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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第四十三話 卑金に似合わぬ夢を

「……そういえばよ」


 掃いた埃を一ヶ所に集めながら、デニズは言った。どうやら我に振る話題が決まったらしい。建物の構造上、良く響くデニズの声を耳に入れながら、我は少しだけ腕を止めた。


「何だ」


「いや……なんか、お前の印象が最初と随分違う気がしてよ……気のせいとかじゃねえと思うんだが」


「……成る程な」


 確かに、デニズと我が最初に会話した時、我の心は十割がた金色の魔王であった。堂々と名乗りを上げ、人間を見下し、神を恨み、砂漠のラクダの上で聞いてもいない、知りもしない英雄譚を延々と喋っていた。

 それが今では多くを語ることも無く、敬語は使わずとも見下しもせず、マントも失い……並べてみれば、どうにも別人のようであった。


 デニズは隈のある瞳を苦笑いに染めて、昔を思い出すように上を向いた。  


「一言喋る毎にセラさんがキレるし、なんかずっと見下されてるし、言葉遣いは変だし……おまけに握手は弾かれるし」


 ――なんだお前らは。揃いも揃って、どれだけ我に触れたいというのだ。


 そんな言葉と共に、確かにデニズの手を振り払った記憶がある。これがただの演技であったり、裏の無い繕いならば、我はくすりと笑っていたかもしれない。まあな、と曖昧な相槌を打ったかもしれない。だが、我にとってその演技は大切な仮面であって、ある意味で盾のような形を持っていた。

 嘘というには形状が歪で、一つには括れない物だった。そのときの我は……あぁ、必死だったのだ。


 それを一笑に付することはどうしても出来ず、我は暫く無言を貫いていた。上手い返しが見当たらず、どうしたら良いのかを考える無言である。どうやらデニズは雰囲気からそれを察したらしく、我らの間に沈黙が満ちた。


 少しして、我は言った。


「……『この格好を見れば分かる通り、我は高貴なる身の上だ。ともすれば事情の一つや二つ、腹に抱えていてもおかしくはないだろう』」


「お、おぉう……」


「……冗談である」


「何だか全部本気に聞こえるんだが……」


 かつて砂ゴブリンに敗北し、そうして運ばれた巣窟でリサとエリーズに吐いた台詞をもう一度、デニズに言った。流石の我も、二度や三度と人間に秘密を露呈するつもりは無く、どうにか誤魔化しを考えていたのだが、どうやら本気に捉えられてしまったらしく、デニズは面食らったような顔をしている。


 驚くほどこの状況への親和性が高いその台詞は、多少の説得力があったのだろう。すぐに冗談だ、と告げると、ため息と共に疲れたような言葉が返ってくる。  


 そんな問答が終わると、またもや微妙な沈黙が始まった。デニズはどうにか場を持たせようとしているが、難しいようである。我はそんな様子を一瞥して、少し考え……そして、デニズに向けて声を放った。


「……おい」


「うぉ……あ、すまん。何だ?」


「……あの女とは知古なのか?」


「あの女……? あー、アリシノさんか」


 流石の我も、延々とデニズに話題を考えさせるというのは虚しいと感じた。今はまだマシであるが、一時間近くデニズが考えを絞るのを背中で感じるのは、なんとも気味が悪い。ならば雑でも適当に話題を振るのが良いだろう。


 我の言葉にデニズは驚いたような顔をして、続けて機嫌を良くしながら話を繋いだ。


「何度も依頼を受けてるのもあるし……まあ、若い時に結構世話になった人ってのもあるな。どっちにしても、俺にしちゃ緊張する人だよ」


「そうか」


 顔を見ずとも笑顔と分かる声色で、今度はデニズが話を投げてきた。


「コルベルト」


「何だ」


「冒険者には……ってか、ここでの暮らしには慣れてきたか?」


 ここでの暮らし、というと随分大雑把である。が、文字通りの解釈をするのならば、リサやエリーズとの生活を含めた暮らしの事だろう。

 我はまた暫く言葉を選んだ。答えづらい質問で悪いな、と途中でデニズが笑ったが、本当である。もう少し聞く点を絞るべきだ。


 そんな事を思いつつ、我は我を取り巻く日常を思い返した。まず思い付くのが、小うるさいリサとの問答と、それを忘れる料理の美味さである。続けて、どこかずれているエリーズの事と、そんな二人に引っ張られ、もしくは引っ張って受けた依頼のこと。

 最初こそはぎこちなかったが、今では多少まともな関係性になっている……筈である。


 それらを総括して、我は少し唸り、そして言った。


「……慣れてきたかと言われれば、慣れた。……最初こそは不快と面倒ばかりがあったが、今では存外気になってはいない。……正直な話、我自身も驚きではあるが……まあ――悪くはないなと、そう思っている」


