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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第二十六話 王冠は玉座に置いてきた

 地面に押し付けられながら、我は目の前の王の姿を確認した。王の髪は少し長めの白髪で、瞳は血統の気高さを表すような金色であった。顔立ちは我から見ても整っていると言わざるを得ないが、外見や肌の感じからして恐らくこやつはかなり若い。十代後半……もしくは二十代直近であろう。

 王は白い絹を丁寧に折り重ねたようなよく分からん服を着ており、耳と首からは、中心に穴の空いた地味な鉄細工の飾りが垂れていた。


 ついでにちらりとヌトと呼ばれた男を見ると、黒く艶のある髪を後ろ手ひとつに縛った、背の高い男であった。服は体の線が見えづらい黒色であり、瞳の色も相まって、全身が黒づくめであった。顔立ちは整っているが、目元や口に女っ気を感じる。


 冷静に主要な人物を分析していると、そんな我を王は静かに観察していた。


「ふむ。やはり一般には見えぬ。お前の目は、間違いなく世界を見ている物だ。付け加えて、目の奥に冷静さを飼い慣らしている……のだが、どうしてだろうな。雰囲気が荒い」


「……王族に相応しく、よく回る口であるな」


「そういうところを、我は言っているのだ」


 ぐっと、我を押さえつける力が少し強まった。圧死させる気か、馬鹿どもが。我を拘束する衛兵を睨み付けていると、王は目線で衛兵を我から離した。ヌトが少々嫌そうな顔をしているが、奴の体格からして、我が一歩でも動く仕草を見せれば、直ぐ様喉元へ直剣が突き立てられるだろう。


 手元でいまだに暴れるエリザベスを掴み直して、我は体を起こした。途端に、頭が高い、という意味合いの視線が全方位から向けられるが、我も王である。高いも何も平等という他あるまい。

 立ち上がった我を見上げながら、王はふむ、と一つ言って、口を開いた。


「素性の知れぬ来客とはいえ、そちらに名乗らせたまま、というのも品が無い。我も名乗るとしよう」


 王は金色の瞳を我へと向けた。そして王は、落ち着いた深みのある声色で名乗りをあげた。


「我が名は、エスト。エスト・ウィル・バストロス。この国、ミルドラーゼ唯一の王である」


 唯一の王。つまり、この国の王族はこやつのみということか。それは随分と珍しい。基本、王や長ともなれば兄弟姉妹の一人や二人居てもおかしくはない。その上、己も妻子を持っているのが基本である。

 我は……まあ、魔族の王である魔王は人間の王とは大分違うのでな。世継ぎや血族が居ないのもおかしくはない。


 ともかく目の前の王族……バストロスは、さて、と我を見た。


「お前は何者だ? 賊かと思えばそうではない。かといって言うことに信頼性もない。……さあ、名乗ってみろ」


「……我が名は、ヴァチェスタ。ヴァチェスタ・ディエ・コルベルト。汝らが見果てぬ北の国を手中にする、唯一の王である。そして俗に……金色の王と、そう呼ばれている」


「……金色の王か」


 バストロスは我の髪を見、続いて金色の如き瞳を見た。そして、納得するように鼻を鳴らすと、続いて頬につがえられた手を解き、両手を眼前で組み合わせた。


「それで、その『金色の王』が手ぶらで我の休息を脅かしていることについて、何か弁明はあるのか?」


「……それについては……不可抗力の果てではあるが、こちらに非があるというのは間違いない。…………申し訳なかった」


 内心、ギリリと歯を擦り合わせながら、我は小さく頭を下げた。この我が、金色の魔王が……たかが小国一つを治める程度の、ちっぽけな人間に頭を下げるとは……あり得ぬ。全くもって許容できぬ。しかし、この場においては誠意を見せねばならないのだ。我は圧倒的な不利に立たされており、その上で、悔しいことだがこの人間の慈悲によって口を開くことを許されている。本来ならば問答無用で斬首か地下牢行きなのだ。


 重々しく謝罪を口にした我をバストロスはしばらく見つめ、そしてやはり訝しげに口を開いた。


「やはり、信用ならない者である」


「……」


「とはいえ、だ。我は王である。王であれば、当然王らしき選定眼を持っている。会話の一つで相手を視ることは、造作もない」


 故にこそだ、ヴァチェスタ。とバストロスは言った。我は断りもなく勝手に名を口にされた事に対して憤慨を通り越した激情を沸き上がらせたが、それを表層に出すことはなく、沈黙した。


