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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第四十六話 双子の悪魔

 妙な軽さの足元に不機嫌を募らせながら街道を歩く。ここから組合までは多少遠いが、我の記憶力にかかれば帰ることは難しくない。歩いてきた道をなぞり返して、我は大して迷うことなく組合に辿り着いた。が、組合の前になにやら馬車のようなものが止まっている。

 若干の小汚さを感じる馬車に、我はほんの少し疑問が湧いた。ちらりとだけ馬車の積み荷を見てみると……ああ、成る程、酒か。どこからか来たこの馬車が組合に酒を卸しているようである。


 だが、積まれた酒の並びは乱雑で、とてもではないが録な商人では無いように思える。あの店主は何を考えているかさっぱり分からない男だが、馬鹿ではない筈だ。卸す先は確かに選ぶだろう。我は若干首を傾げながら、組合の扉を押し開けた。


 途端に、奥からぐわりと酒の臭いがする。それが気品に満ちた物なら良いのだが、それは幾つもの酒気アルコールの混じった香りで、否応が無しに顔をしかめてしまった。


「うぉ……コルベルトじゃーねえかぁ……」


「旦那ぁ……ォエッ」


「ゥォォオオオェ……ぁあ、どうもっす」


「ハッハッハッ……コルベルト! ハッハッハッ……ハァ……」


「……ここは地獄か」


 扉を開けてまず左を見る。いつもの場所に冒険者四人組が座っているが、様子がおかしい。まず全員の顔が赤く、言動がはっきりしない。中には吐いている者さえ居る。……どう考えても、店内に満ちる酒気に酔っ払った結果だろう。

 空気で酔うとは、あまりにも酒に対する耐性が薄い。


 酔っ払った者に関わると厄介であると知っている我は、早々にこの四人を無視することにした。我ながら賢明な判断である。視線を左から正面に向けると、店の中に見覚えの無い男が居た。

 男は四十代程の小汚い服装の男で、かなり背が低く、小太りであった。そんな男が赤ら顔になりながら店のカウンターに酒瓶を並べている。その数は二十を下らず、瓶だけ見るのならば中々に上等な物に見えた。


 店主は男に向かい合って酒の瓶を眺めており、手元には空っぽのグラスがあった。一体この男は何者だ、と考えていると、店の奥から我を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、金髪ー」


「コルベルトさーん」


「こっちだ、こっち」


 声の方を見ると、依頼板の前にリサ達が並んでいる。男のことは多少気になるが、それは三人に聞くとしよう。我は、わはは、と笑う小男の後ろを通って三人の前に出た。


「先に依頼の報酬は受け取っておいたわ」


「一応俺からの提案で四等分にしといたんだが、大丈夫か?」


「金については興味が無い。お前達が良ければそれでいい」


 我はそう言いながら、三人の顔色を見た。デニズはなんとも無さそうである。リサは顔が少し赤いが、言語能力や情緒に何ら異常はない。我はちらりとリサの背後に張り付くエリーズを見た。……顔は赤く、何だかふわふわとした顔をしている。いや、いつも印象としてはそんなものだが、今は殊更ふやけている。

 我の視線を読み取ったリサが、自分に張り付くエリーズに苦笑いした。


「……この子、お酒に弱いらしくって……」


「酒に弱い人間が多すぎではないか?」


「アイツらはまああれとして……エリーズちゃんはまだ子供だからな」


 我が背後で陶酔する四人を見ると、デニズは渇いた笑いを浮かべた。年齢で言えば我もエリーズとそう変わらないのだが、経験が違う。我の体は数多の毒にさらされ、今では酒程度に体を飲まれることはない。とはいえ、酒自体に慣れている訳ではないので、権能を失った今、酒にどれ程強いのかは未知数である。

 今のところは全くといっていいほど何も無いので、恐らくは平気だろうが。


「リサー」


「はいはい」


 エリーズはリサの横からむぎゅう、と抱きついている。何だか同じような動物を魔大陸で見たことがあるな。見た目は小さいが、凄まじい握力を持った動物であった。確か片手でも五百キロ近い握力が……いや、今はそんなことはどうでもいいか。

