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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第四十二話 魔王と教会

 見覚えの無い路地を幾つか抜けて、リサとエリーズ、デニズらの後を追う。教会兼孤児院は場所で言えば中流に位置しており、町の中心からは少し離れた場所にあった。

 人の信仰を集める教会が人波から離れていて良いのかと思ったが、教会の全容を見た時、我は立地の理由を理解した。


 閑静な町並みの中、幾つかの尖塔を突き立てる教会には金の装飾が扱われており、正面の入り口には鮮やかな色を含んだステンドグラスがあった。壁は白い石材で作られているが、そこに掘られているのは太陽の紋章ではない。八方向に伸びる光のような紋章だ。


「……成る程、太陽教の教会だと勝手に思い込んでいたが、違ったか」


「確かにこの国は太陽教が多いが、宗教の自由は認められてるんだ。何より、太陽教は教会とかあんまり建てないしな」


 太陽教は太陽と火を信奉しているから、あまり偶像崇拝に凝らないんだよ、とエリーズが我に補足を入れてきた。この国で大きく信奉されていない宗教ならば、大通りを外して建てられているのも、多少納得がいく。


 再度見上げた教会には幾つもの装飾が為され、かといって下品には見えぬほどの繊細さを感じる。教会は背の低い石壁と黒い鉄柵で囲まれていたが、肝心の正門は大きく開けられており、教会の正面扉も開いていた。ちらりと覗く内部には祭壇と大量の長椅子が見え、いかにもな様子を醸し出している。


 その気になればするりと中に入って椅子に掛けることが出来るだろう。神は万人に門を開いている、とでも伝えたいのだろうか。

 そんな事を考えていると、デニズが教会に一歩を踏み出した。先輩らしく我らを先導するつもりのようで、リサとエリーズは安心しながらその後を追った。我も当然追従をする。


「ほわぁ……」


「広い……」


「まあ、教会だからな」


「ふむ、存外まともだな」


 我の言葉に三人が三者三様……まあ、大まかに呆れの方向性を含んだ顔を向けてきたが、これは我の素直な感想である。基本的に教会は爆破解体した後の物以外見ないので、内部を見るのは新鮮なのだ。


 そんな内部に入ると、速やかに教会の全容を知ることが出来た。開け放たれた扉から入って最初に見えるのは、巨大なステンドグラス。真正面の壁に堂々と天井まで、太陽の光を透かしている。天井は思っていたより高く、銀細工のシャンデリアが四つ、教徒の座する長椅子の上に吊るされていた。床は艶のある大理石で、色の(むら)が味を出している。


 極彩色のステンドグラスから光を受けて、正面に祭壇のようなものがあった。それは雲のように白い大理石で作られており、本を置くことを目的とした形をしていることから、祭壇ではなく説教台や講壇に近いのだろう。

 壁際には高そうな花瓶に様々な花が生けられており、雰囲気を明るくしている。


 と、そこまで考えて、我の聴覚が足音を捉えた。足音は真正面……ステンドグラスの方から聞こえてくる。よく見れば祭壇の左手側にちんまりと扉が付けてあり、神職の人間はそこから出入りしているのだろう、と思った。我の反応を見て、リサとエリーズが我の視線を追うが、デニズは不思議そうに我を見た。なんだ。我を見ても何も無いぞ。

 我の予想は的中しており、少しの間をもって、扉が開かれる。


 扉を開けたのは、一人の若い女……修道女というやつだった。女はかなり小柄だが、その両手には分厚い本を携えており、神の道に通じていることは間違いないだろう。

 女は茶髪を三つ編みに結って、肩から胸に流しており、ゆったりとした黒い装いに身を包んでいた。髪色と同じ茶色の瞳には丸縁の眼鏡が重なっていて、地味な印象を受ける。そんな女を見て、我は小さく鼻を鳴らした。


「……あら?」


 女は我らに気がつくと、後ろ手で扉を閉め、ゆっくりと近づいてきた。十分会話が出来る距離になると、デニズが礼にのっとり身分を明かす。


「冒険者組合、ヴァト支店から参りました、三百十九番デニズです」


「光神教司祭の一人、アリシノです。……そちらのお三方は初めてお目にかかりますね」


「あ、同じくヴァト支店から参りました、リサです」


「エリーズと申します……」


「……ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトだ」


 アリシノとデニズが少し驚いた顔をした。アリシノに関しては我の言葉遣いに対してだろうが、デニズが驚いたのは少々違う点だろう。恐らく、我が敬語を使わないことではなく、簡潔に名乗りを上げたことに驚いているに違いない。例の如くリサが依頼主であるアリシノに謝罪を口にするが、アリシノは、大丈夫です、と口にした。


