第三十話 断糸、あるいは落橋。
朝方になり、見下ろす町に日の光が差し込んできた頃、我は目の前のカーテンを元に戻し、定位置であるベッドに体を沈めた。二人がけのベッドはソファーに比べて当然大きいが、それでも我の体格を考えると縦方向にあまり余裕がない。
二人が起きるまでの暇な時間、天井を眺めて過ごす。先程まで湧いていた疑問は……一旦保留である。風邪を引いた時に考えることではない。もっと心身ともに余裕のあるときに考えるのがいいだろう。
そこまで考え、我は己の体に小さな変化が起きていることに気が付いた。両腕の、全身の赤みが薄くなっているのだ。つまり、熱が下がり始めている、ということである。
この調子ならば、本当に明日までに体調は良くなっているだろう。そうなれば、この退屈ともさらばである。
ぼーっと、二時間ほど暇を過ごしていると、我の聴覚が物音を捉えた。どうやらどちらかが起きたようである。恐らくリサであろうが、ごく稀にエリーズが早起きをする場合もある。
どちらだろうな、と待っていると、物音が二つに増えた。どうやら釣られて片方も起きたようである。
しばらく待つと、先に身支度を終えたらしい方が廊下を歩き、我の部屋の扉を軽く叩いた。そうして姿を表したのは……いつも通りリサである。
「何だ」
「何だって言われても……普通に様子見に来ただけなんだけど」
「そうか。我は喉が渇いているぞ」
「はいはい……普通におはようとか水頂戴って言えばいいのに」
我はそれほど気安い存在ではないと、何度説明すれば理解できるのだろうか。今更ながら、この二人に我の素晴らしさについて理解させるのは無理なのではないか、という考えが浮かんできた。
その考えが間違っていることを心底願いつつ、我は軽く咳払いをした。
リサはちらりと我の顔を見て、少し驚いた表情を浮かべた。
「あんた、結構顔色良くなってない?」
「……多少であるがマシにはなった。恐らく明日には全快である」
リサは我の言葉を受けて心底驚いたような表情を浮かべたが、我には通常、どれ程の期間床に伏せているのかが分からないので共感は出来ぬ。
反応からして早いということのは分かるが……いや、深くは考えなくとも良いか。
リサが開いた扉の向こう側で、全身を伸ばしながら欠伸をするエリーズが通り過ぎていった。それを小さく振り返って確認したリサは、それじゃ、と口にしてこの部屋から踵を返した。
が、その行動は途中で固まる。
どうした、と口に出そうとして、今度は我も固まった。ちらりとこちらへ振り返ってきたリサの視線が、例の箱に向いていたからである。
その目は突き刺すように鋭利で、ともすれば青い悲壮を満遍なく含んだ色をしていた。
時間にすれば一秒にも満たない、ほんの一瞬の視線。リサの瞳はがらりと色を変えて我を見た。何か用件がある、といった眼差しではない。我を見てから、話す話題を考えているような、取り繕いの視線である。
「……ご飯も一緒でいい?」
「……往復が面倒か。別に良いぞ」
我は冷静に、リサの言葉を返した。途端にリサは安堵した表情を浮かべ、部屋から去っていく。
残された我は暫く閉じた扉を見つめ、そしてボソリと呟いた。
「……一体、あの箱には何があるのだ」
わざわざ触れぬように、考えぬようにしているというのに、リサはその上から好奇心を植え付けてくる。なんだ、あの視線は。我が未だに見たことがない目であった。恐怖ではない。かといって喜びでも悲しみでも、驚きでもない。
最も近いものを語るのならば……焦りか? 兎にも角にも、我には分からない。
ポツリとベッドに寝そべる我の心の中で、耐えるのがやっとの好奇心と疑問が、ごそりと寝返りを打った。
―――――――――
「前の買い物で買い忘れた物があったから、買いにいってくる」
朝食を適度に腹へ収めた我に、リサが言った。隣のエリーズも身嗜みを気遣っているようで、先程から黒髪の毛先を気にしている。
