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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第二十五話 突発的かつ偶発的な奇襲及び会談

 次の日の朝方、我は性懲りもせず上流に来ていた。我ながら子供かと呆れてしまうが、昨日の失態は随分と我の心に影を落としていたのだ。

 我は魔王である。魔王であるのならば、失敗は当然許されない。無様をさらすことも許されない。途中で両手を上げることも、へりくだることも決して許されない。


 ただただ平然と、当然の顔をしながら勝利を納め続けなくてはならないのだ。


 故に、今日こそはあの猫を捕らえる。捕らえて、貸しを作るのである。幸いなことに、猫を発見した場所と見失った場所には見当がついていた。我の記憶能力は魔王級であるので、昨日走った道を覚えていたのだ。


「……ここを、右に……直進して、次は左であるな」


 下水道へ入り込んだ蓋から歩き始め、感覚と記憶を頼りに地上を歩く。時折建設物が邪魔になったが、どうにか道筋を辿った。

 今日の朝、食事の終わりと共に家を出ようとした我に、女二人はよくわからん顔をしていたが、特に文句らしい文句や皮肉は言われなかった。


「……む」


 朝方を思い返しながら歩いていると、何だか少し嫌な予感がしてきた。一般は首をかしげるだろうが、これは魔王の勘である。何か、面倒が起こるに違いない。第六感の呻きをしかと捉え、最大級の警戒と共に前に進む。


 そうして暫く進んでいると、その予感が間違っていないことと、その重大性が見えてきた。


「……不味いな」


 我は周りを見回した。衛兵が多い。そして、これ見よがしに我を注視している。雰囲気で振り払いたい所だが……ああ、残念なことにこやつらと我の目的地は()()である。

 視線を前方に移すと、我が散々扱き下ろした白く巨大な建造物と、その手前に広がる庭園……そうである。このまま記憶の通りに直進すると、城へと突っ込むことになる。


 地下からの侵入者を防止するための鉄格子……そういうことか。


 エリザベスと激走を繰り広げた果てに、我らはこの城まで走り込んでいたのだ。城へ直近の下水道など、万一を考えて鉄格子を嵌めて然りである。

 目の前に見える検問所なような場所には、幾らかの衛兵が弓や杖を片手に我を睥睨している。目前に見える城の周囲には小さく噴水と、中々の広さな庭があった。


「……これは、そういうことか……?」


 あの猫、もしや下水道から城に忍んだか? そうなれば流石の我であろうとも、捜索は不可能である。

 主に物理的、社会的な問題である。今でさえ城壁の警備や遠くに見える門番に訝しげな目で見られているのである。これ以上近づくだけで、間違いなく身分を確認されるだろう。


 もし無理矢理庭園へと入ろうものなら……捕縛、後に監禁。拷問を組み合わせた尋問で背後と目的を漁り、場合によっては関係者をまとめて『病死』にすることになる。

 大袈裟ではなく、身分に詳しい我だからこそ知っている事実である。散々生まれが違うだの王族だのと言っているのは、王族とその他の間にある理不尽なまでの格差を知っているからである。


「……取り敢えず、であるな」


 その上で、それを知っている上で、我は一歩踏んだ。恐らく警備らの中で決められていたのであろう、警戒線を丁寧に踏み越えて、止まる。途端に周りの衛兵が警戒を露にし、その内の一人が我に詰め寄った。


「お前、何者だ? これより先は貴族であろうとも立ち入り禁止であるということを、知らぬ訳ではあるまい」


「そうだな。知らない筈がないだろう。我にはお前達に尋ねたい事があるのだ」


「……言ってみろ」


「ここらで白猫を見なかったか? 片足を怪我した、左右で非対称な目の猫である」


「猫だと?」


 衛兵は片眉を上げた。そして、ちらりと検問所の衛兵や門番に視線を送る。その中の誰もがピンと来ない顔をしていたが、一人だけ、検問所の奥に居た衛兵が、考えるような仕草をした。


