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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第百七十八話 来る者拒まず去る者追わず

 デグは無事に成長しているだろうか。バズの質問は非常に簡単なものである。しかし、そこに付随するあれこれはどう足掻こうが簡単と呼べず、我とリサは息を詰まらせた。観察力があるらしいバズはその反応で我らがデグを知っていると確信したらしく、しかし同時にその瞳には絶望が浮かんだ。


「ま、まさか……」


「待て。一旦落ち着くのだ。……我らはデグという男を知っている。度合いで言えばこっちの女……リサの方がデグに詳しいだろう。我らが言葉に詰まったのは、単に衝撃によるものである」


「そ、そうか……」


「……」


 我の言葉にリサは若干恥ずかしそうに瞳を俯かせて、バズは安堵に胸を撫で下ろした。太い手首に付いた鉄の枷が太ももの上に乗って、バズは目を輝かせながらリサを見る。年にして四十を越える男が身を乗り出しているのは奇異な光景であるが、状況を鑑みれば仕方がないと言えるのかもしれぬ。

 我は残念ながら子孫どころか好いた相手や、親族の一人も居ない身の上なので、親類とわかたれる苦痛というのがさっぱり分からない。


 だが、その辺りに関して理解のあるリサは、真面目な顔となってデグについての説明をした。


 まず、デグが健康に成長し、バズに良く似た大柄な男に育ったということ。現在は冒険者をする傍らに木材の加工を主とした木工の仕事を請け負っているということ。デグは非常に温厚で、前向きな男であるということ。……そして、デグが父親を死んだものと思っている事と、デグの母親が体調を崩しているということをリサは説明した。


 最初こそバズは大柄な体を揺らしながら飛び跳ねそうなぐらいに喜んでいたが、最後の言葉を聞くとその気勢を一気に落とした。肩は落ち、唇を噛み締めて己の手首に目を落とす。それだけ家族を愛しているというのに、どうして奴隷の身分なんぞに身をやつしているのか。


 紆余曲折とバズは語ったが、我にはその一片でさえも考察できなかった。だが、それを聞こうとも思わなかった。デグは確かに顔見知りであり、バズの境遇には興味こそあれ、下手に藪をつついて虎が出てはかなわない。我らは今、この組合を抜ける身分であり、そしてこれから極悪人となる二人である。


 下手な関わりや詮索は無意味であると我は口をつぐんだが……リサはそうではないようだった。心配そうな顔をしながら、大丈夫ですか、と声を掛けたのだ。


「デグさんのお母さんは……正直な話、あまり良くない具合だと思います。デグさんが看病する時間も長くなっていましたし……」


「……分かっているんだ。私も、二人に会いに行きたい。息子を抱き締めて、妻に愛していると伝えたい。……でも、出来ないんだ」


「その腕輪のせいなのか?」


「腕だけじゃない。背中にも刺青があるんだ。……『146 アークスター奴隷商会』。現国王に変わってから奴隷制度は撤廃されたが……この烙印は消えないんだ。私は南から誘拐され、奴隷船に乗せられた。そうして北の奴隷商会から脱獄した後に……こうして、奴隷の身分を抱えながら冒険者をしている」


「……奴隷制度は撤廃されたのではないのか?」


「あぁ。そうでなければ、私はここに居られないだろう。ただ……外国に向かうには、大きな問題がある」


 私には――国籍が無いんだ。


 噛み締めるようにバズは言って、説明のために口を開く。


「無理矢理北に誘拐され、奴隷として労働力にされた私には、身分を証明するものが一切無かったんだ。私がどこの誰で、どういった人間なのかを、誰も証明出来ない。それでは船に乗れないんだ」


「……奴隷制度が撤廃された時にある程度の保障があったとは思うが」


 まさか、奴隷を解放しておいて『さあ自由だ。好きにしろ』と放り出す訳ではあるまい。カトラスは豪快な男であるが、決して雑な人格をしていなかった。我がその点に言及すると、バズはさらに顔をしかめる。


「私が牢を抜け出した2ヶ月後に、奴隷制度が撤廃された。私はそれを知らないまま、暗い路地裏で残飯を漁って食いつなぎ……制度の撤廃に気が付いたのは、それからさらに1ヶ月も後の話だった。私は無我夢中で役所に向かったが……奴隷商どもは、私が逃げ出した時に、私に関する情報を抹消したらしい。大方、城だの役所に逃げ込まれるのを防ぐのと……私を確実に殺すつもりだったのだろう」