対する我は少しだけ考え、まともになってきた喉で、そうか、と返した。
空の食器を下げ、部屋を出た二人は下の階でパタパタと準備をしている。そのくぐもった雑音を後頭部に感じながら、我は数日前の買い物を想起していた。
確かにあの時は我の服が我とリサの両腕をふさぎ、ろくな買い物ができなかった。この三日でその分のツケが回ってきたとなれば、なんとも分かりやすい話である。
だが、それが大きな理由ではないと、我は直感していた。朝方のリサの仕草である。あの時の表情は、何かに焦っており、それは何かを思い出したといった様子にも思えた。
それから少しして、家の扉がガチャリと開かれ、そして閉じられた。リサとエリーズが市場へ向かったのだろう。つまり我はこの家に一人という訳であり……。
「……」
我は静かにため息を鼻から吐いた。深い意味は無いが、やはり視線が左側へと誘導されてしまう。そこに何があるのか、知りたいという心持ちがあるのだ。
ざわめく心をなんとか鎮めるために、我は別の事を考えることにした。
「……そろそろ体がまともになってきたな」
反らした視線を我の両腕に移す。二日前には朱に染まっていた両腕は、今では殆ど赤らみが無い。体内の熱も、多少暑い位である。手足や頭の重さも大分楽になり、少し動く位では問題ないだろう。病は確実に完治の道を辿っているのだ。
我には勝手がよく分からないが、取り敢えずこの我は病魔すら克服した、ということなのだろう。試しに我は体の向きを変え、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
僅かに体が重く、多少のふらつきはあったものの、至って簡単に立ち上がることができた。
「ふむ……歩くことも出来るが……流石に鍛練は無理であるな」
踏みしめた一歩は確かである。ずっと寝そべっていたことで凝り固まっていた体を大きく伸ばして、ふう、とため息を吐いた。多少動けることは分かったが……暇であることに変わりはない。
この暇をどう過ごすか、と少し考え、その前に体を清めたいという心持ちが出てきた。代謝の少ない我はあまり体を汚すことが無いのだが、それとこれとは話が別である。
……が、この体調で冷水に浸かって良いのか我には分からなかった。まず病の原因が判明していない以上、怪しいことはするべきではないだろう。それに、あの冷水に浸かれば間違いなく体調は悪化するに違いない。
そうすると、次は何をするべきなのか、という話だが……駄目だな。どうしても、気になる。
「……」
我はちらりと例の箱を見た。箱は当然動くことも、何か物音を鳴らすこともない。もしそうであったのならば、堂々と中を見ることが出来たであろうに。
黒っぽい木箱をじっと見つめていると、家の中の静寂が際立った。当たり前だが、現在この家に物音を立てる存在は居ない。あるとしても時計の秒針程度であり、さすがの我の聴覚でもそれをとらえることは出来なかった。
驚くほど静かな家の中でポツリと立ち尽くす我の視線は箱から少し逸れ、その隣にあった机に向かった。机には二つの額が伏せてあり、見えないその中身に好奇心がざわめいた。
我はしばらくそれを見つめ、ゆっくりと一歩踏み込んだ。熱に浮いた、頼りない一歩であった。しかし、その足を純粋な興味だけが惹き付け、我は机へと近づいていく。
正直な所、こんなことは初めてであった。無意識に体が動いてしまうことではない。たかが人間……それも、我に対して敬いの一つもない女に、これほどの興味を示していることだ。
正真正銘生まれて初めての興味に応じて、我は机の前に立ち、ゆっくりと額の一つに指を伸ばした。
「……見る、だけである」
そうだ。見るだけだ。我は魔王である。何をしようとも勝手であろう。そう内心で理由を用立てて、我は額を立てた。
「……写真か」
額には一枚の写真があった。この世界にも写真の技術があるのだな、と思うのと同時に、写真の内容に釘付けになった。
