第百八十話 魔王の私服検定
あまりにも時間が取れなかったので短いです。ご了承下さい
組合に寄り、この国を発つことを伝えた我らは昼食を摂っていた。リサは気分を切り替えたのか、しゃんとした様子で食事を口に運んでいる。が、その瞳はちらりちらりと周囲を見ていた。
我らの周囲には宿に泊まる客が昼食を摂っており、笑みを浮かべながら談笑していた。それだけならば日常の風景であるが、噂されていた内容は聞き逃せないものだった。
「――それでよ、六日後に叙勲式があるって話だが……それに合わせて国中でパーっと祭りをやるらしいぜ」
「かーっ、祭りか。いつもみてえに花火と酒で祝うんだろ?」
「だなぁ。早いこと英雄様の顔を拝みてえ所だぜ」
「女ならまだしも、男も黙る美男って話だからな。噂によると王族だとか言われてるが、実際どうなんだろうな」
王族ではあるが……生憎治める国は魔族の国である。というか、どこから王族の情報が抜け出てきたのだ? 正式に名を名乗った相手は限られていると思うが……あぁ、港で盛大に名前を名乗ったな。あの時は美麗な金髪を惜しげもなく解放していたが故に、そこで我を目にした人間が我を喧伝したのだろう。
……にしても、祭りか。春を祝う祭りだろうが、花火という単語が引っ掛かった。名前は聞いたことはあるし、実際に打ち上げられるところを見たことはある。が、それは昼間の事だった。いつかの貯水池が酒に変わる事件で酔った群衆が昼間に花火を打ち上げたのだ。
昼間の花火は……なんというか、地味であった。
花火というのは夜に打ち上げるものと聞いているので、夜の花火がどんなものかについて興味があった。とはいえ、それは個人的な疑問である。大局的な目線で噂話を見ると、実に都合が良い。この叙勲式が注目されれば注目されるほど、我にとって都合が良いのだ。
エリーズは大々的に連れ拐われるべきなのだ。それによって、エリーズは被害者の印を押される。己の責務や家名を背負う事無く、劣等感をそのまま受け入れるなり、克服するなりの自由を得ることが出来る。一番最悪な形は、現在のようにエリーズのあれこれを揉み消される事である。そうならないために、我は派手に事件を起こさねばならないのだ。
そういった事を考えていると、リサがじっと我を見ていた。
「何だ」
「いや……何考えてるのかなって」
「……計画のことと、これからの事と……そうだな。花火の事だ」
「花火?」
我が花火の二文字を紡ぐと、リサは意外そうオウム返しをした。説明を述べると、リサは夜の花火を思い出すように瞳を泳がせる。どうやらリサは花火を見たことがあるらしい。
「んー……エーテルワイスに居た頃は、国王様の誕生日に花火が飛んでたけど、綺麗だったかな」
「……まあ、それに関してはいつか自分の目で見るとしよう」
そう言うと、我は料理を平らげて、フォークをテーブルに置いた。眼前で食事をするリサはそれを見て、何を話し出すのかと待ち構えている。そう構えられても、話すことはそれほど厳重な内容ではない。ただ単に、本日の午後をどう使うかに関連することである。
「今日の午後は、アルゴダと合流することに使うとしよう」
「合流……?」
「そうである。アルゴダは我が城へと泊まらぬことをカトラスに告げたとき、それに追従した。つまるところ、奴は自宅で生活をしているはずである」
我は城の医務室でごたごたと話し合った後、どさくさに紛れてアルゴダに自宅の場を聞いていた。聞かれたアルゴダは恥ずかしそうであったが、真面目な我の顔を見てさらりと所在を吐いた。
午後の目標は、その場へと向かい、アルゴダに計画の経緯を話すことである。
ただ突っ立つか走るくらいしかやることの無いルード、トーヴはまだしも、馬車を繰って総員の逃走経路を作らねばならないアルゴダに何一つ情報が伝わっていないのはかなりまずい。当日の動きも相当変則的なものになるため、できるだけ情報の共有はしておきたいのである。
そういった事柄を事細かにリサに話すと、リサは納得するように首肯した。続いて残る食事を一息に平らげると、ゆっくりと立ち上がった。我もそれに合わせて立ち上がり、リサが「ご馳走さまでした」と少し大きめに発声する。すると店員の女が「はーい」と声を放って、皿を下ろしにやってくる。
その様子をじっと眺める趣味は微塵もないので、我はリサを伴って宿を出た。外界はぬるま湯のような気温で、実に過ごしやすい。外套の肩で春風を切りながら、我は街路を歩く。基本的に通りの名前などが分からない我の為に、アルゴダはこの宿からの道のりを一つ一つ解説していた。故に土地勘の無い我でもするりするりと前へ進める。
見慣れぬ道を歩いていると、リサが控えめに「金髪」と我を呼んだ。正直外で金髪呼びは問題であるが、まさか人間マタタビだの馬鹿だのと呼ばれてはかなわない。我は斜め後ろのリサに振り返って、何だと返事をした。