「……」


「聞いた癖に答えを聞いて無言とは、品性が疑われるな」


「……あ、いや、すまん。悪気があったわけじゃなくてよ……純粋に驚いちまって」


「……」


 そうだろうな。我自身も驚いていると実際口にした。少しでも我に触れた人間は、恐らく同じような反応をするだろう。クルーガーも、デグも、セラも、リサも……唯一、エリーズに関してだけ、ニコニコとした笑顔を崩さないのではないか、という予想があった。


 女豹だなんだと呼称した女に胃袋を易々と掴まれ、全てを晒してしまった。童だと見下ろしていた女に裏では軽々と操られ、こうして何事もない日常がある。寝床にしていた長椅子ソファーは小さい上、相変わらず浴室の水は冷たく、状況で言えば何一つ変わっていない。


 だというのに、どうしてかそんな家に漠然とした安心感だけはあった。帰る場所があるというのは、こんな感覚なのだろうか。そんな場所など一つもなかった我には分からない。

 だが、あの家に帰って、小うるさい女二人と共に居たら……案外どうとでもなるのではないか、と思ってしまったりする。我がどんなに失敗をしても、呆れた顔で次を諭してくるのではないか、と思う。


 そんな事を考えていると、無性にむず痒くなった。なんとも我には似合わぬ考えだ。小さく頭を振って、そんな考えを振り払う。


 ちらりとデニズを見ると、機嫌良さそうに両手が動いており、背中からでも喜色が伝わってきた。何をそんなに喜んでいるのかはさっぱりであるが、我は少しだけむっとした思いを持った。

 敵意とか、不愉快とかいう物ではなく、単に答えづらい質問を出された事への不満である。それは我の胸中に小さく居座り、そしてこんな質問を吐いた。


「……おい」


「ん?」


「お前の夢は、何だ」


「……おいおい、仕返しか?」


 我は答えなかったが、デニズの言葉は正鵠を射たものであった。仕返し、意趣返し。そんな言葉が似合う思いで、我はその質問を投げたのだ。かつてエリーズに問われた未来への質問を、デニズはどう返すのか。そんな好奇心も、我には僅かにあったのかもしれない。


 デニズは予想通り大きく悩み、両手を止めて小さく唸った。その様子はいかにもどう答えるか悩んでいる、といった物だが……我の観察眼は少しだけ違うものが混じっているのを目敏く見つけた。

 どう答えるか、ということは大前提に、言うべきか、という迷いも見える。端からデニズの中で何かがあって、それを声にするか悩んでいるのだろう。


 我は少し驚きながら、背中でデニズの言葉を待った。暫くすると、唸りが止んだ。悩むのを止めたのだろう。デニズは少しまごつきながら、言葉を始めた。


「……まあ、言っても良いけどよ……笑うなよ?」


「我がそれほど品格に欠けているように見えるか?」


「品格っつうか……まあいいや」


 挑発するようにそう言うと、デニズはため息を吐いて、ほんの少し上擦った声で語り始めた。


「俺の夢は……いや、違うな。素直に言うわ。……俺は――騎士になりたいんだ」


「……騎士?」


「……おかしいか?」


 デニズは緊張を隠しながら、照れるように笑った。そんな言葉を聞きながら、我はデニズの言葉を噛み砕いていた。騎士、というと、甲冑に身を包んだあれか。我はあまり見たことはないが、戦場にぽつりぽつりと見かけることはあった。白銀の鎧に身を包み、我へ向けて突撃する騎士共は、確かに威圧感を持っていた。……その数秒後には、ものの見事に雷の魔法で全滅をしたのだが。


 我の中で騎士の概念を再構築していると、デニズが小さく息を吸った。


「やっぱ、ガキみてえだよな」


「……そうであろうとも、我にとっては関係ない。話を続けろ」


 我がそう言うと、デニズは少しの沈黙の後に小さく笑った。そして、吹っ切れたように話を始めた。


「……俺は騎士になりたいんだ。真っ白な甲冑を着て、格好良くあちこちで誰かを助けて、爽やかに白馬に乗って立ち去るみたいな、そんな奴に」


「……」


「ここの孤児院に居た頃によ……寝る前に読み聞かせてもらった絵本の中に、騎士が出てきたんだ。悪いドラゴンに連れ去られたお姫様を助け出す……そんなつまらない話だ」


 我の脳裏に、キラキラと目を輝かせながら話を聞く小さなデニズの姿が浮かんだ。子供相応に無謀で、単純で……純粋な憧れを胸にしたデニズである。

 デニズはどうしてか少し笑って、言った。


「格好良くてさ、憧れちまったよ。その日から、シスターに見えない場所で剣の練習とかしてみたりしてさ……バレたらこっぴどく怒られたもんだ」


 アリシノさんって、怒ると本当に怖いんだぜ? とデニズは言った。その言葉を聞いて、我は少し前のデニズを思い出した。花瓶を割ったら弁償、とアリシノが威圧したとき、どうしてかデニズが縮こまっていたが、そういうことだろうか。

