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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第四十一話 酒は飲める

誤字脱字報告、ありがとうございます。

 エリーズに堂々と宣告をした次の日の朝、我は久々に居間で食事を待っていた。玄関の小さな窓から見える景色はいつもと何ら相違無く、若干湿った空気の中で忙しく路地を行く人間達が見える。

 我の体格に対して多少小さな椅子に腰掛けながら、我はちらりと視線を移動させた。我の椅子から斜め左前にエリーズが居た。だが、その顔は伏せられており、一向に目が合わさりそうにはない。


 台所からはシャーシャーと蛇が鳴くような音と共にリサが料理を作っている。その音と時計の針が一秒を刻む音。それのみがこの家に満ちた音であり、つまるところ限りない静寂が我らの間にはあった。


 エリーズが俯きがちな顔から黒い瞳をちらりと上げたが、我と目が合った瞬間に直ぐ様引っ込んでしまう。大方目の色から察して、体調は大丈夫か、と言おうとしたに違いない。それ以外の会話の種をエリーズが持っているとは考えにくかった。


 我の体調は遂に万全といってもいい状態となり、病の気配は完全に消え失せた。だが、我の口は病にも似た怠さと重さを両立しており、全くとして言葉を紡ぐことが出来なかった。平素へいそならば今頃、偉大なる我は病すら克服した、云々(うんぬん)と言っていた所である。

 だが、今この場でそれを言った場合、間違いなく高度な皮肉か自虐と捉えられるに違いない。空気は修羅場と化し、尚更誰も口が聞けぬ空間が出来ること請け負いである。


 台所のリサがちらりとこちらを見た。見たが、テーブルとの微妙な距離がその口を縫い止める。結局、リサが料理を完成させ、食卓に運ぶまで、一切の会話が無かった。

 互いに牽制しあっている、というわけではない。互いを恐れているだとか、気まずいというのもほんの少し違う。敢えて口にするのならば、無言という指先で、互いの距離感を測っているような、そんな見えないやり取りがそこにはあった。


「……美味い」


「……そ」


 我が漏らした料理をへの小さな感想を軸として、二人がもう一度距離感を掴み始めた。互いに二階で会話を済ませてはいたが、あの状態はどちらとも平静ではなかった。こうやって掴んだ距離こそが正しいものだろう。

 エリーズがリサに、照れてる? と茶化すと、リサがむっとして否定した。


 そこから幾らか他愛の無い言葉の交わりが続いて、食事が終わりに差し掛かったとき、リサがそっと話題を提示した。


「そういえば」


「ん?」


「……これから、どうしようかなってさ」


「……んー」


「……」


 我は口内の味を咀嚼しながら、少し考えた。この話題の矛先は、間違いなく我だろう。答えを出すのも我である。確かに食事を嚥下して、我は脳内の予定をそのまま口に出した。


「……我は欠片を集めねばならない。だが、その為の力が無い。宛ては幾つかあるが、手段が無い。だからその手段を見つけるまでは、適当にお前達と依頼をこなすつもりである」


「……そっか」


「んー……」


 エリーズがほんの一瞬、考えるように目線を上げて、口を開いた。


「それじゃあ、ご飯が終わったら取り敢えず冒険者組合に行くってことで良いのかなぁ?」


 その言葉に我とリサは適当な賛成を示し、そこで食事が終わった。各々が身嗜みを整える中、我は我のマントが無いことに気がついた。が、マントは今頃下流で転売に転売を繰り返しているだろう。もしくは価値のわからないごろつきが自慢げに飾るか着こなしているかのどちらかだ。

 正直な所、我は随分と不快だったが、まあいいか、という心持ちもあった。あれは、我が王であることを知らしめる為の小道具に過ぎない。


 だからこそ無くしたくない、という感情も確かにあったが、もう今更だろう。マントのことは取り敢えず端に寄せて、我はいつか見た大量の衣装に向き合った。



 ――――――――――――――



「なんか緊張してる?」


 冒険者組合まであと少しの距離となったとき、リサがおもむろに言った。我は反射的にいつもの返事を返そうとし、一旦言葉を飲み込む。そして、リサから視線を反らしながら口を開いた。


「……多少はな」


「……あぁ」


 我の緊張の理由を、リサは何となく察したようであった。恐らく我を探す過程で、リサは冒険者組合に向かったに違いない。であれば、我が残したあの空気も確かに感じ取っていた筈である。

 一歩、組合への道を踏みしめる度、我が吐いた言葉が矛先を(ひるがえ)す。冷静さを欠いた、半ば八つ当たりに近い物言いであった。


 数日前に散々な事をした場所へ、また戻っていいのかという不安と、単純な気まずさがある。我の横顔を眺めたエリーズが、大丈夫だよ、と快活に笑って、前へ進む。我はため息を吐きながらその後を追った。


 少しして、我は組合にたどり着いた。何度見ても無骨というか雑な外観の建物に近寄って、歪んだ扉に手をかける。リサとエリーズは我の後ろで黙っていた。先導はしないらしい。

