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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第二十話 金塊の夜と

「で、どうするつもり?」


「今のところ策はない。が、この町をひっくり返してでも見つけるつもりである」


 場所は酒場からリサの家の食卓に移り、我の眼前には地味ながらに美味な料理が並んでいる。口の中の味をしっかりと嚥下して質問に答えると、リサは、はぁ、とため息をついた。

 続けて、大体そんなところだと思った、とリサは言う。


「段々あんたのことがわかってきたような気がするわ……癪だけど」


「ほう? お前に深淵のごとき我の内面が計れると?」


 現にこうして言い当ててるんだけど、とリサはため息を吐いた。隣ではエリーズが苦笑いを含みながら食事をするという高等な技を披露している。ちらりと投げた我の視線を感じ取ったらしいエリーズは、口元を丁寧に拭いて唇を開いた。


「エリザベスちゃん、どこに居るんだろうね」


「……聞けば聞くほど猫の名前だと思えぬな」


 店主が飼っていた猫の名前はエリザベスというらしい。どうやらエリーズの話では有名な高級酒の銘柄から来ているのでは、とのことだ。

 年齢は十二程度。白い毛に、耳の裏だけ黒い体毛が生えているらしい。目の色は左右で金と銀、という珍しいものである。相当目立つはずであるが、猫というのは暗く狭い場所を好むので、あまり人目にはつかないのやもしれぬ。


 この町は我が国に比べて随分と小さいと言えるが、それでも数多くの人間が生活を営んでおり、我が身一つで探すには十分広大と言える面積である。

 とはいえ、だ。この依頼にこの二人を巻き込むのは、我の叙情に反する。そもそもこの依頼は我が勝手に見つけ、勝手に口約束を取り付けたものである。


 こやつら二人には一切依頼を我と受ける義務や責任は全くない。しかし、二人はそれでは納得いかない、と口にした。なんでも、パーティーを組んだ以上一蓮托生であるとか、連帯で責任があるだとか、自分達も見過ごせないだとか柔い価値観に基づくものである。


 特にエリーズは温い内面も合わさって、猫を探すことに随分と乗り気であった。少し話をした程度ではその意志が変えられないことが否応がなしに分かったので、我は早々に二人の行動を認めることにした。そんな我らの話は置いておき、問題となるのが猫の見当である。


 場所の択としては先程我が述べた狭く暗い場所で怪我でもしているのか、何処かに挟まったか、猫泥棒に盗まれたかである。エリーズやリサ曰く猫は相当見事な外見をしているそうなので、猫泥棒が見れば間違いなく捕まえようとするらしい。


「やっぱり、裏路地を中心にして探すのがいいよね?」


「それでいいと思う。あと、一応人に声を掛けて聞いてみるのも手ね。エリザベスちゃんって結構目立つし」


「うむ、そうと決まれば手分けであるな」


「え、今から? まだ夕飯……って相変わらず食べるの早い……」


 リサが空っぽの皿を見て目をぱちくりとさせている。我はかなり食事に費やす時間が短い方だが……いや、そんなことを話している場合ではないな。

 現在時刻は時計で見ると午後7時頃である。外は流石に暗くなっており、太陽の影響は殆ど失せている。が、我はかなり夜目が利く。


 夜中であろうと暗闇であろうと関係はない。加えて、夜の時間は修練をする以外隙である。であれば、その時間を捜索に費やすのが合理的である。

 付け加えて、今回の状況はかなり時間によって難易度が変わるはずである。時間が経てば経つ程行動の範囲を予想することは難しくなり、怪我や行動不能の場合の生存率が低下する。結論を言えば、急ぐのが得ということだ。


 その事を我がこやつらに理解できるよう、懇切丁寧に説明すると、何故だが変な解釈をされてしまった。


「……あんたって結構優しいのね」


「そう聞くと私も頑張らないと、って思うよ」


 良く分からんが、一生懸命猫を探そうとしている、と見られているようだ。正直猫のことは我が力を取り戻すための鍵程度にしか思っていなかったが、変な解釈をされるものである。

