただ一人、たった一日の間、この男を我に委ねれば『砂漠の宝玉』を取り戻すことができるのだ」
バストロスは押し黙った。実際の所、店主は剣を振れない上、アーカムは協力を渋っているが……こういうのは伏せておくべきである。ロダキノ一人でも『ミルドラーゼ最強の冒険者』という看板があるのだ。悩むに値するだろう。
我の言葉を聞いたヌトは焦燥を込めた顔でバストロスを見ている。それほど我の下につくのが嫌なのだろうが、余計なことは言わないらしい。これで止めるべきだとバストロスを説得しはじめたら面倒であった。
バストロスはしばらく考えた後に、ゆっくりと瞳を上げた。
「……勝算は、あるのか」
「ある」
我はバストロスの目を見て即答した。金色の視線が正面から二つ重なって……ゆっくりと、琥珀の視線が折れた。折れた先に居たのは、黒髪黒目、長身の男――ヌトだった。ヌトはバストロスの目を見た瞬間、すべてを悟ったように凛とした顔になった。
「……ヌト」
「はい」
「……頼めるか」
「……バストロス様のご命令とあらば、謹んでお受けします」
我は内心で拳を突き上げた。勝った。交渉成立である。ヌトはバストロスに慇懃な一礼をし、我の方を見た。その目は心底面倒そうであり、先程までと全く異なる色をしていた。
「……コルベルトといいましたか。私はどうすればいいのですか」
「……今から二日後の朝八時、パースツル通りの冒険者組合ヴァト支店に来い。我を含め全員が集まる」
あらかじめエリーズから教えられていた通りの言葉を伝えると、ヌトはむすっとした顔のまま「わかりました」と言った。交渉が成功したことに、我が内心胸を撫で下ろしていると、バストロスがため息を吐きながら言った。
「……近衛兵長のヌトを公的に欠勤にする書類を書かねばな……なんと書くべきか」
「……順当に書くのならば臨時休暇でよいのでないか? まあ、我であったら『有給休暇』と書いて部下の有給休暇を削るが」
「……貴方、かなり悪魔的ですね」
我なりの冗談だったのだが、どうしてか二人は本気にとったようである。ヌトは顔をしかめ、バストロスも目を丸くしている。続けて、バストロスはくすりと笑った。どうやら我の顔から冗談だと理解したらしい。流石の察しの良さである。
「まあ……書類に関しては我が何とかしよう。……コルベルト」
「何だ」
「……私の部下の命を、頼むぞ」
「安心しろ。我は愚王ではない。返すあての無い借金はせぬ。同様にして、勝算の無い戦いもしないのである」
そう言い放つと、バストロスは安心した表情を浮かべた。それから二、三度他愛の無い話があって、我はゆっくりと二人に背中を向けた。交渉は成功した。あとは帰るのみである。
「邪魔したな」と言って、我はゆっくりと歩き出す――が、直ぐに足を止めた。
「……どうした?」
固まった我に、バストロスが聞いた。その言葉を聞くと同時に、我は「忘れていたことがあった」と言った。
「……何だ? 言ってみろ」
「二つほど、お前に頼みたいことがあったのだ。一つは、とある男に対して王名の勅令を出して欲しいということである」
「……それは何故だ?」
「その男はこの戦いに参加するか考えているのだ。それでどうにも信頼性に欠けると思っているらしい。お前の名前の入ったものがあれば、踏ん切りがつくだろう」
バストロスは初めて面倒そうな顔をした。そして、その男は誰だと聞いた。我がアーカムについて説明すると、しばらく考えた後に、後で使いを送ると言った。どうやら聞き入れて貰えるらしい。
そもそも、この戦いにヌトが参戦すると決まった以上、強者は一人でも多いほうがバストロスの安心に繋がるのである。我自身、それを狙って後から言った節はある。
「また面倒が増えてしまったな……まあいい、もう一つは何だ?」
手元の書類に何かを書き込んだ後に、バストロスが聞いてきた。我にとってこの願いは完全に私用のものであり、あわよくば、という打算的なものも含まれていた。
エリーズも、リサも……我以外の誰も知らない願いである。我は多少の緊張を含めながら、こう言った。
「……この戦いに勝った後、北西へ向かう船に乗りたいのだ」
「……成る程、自国へ帰るのか」
「ああ、そうである。試練のため、我は家臣を一人たりとも連れていない。金は多少あったが、さすがに船については良く分からんのだ。言うのも嫌であるが、帰る手段がない」
「……わかった。亡霊を狩れば、北西――アルベスタ行きの船を手配する」
「……助かる」
我は小さく一礼をして、踵を返した。努めて冷静な雰囲気を保っているが、内心では飛び上がりたいほどに喜んでいた。やったぞ。おそらくこれで戦力を二つ手にいれた。流石のアーカムも勅令を携えた使者がくれば信用できないとは言えないだろう。
その上、亡霊を狩った後の移動の手段まで手にいれた。ここから二番目に近い欠片……北に二つ在る内の片方へ向かう船に乗れるのである。
最初から面倒な『見果てぬ北の国の王』という名乗りをしていて本当によかった。
「それでは、ヴァト支店へ約束の時間に」
「……わかっています」
背中にヌトの面倒そうな肯定を受けて、我は悠々とこの部屋を後にした。交渉の成功を強く噛みしめて見る城内の景色は、来るときに比べて一段と美しく見え、我は静かに笑った。
ヴァチェスタは終始自分が交渉で有利だと思っていましたが、バストロスとヌトには嘘が全部バレています。




