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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第十九話 魔王、猫を探す。

「結構良い仕事したと思わない?」


「間違いない」


「商品の並びはあれだけど……綺麗になったね」


 リサ、エリーズと並んで店内を見回す。地面に伸びていた本や商品は(ことごと)くが棚に収められ、視界を飛んでいた埃は微かなものとなっている。棚の上は我が身長を生かして埃を追いやり、四隅はこまめな性格のエリーズがしゃがみこんで小箒を扱い、リサが商品を整えながら大まかな汚れを払う。


 初めて連携らしい連携を見せた我らの活躍により、荒れていた店内はまさしく店内と呼べるものへと生まれ変わった。一本天井から吊るされた電球に灯る光は、綿密に清掃された店内を写し出している。

 当初想定していたよりも時間は掛かったが、それに見合った結果が帰ってきたと確信できる。ほう、と一つため息を吐くと、隣のエリーズがリサに向けて声を掛けた。


「リサー、今何時くらいだと思う?」


「うーん、5時とか?」


「時計の一つも携帯していないのか?」


「簡単に言うけど、時計ってかなり高級だからね?」


 そうなのだろうか? 我の世界では時計程度、簡単に量産できていたが……薄々感じていた通り、この世界は技術が幾らか遅れているようだ。我は建築やそれに関連する技術にあまり明るくないので、この町の建築を見るたびに嘆息を上げていたが、その他の技術は大分呆れがやってくる。


 特に我が仰天したのは、当然のごとく水道回りである。雨水を引くなど全くもって理解できぬ。水道施設は辛うじて町の下を通っているようだが、それは魔力を動力に水を汲み上げる、という馴染みの物ではない。確か……あぁ、カナートとかいう構造に似たものだ。

 随分と自然的な構造のせいで、温水など期待できそうにもない。だが、冷水は勘弁したいものなのだ。


 そんなことを脳裏に素早く巡らせていると、リサは呆れたようにため息を吐いた。


「本当に、変なところで価値観が一致しないのよね。金持ちなんだか、貧乏なんだか……」


「貧乏とは聞き捨てならんな。金色の魔王の宝物庫といえば、世界中のありとあらゆる財宝を詰め合わせた、伝説に近しいものだぞ?」


「でも、リサの料理はあまり高い食べ物は使ってないよ?」


「それは……この女にそれを埋めるだけの技量があるという話で……」


 口にしていてなんだか気持ちが悪かった。それは褒められた側であるリサも同じなようで、え、何? と強い困惑を浮き立たせている。その様子を見たエリーズは、しまった、といった顔をしたが……今さら遅いぞ。


 先刻の発言で、どうにも口を開きづらい空気が三者間に立ち尽くしていたが、それを遠くからの声が打ち破った。


「おやー? 随分と片付いてきたのかな?」


「あ、えーと……はい」


「一応、全部掃除は出来ました」


「うむ。我が太鼓判を推そう」


 リサとエリーズが同時に訝しげな顔で我を見た。なんだ、何が悪い。二つの視線に戸惑っていると、我の聴覚が軽めな足音を奥から捉えた。若干の布擦れの音を纏ってやって来るのは、当然のごとくアーカムだ。

 我は個人的に奴が苦手であるが、どうせここだけの縁であろう。適当に雰囲気を繕って、穏便に別れれば面倒事は起きない筈だ。


 我が軽い咳払いで胸中を整えるのと同時に、奥の扉を開いてアーカムが出てきた。と、同時に口元が驚きになぞらえた曲線を描く。くくく、予想していた通りの反応であるな。


「うわー、なんか棚を倒す前よりも綺麗になってないかな? 久々に、こんな綺麗な様子を見たよ」


「普段がどれだけ汚かったのか、反応で如実に見てとれるな」


「ははは……手足が短いと結構不便なんだよ」


 アーカムと一つ会話してから、また女二人が煩くなるかも知れぬ、と思ったが、ちらりと見た二人の顔はどうにも微妙な表情である。深く読み取れば慣れというやつが根底に絡んでいるようなもので、随分と見たことのない顔であった。


 我とアーカムの会話が途切れたのを見て、リサが咳払いを一つに、腰元の鞄から幾つかの書類を持ち出した。どうやら事務的な話らしい。それを見たアーカムが服の袖から筆記具を取り出したことからも、そうと見て間違いない筈だ。


 依頼書にサインだのなんだのと言い始めたリサから距離を取って、同じ一歩引いたエリーズの近くに寄る。するとエリーズは不思議そうな目で我を見上げながら、上目遣いの目を何度かしばたかせた。


「何だ?」


「えーっと……コルベルトさんって、結構背が高いなぁって」


「人間目線だと、まあそうであろうな」


「190センチ位かなー?」


「そう言うお前は良いところ150と少しだろうな」


 すらりと頭身の高いリサに比べ、そこら辺の女といったエリーズが我の隣に立つと、大きな身長差が生まれる。エリーズの頭は我の胸ほどしかなく、我からすれば子供も良いところである。そこにふやけた脳みそと童顔を添えれば、まさしくわらべだ。