 訂正するのも何だか癪であったので、我は適当に相槌を打って食器を任せ、ゆらりと夜の町へと躍り出た。


 とはいえ、我の俊敏性は恐ろしく低い。端から見ればそれほど素早く無いだろう。いや、そんなことはどうでもいいのだ。さっさと捜索を始めるとしよう。


 夜と言っても浅いこの時間帯では存外人波があり、街中にも明かりが満ちている。あちらこちらの家から魔力灯の光が満ち、揺れる暖色の光が積み木の家の窓から伸びていた。

 同時に我の嗅覚にはさまざまな香りが差し込んでくる。すれ違う人間の匂い。薄く沸き立つ砂の香り、仄かに痺れる香辛料や、鼻につく獣の匂い。


 今更ながら、我は始めて人波の中で夜を迎えていることに気付いた。これまでもこの町で夜を迎えることはあったが、どちらにしても疲れてあまり見ることが出来なかったり、深夜であったりと状況が違う。

 その上、余裕をもって一人で町に出たのも初めてであるので、間抜けではあるが少し戸惑った。


 見たことの無いもの、知らないものが視界に満ちており、これまで壊れているか燃えているかの代物がしっかりと形を持っていることに驚いた。まるで小童のように視界で見たものに吸い込まれては、ほう、と頷いて次を探してしまう。勿論ではあるが、猫を探すことも忘れていないが、同時に目に入るものが珍しいのだ。


「……これは……うーむ」


「ん? あんたぁ、これ気になるの?」


「呼び名の訂正を求めるぞ。我はあんたではなく……王である。あー……コルベルト様と恭しく丁寧に名前を呼ぶことだ」


「あらま、王様? 確かにすっごい別嬪さんだけど」


 我に気安く無礼な口を利き続けているのは、家と一体になった屋台のようなものを経営している太った女であった。屋台の中には大きな箱一杯に色とりどりの……石? のようなものがあったり、他にも二色に捻れた棒など、珍妙なものがあった。

 女は我の視線をじわりと捉えると、ムカつくことだが小さく笑った。


「何だ、お前。寿命を縮めたいのか?」


「あらあらごめんなさいね。バカにしたんじゃないのよ。子供っぽくて可愛いわねって思っただけよ」


「……」


「そんなに怒らないでよぉ……じゃあ、お詫びに……はい。持っていっちゃっていいわよ」


 割合本気に女へ罵声をぶつけてやろうかと思っていたが、女は簡素な謝罪と共にカウンターの下から小さなスコップのようなものを出し、箱から多彩な石を掬い上げて、紙の容器に入れた。

 同時にお詫びに、とそれを我に向けて差し出した。


 かなり気を乱していた我であったが、謝罪の品とあればまあ、受け取るのもやぶさかではないので、気を付けることだ、と釘を刺してそれを受け取った。


 受け取った石は大体が親指の爪ほどの角砂糖のようで、砂のように表面がざらざらしており、宝石真逆に一切輝きを持っていない。見た感じで言えば、色を着けた角砂糖である。なんとも子供だましな品であるな。


 ふん、と鼻で笑ってそれを口の中に放り込む。予想通り材料砂糖のようで甘く、そのくせ飴等よりも簡単に溶け、尚且つ雑で品の悪い甘味であった。まあ、下流の民衆の砂糖菓子だな、と呆れた次の瞬間――口の中の甘味が消えた。同時に急激な酸っぱさが込み上げる。


「んむ!?」


 更に菓子はまるで口の中で弾けるように酸っぱさを醸し出し、驚いて舌先で崩してみれば、またもや小さく口の中で砂糖が弾ける。口内で砂糖はざらりと溶け、完全に消える手前でパチパチと酸味を吐いて消えていく。


 一つの菓子を溶かしきった時には我の口内は酸味と甘味の爆心地となっており、初めての衝撃に放心してしまっていた。その様子を女はにこやかに見つめており、笑顔のまま口を開いた。


「そのお菓子はね、子供たちにはカンパチとかイロパチって呼ばれてるわね。甘酸っぱい刺激が結構人気だったりするのよ」


「……」


 こんな刺激物が……菓子だと? この国の子供の舌はどうなっているのだ。いや、我が刺激に慣れていないのか? しかし、あの甘味と酸味の連続は凄まじかった。まるで雷を噛んだようである。