少し古めかしさが残る写真には、二人の男女が写っていた。一人は綺麗な煉瓦色の長髪を携えた女であり、もう一人は砂漠の赤砂を連想させる短髪の男であった。二人は白いドレスや礼装に身を包んでおり、なんとも緩んだ顔でこちらを見ている。
女は左手薬指の指輪に小さく右手の指先を重ねており、男の顔は心底幸せそうであった。
「……これが、リサとエリーズの両親か?」
女の顔立ちにはリサの影が色濃くあり、素朴ながらも品のある笑顔であった。今のリサを小綺麗にして成長させれば、こんな姿になるのだろう。が、エリーズの方とはどう見ても似つかない。男の顔とも合致しない。寧ろこの顔を見ると、隔絶した遺伝子を読み取ることができた。
疑問の色を濃くしながら、我は続いてもう一つの額に手を触れた。一瞬だけ理性が歯止めを掛けるが、一つ見てしまえば二つも変わらないであろう。己の影を捩じ伏せ、我は額を立てた。
立てた額には先程と同じく一枚の写真があった。しかし、そこに写っている二人は共に女であった。一人は先程の母親とおぼしき女。もう一人は……恐らくだが、幼少のリサであろう。にぱっと快活な笑みを浮かべながら、母親に抱きついている。抱きつかれている母親は、困ったような、幸せそうな笑顔でこちらを見ていた。
「……」
小さく後悔のような物が、我の胸で疼いた。しかしそれは見てはいけない物を見たことによる後悔でも、写真の内容が思ったほどのものではなかった事への後悔でもない。
ただただ、気分が悪くなったのだ。見なければ良かった、と思うほどの苛立ちが写真の笑顔を見る度に蠢く。
我はいつの間にか、我はリサという人物に期待をしていたのだと、この時気がついた。あの女は……あの女はきっと――我と同じだと、勝手に思っていたのだ。それが、蓋を開ければこの笑顔である。
なんだ、と思った。それが理不尽な苛立ちであることは、聡明な我には当然分かっていた。だが、分かっていることと理解できることとでは全く別物である。
心に湧いた唐突な怒りと不快感。その矛先はくるりと視線を操り、中途半端な大きさの箱へと向かった。
この際ならば、見てしまおう、と思ったのだ。どうせ今更好奇心を引っ込めようと、いずれこの芽は花を咲かす。何より我の苛立ちが箱を開ける事への忌避を薄めていた。
我はふらついた足取りで箱の前に歩み、そして座り込んだ。
そして、箱の正面に両手を添え――ゆっくりと左右に開いた。
「……これ、は……?」
箱の中を見た瞬間、我の胸中には二つの感情が湧いてきた。一つは驚き。そしてもう一つは、困惑であった。
箱の中は金の鍍金で繊細に彩られており、二つの写真と一つの引き出し。そして写真の前には、二つの黒い石柱と二つの指輪、蝋が溜まった蝋受けがあった。
二つの写真には、リサの父親と母親が小さくはにかんでおり、黒い柱には白く文字が刻まれている。
「……『ナイドラ』、『アリサ』?」
人名、なのだろうか。リサの父親と母親の名前であると考えるのは、恐らく可笑しいことではない筈である。呆然と箱の中身を閲覧する我の視線が次に捉えたのは、二つの指輪であった。指輪にはちんまりとした赤石が嵌められており、我の見立てで言えばさほど高級とは言えない指輪であった。指輪は持ち主の不在を示すようにほんの少しだけ錆びており、小さな赤い光が二つ、揺れることなく反射していた。
我が次に見たのは、蝋受けである。小さな鉄製の蝋受けには白い蝋が固まっており、そこからは強く花の香りがしていた。香りのついた蝋燭を燃やしていたのだろう。二階に進んだリサはここで蝋燭燃やし、その香りが部屋や壁に染み付いた、ということか。そこまで考え、我は小さく呟いた。
「……一体、何の為だ?」
追悼……なのか? 人間流の追悼であったのならば、理解はなんとなく出来る。とはいえ、魔族に追悼の概念は無い。我々は死ねば消えるからだ。その上、実力主義である。死んだのならば、死んだのが悪いと切り捨てられる社会なのだ。