するとリサは少しだけ口ごもる。その仕草だけで話す内容が話しづらいものであるとわかり、我は少しだけ嫌な予想をした。こういった話が来そうだな、と幾つか予想をすると……その内の一つを、リサがおずおずとなぞり上げた。
「……バジルさんの事なんだけどさ」
「……」
「……どうするの?」
「……それは、明日の用事である」
我は我らしくもなく、煮え切らない答えを吐いた。だが、本当にどうしたものか分からぬ。テラには真剣に相手を、と頼み込まれたが、いざ行動に移すとなると難しい。どうにも思考が横にそれて、面倒でない道を選びがちである。
以前までの我ならば、恐らくは単純に、バジルの内情やそれに付随する事柄をさして熟考せず、簡単な用件だ何だと思っていたかもしれぬ。
だが、我は力を失ってから人間と情操を組み合わし、ある程度の心と言えるものを理解した。故に、事の全容が非常に重いものに感じるのだ。
借りてきた借りをどう返すのか。バジルの思いにどう言葉を返したものか。
二つ目はまだしも、一つ目に関しては本当に難しい。これでバジルに『一生側に居てほしい』だのと言われた暁には、借りの踏み倒しを考えねばならなくなる。
……とはいえ、うじうじと悩むのも魔王らしくは無い。故に、明日に回すのだ。期限を設定し、背に川を置いて要件をこなすつもりである。
我は魔王である。故に、どうにかなるだろう。そんな楽観的な言葉が胸の奥に浮かんでは、飴のように消えていった。リサは我の曖昧な回答に浮かない顔をして、しかし何も口に出さなかった。
無言でしばらく道を歩き……そうして、段々と目的地が近づいてくる。アルゴダが住んでいるのは、いかにも中流階級の住む区画であり、我らの宿周辺よりも売店の数が少ない。あそこは意外に城に近いので、利益を見込んで店が立つのだ。
それに比べてこの区画では住宅が多く並び、疎らに宿屋もある。八百屋等も無いことは無かったが、思っていた以下の数であった。国が大きい分、区画がズレると雰囲気が変わるものである。我はその変化を面白く思いながら、アルゴダの家を目指した。家といっても、宿らしい。あの大柄な馬と馬車を安置できるような家をアルゴダが持っているとも思えないので、妥当な所である。
宿の名は『暗礁の砦』と言うらしい。我らは特に問題なく道中を進み、それに辿り着いた。暗礁の二文字を使うだけあって、宿の外観は一面黒い。カーテンも黒で統一しているらしく、急勾配の屋根も合わさって鋭利な雰囲気があった。
リサが、泊まる訳でもないのに宿に入るのは何だか緊張する、とそういった事を呟いて、我は特にそうは思わなかった。抵抗無く宿の入り口に向かい、ノブの付いた黒い扉を引いて開けた。が、妙に感触が軽い。何だと思った次の瞬間には、目の前に人間が居た。灰色の髪で目元を上手く隠し、肌を見せぬ白黒の装いをした人間――まさかの、アルゴダである。
アルゴダは宿のドアノブを掴んでおり、どうやら扉を開けるタイミングが奇跡的に噛み合ってしまったらしい。取り敢えずちょうど良いと我は思って、アルゴダは不思議そうに我を見ていた。
「あ、えと……すみません。ちょっと横に――あれ? リサさんっすか?」
「アルゴダさん、久し振り」
「いえいえ、俺のことは別に呼び捨てでもいいって……ん? ってことは――」
我を挟んでリサとアルゴダが会話を繋げて、アルゴダが我を見上げた。体格で分かると思ったが、どうやらそうはならなかったらしい。顔を覆い隠すフードがあるとはいえ、中々気付かれないものである。
訝しげにこちらを見上げるアルゴダに、我は少しだけフードを上げた。
一瞬金髪がちらつく程度にフードを上げると、我に気付いたアルゴダがあわあわと服装を正し始めた。アルゴダの私服は……はっきり言って地味である。ようやく春が来たというのに、肌の露出を避けた長袖であるし、何より白黒調で服装を固めるのは良いが色の使い方が悪い。
というか、アルゴダのような人間には青や赤など強い色が似合うので、前提として素材を無駄にしているとも言える。
見た目にはとんと厳しい我が教鞭を振るおうとして、しかしそれはリサに阻まれた。
「取り敢えず、出入り口で話すのは迷惑だから、一旦落ち着きましょ?」
「そ、そうっすね……えと、じゃあ中に……」
「……うむ」
アルゴダが横にそれて、我らは宿の中に入った。何だか昨日に迎えたミストルティンのような立場に立っていてどうにも不思議な心境である。そんな心持ちになりながら、我は華奢なアルゴダの背中を追った。
私事ですが、就活が始まってしまいました。
出来るだけ文字数は落としたくないのですが、そうともいかないことがあります。出来るだけ努力をいたしますので、どうかお付き合いのほどをよろしくお願いします。