「おい、そこのお前。お前に言っているのだ。我の猫を見たか?」


「え、あぁ……確かに、昨日の夜警が城の猫を外に出したって言ってましたね」


 何? 外に摘まみ出されただと? やはり猫が城内にまで入り込んでいたことに驚きであるが、その次の方が重大である。

 猫は、この周辺に居るのだ。それだけ分かれば十分である。我は、そうか、と言って城から離れた。我も面倒事は勘弁なのである。衛兵達も訝しげではあるが、同僚からの情報に納得したようで、深くは我に関わろうとしなかった。


 城から一旦離れて地図を出す。城の回りは店や住宅が無い。基本的に門番や警邏、使用人の寮が並んでおり、周辺を取り囲んでいる。となると、必然的に下水道への道もこの周辺には殆どない。


 あるとしても、あの猫はここらに詳しくは無いだろう。であるのなら、目立たない裏路地で何処かに隠れていると見るのが筋である。

 猫がまた下水道への道を見つけていないことを祈りつつ、我は衛兵の間を抜けて、捜索を始めた。



「……居らぬか」


 家と家の隙間に目を凝らすが、猫は居ない。しかし、この近くに居ることは殆ど間違いないのである。昨夜に見た猫の足の傷は思ったよりも深く、それ故に我でも食い下がることができた。猫は傷を癒そうとしていたが、あの逃走で傷が開いてしまっているだろうか。


 こちら側からすれば血の臭いで探知が楽になるが、あまり怪我をしていてもらっては困るという矛盾した願いがある。

 そんなことを考えながら次の場所を探そうと地図を広げると、視界の端に目立つものがあった。

 先程まで我の肝を冷やしていた、あの城である。


 城、と形容するのはやはりどうなのか、と思ってしまうほど、それは防衛に向いた形をしていなかった。ここまで近くで見るのは初めてなので、この機会に少しだけ見てみるとしよう。


 城はこの辺りに見られる白い石材で出来ており、大きさはそこらの邸宅や豪邸なぞ比べ物にならないほど大きい。具体的にどうだ、と聞かれても困るが、取り敢えず標準的な城が置けるだけの面積は確保しているのだ。

 城の形状は……あー、なんと形容すれば良いのだろう。長方形を幾つか重ねて、形を整形したような……説明が出来ぬな。


 巨大な教会の装飾を全て抜き取って脱色し、尖塔を全て剥ぎ取ったような見た目である。完全に長方形というわけではなく、地味ながらに壁へ装飾が成されており、細かく彫刻が入っていたり、鉄細工が取り付けられていたりする窓もある。が、太陽教の戒律に則って、一切の色を扱わず、色ガラスや金細工など目立つ物は一切無い。


 それがなんとも言えぬ地味さを醸し出し、のっぺりとした印象がある。事実、大きな装飾が例の太陽の紋章を壁に作るくらいで、尖塔等が一つもないので全体の高度が低い。横に伸びてはいるが縦が低いのである。

 所々に大理石の柱や、恐らく水泳にでも使う水槽(プール)がちらりと見える。


 そうである。見えてしまっているのだ。この城は、馬鹿馬鹿しいが周囲に城壁がない。城壁が一メートル高ければ、防衛時間が二分伸びると言われている。弓矢や火炎瓶、その他の魔法を防ぐ壁がここには一切無い。

 代わりといってはなんだが、庭に植えている木々や形を整えた植木で城を囲んでおり、それ故に随分と中が透けている。


 大まかに外から入れる入り口は正面のみのようで、側面にも扉らしきものはあったが、恐らく庭に出るためだけの物だろう。城の周りの庭は……まあ、なんというか見事なもので、良い庭師を雇っているのだろうというのが分かる……のだが、その労力を城壁に回せと我は口にしたくなる。


 平和主義的な植木の壁は、回りに堀が無いゆえに簡単に突破できそうであり、尚且つ火を放てば見事な庭が薪となって良く燃えるだろう。


 流石にここの王も馬鹿ではないようで、城の壁は太陽の光を受けて鈍色に反射しており、何かが表面に塗ってあることは分かった。ここまで無防備なのだから、恐らく城の内部の守りに余程の自信があるのだろう。