確かに愛するものを無くした魔族が人間を真似て墓石を立てることはあるが……正直な所無駄としか思えなかった。
「もしや、この蝋燭の香りによって奴の両親が悪霊となることを防止しているのか……?」
首を傾げながら、我は中の物を幾つか手に持ってみた。しかし、写真の裏や指輪の内側にも、魔術の痕跡はない。疑念を持ちながら、我はそれらを元の場所に戻した。
続いて我は、一つだけある引き出しに手を掛けた。そっとそれを引いてみると、中から強い花の香りがする。
見てみると、中には一つの箱と……小さなペンダントがあった。取り敢えず箱の方を手に持ってみると、軽い。厚紙で作られた箱の中には蝋燭が一本だけ入っていた。何かが箱の表面に書いてあったが、小難しい上に汚れていてよく読めない。
仕方なく我はペンダントの方を確認することとした。
ペンダントはほんの少し鍍金の剥げた金色のチェーンを着けており、首から掛けられるようになっている。ちょっとした装飾のなされたペンダント本体は、どうやら触った感じ中に何かが入っているようである。
取り敢えず、小さく振ってみた。カラリ、と音がする。ふむ、と我は呟いて、慎重にペンダントを開いた。途端に、中に入っていた何かが転がり落ちる。
慌てて我はそれを掴もうとしたが、それは思った以上に小さな球体であったので、指先で弾いてしまった。普段ならばこんなことはしないのだが、ほんの少し残った病魔が悪さをしたのだろう。
む、という我の呟きに応じて、中身がコロコロと木目の床を転がる。幸いさほど転がらなかった。
ぱっと見た様子では赤いガラス玉のような物であったが……取り敢えず回収しよう、と下ろした腰を動かした時――ガチャガチャ、と下から音がした。それは鍵を使って扉を開ける音であり、つまるところ……二人が帰ってきたのだ。
「不味い」
この様子を見られれば、間違いなく面倒ごとになる。我は大慌てで腰を上げ、ガラス玉へ歩み寄ろうとしたが、あろうことか上手く立てずに尻餅を着いてしまった。未だ熱のある状況で急に動いたのが悪いとは知っていたが、それよりもやらなければいけない事があった。
我はなんとか落ちた腰を持ち直し、ガラス玉へ向かう。そしてそれを拾って、適当にペンダントへ押し込んだ。ぱち、と音がしてペンダントが閉まったのを確認し、今度は箱へと向かう。
と、その前に机の上の額を二つとも元と同じように伏せ直す。続けて、先程の物音でリサ達が階段を上ってきているのを鼓膜に感じながら、ペンダントを半ば詰めるようにして引き出しに入れ、それを閉める。そして両開きになった箱の蓋を――
「……え?」
背後から、声が聞こえた。続いて、もう一人が息を飲む音が、やけに大きく響く。我の動きが止まった。両腕が、痺れたように硬直する。呼吸すら止まってしまった我は、ゆっくりと振り返った。
そこには二人の女が居た。リサは驚きに硬直し、見開いた眼で我の手元を凝視していた。宙ぶらりんに左手に捕まれているのは、先程見た蝋燭の箱。
エリーズはリサと同じく驚愕に硬直していたが、途端に顔から血の気が引いて、一歩、我から足を引いた。
正反対に、リサは顔に赤らみを含ませながら、我に一歩踏み込む。震えた、怒りの一歩であった。
リサは、渇いた唇を小さく震わせて、言った。
「……なに、してんの?」
その言葉には抗えない威圧があった。思わず気圧される憤怒があった。いつもはリサを止めるエリーズも、言葉を失って立ち尽くす。その顔は青を越えて蒼白になろうとしていた。
そんな状況の中、我はなんとかこの場を取り繕おうとした。我が上手く口を弾ませれば、どうにか状況が良くなるだろうと。
だが、リサが何に対して激昂しているのか、我には正確に理解できなかった。両親の秘密を見たことなのか、箱を勝手に開けたことなのか、はたまた、箱の中身を触ったことなのか。それが分からないのに場を取り繕えるはずもなく、我はとにかくリサを落ち着かせようとした。
「ま、待て。これは――」