 我はこの空気の原因である男について、二人に問いただした。


「……あの男は何者だ」


「……あの人は二ヶ月に一回位、お酒をおろしに来る人って位しか知らないんだけど……」


 リサがデニズを見た。が、デニズは申し訳無さそうな顔をして言った。


「いや、悪いが俺も良く知らねえんだ。マスターがかなり贔屓ひいきしてるって位で……あんまり踏み込んだこと聞く気もなくてな」


 デニズの言葉に、リサは同意を示すように肩を竦めた。なんとも臆病というか、奥手な奴である。我は二人の言葉にため息を吐いた。まあ、取り敢えず卸し業者の男ということで良いか。

 ちらりと見たカウンターでは、男が店主に一本の酒を進めていた。


「んで、コイツがよ……まーあ、いい酒なんだよ。北東のアルベスタ、バルフ・ドールルで醸造された高級貴腐ワイン……年間製造数は九千本のレア物だぜ?」


「……ここはワイン専門店じゃない」


「いやいや、まぁ、一口飲んでみなって。気が変わるかもしれないだろ?」


「……」


 男の言葉に店主はため息を吐いたが、抵抗らしい抵抗は何一つ無かった。その様子に我は大きく驚き、恐らくこの男はただ者ではないのだろうという予想を立てた。だが、実際に聞いてみないことにはそれは予想の範囲を越えることが出来ない。

 ……ので、我は堂々と店主に声をかけることにした。酒の連なるカウンターに沿って歩き、そこそこの距離感を取る。男は近くで見ればより一層小汚なく見え、下手をすれば下流の住民にさえ見えた。


 男の右手には緑色の酒瓶が一つあり、中身は殆ど無い。つまるところ自分で呑んだのだろう。


「おい、店主」


「……」


「んぁ?」


「この汚い男は何者だ」


 近くの男を指差してそう言うと、真後ろで何かを叩く音が聞こえた。恐らくリサかデニズ……もしくは両方が頭を叩いたのだろう。眼前の男は我の言葉に驚いて声を飲み込み、店主は相変わらずに仏頂面である。

 どうやら店主に説明をするつもりは無いらしく、青い瞳が男へ向かった。


「あんた、初対面で随分な言いようだな」


「……事実であろう?」


「わはは、確かにな。今見てみりゃ汚くてびっくりだぜ」


「……」


 男は酔っ払っているのかふらふらとしているが、受け答えには支障が無いようだった。とはいえ、調子としては酔っ払いのそれであり、我は少々面倒を覚えた。


「……それで?」


「お、そうだったな。俺は……あぁ、ライゼンっていうんだ。まあ、面倒ならジジイでもおっさんでも好きに呼んでくれ。年で言えば、今年で四十八になるし――」


「……ライゼンは」


 男――ライゼンの言葉がまたもや酒の勢いに負けそうになると、店主がそれを断ち切るように言葉を挟んだ。このままでは延々と話が続いてしまう。話の腰を折られたライゼンは、ありゃあ、と良くわからん声を出しているし、会話が難しいことこの上ない。

 店主はちらりと酒場の中を目だけで見回して、言った。


「……この店の酒を仕入れている。昔は酒の他にも、色々仕入れていたが……今は酒だけだ」


「前働いてたとこはクビになっちまったからな!」


 外れた調子で笑うライゼン。それを少し見つめた店主はもう一度、ライゼンは、と言った。その言葉にライゼンはかなり驚いた顔をして、店主の顔を見る。


「ライゼンは――私の弟だ」


「何だと?」


「うぇ!?」


「あーあ……」


 ライゼンが頭を抱えた。聞こえてきた声の元へ振り返ると、リサが両手で口を塞いでいた。かく言う我も、店主の言葉が信じられなかった。この男と店主が……兄弟だと? 見た目には一切の共通点が見当たらない。眉目も、雰囲気も、何もかもが違う。