 我は手に力を込め、ゆっくりと扉を開け放った。途端に品性に欠けたアルコールと人の匂いがし、少し大きな笑い声が聞こえてきた。


「マジかよ。お前らやっぱり馬鹿だなぁ」


「まあ、やっぱり俺らにゃ賭け事は似合わねえって……」


「ん……あ」


「あ……」  


「……」


 店内がそっと静かになる。カウンターで酒の瓶のラベルを確認していた店主がさらりと冷たい流し目を送ってきた。酒場の中にはいつもの四人と店主、そして何故だかデニズが居た。全員が驚いた様子で我を見つめて、言葉を失っている。

 我は小さく唾を飲んで、口を開いた。


「……この間は」


 続けて、ほんの少し頭を下げる。本来ならば大きく頭を下げるのが礼儀だろうが、我の体はそれを許容してはくれなかった。十年来の癖というやつはかなりしぶとく我の体に入り込んでおり、頭を下げたり不格好を晒そうとする度に、体が固まってしまう。

 いつもならば歯軋りだの何だのを織り混ぜた行動だったが、今の我にそんな偽りの感情はない。ただただ、不安だけがあった。


「すまな――」  


「あぁ、別に気に病んでたりはしてねえから、大丈夫だぜ」


「俺も全然大丈夫っすよ!」


「気にすんなって。誰でも不機嫌な時はあるからよ」


「旦那にゃ、湿気た顔は似合いませんぜ? もっとこう……」


「おぉ! 久し振りだな。俺のこと、忘れてたりは……してないよな?」


「ちょ、デニズの旦那ぁ……」


 我が謝罪の一言を述べる前に、四人は笑顔で手を上げた。その手には、この四人に合わせた言葉で言うと、気にすんな、という意味や、元気でしたかー! とか、そういった明け透けな意味が込められていた。

 粛々と謝罪をしようとしていた我は、どうにもその空気についていけず、唖然としてしまう。だが、四人はそれがどうしたと言わんばかりに馴れ馴れしく話をし始めた。


「病気とか、大丈夫か? 俺はそっちのが心配だぜ」


「そういやコルベルトって酒飲めるのか?」


「言葉の割り込みは重罪でさぁ、旦那」


「別に良くねえか? 結局言う順番変わるだけだし」


「それが随分違うんすよねぇ」


「……」


 我は暫く固まって、状況を整理しようとして……やめた。ああ、そうだった。大事な事を二つ忘れていたな。一つは、この土地の人間はおおらかだということ。二つは……こいつらが基本的に馬鹿だということだ。

 あれだけ冷徹に拒絶を吐いたというのに、我が頭を下げたのを見た瞬間にこの馴れ馴れしさである。


 我はなんだか、肩透かしを食らったような気分になった。同時になんだかおかしくなって……思わず、小さく笑ってしまった。笑った我に、全員目を点にしており、兄貴とやらは口をあんぐりと開けていた。

 我はまたもや静かになった組合に、少し考えてこう言った。


「……酒は飲める」


 その途端に、おおぉぉ! と四人が馬鹿みたいな歓声を上げて、組合の空気が、どっと温かくなったような気がした。



 歓声と矢継ぎ早な会話が終わった頃、なにやら微妙にムカつく表情の女二人が組合に入ってきて、我はため息と共に、一つ忘れていたことを思い出した。


「店主」


「……」


 店主は相変わらず無表情かつ無反応で、会話に応じる様子は無さそうだが、そうではないことを我は学習していた。よく見れば、確かに会話に向き合おうとする意思を、店主からは感じる。突き放すような姿勢を、全くといっていいほど感じなかった。

 冷めた横顔に、我はもう一度口を開いた。


「……前に受けた依頼は……」


「……何のことだ」


「我が適当にお前に投げた依頼である」


 我がそう言うと、店主は我に背を向けて、酒瓶を棚にしまい始めた。そして、背中を向けたまま、こう言う。


「記憶に無いな」


「……お前」


「……よく分からん苦情が来ていたが……なんだったか」


 全くわからないといった声色であった。まるで、最初から知らなかったような、そんな様子でもあった。我は店主の無骨な気遣いに何も言えず、いや、と言う他無かった。すると店主は、そうか、とだけ言って、そそくさと店の奥へ行ってしまった。

 これで話は終わりだ、ということなのだろう。


 我は暫く誰も居ないカウンターを眺めていたが、そんな我の袖を誰かが引いた。ちらりとそちらを見ると、ニコニコとしたエリーズの顔がある。少し離れた所には、何ともムカつく顔のリサが居た。


「……なんだ」


「コルベルトさん、依頼探そ?」


「……分かった」


「あんた、文字忘れてたりしないよね?」


「ふん、これでも記憶力には自信があるのだ。忘れることはない」


 そういえば、と余計な一言を付け足したリサに鼻を鳴らして、我は爪先を依頼板へ向け――そこで(ようや)くあきれた顔をしている男の存在に気がついた。


「いやぁ、ねえ? そりゃ、俺の印象って薄いかもしんないけどさ、自然に忘れないでくれよ」


 声の主はひょろりとした男だった。海草のように少しひねりのある黒髪、若干浮いた頬骨の上に薄く二つの隈を伸ばした……デニズである。その腰元にはいつか見た直剣が革の鞘に納められており、格好も前回見たのと大きく変わらず、白い長袖に黒いズボンであった。