リサは憤怒の形相のまま我へ歩み寄り――そして横に力強く蹴飛ばした。痛くも痒くもないが、上手く踏ん張りが効かずに横に倒れる。突然のことに目を白黒させる我を尻目に、リサはじっと開きっぱなしの箱を見た。
両親の写真は僅かにずれ、指輪は場所を変え、小さく開いた引き出しからは金色のチェーンが入りきらずにはみ出していた。
それを見たリサは絶句し、エリーズは悲壮に満ち溢れた顔で我を見る。なんとか弁明を考えようとする我を、リサは音もなく睨んだ。
蔑みと怒りが十割の、半ば殺意の目である。
それを見た瞬間、我はリサとの交渉が不可能であることを悟った。
「この……糞野郎ッ!!」
顔を真っ赤にしたリサが、全力で我の顔を蹴る。待て、と制止を口にしようとした我を、リサはもう一度強かに蹴り飛ばした。さらに続けて我に張り手を喰らわそうとしたが、なんとか腕で防ぐ。
防いだ腕を蹴飛ばそうとするリサを止めてもらう為に、我はエリーズに視線を送ったが、エリーズは我と目を通わせた瞬間……さっ、とその視線を反らし、目を伏せた。
唖然とする我へ、リサは罵倒と共に暴力を振るう。
「ふざけんなッ! この、腐れ金髪! 死ね!」
死ね。そんな言葉と共に振るわれた拳が、我のこめかみを打ち抜いた。続けて幾つもの罵声が飛び散る。カス野郎だとか、ぶっ殺すだとか、そんな言葉ばかりであった。
困惑と共に顔面を何度も殴られた我は……我の中の何かが大声で叫んでいるのを感じた。
それは反省の心ではない。後悔の感情でも、決してない。それは、燃えたぎる怒りの感情であった。
これまでに累積させてきた不平不満。この世界に来てからのストレスや不安、そして屈辱。それらのありとあらゆる感情が燃料となり、リサの怒りに引火した。
リサに蹴り飛ばされ、壁際に叩き付けられた我は、顔を上げることなく言った。
「……うるさいクソ女だな」
瞬間、部屋の空気が固まった。勿論、最悪の意味で。振り上げた拳を空中に留め、唖然とするリサに、我は低く唸るように続けた。
「大好きな親の物を荒らされてご立腹か? ハッ、まるで赤ん坊だな」
「……」
「まあ、案外間違いないかもしれないな。だが、大切に育てた娘がこれでは――」
その先の言葉は、言ってはいけない気がした。言えば何かが壊れる気がした。見えない何か……糸であり、橋でもあるものが、切れて壊れる気がした。きっとそれは、確信に近い予感だった。
それを噛み締めて……我は言葉を繋いだ。
「親が、可哀想だろう」
リサがナイフで刺されたような顔をした。エリーズは、どうしてか泣いていた。ぼそっと突っ立ったまま、黒い瞳から大粒の涙を溢していた。
だが、そんなことはどうでもいい。関係無い。
「……そんな風に短気で、頑固で、要領が悪いから、冒険者なんぞに身を落としているのだ」
「……」
「毎日情けなく命を削って、ちびた金を稼ぎながら誰も居ない家で……現実を見れずに家族ごっこか?」
「……やめ、て」
エリーズが、横槍を入れてきたが。聞こえない。我は固まるリサを、盛大に鼻で笑って、こう言った。
「強気を気取っているが弱さしかない。取り柄もなければ強さもない。情けない女だな、お前は」
リサは未だに固まっていた。その乾ききった唇が、幾つかの言葉の前兆を模して震え、そして、ようやく目的の言葉を吐き出した。
「…………出てって」
「……」
「この家から、今すぐ」
「……」
我はゆっくりと立ち上がった。そして、立ち尽くすリサの横を通り、泣きながら右往左往するエリーズの隣を通りすぎた。一度も、後ろに振り返ることはなかった。
上ったことのない階段を下りて、そのまま玄関へ歩き、マントを羽織って、靴を履いた。そして、ドアノブを強く握りしめ、扉を開ける。
外はまだまだ昼頃で、渇いた熱風が我を撫でる。だが、暑くはなかった。それどころか、寒かった。我にはどうしても、その理由が分からなかったが、もうどうでもいい。下らない。
後ろ手でドアを閉めて、我は砂漠の町へと繰り出した。