 店主は落ち着いた、枯れた雰囲気であり、整った白髪を後ろで一纏めにしている。青い瞳は鋭く、そこそこの知識が透けていた。

 だが、ライゼンはどうか。だらしなく肥えた腹、店主に比べて頭一つは低い身長、伸びた爪と、酒臭い息。白と茶色で斑になった髪は後頭部で雑に結ばれている。


 本当に何一つ似通っていない両者に、我は冗談を想像した。だが、この店主が今の今まで冗談を言ったことがあるのか。また、冗談を言うような男なのか。それを考えると、どうにも真実味を帯びており……つまるところ――


「義理か?」


「わははは! 確かにそう思うのが普通だな。俺から見ても今は全く似てる所は無いし……」


「……血は繋がっている」


 我の言葉にライゼンは笑い、店主は……驚くべきことだが、言葉に若干の怒りを含んでいる感じる。その怒りが二人の血縁を示しているような予感がして、我はなんとも言えない顔になった。

 ライゼンはそんな我と店主を交互に見て、こう言った。


「……正直、俺も驚いてんだ。どうした、兄貴。今までここで俺のことなんて話さなかっただろ?」


「……聞かれなかったから、言わなかっただけだ」


 ライゼンの言葉に対して、店主は煩わしそうに言葉を返した。なんだそら、とライゼンは笑う。こうして見ていても、気安さ意外に兄弟を証明するものは何一つないが、その気安さが何よりの証左なのだろうか。

 我はどう口を開いたものか悩み、未だに曖昧な顔をしていた。


「どうしたよ、お前さん。あ、そういや名前はなんて言うんだ?」


「……ヴァチェスタ。ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトだ」


「うひゃー、カッコいい名前だな。俺なんてタダのライゼンだぜ?」


 そう言ってからライゼンは、あぁ、と言った。


「そういや……まあ一応、二つ名みたいなもんはあったなあ。なんだっけか? あぁ、えぇと……」


「……」


 店主がわざとらしく咳をした。喋りすぎだ、ということだろう。だがライゼンは、酒で耳が鈍っているのか大した反応もなく、さらりとその先の言葉を続けた。


「……んーと……確か――双子の悪魔、だったか?」


「ライゼン」


「んぁ? どうしたよ、兄貴」


「……」


 酒の影響で察しの悪いライゼンに呆れたのか、店主はため息を吐いた。そして、説明を面倒に思ったのか放棄して、ライゼンから目を逸らす。対するライゼンは不思議そうな顔をしてから、我に向けてにっぱりとした笑顔を浮かべた。


「そん頃はよー、俺も兄貴も若くてびしばししててよー……今よりは結構、似てたんだぜ? って信じられねえか」


 わははは、とライゼンは笑った。だが店主は無言であるし、我も無言である。普通ならば気まずさを覚えるだろうに、生憎相手は酔っぱらいである。気恥ずかしさの一つも覚えずに話は続く。


「嘘みたいだろうが、俺ぁかなーり強かったんだぜ? まあ、兄貴に比べりゃ全然だったけどな!」


「……私とお前とでは剣の在り方が違う。一概に私が強いとは言えない」


「そうだなぁ……俺は全部の攻撃を受け流す柔剣、兄貴は全部の攻撃を叩き切る剛剣。二人合わせりゃ、エーテルホワイトでだって敵無しだった」


 かぁー、懐かしいぜ、とライゼンは言った。その顔は大方酔っ払いのそれであり、過去を懐かしんで語り始める辺りも酒の気配を感じた。全くもって面倒極まりないが……同時に聞き逃せはしない言葉が流れてくる。