「……」


「だから、私は所謂『名無し』になったんだ。国籍も戸籍も無く、名前さえ証明できない男になってしまった。私は両腕に枷を付けて、背中に番号を背負った間抜けな男になってしまったんだ。……だが、希望が完全に無くなった訳ではない。私は船には乗れないが、馬車には乗れる。このアルベスタは出国に身分証明を必要としない」


 だから私は、馬車で西を回って南へ抜けようと考えていた、とバズは言う。朗報なのだろうが、その顔は暗い。当然だろう。まずまずして、バズという怪しさを盛り込んだ男を乗せる御者が居るのか。続いて、国を幾つも跨ぐ長大な旅路の為に掛かる費用を考えれば、バズが何故冒険者の身の上に甘んじているのかが分かる。


 バズは息子の元へ向かうため、その旅費を稼ぐために冒険者となっているのだろう。とはいえ、冒険者というのは安定した職ではない。稼ぎのブレが大きい職業である。そう易々と大金を抱え込める職ではあるまい。


 ことの成り行きを理解したリサは渋い顔をして、我は何とも形容しがたい顔となった。リサの哀れだという感情には理解が示せるが……我らにそれを手伝うことは出来ない。仮にアルゴダの馬車に乗せるとしても、あまりにも回り道が過ぎる。クリフィンにて問題を解決し、シラルスへ向かって欠片を集めて……そこから南へ回り道をして、ようやくミルドラーゼにたどり着くのだ。


 どう考えても、丸一年は過ぎそうな道のりであった。加えて、命の危険は絶えないであろうし……当然の話であるが、我らに何一つ利益がない。冷血と言われるかもしれぬが、これは大事な点である。


 ここで無理矢理に我を頼るなり、助けてあげたいだのと理想論を掲げないのがリサの長所であるが、その気分が下降の一途を辿ることに関しては仕方がないだろう。

 バスは、まるで当事者のように悩むリサを見て、そっと笑った。厳めしい顔が弛緩して、息子と瓜二つの柔らかな笑顔になる。


「……ありがとう」


「えっ……?」


「本気で悩んでくれて、ありがとう。……不思議かもしれないけれど、君が一生懸命に考えているのを見るだけで……どうしてか、気分が軽くなるんだ。私も、頑張ろうと思える」


 穏やかにバズは笑って、リサはどぎまぎとした。慌てながら、我を見てくる。すがってくる女は嫌いなので目を逸らすと、リサは縮こまりながら「そんなことは……」と謎の謙遜をバズに返した。その様子にバズはまた笑って、重苦しかった空気が緩和の毛色をみせた。


 それに合わせて、我はちらりと視線を組合の中に向けた。バズの話を聞いたオズワルは微笑とも思案ともとれない顔でカウンターの木目をなぞっており、ストライクは真剣な顔であった。メリルはバズの話に涙目となっており、我の視線に気付いて、大慌てで目元を拭った。

 そしてロッシュは何かを深く考えており、その黒い瞳には幾ばくかの決意が見えていた。その決意が何を示すかについて、我は理解が出来ない。だが、それが悪意のものでないことと、バズに対する何かであることは明白であった。


 どうやら周りの反応からして、バズはオズワル以外に己の略歴を話したことは無いらしい。そう易々と口外できる内容ではないので、それはおかしな事ではないだろう。

 メリルやストライクがバズに声を掛け、そこにリサも混じって、しばらく他愛の無い会話が続いた。そこから我らに対する不満がまたしても持ち上がったりと、藹々(あいあい)な空気が組合に満ちる。


 我は時折振られる言葉に適当な相槌を打ちながら、段々と事の終わりを感じていた。相変わらずにロッシュとメリルは名残惜しそうであり、オズワルに関してもそれは変わらない。だが、我らは旅に出ると告げ、オズワルはそれを受け入れた。

 我らは今日という日を持って、遠く別れることとなるのだ。


 この場の全員がそれを意識しながら言葉を交わして……そうして、三十分近くの談笑が続いた後、ストライクがおもむろに両腕を上げ、背筋を伸ばした。単純な一動作であったが、それは幕引きに相応しい切り口であり、ぱたりと会話が途絶える。


