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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第二十三話 魔王と魔法使いの嘘

「ふむ……量を優先して質はそこまでではないのかと思えば、どちらも高水準のようだな」


「流石に食堂の料理だからね」


「……ちょっと高めだし……」


 ぼそっと、呟いたエリーズの言葉をリサが嗜めた。が、確かに値段表を見ると中々に大きい数字が並んでいる。料理自体はリサの言っていた通りこの我が舌鼓したつづみを打つほどであるが、価格においてはリサに大きく分があると言える。


 塩で味付けされた長方形の卵を口内に運びながら、我は店内を見回した。店内は外観と異なり、煉瓦が見えない。暗く落ち着いた色の木材で構成された店内には、雰囲気を壊さぬよう派手な配色は少なく、天井の骨組みからリサの家にもあった大きな扇風機のような物が吊るされ回っている。

 その中央に控えめに埋め込まれた照明は当然のように薄い暖色である。


 広々とした内壁には良くわからん絵画が掛けられており、出入り口の上には恒例の証明書達が並んでいる。


 それらをぐるりと一望した我は、もう一度食事を口に運んだ。うむ、美味である。正直な所、食事を摂るのならばもう少し静かな場所が好みであるが、大衆食堂に静けさを求めるのは、夏に雪を求めるようなものであろう。


 そんなことを思いながら食事をしていた我であったが、内心はそろそろ猫を探さねばならないと思っていた。現在時刻は昼過ぎ。一旦家に帰りここへ戻るまで、中々の時間を要するだろう。

 今晩もどうせ暇であるので、朝日が回るまで探すつもりであるが、何度も言うように我はこの辺りの地理に明るくない。捜索範囲が狭まっても捜索できる範囲は大きくならないのだ。


 探す範囲に大まかな検討を付けていると、エリーズが、あ、と声を上げた。見上げた視線は我の後ろを向いている。


「あれ、シェディエライトさんじゃない?」


「え? ……あ、本当だ」


 何? 二人にならって後ろを向くと、幾つか視線を横切る群衆の合間に、いつか見た踊り子のような格好のクルーガーが居た。が、その隣には見知らぬ男が口を開いており……む? あの男、何処かで見たことがあるぞ?

 どうやら話を切り上げようと試みているクルーガーに詰め寄る男は、目を凝らせば酒場で我に向き合ってきた槍の男であった。


 こんな偶然があるのか、と目を丸くしていると、我らの視線に気がついたらしきクルーガーが、助けを求めるような目をした。


「ほら、あんた。さっさと助けてあげなさい」


「む? 何故だ?」


「何故って……世話になったでしょ? 恩を返しときなさいよ。あんたがマスターに言った『貸し』みたいなものよ」


 正直無益に他人を助けるのはあまり気が進まないが、貸しがあると言われてしまえば確かにその通りである。タダ働きに加えてあの男と相対するのは重ねて御免被りたいが、リサの頼んだ、といった視線や、エリーズの応援するような視線を受けては、断るのが不恰好である。


 しょうがなく我は席を立ち、いつぞやのように男へと近づいた。


「なあ、可愛い子ちゃん。俺、いい店知ってるんだ。奢るからデートって訳にゃいかないか?」


「いえ、すみません……ロダキノさんの誘いはとても嬉しいのですけれど、私は魔法使いの身の上ですので、師匠を疎かには出来ないのです……」


「師匠だって俺の名前聞けば許してくれるって。な、遊ぼうぜ?」


 この男は相も変わらず女を口説き続けているようだ。実に低俗で馬鹿馬鹿しいが、やはりその佇まいからは芯の通った強かさを感じる。とはいえ、我も声を掛けざるを得ないのだ。近づいた我に目を輝かせたクルーガーに、ロダキノは不思議そうな顔をした。


「お? どうしたんだい? まるで救世主が現れたって顔じゃないか」


「残念ながら外れであるな」


「んー……? おい、待てよ? まさか――」


 ロダキノは我に振り返り、そして心底面倒そうな苦笑いをした。その顔はできれば我がしたいところである。

 ロダキノは勘弁してくれよ、と天を仰いだ後に、なんだい? と我に言った。


「その女は我の既知の者である。これで言いたいことは判るな?」


「あぁ、はいはい……俺も運がねえわ。でもまあ、あんたに関わんのは勘弁したいからな。大人しく引くわ」


 はーぁ、と落胆したようなため息を吐いて、ロダキノは食堂の椅子に座り……今度は店員の女を口説き始めた。……奴に節操を与え忘れたのは何処の馬鹿神だ?