 信用に値するかは一考だが、この二人は相当の強者だという。店主は確認済みであるが、それに連なってこのライゼンという男も剣を扱うらしい。


「……それは、今でもか?」


 我は笑うライゼンに対し少し考え、そう聞いた。途端に店主がちらりと我へ視線を寄越し、ライゼンは似合わない沈黙を浮かべて笑った。


「いやぁ、まあ……はは。どうだろうなぁ。もう剣を握ってたのは二十年も前のことだし……今じゃ、こんな見てくれだよ」


「……」


「俺も兄貴も……すっかり剣の道から外れちまった。今更どうだとか、そんなこと考えもしてないんだ」


 一瞬だけ、ライゼンの瞳に理性的な光が宿ったような気がした。寂しそうな、懐かしいような顔をして……ライゼンはいけねぇ、と笑い、片手に持っていた瓶に口を付け、大口に残りを飲み干す。


「いやぁ、やっぱ酒がねえと感傷的になってしょうがねえや」


 酒に焼けた言葉を皮切りに、店主が商売の話を始めた。あの瓶はくれ、あれを何本くれ、と。それに合わせてライゼンは快く返事を返し、我を除いて会話が続いた。対人経験が幾ばくか常人より少ない我でも、さすがにわかる。これは距離を置かれているのだろう。お前との会話はここらでおしまいだ、と言わんばかりに、我と二人の間に壁がある。


 それほどこの兄弟の過去を語るのが嫌であるのかは我には理解できないが、結果として会話の切っ掛けを失ってしまった。とはいえ、質問の答えは貰ったので、会話としてはここらで終わっても不思議ではないだろう。

 我は適当に邪魔をした、という旨の言葉を言ってカウンターから離れる。振り返った先には相変わらずなエリーズと、緊張した面持ちの二人が居た。


「……どうした?」


「どうしたっていうか……あんたがいつも通り遠慮しないから気が気じゃなかったんだけど」


「全く同じだぜ……」


「何故だ? 毎回の事であるが、お前達があの男を怖がる理由が知れぬ」


 我から見れば良くわからん爺だが、この二人にしてみれば緊張を高めるに値する存在らしい。平素通り端的にそう聞くと、リサがいやいや、となにやら首を振って――そこに、ぎゅるる、と小さい音がした。

 見ればエリーズが耳を赤くしながらリサの脇腹に顔を埋めている。真隣のリサは当然、鋭敏な聴覚の我もその音に気が付いたが、デニズには聞こえなかったようである。


 確かに後ろを見れば酔っ払いが四人うるさく声を出しており、店主とライゼンの会話も続いている。聞き耳を立てねば音を感じるのは難しいのかもしれない。

 音の正体とその理由をいち早く察したリサは、あー、と声を出して会話を切った。


「あたし、そろそろお腹が空いてきた……かも」


「ん? まあ確かにそんな時間か。ここの匂いがあれすぎて結構食欲無かったんだが、そろそろなんか食わねえとな」


「我は特に問題はない」


 正直にそう言うと、リサが呆れた顔をしてこちらを見てきた。何だというのだ。我は多少の空腹程度気にもならぬ。が、リサとエリーズは違うらしく、昼食を求めていた。その言葉にデニズは肯定を示し、多少の会話があって、我々はその場で解散をした。

 酒場を出て、我らとデニズは別の方向へと向かう。その背中にリサに倣って手を振っていると、組合の前の馬車が目に入った。ライゼンの馬車である。


 馬車は世辞にも綺麗とは言えず、馬は痩せていなかったが毛並みは悪かった。そんな馬車には一つ、荷台の後ろに何かが書いてあった。目を凝らすこともせず、それを読み取ると――


「……『古参の銀』?」


「ん?」


「んー?」


「いや……ああ、何でもない」


 別に説明をしてやってもよかったが、その手間が面倒であった。この期に及んで「何でもない」の利便性と用法を理解した我であったが、今更である。

 我の言葉にリサはそう、と言って、ふにゃふにゃのエリーズを連れて家路を歩き出した。我は組合に対して、何だか後ろ髪を引かれるような心持ちがあったが、立ち止まるにも不自然なのでその後を追う。


 そうして振り返った真昼の空は、雲が二割の快晴に近い晴れであった。

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