「一つ、我の質問に答えよ。それで、お前のことをるつもりだ」


 バストロスは一つ、瞬きをした。目を潤すような、その癖今までずっと閉じていた瞼を開くような瞬きである。


「お前は――国を、なんと見る」


我は一つ考えた。一瞬の逡巡だ。バストロスの言葉にどう答えるか、それのための知識や記憶を我の頭脳から引きずり出して、そして我は口を開いた。


「……我は国を、炎と見る」


 薪たる王が熱意に燃え、それに感化された者達が火元に寄り集まって、寄り集まって……そして、誰かを暖めるような、敵を打ち払うような()となる。

 王を薪にして、思いを繋いでいく。繋がれた思いの先でまた、人々が一つの炎を生む。それが我にとっての国である。


 我の言葉を聞いたバストロスは、じっとその言葉を聞いていた。音ではなく、その言葉に乗った我の心情を聞いていた。

 もし、我にとっての長所を観察眼とするのならば……こいつの長所は、間違いなく耳であろう。


 バストロスは鼓膜に残った残響を一つに噛み締めて、そして小さく笑った。


「……傲慢だな」


「……なんとでも言うがよい」


「薪が無ければ、国は燃えぬか。お前こそが、国を繋ぐと見たのか」


「火の無い所に煙は立たぬ。同じくして、薪の無い所に炎は無い。それを傲慢と見るのは汝の勝手である」


「確かに、そうであるな」


 我の言葉を聞いたバストロスは続けて、くくく、と笑った。同時に、周りの衛兵が呻くようにざわつく。中でもヌトは大きく目を見開いており、中々に滑稽だ。

 小さく笑うバストロスに、では、と我は切り返した。


「汝は国を、なんと見るのだ」


バストロスは驚いた顔をした。まさか自分は聞かれないとでも思っていたようである。先を急かすような我の仕草を見て、バストロスは目を細めた。そして幾らか瞬きを繰り返した後、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……我は国を――果樹と見る」


 数秒の硬直を持って、バストロスが続けた。


「王である我が農家として木を育て、木である民が果実として税や供物を納める。……どれか一本の木に集中、執着していては、他の木が腐り落ちるし、急な環境の変化にも、王は対応しなくてはならない」


「……」


「実った果実を全て己が食べてしまえば、次なる木は何時に育つことになるかわからない。常に先を見通し、常に木々を見守り、そして木々に守られる関係性。それこそが国であると、我は思う」


 我々を、王族を……農家と見るのか。そして、我らこそが木々に尽くしているのだと、そう思うのか。

 そこには、我の知らぬ感性があった。教わることなど無かった、他の王の思いがあった。


 その衝撃に思わず愕然としていると、バストロスは我にこう聞いてきた。


「どうした、可笑しいのか?」


「……そうは、思わない。思わないが、愕然とした。それだけである」


「そうか」


 バストロスは短くそう言って、小さな咳払いをした。続けて、さて、と口にしたバストロスは、意味ありげな笑みを含んだ。馬鹿にするような笑みではない。とはいえ、憐れむような笑みでもない。

 例えるならば、知人に笑いかけるような、そんな質素な笑みであった。


「我の話は他方に捨て置こう。……我は、お前を視たぞ」


 バストロスは我の目を見た。琥珀にも似た金色に、唖然とした我が映っている。


「なんとも、傲慢な男だ。なんとも荒々しく、破天荒で、品格が薄く、戦士然とした男である」


「……」


 だがしかし、同時に思うのだ、とバストロスは朗らかに言った。


「お前は、我が語ったように、とても王に相応しい人間とは言えぬ。……だが、真面目な人間だ。真剣な男である。誰かの苦しみを見ては、文句たらたらに建前を繕って、結局手を貸すような――馬鹿に誠実で、不器用な男である」


 お前のような奴は、一等賊に向かんのだ、とバストロスは笑った。対照的に我は、何も言えず押し黙ってしまった。どんなに突っぱねるようなことを言おうと、否定する言葉を投げ掛けようと、いつかのリサのようにそれは照れ隠しになってしまい、湾曲した言葉は我に返ってきてしまう。


 この我が……誠実で不器用だと? 己の目に酔って、随分と適当なことをほざくではないか、とそう口にしたい。が、それすらもなんとも憚られる言葉で……ああ、つまるところ、我は飲み込まれたように無言で、どうにかバストロスから視線を反らすのがやっとであった。

 無言の我に、バストロスは言った。


「それさえ解れば、充分である。お前は、悪意を持った人間ではないであろう」


「……その目測が狂っていた場合を考えたことは無いのか?」


「この目が狂えば、それこそ玉座を降りるときである。狂っていないのならば、まだ我は玉座に掛ける男だということだ」


 随分と王座を軽く思っているな、と我は言った。人間は、欲にまみれた種族である。愛だの金だのに固執して、権力の為に誰かを殺すことも厭わない者ばかりだ。それだというのに、この男は己の力を……王であることを、なんとも軽々しく思っている。