 とはいえ、魔族の尺度に合わせれば我より背の高い者も居るはずである。そういった者は等しく強者であったので、余計記憶に残っていた。


「戦闘であろうと、交渉であろうと、身長は大きな武器である。例えるならば我は大剣で、お前は……ナイフが精々であろう」


「うぇー、ナイフ……」


 我の言葉にエリーズは悲しそうな表情をした。そんな顔をした所で身長は伸びないだろうが……落ち込む様子を見ると、何だか我が悪行を冒したように錯覚する。

 しょうがないのでため息と共に慰めの言葉を一つ、エリーズに投げた。


「まあ、なんだ。小さいならば小さいなりに使い道はあるはずだ。我は相手を威圧するが、お前は相手を安心させるだろう。我には出来ないことだ」


「……それじゃあ、ダメだったり……するんだけどね」


「うむ?」


「何でもないよ。独り言」


 頭の柔いこやつの事だからすぐに跳び跳ねて喜ぶだろう、と算段を踏んでいたが、その予想は曖昧に裏切られた。どういうことだ?

 エリーズは珍しい苦笑いに、努めて小声……ともすれば真隣でも聞こえぬような声量で呟いたが、我には通じない。何故ならば偉大なる五感を備えているからな。


 とはいえ、言葉が聞こえてもその意味が一等わからない。これに関しては考えても分からないであろうし、普通に聞くとしよう。そう考えて口を開いたが、その前に邪魔が入ってきた。


「何が――」


「二人とも、サインと証明書書いてもらったから、組合に行きましょ」


「了解ぃ」


「……うむ」


 なんとも絶妙というか、いい加減な間をもって話し掛けられてしまった。エリーズもそれに笑顔で返事をしてしまったので、ここで先程の話を切り出すのはなんとも難しい。とはいえ、絶対に聞かなければいけない、という話でもないので、流しても問題ないだろう。

 何だか釈然としない気分の我に、軽い調子の声がかかった。何かと思って振り返ると、アーカムが軽く頭を下げていた。


「今日は1日、ありがとう。少し、僕の中の冒険者観念を変更しておくよ」  


「いえいえ、こちらこそ良い仕事が出来たと思っています。ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます!」


「……うむ」


 アーカムの三角帽子から透けてきた含みのある視線を引きちぎって、我はそそくさと背中を向けた。どうか奴とまた絡まない事を、深く願うのみだ。



 整った町並みを下って、冒険者組合へと向かっていく。時間で言えば夕方であるが、日照時間が長いのか空はまだ明るい。道行く人間は午後の陽気におおらかな笑顔を見せていた。

 その笑顔を見れば、エリーズの言っていたこの国の気風とやらが本当のことだと分かる。


 例のごとく町を見回しながら歩いていると、ふとした疑問が湧いてきた。


「おい」


「なに?」


「この町は例の城を中心に富んだ人間が集まっているが、城から最も離れた場所にはやはり、貧困街スラムがあるのか?」


「あー……まあ、ね。でも、どうしたってそういうのは出来るものじゃない?」


「難しい問題だよね……うん」


「ふむ……」


 やはりあるのか。我が国は実力主義を掲げていたので、同様にスラムが国の外周には存在した。弱いものが食料として扱われるような、そんな場所である。

 一度目障りな貧困街を我が掃除してやったのだが、そうすると近隣の地区に埃が飛ぶ。つまるところ、溜まっていた塵が他の場所へ飛んでしまう。


 何度か同じことを繰り返して我が学んだことは、生き物が集まって生きるには『ゴミ箱』が必要だということだ。それが無くては生活が脅かされてしまう。所謂必要悪にも似たものであった。


「誰かの得は、誰かの損……って、よく言われてない?」


 苦笑いと共にリサが口にした言葉に、我は小さく頷いた。そして何か気の利いた返しをしてやろうと思ったが、その前に崩れかけの酒場が遠くに見えたので、開いた口を閉じた。


 歪んだ扉を押し開けて酒場に入ると、いつも席を取っていた四人組を見かけなかった。お陰で狭いはずの店内が広く、付け加えて静かに感じた。それを疑問に思ったのは我だけでは無いようで、リサもエリーズも、不思議そうな顔をしている。

 が、ここに来た目的は報酬を受け取ることだ。疑問を押さえて、リサはカウンターの奥へ声を掛けた。


 が、いつまで経っても店主が来ない。いつもは仏頂面を携えて、変な凄みを醸し出すのだが、足音すらしない。本当にどうしたんだろうね? とエリーズが口にしたとき、店の奥から足音が鳴った。しばらく待つと、店主が白髪を揺らしながらカウンターに姿を見せた。