 と、ここまで長々と観察をしながら猫を探していたが、見当たらない。猫は見当たらないが、一つだけ疑問があった。


「……随分と、綺麗な城であるな」


 美しい、ではなく綺麗、である。汚れが目立つ白い壁にも関わらず、一面は眩しいほど白く、鉄細工は錆を見せていない。余程景観に気を使っているのでは、と言われればそれまでであるが、我には何だか違和感があった。


 その違和感を手繰り寄せようと考えを整理していると……ふわり、とすこし強めの風が路地を抜けた。今日は空も大概に快晴であるので、すこし風が吹くのだろう。だが、その風はただの風ではなかった。


「これは……」


 薄く、ほんのりと血の香りがする。この獣臭さは人間の血ではない。獣の血だ。それを理解した瞬間、我の体は弓で射られたように動き、香りの元へと走り出していた。既に風は通り抜け、臭いは架空の物と化したが、無駄である。

 魔王の嗅覚に嘘はない。そして、掴んだ尻尾を離すこともない。


 遅々として走り抜けた先、よくわからん木材が重なった資材置き場のような場所に、臭いはあった。近づけば近づくほど、臭いは鮮明なものとなる。

 幾らかの木材、石材を飛び越して、積み重ねられた土嚢のようなものの隙間を、慎重に覗いた。


「……」


 そこには、こちらに背を向けて足を舐める――エリザベスが居た。やはり怪我が悪化したらしく、血が流れている。


 ついに、発見した。我はこの辺りに詳しくないが、この距離ならば逃げられても捕獲できる自信がある。我は慎重に指先を揃え、獣の匂いを放つエリザベスを捕らえようとした。しかし、そのときに限ってエリザベスは何かが気になったかのように後ろへと振り返り……我と目があった。


「……落ち着け、エリザベス。我は店主から頼まれて――」


 エリザベスの瞳を覗いて、効くか分からないが説得をしたのだが……エリザベスは我を見て酷く怯えた様子を見せた。怯えるというと、語弊がある。その様子は完全に我を恐怖していた。全身の毛は逆立ち、左右の髭が、激しく揺れている。

 どうしてだ――。そう口に出そうとして、気がついた。


「……目か」


 エリザベスの片目……銀色の瞳が、我を写していた。我の本質を……魔王の魂を見透かしていたのだ。いつかの少年、アーカムのように、その銀色は輝いている。魂を見ることが出来る存在は珍しいが、全生物を母数に置けば当然ある程度は居てもおかしくはない。

 エリザベスの瞳に、成る程、と我は理解した。我を見たのならば、避けて当然である。全力を持ってして逃亡するのが当たり前である。


 ――我は、魔王だ。


 一瞬、体が止まった。その隙をついて、エリザベスがまたもや我から逃げ出す。はっとして、我は直ぐ様その後を追った。幸いなことにあまり離れてはいない。怪我が開いたことで、多少であるが我の方が走る速度が上だった。


 今度こそは逃がさない。鈍足を全力で回し、エリザベスへ詰め寄る。


「待て! 我が怖いのは分かる。分かるが――」


 声を掛けてみるが、全く効果が無い。舌打ちひとつに、我は強く地面を踏みしめた。一歩、二歩、三歩。いける、捕らえられる。

 我の両腕がエリザベスに迫り――寸前でするりと抜けられた。

 チッ、猫特有の柔軟性か。だが、二度も同じ手が通じると思うな。


 今度こそ、と意気込んだ我だったが、直後に見上げた景色に衝撃が過る。我の眼前に聳えるのは緑の防壁。我が無駄だと口にした、植木の群れであった。不味い、このままでは城の庭園に潜り込まれる。それだけは絶対に阻止せねば。


 焦った勢いのまま、両手を猫に突っ込んだが、その手前に声が掛けられた。


「お前! 何をしている!」


 衛兵である。その声によって生じた一瞬の硬直を逃さず、エリザベスは植木の下へと走り込んだ。衛兵が大慌てで我に詰め寄るのが分かる。分かるが、あと一歩なのである。いや、一歩もない。あと半歩踏み込めれば、捕らえられる。


 故にこそ我は――一歩強く地面を踏みしめ、緑の防壁へ体当たりをしながら、猫に飛び込んだ。刹那、両手にふわりとした毛の感触が触り、我は逃がさんとばかりに猫を掴み上げた。


 捕らえたぞ!