 例えるならば、着脱式だとでも言うような、そんな見方だ。


 我の言葉にバストロスは少し考え、逆だ、と答えた。


「王座を軽く見ているのではない。むしろ重々しい物であると考えている。だが我は、王である以前に、一人の人間なのだよ」


 言葉と共に、バストロスは年相応な笑みを浮かべた。なんとも若く、あどけない。だというのに……いや、だからこそ、そこには威厳があった。威圧も、取り繕いもない。それでも漏れ出す『良さ』がそこにはあった。

 これが、王に相応しい、ということか。そう納得するような笑みであった。


 呆然とする我の手前で、バストロスは戸惑う衛兵を持ち場へ送り、そして傍らのヌトに茶を頼んだ。ヌトはどこか誇らしげな顔でそれを承諾し、そしてこの場には我とバストロスの二人のみとなった。


 語る言葉を失った我の代わりに、暴れ疲れたエリザベスが、ニャー、と鳴く。それを見たバストロスは穏やかな顔になって、我が入ってきた庭の穴を指差した。


「出口はお前が作った場所を使うといい。正門からでは厄介だろう?」


「……随分と適当な勝手口であるな」


「気にするな。この国の気風は知っているだろう?」


「おおらかなのと雑なのでは話が違うぞ……」


 確かにな、とバストロスは小さく笑った。その笑みを最後に会話は切れ、我はゆっくりとこの場に背を向けた。一悶着あったが、エリザベスは捕獲した。目的達成である。意図せずして王族と面識を持ったが……一応、得ではあるはずだ。


 振り返った先に出来ていた穴をくぐって、我は庭園を後にした。



 ――――――――――――



「宜しかったのでしょうか、バストロス様」


「あの男を返したことか?」


「はい」


 ヴァチェスタの去った庭園で、ヌトはバストロスの好みである紅茶をカップに注ぎながら、慇懃(いんぎん)に聞いた。バストロスの様子は、既にヴァチェスタが最初に見た時の冷静な様子に戻っており、じっとヴァチェスタの開けた穴を見つめていた。


「ヌト」


「はい」


「お前が見て、あの男はどの程度の強さであったのだ」


 ヌトは少し黙った。そして、手に持つポットを音もなくテーブルに置いて、小さく言った。


「……申し訳ありません、分かりませんでした」


「……そうであろうな」


 バストロスは小さくカップに口をつけた。静かに紅茶を嗜むその姿はいかにも様になっており、ヴァチェスタ同様、女を一目で虜にするだろう。

 バストロスがカップから口を離したのを見て、ヌトが口を開いた。


「あんな男は初めてでした。底が見えません」


「……」


 ヌトは静かに腰元の直剣に目を移した。先程ヴァチェスタの喉元へ添えられた剣である。


「……添えた剣を、どれだけ強く引いても、押しても……あの首は切れなかったと思います」


「……珍しくお前が焦っていたのは知っていたが、それほどか」


「……はい」


 ヴァチェスタに尋問をしていたヌトは、内心大きく焦っていた。添えた剣が、腕に、脳に伝えてくる。


 ――堅い。


 果たしてあれは本当に生物の肌だったのだろうか。ヌトは、自分の剣の腕に強い自信を持っていた。己が主の為に剣を振るえば、断ち切れないものなど無いと本気で信じていた。そうして触れたあの首は、途方もなく固かった。初めての感覚である。故にこそ、言葉が乱れた。普段ならばあまり口にしない皮肉だのなんだのが滑り出て、口数が増えた。


 それを思い返して、ヌトは苦い顔をする。


「あの首を斬れないことは、私の技量不足です。けれども、その後の焦りは……間違いなく私の心の弱さでした」


「……」


 ヴァチェスタを尋問するヌトの様子を見て、バストロスは後ろへ下げることを決めた。いつもであれば、すべてをヌトに任せていたのだが、今回は状況が違ったのである。

 悔やむヌトを一瞥したバストロスは、ゆっくりと口を開いた。


「……面白い、男であった」


「……」


「己以外の全てを見下しきっているような男だが……だからこそ、我に物怖じせず、むしろ見下そうとすらしてきた」


「……傲慢、ですね」


「いつか……言葉を選ぶような状況でないときに、奴と話をしてみたい所である」


 口元に小さく笑みを浮かべて、バストロスはもう一口、カップに口をつけた。

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