 我は内心、アーカムやエリザベスのように、この女も何か我の本質を覗く術を持っているのではないか、と危惧していたが、高圧的な言葉に驚いただけということは、アリシノにそのような力は無いと見て良いだろう。


 ほんの少し会話が途切れた時を見計らって、不思議そうな顔のデニズが依頼書を取り出した。アリシノは手元の本を抱えたまま依頼書を確認し、小さく頷いた。


「皆様が依頼を受けた冒険者であることを確認いたしました。早速、依頼内容の説明に移りましょう」


 アリシノは分厚い本を胸元に抱えて、依頼の内容を説明し始めた。大まかな内容はデニズの説明にあった通りであり、特筆して面倒そうなことはない。

 アリシノの説明を軽く聞き流しながら、我は先刻に放たれた単語を考えていた。


 光神教……憎き光の神……なんだったか。アス……アダ……違うな。あぁ、そうだ。この世界の光を司る女神――アスタニシアだ。それを崇め、光を信奉する宗教が光神教である。前の世界では主に北国で熱心に崇められていたようだが……まあ、それはどうでもいい。


 アスタニシアは、随分と厳格な女であった。光を司るとかいうから、多少生易しさとかを持っていると考えていたが、大間違いである。奴は常に眉間に皺を寄せており、一言口を開けば世界の調律がどうとか、正義がどうとか言ってくる。

 金色の長髪を揺らし、天使と共に光の槍で我を散々苦しめてきたアスタニシアであったが……我は奴を滅するに至っていない。


 魔王様の力をもってしても、奴は倒すことが出来なかった。戦力の問題ではない。戦力であれば戦の神であるエヴェレッテが最上位であるが、我は奴を冥府に蹴り落としている。

 アスタニシアには面倒な点が二つあった。光の神であるがゆえに、実体が不定形な上高速で動くということ。そして、すさまじく頭が回るという点である。


 奴の策略で、何度窮地に陥ったか……現にこうして力を奪われているのも、どうせ奴の策略であろう。なぜ即刻我を殺しに来ないかは疑問だが、その答えを我が知っている訳もない。


 我が恨むべき神を信奉するこのアリシノという司祭も、一応我の敵であるが……この場では依頼主と冒険者という立場である。加えて、特別強い恨みをアリシノに抱いている訳ではない。触れないのが無難であろう。


「……というのが、今回の依頼内容になります。何かご質問は?」


 そんな事を考えている内に、依頼の説明が終わっていた。何がなんだかさっぱりであるが、後でデニズやリサに聞けば分かるだろう。

 アリシノの言葉に質問は出ず、我以外の全員が理解を示していた。それを確認して、アリシノはリサとエリーズの名前を呼ぶ。


「リサさん、エリーズさん。お二人は孤児院を担当していただいても宜しいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


「が、頑張ります」


「孤児院にはイミティリという修道女が居ます。彼女から詳しいお話を聞いて頂ければ幸いです」


 二人は軽く返事をして、教会から出ていった。恐らく裏手か隣に孤児院があるのだろう。残った我とデニズに向けて、アリシノが言った。


「お二人は……そうですね。私の後についてきて下さい。私が入ってきた扉を覚えていますよね? その先に掃除用具があるので、ご自身の規格にあった物を持って、ここを掃除して下さい」


「了解です」


「うむ」


 デニズと共に返事をすると、アリシノがくるりと踵を返し、教会の奥へと歩き出した。アリシノがゆっくりと扉を開け、その先に進んでいく。デニズに続いて入った教会の奥は薄暗く、若干埃が多かった。だが、我にとって暗がりは意味を成さず、汚れた空気も害にはならない。それを再確認する度に嫌な気分になるが、仕方がない事だ。


 気を紛らわすために視線を向けた教会の奥には、幾つかの物が並べて置いてあり、若干物置染みた雰囲気となっている。が、それらの全てに白い布が被せられ、何が置いてあるかについては不明瞭だった。

 奥は天井が低く、尚且つ横幅が狭い。歩ける空間自体はあるが、左右に並ぶ大量の白布の影響で、閉塞感を感じざるを得なかった。


 並べてある物に触れぬよう、慎重に二人の後を追うと、一つの扉が見えてきた。予想であるが、アリシノらの執務室、もしくは私室であろう。神職の人間がどう生活をしているのかについて、小さく興味のようなものが湧いてきたが、その興味は扉の前で潰えることとなる。