 無言の我の背中にデニズの視線が向いたのを感じる。黙るのとはまた少し違う、そんな間があって、デニズが言った。


「……でもまあ、なんつうか……今は、こんな感じだな」


「……」


「当たり前ってのは知ってるさ。俺は強い男じゃなかった。今じゃ冒険者として剣を振るのが精一杯で、騎士なんて……はっ、笑っちまうようなもんだ」


 んー、とデニズが声を出した。ちらりと見てみると、デニズは両手を腰に当てて、体を伸ばしていた。


「……俺はもう、二十九だ。子供じゃあない。若者かって言われると微妙な年だ。そりゃあ爺さんとかに言わせりゃピチピチってやつだが、剣を振るならもう伸び代は過ぎちまったよ」


「……」


「俺にゃ、白馬は着いてきてくれなかった。お姫様も当然、現れちゃくれない。きっと、伝説の剣を抜くこともないんだろうなぁ」


 あぁ、とデニズはため息のように言った。二十九というと、魔族では相当の強者であるが、人間はどうにも老いるのが早いらしい。そんな事を思っていると……デニズがふと言った。


「……でもさ」


 その声には幾つもの感情がひしめいていた。とてもではないが一括りに出来ない、一括りにしてはいけないものがあった。自然と我の手が止まり、デニズを見る。振り返った先のデニズは笑っていた。隈はくっきりとしているし、頬骨は浮いているし、髪型は適当で、疲れた印象が拭えない笑顔だ。


 だが、その目には確かに生気があった。子供のように、若く跳ねるそれを携えて、デニズは言う。


「でも……どうしてだろうな。ずっと、夢が消えないんだ。無理だって分かってるし、柄じゃないのも知ってる。でもよ、何でか……諦めきれなくて、俺は剣を握ってるんだ」


「……」


「白馬もお姫様も、伝説の剣も格好良い鎧もねえけど……俺は、騎士になりたいんだ」


 そう言って笑ったデニズは、どこか別人のようだった。草臥れた印象が霧のように晴れて、一人の男がそこに居た。


 なんとも不釣り合いだ、と我は思った。着ている服は安物であるし、顔もとても良いとは言えない。そんな男が放つ言葉に、我は大きく動揺していた。最初こそ我に似ているかもしれないと思ったが、違う。断じて等しくない。


 何も無いこと悔やんで結局折れた我と、それでも食い下がるこいつとでは、全く違うのだ。


 デニズは恥ずかしそうに言った。


「……やっぱ、ガキみてえだよな」


「……そんなことは無いだろう」


「え?」


「……夢を途中で投げ出し、憧れを僻んで、前へ進もうとする者の足を引っ張ることしかしないような人間よりは……お前は立派だろう」


「お、おぉう……え? 冗談か?」


 冗談なものか。この期に及んで惚けた事を言うデニズに呆れたようなため息を吐いて、我は続けた。


「……夢の一つも言えない、未来への希望や憧れすらも枯れている。そんな奴よりは……随分とマシである」


「……」


 少なくともこいつは、確かに道を歩いている。迷っていても、前へ進んでいる。後ろを見てはため息を吐くだけの蜥蜴に比べれば、遥かにマシだろう。

 デニズは戸惑うように言葉を考えている。褒められた事がそんなにも意外なのだろう。少しして、小さな声でデニズが言った。


「……ありがとな」


「……何がだ」


「……笑わないでくれたことだよ」  


「……」


 我は黙って、デニズに背を向けた。どのような顔をして向き合えば良いのか、分からなくなったからだ。背を向けた我に、デニズがくすりと笑った。


「何だ?」


「いや……今みたいな様子だったら、セラさんもキレないだろうなって思っただけだ」


「……今、絶対に会いたくない人間の一位が決まったな」


 我がそう言うと、デニズは耐えきれなくなったように吹き出した。大笑いである。何だか馬鹿にされているようで癪だが、直接口を出すのも億劫である。我はため息を吐いて、笑うデニズに小言を挟んだ。


「そろそろ、口ではなく手を動かしたらどうだ?」


「はは、確かにな。ささっと終わらせることにするわ」


 漸く静かになったデニズに、我はほっと胸を撫で下ろして掃除を再開した。

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