 この土地の子供らの口内の固さに戦慄を覚えたが、同時に我が抱えていた目的を思い出した。丁度良い所であるので、咳払いを一つに加えて、目の前の女に一つ質問をする。


「おい、女。ここらで白い猫を見なかったか? 耳の後ろが黒い白猫だ」


「白猫? ……うーん、見てないわねぇ」


 首をかしげて記憶を漁る女の様子に嘘はないようだ。となると、やはり裏路地伝いに街中を歩いているようなので、次の捜索場所を裏路地へと変えることになるな。

 我は適当に女と別れて、賑わう街に背を向けた。まだまだ見たことの無いものが町には溢れているが……それはまたの機会で良いだろう。そう易々とこの街から離れることは出来そうに無いからな。 


 この町の裏路地はアリの巣状に表通りから派生しており、裏路地同時が繋がることも多々あるので、その把握は困難を極める。そもそもこの国で多く見られる積み木型の建築では、確実に日の目を見る場所よりも影の方が多くなる。入り組んだ地形、と形容するべきか、随分と裏が多いのだ。


 我が粛々と踏みしめる地面は暗く乾いており、見上げた夜空には幾つもの板や服が干されている。我はこの町の裏路地に明るくないので、今回の捜索では殆ど虱潰しの行動になるだろう。


 暗く狭い裏路地を悠々と闊歩していると、時折動物を見かける。薄汚い犬猫……希に鶏だ。何処かから逃げ出しているのか?裏路地を奥に進むと、ますます空気が淀んでくる。すれ違う人間の装いや匂いが荒くなり、時折無作法な視線が飛んでくる。が、軽く我が一睨みを効かせると直ぐに視線は逸れていった。


 曲がり角を左に右に、たまにたどり着く行き止まりから帰って左へ。そんな具合に路地を歩くと、当然時間が過ぎていく。二時間、三時間。時計が無いので具体的な時間は分からないが、相当の時間が経過していった。比例して月が登り、更に影が濃くなる。しかし、我の視覚を持ってすればさして暗さは問題になり得ない。


 雨樋にすがる猫の毛並みすらはっきりと捉えて、目的の猫では無いことを断定する。


 あれも違う、これも違う。思ったより猫は見つかるのだが、目的の猫では無い。母数が増えても確率が上がらないことを噛み締めながら、何度目かの行き止まりにため息を吐く。


 希にひっそりと営業を続けている店を見つけ、中をちらりと覗くと随分な荒くれ達が集まっていた。店の看板を見ると……うーむ。


「……ぼ、う……けん。冒険者組合か?」


 ふむ。この件の依頼人である店主とは別物の組合か。思えば組合に公的組織の香りは一切しなかった。書類やその他の適当さを鑑みて、民営の団体であろう。であればいくつかの集まりが出来るのは当然である。


 とはいえ、我らとは随分と気が合いそうにない場所であるな、とその場から離れようとしたとき、我の背後に声が掛けられた。一瞬警戒したが、どうも聞いた声である。振り返ってみると……そこには怪しさ全開の装いをしたセラが立っていた。


「……貴方、どうしてここに居るの」


「む……貴様か。その言葉をそのまま返したいところであるが……まあ、我がここに居るのは……うむ、人助けといったところである」


「……」


「何だ貴様、知らないのか」


「……知らない」


 どうやらセラはこの件を知らないようである。何か一口皮肉を投げてやろうかと思ったが、我らも今日依頼を受けなければ知り得なかった情報であるので、とやかくは言えないであろう。


「……それで――」


「貴様の質問には答えた。今度は我が聞こう。お前は何故ここに居る」


 セラの言葉を遮ってそう聞くと、セラは小さくため息を吐いて口を開いた。


「……この近くが家」


「ふむ……随分と質素な暮らしが好きなようであるな」


「……」


 セラは僅かに覗く口元に苛立ちを浮かべた。しかし、我の言葉に何も返しはしない。冒険者として殆ど底辺に位置していたあの女二人組でさえまともな食事にはありつけているのだから、それなりに稼いでいそうなこの女が淀んだ場所を居住地にしているのにはそれなりの理由があるのだろう。