 扉の横に、木製の大きな箱があった。縦長なそれは、どう見ても掃除用具入れである。掃除用具入れの傍らに立ったアリシノは、咳払いを一つに箱を指差して言った。


「……さて、ここから用具を持ち出して掃除を宜しくお願いします。私はこの先に居ますので、一段落したら扉をノックして下さい。畑仕事の説明をしますので」


「あ、了解です」


「それと……勿論分かるでしょうが、花瓶やガラスは割らないように。もし割ってしまった場合は組合に報告した後弁償となりますので」


 声色を低くし、なるべく威圧するようにアリシノは言ったが、はっきり言ってエリーズと同等程度の体格で凄まれようと一切怖くはない。対照的に、我の隣に居るデニズは背筋を丸めて大人しい。恐らく花瓶を割った時の請求額の事でも考えているのだろう。

 アリシノは我を見、デニズを見て、また我を見た。そしてそのまま少し固まると、では、と言い残して眼前の扉の奥へと消えていった。


 扉が閉まる音から二拍を置いて、デニズが我に言った。


「さーて、やるか。コルベルト」


「うむ」


 この扉の向こうに何があるのかについて気になりはするが、それよりも我はここから早く出たいと思っていた。この感じはどうにも、我の生まれの洞窟に似ている。つまるところ嫌な気分なのだ。

 気合いを入れ始めたデニズと掃除用具を取り、来た道を折り返す。


 そうして教会の内部に戻ると、随分と景色が変わって見えた。単純に見る方向が変わったからだが、どうにも面白い。そうこうしていると、大きめの箒を持ったデニズがそそくさと掃除を始めていた。広々とした大理石の床を箒で掃いて、埃やゴミを取っている。


 とはいえ、教会は外見相応に広々としており、我ら二人で床を掃いていては、相当時間が掛かるだろう。何かもう少しまともな方法は無いのか、と我は考えたが、両手に持っている手札が少なすぎる。我は諦めて、長椅子の下に箒を突っ込んだ。



 ――――――――――――



 三十分程経過した辺りだろうか。箒を両手に持ったデニズが、うーん、と首をほぐし、そして我の方を見てきた。そんなに見た所で、我は努めてまともな掃除を行っている。アーカムの依頼で多少なりとも覚えた箒の扱いで、文句の一つも漏らしていない。


 数日前の我が見れば、仰天に目を見開いていただろう。我の様子は実に珍しく……いや、珍しい所ではないな。ちんまりと箒で掃除をしていることなど不快でしかないはずだ。

 所詮、そんな不快感ですら嘘で、本心ではお似合いだとでも思っているに違いないが……あぁ、脱線が過ぎるな。


 我が考えを切るのと同時に、デニズが声を掛けてきた。


「えー……っと、コルベルト」


「……何だ?」


「いやまあ、何だって言われるとまあ、そんな大それた話じゃねえんだ。なんか変に静かだから喋りてえなぁ、って感じだよ」


「そうか」


 確かにこの場所はあまりにも静寂に満ちており、これから何時間と会話せずに居るのは、少し気まずいような心持ちがある。多少話す位ならば、作業に支障は出ないだろうし、話しても良いかもしれない。

 が、何を話すか、ということまでは分からなかった。デニズと我には殆ど共通した話題が無く、なんというか……言い方は悪いが、顔を知っているだけのほぼ他人である。


 デニズからしても我に話を振るのは少し難しいようで、言い出した癖に言い淀んでいる。とはいえ、話す時間ならばたっぷりとあるだろう。少なくとも、隅から隅へ箒をかけるまでは掃除が終わる気配すらしない。

 箒を片手に口を開けたままのデニズを横目に、我はちらりと教会のステンドグラスを見ていた。


 太陽教が見ればその鮮やかさになんとも言えぬ顔をするであろうステンドグラスは、八方向に虹が拡散したような、そんな意匠デザインである。光を信じ、光が分かたれて生まれる虹を信じ……そしてその色を信じる。たった一色を守り続ける太陽教とは相容れぬ価値観だろう。


 そんな事を思いながら、我はじっとステンドグラスを見つめて……そしてきっとその奥の空の、もっと向こうに居る者達を見た。どうせ見ているのだろう? 我の手が届かない空の果てで。


「……どうしてだ」


 我は独り言を呟いた。それは単純で、純粋な疑問だった。我の独り言に生き生きとした顔でデニズが口を開いた。


「ん? なんか言ったか?」


「いや、独り言である」


「あ、そう……」


 その様子を見て、我は掃除を再開した。同時にデニズも両手を動かしつつ、話題を考えている。そんな中、我の中で言葉が反芻した。洞窟に吐いた声が反響するような、山に叫んだ言葉が返るような、そんな感覚である。


 声は、どうしてだ、と言った。そして、我の心がその言葉の先を付け足す。


 どうして我を――殺さない。


 少しだけ考えそうになって……我は両手を動かした。どうせ考えるのも無駄な、そんな雑念を掃いて散らすように。

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