 あまりの有り様に我が呆れ返っていると、目の前のクルーガーが控えめに口を開いた。


「コルベルトさん、本当にありがとう。流石の私も、ロダキノさんが相手だと断りづらくて……」


「何だ。あの男は余程偉いのか」


 少し前から抱えてきた疑問を投げ掛けてみる。夜番をしていたあの酒場でも、ロダキノの姿を見た店員は顔を青くしていた。見た目通り男をあしらっていそうなクルーガーも、奴を扱いづらそうにしている。

 我の質問を受けたクルーガーは、どういったらいいのかしら、と微妙な顔をした。


「彼はね……とても強いのよ。このミルドの冒険者の中でも指折りにね。冒険者にとって、強い相手は同じくらい偉いから……まあ、コルベルトさんの偉い、っていうのは半分当たりなのかしら」


「ふむ」


 このミルドラーゼの冒険者の中でも指折り……か。ちらりと見たロダキノは店員の女に鼻の下を伸ばしており、とてもではないが強者の風格とはいえない。しかし、以前我が嗅ぎ取ったのは間違いなく戦士の香りであった。

 女にうつつをぬかすロダキノにちぐはぐな落差を感じながら、我は視線をクルーガーに戻した。


「立ち話もあれだから、貴方達の席にお邪魔してもいいかしら?」


 元々、貴方達に声を掛けようと思ってたの、とクルーガーは言った。そこを先程のように絡まれたのか。随分と運がないと思うが、それ以前に服の露出を減らすなりなんなりをすれば良いのでは、と我は思案した。

 そんな疑問を抱えながらクルーガーを連れて席に戻ると、リサがありがと、と簡素な言葉を我に投げ、エリーズはカッコ良かったよ! と子供じみた声を上げた。


「そう思っているのであれば、我のことを人間マタタビだの人間じゃらしだのと呼ぶのはどうなのだ、と聞きたいが」


「えー、一応褒め言葉だと思うよ?」


 どんな褒め言葉だ。半信半疑の我を置いて、クルーガーとリサ、エリーズは三人で仲良さげな会話の輪を作っている。

 女三人寄れば(かしま)しいと言うが、流石にこの三人は場所をわきまえているようで、落ち着いた会話をしている。


 内容は(もっぱ)ら我のことである……が、この手の話題に対して我が口を出すのは、丁重に目の前で敷かれた罠に大声を上げながら引っ掛かるようなもの。王たるものの威風堂々さで、風のように受け流す。

 勿論その間に料理を口に運ぶことも忘れない。本来ならば、食事の途中に席を立つことなどあり得ないのだが、今回は特例であろう。


 良くわからない香草と鶏肉のスープを味わいながら、ちらりと会話に聞き耳を立てると、会話の内容は我からシェディエライト。転じて魔法使いの話に変わっていた。


「えーと、シェディエライトさん。一つ、質問していいですか?」


「何かしら?」


「魔法使いさんって、みんな名前が長いんですか?」


「あら、名前についての話はしていなかったかしら……。実はね、魔法使いの名前には大切な意味があるのよ」


 クルーガーはくすり、と妖艶な笑みを漏らした。残念ながら今の我では魔力を見抜くことが出来ないので、この女がどれだけの高みに居るかが分からぬ。とはいえ、使っている魔法の種類、強さ、発動の速さから見て、大体の検討はつく。

 わくわくと擬音がつきそうなエリーズに、クルーガーは指を一つ立てた。


「魔法使いの名前はね……文字が多いほど、その魔法使いが熟練していることを示すの。弟子入りしたばかりの時は、名前をまず呼んで貰えなかったりするわね」


 三文字の魔法使いはようやく基礎を覚えたひよこ。

 四文字の魔法使いはなんとか魔法を使える新人。

 五文字になってようやく一人前の魔法使い。

 六文字はそこそこ優秀な魔法使い。

 七文字は実績を伴った優秀な魔法使い。

 そして八文字で師匠の元を離れ、次は自分が弟子を取る。


 説明を聞いたエリーズは両手の指を一つづつ折って、驚いたような顔をした。


「っていうことは、シェディエライトさんは八文字の魔法使い……なんですか?」


「そうね。最初は無名で、次にシェド、という名前を師匠に貰って……そこからは、私が一文字づつ名前を増やしていったのよ」


 シェド、シェディ、シェディエ、シェディエラ、シェディエライ……そしてシェディエライト。話を聞きながら、我は魔法使いとは面倒なものだな、と思った。

 魔族は魔力と肉体との親和性が高いので、生まれてすぐにでも魔法を扱うことができる。それが厄介事を呼ぶ場合もあるが、基本は若いうちに扱える魔法は強い方が良いとされている。


 人間はいちいち瞑想だのなんだのをして魔力と調和し、それでようやく魔力を感じれる程度だ。やはり人間と魔族では大きな差がある。


 そこまで考えて、我の中に二つ疑問が現れた。口内の物を音もなく飲み込んで、口を開く。


「……名前が増えていくのならば、家名はどうなっている」


「師事する師匠の家名よ。でも、急に途絶えたり増えたりが多いから、本質的な所で言えば流派みたいなものかしらね」


「ほう。……それと、さっきは師匠が云々と言っていたが、八文字は師匠から離れるのではないのか?」


「あら、良く聞いていたわね。正直恥ずかしくてあまり聞いてほしくない言い訳だったのだけれど……」


 クルーガーは、顔に垂れた薄布を一枚通しても分かるような苦笑を浮かべた。


「さっきも言った通り、私は八文字の魔法使いよ。だから、弟子を持っていたりするわ。でも、ロダキノさんはそれを聞いても納得しないでしょうから、わざわざ師匠の名前を出したの。八文字の魔法使いの師匠を怒らせるだなんて、普通の人は怖くて出来ないからね」