 しかし、セラはその事についてきっぱりと口をつぐんで、別の話題を出した。


「……その、手に持ってるのは」


「これは……あー、猫を誘き寄せる為の撒き餌である」


 危ないところであった。この女に菓子屋台の女からの詫びで菓子を受け取った、等と有り体に述べるのは我の自尊心が許さぬ。我の言葉を聞いたセラは一瞬、怪訝な雰囲気を出したが、それよりも食い付く場所があったようで、そこに口を挟んだ。


「猫?」


「そうだ。猫である。お前は白い猫を見なかったか? 耳の後ろが黒い白猫である」


「……」


 ついでに聞いておくとしよう、と適当にそう口に出すと、何やらセラは考え込んだ。数秒ほど思考をしたセラは、ん、と声を漏らし、こう言った。


「……左右の目が銀と金で違う猫?」


「……知っているのか?」


「……知ってる訳じゃない。見ただけ」


 本当に偶然のことだが、セラは猫について知っているようであった。思わず纏っていた高貴な雰囲気を乱しかけた我であったが、なんとか持ち直して聞くと、どうやら見かけただけのようだ。とはいえ、特徴は殆ど合致している。左右の目が違う猫などそうそう居るものではないだろう。


 努めて冷静を装い、セラの言葉を待つ。が、セラは何かを考え込むようにして口をつぐんでしまった。


「……何だ」


「……情報には、価値がある」


「……成る程、買い叩くつもりか?」


「そうじゃない」


 奇しくも我が店主に投げた言葉と似通ったやり取りを経て、セラは重く口を開いた。


「私は、人を探している」


「……」


「貴方のことは知らないし興味も無いけど……見た感じ、この国の外へ行ったことがあるでしょ」


「そうだが?」


「なら、一つ答えて」


 何やらセラは人探しをしているらしい。妙に因果なことだが、我とこやつは同時に探し物をしているようだ。とはいえ、この世界についてはあまり明るくない。この国の外に出たことはあるが、世界を跨いでの話である。

 なので適当に答えて情報を聞こう、と算段をつけていた。


 そんな我に、セラはいつもながら小さくこう言った。


「多分、十五才位の黒髪の女の子で、顔の左に大きな傷がある。そんな子、知らない?」


 顔の左に、傷。一瞬だけ、嫌な記憶が帰ってきた。が、我の表情は固く動かない。あの女は少女というには大人びていたし、長い朱殷しゅあんの髪をしていた。何より世界が違う。とんだ傍迷惑の人違いである。


「残念であるが、心当たりはない」


「……そう」


 セラは短くそう言うと、小さく唇を噛んだ。どうしてこの女が人を探しているのか、興味が無いわけではないが、人探しなど戦争に溢れていた時代では良くあることである。何よりこの女の懐に踏み込む意味がこれっぽっちとして存在していない。

 なので無言でセラに情報を求めると、思い出したように口を開いた。


「……猫はここからもっと中心街の方に向かっていった。それと……後ろ足のどっちかに怪我をしてた」 


「怪我だと?」


 セラは小さく頷いた。不味いな。怪我をしているとなるとなると、発見までの時間が重要になってくる。見つけるのが遅ければ、青ざめた死体になって見つかるか、そこらの犬か鶏の餌になってしまう。セラは、あまり大きな怪我じゃなかった、と付け加えたが、同時に流血はしていたと付け加えた。


 中心街へ向かったという情報がせめてもの救いであるな。虱潰しに探さずにすむ。とはいえ、我はあまりここの土地に明るくないので、どっちが中心街方面か、そもそもここがどこなのかが分からない。あまりにも曲がり角を経由しすぎて、リサの家の場所もさっぱりである。


 月を見て方角でも読むか? と考え始めた時、セラがボソリと口を開いた。


「……中心街はあっち。表に出たいんだったらずっと東に進めば出る」


「……」


「…………その猫、見つかるといいね」


 思わず驚いた目でセラを見ると、セラはフードを片手で抑えて、深く被った。そして、我に背を向けて颯爽と夜の中へと消えていく。あっけに取られた我を笑うように、鶏が何処かで下手くそな声を上げた。


 少しの間我は唖然としていたが、時間があまりないことと、リサらに情報を共有しなくてはいけないことを思い出し、セラの指差した方向へと振り返った。

 その仕草の間際に、ボソリと我の独り言がこぼれ落ちる。


「……余計なお世話である」


 もう一度、遠くで鶏が鳴いた。

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