「あ、デニズさん。なんだか久し振りに見た気がします……」


「確かに、二人とは結構入れ違いになってる気がするな」


「今日は一人だったりしますか?」


「まあな。なんでもシェディエライトは弟子が薬草の調合で実験室を吹っ飛ばしたらしくって……デグは母ちゃんを医者に見せるとかで、セラは眠いとか言ってたかな」


 実験室を吹っ飛ばした、の一言で、我は少々気まずくなった。我のは吹っ飛ばしたというより消し飛ばしたといった方が正確な惨状であったが、あの時は時間を巻き戻す魔道具を作りたくて迷走していたのだ。


 意図せずしてデニズの攻撃を受けた我は、努めて冷静な顔で会話の成り行きを見ていた。我から話す話題が殆ど存在していないので、静観が無難と判断したのだ。


「二人は……あー、コルベルト……とパーティー組んでるんだよな?」


「はい」


 デニズが我の名前を呼ぶとき、微妙にもたついた。この名前は確かに我にとって大切なものではあるが、きちんと配慮をして呼ぶのならば気には留めない。

 デニズの言葉に返事をしたリサは、ちらりとデニズの右手を注視した。デニズの右手には、恐らく依頼書とおぼしき真新しい羊皮紙が握られていた。


「ん? これか?」


「ああ、その……すみません」


「いやいや、謝んなくても平気だよ。この依頼は、孤児院からの依頼だな」


「孤児院……」


 エリーズがデニズの言葉を反芻した。対照的に我はこの国に孤児院があるという新事実に少し驚いていた。だが、リサの話によればこの国は元々六年前の魔族の侵略による難民の避難所となっていたのだから、孤児院があるのは普通なのだろう。


 デニズは依頼書を開いて、見せながら言った。


「それでまあ、この孤児院は教会と一つになってて、人手不足っつうか……簡単に言えば結構大変らしいんだわ。基本的な仕事は教会の中の畑を手伝ったり、教会と院の掃除ってとこかな」


「なるほど……」


「えーと……失礼かもしれませんけど」


 エリーズが小さく断りを入れて、デニズに言った。


「それって、デニズさん一人だと……ちょっと難しくないですか?」


「……あー、まあ……元々あの四人で受けるつもりだったしな……」


「……あー」


「……実は俺、ここの孤児院の出身でよ。出来れば手伝ってやりてえんだ」


 我も少なからず思っていたが、明らかにデニズ一人ではこの依頼に求められている労働力を補填できないだろう。教会というのは基本、憎たらしいことだが神の権威を表すために大きくなる。畑仕事はしらんが、子供の居るであろう孤児院の掃除も面倒に違いない。


 その事に漸く思い当たったデニズが渋い顔をして、そんじゃあ、と一つ我らになにかを持ち掛けようとし、何かを閃いた。  


「どうした?」


「そんじゃあ、お前らにやろうかって言おうとしたんだが……どうせなら一緒に受けてみるか?」


「おー、成る程です」


「確かに、私達でも少し人手が足りないかもしれないですね」


「ふむ……」


 我は一つ思案した。我の目的は、今のところ適当に依頼をこなすことである。その上でさまざまな手段を手にいれること。であれば、見たことすらない教会へと依頼で向かうのならば、そのどちらともを満たしていると思って良いだろう。

 付け加えて、デニズが同行することにも特段抵抗はない。こいつからは特に不快な印象を受けていない上、我の非力さも多少の理解がある。何より面識があるというのが大きいな。


 ここまでだけであれば、我は大きくデニズに頷いただろう。だが、そうしないのには理由がある。一抹の不安が、我にはあったのだ。


「教会か……」


 教会がどうかした? とリサが言おうとして、気まずそうに途中で飲み込む。教会は、我が憎む神を讃える場所であり、我を憎む教徒の居る場所だ。詰まるところ、敵の本拠地であり、仇敵の膝元というわけである。

 竜鱗以外、人間と何ら変わりの無い我であるが、神の道に通ずる者にはどう見えているのかは知らぬ。最悪、相当面倒なことになるだろう。


 と、そこまで考えて、一旦我は思考を切った。


 教徒はすべからく敵だと認識していたが、我の欠片を持つ存在が仮に悪霊の類いとなれば、神の力を借りずして倒すことは難しいであろう。悔しいことだが、一応の面識を作っておくことは重要と言える。


 我は短い時間にそんな事を考え……そして、軽く頷いた。


「……我は問題ない」


「……そう。私も別に大丈夫です」


「私も大丈夫……かな?」


「そんじゃあ、四人で臨時パーティーと行くかー」


 デニズがにこりと笑ったが、男の笑顔を見ても癒されはしない。さらりと視線を反らして、エリーズを見た。何やら思案顔である。が、直ぐ様気を取り直し、笑顔となった。

 教会には大きな危険があるが、同時に大きな利点がある。その利点だけを得られる事を、我は切に思った。

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