 まあ、あまり意味は無かったのだけれど、とクルーガーは笑った。ちらりとロダキノの居た席を見ると、女に逃げられたのか、寂しそうに一人で料理を口に運んでいる。実に情けない背中である。

 テーブルに視線を戻すと、クルーガーが店員に水を一杯頼んでいた。そして、水が来るまでの間に、ぼそり、と落ち着いた声を漏らす。


「でもね、正直言うと……八文字の魔法使いはありふれているわ。余程才能が無い人以外は、皆大体七文字から八文字になるのよ。むしろ、八文字になってからが魔術師の始まりな位だから」


 だから勿論、私達の中にも色々と格差があってね、とクルーガーは寂しそうに言った。確かに、先程の説明とクルーガーの実力の片鱗は……はっきり言ってあまり釣り合っていない。

 あの程度で魔術師の最上位ならば、そこら辺の魔族でも簡単に八文字を名乗れるだろう。


 しかし、クルーガーの憂いを含んだ瞳には幾らかの過去が見え透いており、どうして八文字で冒険者なぞをやっているのかについての答えも、そこにあるように思えた。だがそれを直接聞くことは我ら全員にとって大きく憚られており、リサもエリーズも、ただ頷くのみであった。


 それから我らは他愛の無い雑談を幾つかして、シェディエライトは弟子の元へ帰る、とはにかんだ様子で言い、食堂を後にした。

 残された我らの前には空っぽの皿が三つ並んでおり、時刻は二時を回っている。

 帰ろっか、というリサの言葉を機に、我らは例の重すぎる荷物を両手に、我らの拠点へと戻ることにした。



 しばらくして、我は一人、上流の表通りに立っていた。纏う衣類は真新しく、我が初めて着る様相をしている。なんというか、砂漠だからなのか知らんが布が薄く、その癖あまり肌が出ない服装である。恐らく直射日光を避ける狙いがあるのだろうが、なんとも新鮮である。


 我一人で上流に姿を見せているのは、当然猫を捜索する為であるが、今回我が居るのは少し特殊な場所であった。


「ふむ、確かにラクダの類いは一切見かけんな」


 見渡した道路にラクダの姿は無い。それが意味するのは、この場所が相当に王城に近いということである。視線を少し傾ければ、一般的に豪邸とも言える大きさの家が並び、足元の煉瓦は眩しいほどに白い。時折見かける井戸には丁重な太陽の紋章が刻まれており、なんとも珍しいことに、この辺りには街路樹とも言える熱帯の木が道に沿って生やされていた。


 木は一本を育てるのにも莫大な水を食う。それを街路樹に使っている、というのが、この場所の特異性をさらに煽っていた。


 前を見れば衛兵、後ろを見れば豪邸を守る警備員と、随分治安に力を入れている。それらに見守られながら歩く人間は当然のように上等な絹に身を包んでおり、立ち振舞いからは気品を感じた。


 我がどうしてこの場所に居るのか、答えはそうそう難しいものではない。適所適材というものである。もし仮に例の四人組がこの近くに……というより、上流に顔を見せようものならば、衛兵の職務質問を受ける事となるだろう。その状態であちらこちらを見回りながら路地裏を行き来すれば……ああ、捕まったとて何らおかしいことはない。


 故に我である。この高貴かつ清廉かつ荘厳極まる我である。我ならばここに入り込もうと、多少怪しい仕草を見せようとも弁解が利く。リサが嘆いていたが、結局世の中は顔なのである。顔が良ければ第一印象を良くできる。顔が悪ければ第一印象を悪くする。

 清潔感や立ち振舞いで多少ましになるとはいえ、これらは絶対的なものである。


 ちらり、と流し目を衛兵に送ると、衛兵ははっとしたような様子を見せ、我に小さく一礼した。うむ、完璧である。衛兵は我を警戒するどころか、守るべき対象として見ている。エリーズにも言ったが、つくづく見た目は武器であるな。

 なぜ神々が我からこの美貌を奪わなかったのか疑問である。……まあ、美貌の代わりに何かもうひとつ力があれば、簡単に玉座に舞い戻れただろう。


 と、そこまで考えて思考を切り上げた。そんな想像を実現させるために、我は猫を発見しなくてはならない。他が見つけても貸しを作ることは出来るだろうが、それは小さい貸しである。作るのならば、大きな貸しを作らねばなるまい。


 全身の雰囲気を巧みに操りながら、我は一歩踏み出した。

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