 開口一言に適当な嫌味でも口にしてやろうかと思っていたが、その思惑は店主の顔を見て霧散した。


「……用件は何だ」


「何だ、ではないぞ爺。それはこちらが聞きたいものだ」


「……依頼の報酬を受け取りに来たつもりなのですが……えーっと」


「マスター、どうかしましたか?」


 午前に見た店主の顔とは一変して、今の店主には威圧が無かった。それどころではない。馬鹿馬鹿しい無表情も崩れ落ちており、なんとも無様に不安な表情を浮かべているのだ。

 とはいえ、年相応に刻まれた皺と最低限に繕った声でどうにか体裁を保っているが、明らかに何かがあったのだろうというのが分かる。


 最初こそ無言だった店主だが、少しして、ボソリと声を漏らした。


「……飼い猫が、帰ってこない」


「猫だと?」


「え……」


「……あの看板猫ちゃんですか?」


「そうだ」


 おい待て。どの猫だ。リサとエリーズは件の猫に面識があるらしく衝撃を受けたような反応を示しているが、我は当然ピンと来ない。見たこともなければ聞いたこともないからだ。

 そんな我の反応を見たエリーズが、控えめに言葉を選んで説明をした。


「えーっと……この組合にはずっと前から看板になってる猫ちゃんが居てね、時々ここで寛いでたりするんだけど……」


「……一昨日からずっと帰っていない。元々そんなに外へ出るような子では無かっただけに心配していたが、二日も姿を眩ますのは初めてだ」


 エリーズの言葉を、店主が繋いだ。あの店主が不安じみた顔をするから何かと思えば……たかが猫一匹消えただけではないか。そもそも猫なぞ気分次第で何処へでも行くのだし、心配することではない。

 むしろ我は猫一匹程度にここまで心を乱されている店主に驚きを抱いてしまった。


「猫など、出掛けてしかりな生き物だろう。心配しすぎだ」


「その程度、分かってはいる。だが、何か胸騒ぎがする。十年一緒に居て、初めての出来事だ」


 どうせそこらの雄猫か雌猫相手に盛っているのだろう、と思ったが、流石に口には出さなかった。代わりに建前として、いくつかの可能性を提示する。


「怪我をして動けないのか、何処かに挟まったか、閉じ込められたか……はたまた、猫泥棒とやらに捕まったか、といったところだな」


「……」


「猫泥棒……」


 エリーズがボソリと呟いた。店主はますます陰気な顔をしている。正直、なんとも気の抜ける話ではあるが……同時に我にとっての好機でもあると、我の六感が声をあげた。

 店主の前で大きくため息を吐き、我は口を開く。


「あの四人組が居ないのも、この件が関係しているのだな?」


「……ああ」


「……この町を探すのに、四人では力不足だとは思わぬか?」


「……どういうことだ?」


 我の言葉にリサは驚いたような顔をし、エリーズはどうしてか小さく笑顔を浮かべている。なんとも察しの悪い爺へ、我は不敵に笑って言った。


「店主、我もお前の猫を探そう。人手は多いに越したことはない。……だが、勿論冒険者としてだ」


「……私に、依頼をしろと言うのか」


「受けた依頼は必ずこなす。代わりに報酬を受け取る。それが冒険者なのだろう? 言い換えればタダ働きはしないということだ」


「……いくらだ」


「金など要らぬ」


 そこで初めて、店主の顔へ嫌に不敵な笑みが現れた。以前見た、喜悦を含んだ笑みだ。爺の笑顔など見ていても楽しくはないが、さっきの砂っぽい不安顔よりは百倍マシである。

 店主は深く言葉を選んで、そして我が望む言葉を吐いた。


「……では、何が欲しい」


貸し(・・)だ」


「……やはり、お前は面白い奴だ。コルベルト」


 気安く呼ぶな爺、とは口にしない。余計なことを言ってはこの交渉テーブルが壊れてしまう。


 我は依頼を受ける。目的は猫の捕獲。報酬は貸し一つである。我の大きな目標である力の回収には、間違いなく純然とした武力が必要になる。が、我一人では到底動けまい。

 悔しいことであるが、他人の力が必要なのだ。


 その点、冒険者組合の店主というのはかなりの好物件である。力を持った人間との関係を多く持っているであろうし、最高の場合では、間を取り持ってもらえる可能性すらある。


 我は魔王だ。あらゆる魔族を従えている。敵対している人間は武力で押さえつければいいが、諸事情で身内とも呼べる魔族は自らの威厳で従えなければならない。つまるところ、外交のようなものをそれぞれの部族にしなければならないのだ。

 その経験を生かせば、この程度の口約束は恐れるに値しない。我の言葉に店主はニヤリと深い笑みを浮かべ、右手を差し出した。


「分かった。お前に依頼をしよう。依頼主として、依頼をしよう」


「……報酬を忘れるなよ」


「当然だ」


 我は一瞬悩んでから、店主の手を取った。その手は、やけに板の張った硬い手で、ほう、と我は思った。結ばれた依頼の外に置かれていたリサが、ようやく状況を飲み込んだように変な声を漏らし、相変わらずエリーズはにこやかだった。


 どうにか、小さく伝手のようなものを作れそうである。が、その為にはよく知りもしない猫を探さねばならない。啖呵を切った分の仕事をしなければならないのだ。握った好機を逃さぬよう、我は密かな気合いを入れた。

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