 誰も彼もが顔を見合わせた後に……ゆっくりとロッシュが我らを見た。


「……そろそろ、お別れって感じの空気だな」


「湿っぽいのは似合わねぇなぁ」


「はは、お前は尚更似合わないだろうな。……でもまあ……楽しかったよ。お前には喧嘩売られて以来ろくに手を組んだりはしなかったし……コルベルト達とも、一度しかパーティーを組まなかったけど――あぁ、楽しかった」


 笑うロッシュは朗らかで、その瞬間だけ、ロッシュの目の下に住み着いていた隈は姿を消したように感じられた。その言葉に我らは言葉を選びかねて、ロッシュが、ありゃ、と苦笑する。


「台詞選び、間違えたかな」


「……へっ、大正解だ。馬鹿野郎」


「おっ、マジか? なんかくさい感じになったかなって思ったんだが……それなら良かった」


 ストライクは笑って、ロッシュも笑った。リサが「わ、私も大正解だと思います」だのと言って、ストライクが声を外して笑う。その笑いが冷めやらない内に、ロッシュは「元気でやれよ」と我に言って、我は「うむ」と頷いた。


 そうすると、組合の奥から視線が飛んできて、我の頬に刺さった。見ればメリルが我らを見ており、我の視線を受けたメリルはハッとして胸を張る。短い黒髪が微かに揺れて、メリルは高飛車に言葉を放った。


「ふ、ふん……精々旅を楽しむことね。その間に私が大魔術師として世界中に名を馳せてあげるわ」


「ま、流石にランタン位の炎は出せるようになってるんじゃねえか」


「ら、ランタン……!? きぃぃぃ……折角お別れの雰囲気だったのに、なんで私が不憫な思いしないとならないのよ!」


 ストライクの自然な煽りでメリルが憤慨を爆発させ、またしてもぎゃあぎゃあと喚き始める。はいはい、とロッシュがそれを宥め、その様子にリサがくすりと笑った。ストライクやバズも柔らかな表情であり……そうして、すべてに幕引きをするように、オズワルが口を開く。


「ストライク」


「んぁ? なんだよ」


「貸し、いつ返すのさ」


「はん、ぜってえ返すって言っただろうが。棚上げにはしねぇよ。でもいつかって言われりゃ……そうだなぁ。オレの全部が終わったら、倍にして返すさ」


「ヒャヒャッ……それは返ってこない台詞じゃあないのかい?」


「縁起でもねぇこと言うなっての。……ここにはほんとに世話んなったからな。絶対返すさ」


 なんなら、死んででも化けて出てやるよ、とストライクは言って、オズワルは「縁起でもないのはアンタもじゃないか」と笑った。続けてオズワルは我らを見て、そんじゃあ、と口を開く。


「……お別れだよ、大馬鹿野郎ども。国の外なり、国の中なり……とことん暴れてきな。アタシは知らん顔して笑ってやるから――羽目外して、生きてきなよ」


 人生、一度きりだろう? オズワルはそう笑って、我は少しだけ心臓が跳ねた。リサも同様だったらしく、驚いた顔をしている。一瞬、計画の概要について、オズワルが何らかの情報を得ているのかと思ったのだ。だが、雰囲気に暗喩の色はない。

 我とリサはオズワルの言葉に黙って頷き、ストライクは笑いながら返事をした。


 そうして、組合での会話が終わった。我とリサ、ストライクは冒険者組合オズワル支店を抜け、ストライクとも組合の出口にて別れた。別れの言葉は「またな」の三文字だけであり、その感じが実にストライクらしかった。


 組合についてのあれこれを終えて出た空には燦々とした太陽があって、それは見事なまでに天辺へ登り詰めている。見るからに昼時の空であった。我はそれを眺め、次に隣のリサを見る。リサは何かしらを考える顔になっていて、その意識は別れたストライクに向いているようだった。


「……気になるのか?」


「え……まぁ、うん……」


「気にすることは無いと奴は言っていたと思うが」


 我の言葉に、リサは「うっ」と声を出す。心配性も、過剰ならば問題である。我らとストライクは別れ、そして奴は己自身の力でどうにかしてみせると宣った。ならば、その啖呵に心配を巡らせるのは不粋と言える。

 我の言葉にそれを理解したのか、リサは少しだけ長い瞬きをした後に、すっと意識を入れ換えた。どうやら気分を変えたらしい。


 我がそれに合わせて「昼食を摂るとするか」と言うと、リサは小さく頷いた。

次回はストライク視点から始まります。

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