 猫は必死に暴れていたが、流石に我の腕からは逃げられまい。現状不法侵入ぎみに庭園に突っ込んだが、門番らを交えて事情を説明すれば――。

 そう考えながら視線を上げた我の目の前には、幾つかの椅子と机があった。それらは銀製で、どれも樹木を模した丁寧な形である。付け加えて、それらの傍らには大きな木が立っており、涼しげな日陰が出来ていた。


 そこまでは問題ない。いや、問題と言えば問題であるが、この場で何よりも重大なのは……椅子に座っていた人物であった。


「……貴様、何者だ?」


 優雅に茶を嗜んでいたらしい男は、端正に整った顔を(いぶか)しげに歪めた。その声と佇まいを見るだけで、我にはその男が何者なのか分かった。同族なのである。我と同じ雰囲気、佇まい、そして余裕。それらはまさしく王のものであり、つまるところ……やらかしてしまった、ということだ。


「我は……」


「捕らえろ!」


 両手の中で暴れる猫を押さえながら言葉を口にしようとしたが、その前に衛兵が我へと寄り集まり、槍で首を地面に押さえつけられた。

 ざっと数えて十人。それも、今の我からすれば相当の手練れである。逃げられそうにはなかった。取り敢えず弁明を、と考えていたが、それよりも先に、王の隣に控えていた男が腰元の直剣を抜き放ち、我の喉元へ添えた。


「……答えは慎重に選べ。貴様は、何者だ」


「……我が、名は……ヴァチェスタ・ディエ・コルベルト。あらゆる万象を統べる、王である」


 クソが。我を押さえつける衛兵が多すぎるせいで、満足に声が出せん。取り敢えずの名乗りをあげると、目の前の衛兵は訝しげに我を見た。王族らしき男は我を見下ろしながら、カップの中の飲み物を一口に飲み干している。


「コルベルトという王名なぞ聞いたことがない。万一本当であったとして、どうして貴様はここに居るのだ」


 ぎりり、と我の喉笛に直剣が軽く押し付けられる。そこからすこしでも上下に動けば、喉元を切り裂くことが出来る位置である。相手がこの我であれば剣の方が折れるだろうが、そうなればまた警戒をされてしまう。

 慎重に言葉を選び、残った肺の中の酸素を消費して、我は声を出した。


「我の……手元の猫が、見えんのか。我は、こやつを捕らえるために、遥々ここへ、歩みを進めたのだ」


「ハッ、王族が猫を探して単身、手ぶらで王城に侵入だと? 冗談が下手にも程があるぞ」


 そういって、男は剣を振りかざした。頬か、目か、耳か。何処かを削ぎ落とすつもりなのだろう。そこらの鉄剣では傷ひとつ付かないが、竜鱗は問題の解決に助けを貸してくれそうにもない。


 どうすれば、と思考を必死に巡らせていると、王族らしき男が飲み干したカップをテーブルに置き、男を手で制した。


「よせ、ヌト。我の前で血を散らす気か」


「は、申し訳ありません」


 ヌトと呼ばれた男は王の言葉に即座に従い、慇懃な態度で一歩後ろへと下がった。残された我は、そろそろ上に乗っている輩に暴言だのなんだのを吐き散らしてやりたいところであるが、今はその余裕すらない。

 我の目の前に居るのは、確かに王族……初めて遭遇する、人間の王族である。


 さて、と王は言った。そして、ゆっくりと椅子に腰掛け直し、肘掛けに肘を置く。それだけの仕草で、剥き出しになったカリスマが、我の精神を殴った。


「お前が誰だかは知らんが……興味がある。最初は己を王と詐称する薄汚い暗殺者かと思えば、空気が違う。お前は一般の者ではない」


 しかし、と王は言った。


「お前からは威厳を感じぬ。王として生きたものにあるはずの品格も欠けている。だが、その癖、言い知れぬものがある。我はそれが気になるのだ」


 圧倒的な高みから見下ろしながら、砂漠の王はそう言った。ふざけるな、といつもの我ならば吠えていただろうが、この状況ではどうしようもない。完全に、詰んでいるのだ。

 選択肢を奪われた先で、我は小さく歯噛みした。


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