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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第百七十一話 魔王によるアルベスタ第二王女誘拐計画

誤字報告、本当にありがとうございます。

 テラの元から離れた我は人伝いに宿の場所を聞き、ようやく『埃星の箒』にたどり着いた。記憶の中にあった道のりと実際の道のりには若干の齟齬があり、もしも記憶だけを頼りに進んでいれば、大きく時間を無駄にしていただろう。

 ちらりと振り返ったアルベスタの空には朱が差しており、ゆっくりと茜に色づく春の夕日に、アルベスタの民は様々な反応を見せていた。


 うっとりと空を見上げる者、子供を伴って空の色に笑う者、少しでも良い光景を見ようと屋根に登る者、つまみを片手に庭先から空を眺める者。


 こうして見れば、十人十色な人々が居た。アルベスタに来た当初は味気ないだの地味だの、活気がないだのと我は思っていた。が、それはどうやら勘違いなようである。人という生き物は、どんな場所にあろうとその根幹は変わらないらしい。北の果てでも、南の先でも、人は変わらず生きている。


 我はそんな情景をしばらく眺めた後に、ゆっくりと二階建ての宿へと歩みを進めた。宿の食堂部分は少しだけ騒がしく、遠くから僅かな酒気が香っている。酒に酔う客と、接客に追われる攻防戦が横目に見えた。

 我はそれをさらりと流しつつ、宿の受付へと向かう。黒髪黒目、無愛想な顔と出不精な腹をした店主が我を見上げて、非常に面倒そうな顔をした。


 大方とんでもなく怪しい客が来たと警戒しているのだろう。我は少しだけフードを上げ、ちらりとだけ顔と髪を見せた。それだけで店主の男には充分であったようで、目を見開いた後に固まった。我には目を見開いた中年の男をじっと眺める趣味は無いので、「202号室に戻る」とだけ言って、受付の隣にある階段から二階へ上がろうとした。しかし店主の男が「あ、あんた」と我を呼ぶ。


 これは少しばかり面倒になるか、と思いながら我は足を止めた。無言の我の背中に男は幾らか言葉を吐こうとして……そしてこう言った。


「……あ、ありがとな」


「……ふん」


 我は鼻を鳴らして二階へ上がった。何を言ってくるかと思えば、感謝の言葉であった。聞き慣れぬ言葉である。が、ここで雰囲気や態度を崩すのは魔王的ではないと我は思い、あっさりと身を引いた。背後にじっと視線が刺さって、我はそれを感じつつリサの居るであろう部屋の前まで歩いた。

 部屋へ続く扉に『202』の文字が刻印されていることを確かめ、我は三度、それを叩いた。


 すると中からごとりと音が聞こえる。何かが弾むような、物を取り落とすような音である。我はそれを不思議に思いながら、我である、と告げた。すると中から「ちょ、ちょっと待って」とリサの声が聞こえて、我は言われた通りに待った。何をしているのかと我は思ったが、もしかすれば着替えかと思った。風呂にでも入って、我が間を悪くして訪ねてきたのではないか。


 とにかく見れば分かることであると我は扉の前に立ち、少ししてリサからの了承が来た。さして何の気概も無しに扉を押し開けると、ベッドの上にリサが座り込んでいる。傍らには本があり、見慣れた茶髪は濡れていない。服装もいつも通りであり、顔色もさして変ではなかった。

 物音についてのあれこれは気になったが、それは今さらどうでも良い。


 ルゥドゥールの討伐や城でのあれこれを含んで、我は少しの間この場を空けていた。リサともおおよそ四日ぶりの対面であり、多少のぎこちなさがある。気まずさ未満のそれはリサへの対応を考えるが故のものであり、リサも我と同じく距離を測るような無言だった。


 しかしそれは、本当に短い時間のことである。明晰な我は素早く解答を引きずり出し、喉から出力した。


「帰ったぞ」


「……普通にただいまとか言えばいいのに……おかえりなさい」


 我の言葉にリサは少しだけ肩透かしを受けたような顔になって、続けて緩く破顔した。案外素直なものだと感心していると、リサはそれに感付いたのかムッとした顔になった。


「……なんか変なこと考えられてる気がするんだけど……まあ、いっか。本当にお疲れ様、金髪」


 どうやら怪訝に思いつつもきちんと労いを我へ捧げるつもりらしく、我はその気遣いに感心しながら、取りあえずローブを脱ぎ、衣装棚の中へ仕舞って、部屋にある椅子を引いて座った。

 ベッドの上のリサがさてさて、といった顔をして、我はそこに幾ばくか話し合いの気配を見た。どうやらこの四日の内に、リサにも何かしらがあったらしい。以前、砂漠で亡霊を打ち倒した時とは全く異なった姿勢がそこにある。あのときは話を聞く態勢であったが、今はリサ自身も口を開く雰囲気である。


 大目標である宿への到着とリサとの邂逅を果たした以上、我には多くの時間がある。話し合いは望むところであった。我は椅子に体重を預け、ゆったりとリサに相対して、話し合いの雰囲気を作る。

 最初に口を開いてきたのは、リサの方であった。


「あんたも色々あって疲れてると思うけど……あたしはその色々がさっぱり分からないから、説明してくれない?」


 至極真っ当な、説明を求める言葉であった。我は当然とばかりに頷いて、いつも通り揚々と説明をした。ルードやアルゴダと北門前で待ち合わせをしたところから始まり、我は事の成り行きを語る。流石にアルゴダとの約束など、個人的な事や戦いに関係のないことは省いたが……それをもってしても、トーヴの元へとたどり着くまでの道のりの説明は必須であった。


 我は狼にたらふく噛みつかれ、それをルードが叩いたと説明すると、リサはなんとも言えない顔になった。おそらくその様子を脳裏に浮かべたのだろう。我も思い返せば微妙な顔になるが、結果的には一番効率が良かった。

 我はそう己に弁解して、それからのあれこれを話していく。


 トーヴとの邂逅、魔王という告白やそれに連なるいざこざ。大白狼との開戦に続き、そのあらましを話し始めると、リサはじっと話に聞き入っていた。普段から本だの童話だのを読んでいる影響か、はたまた単純に興味があるのか、どちらにしても片手間に聞かれるよりは気分が良い。


 トーヴの腕が食われたと聞いた時は表情を固くし、我が食われたと聞いた時は、リサの顔が青くなった。食われてからの説明は残念ながら難しかったが、最後にトーヴがルゥドゥールの脳天を叩き割って勝利を掴んだことと、それを得るために傷ついた二人について話せば、それがどれだけの激戦であったか分かるだろう。


 それだけの戦いを越えて、我が得た権能である『俊敏』について話すと、リサは成る程といった顔をした。何がなるほどなのかと聞いてみると、「次は角とか生えてくるんじゃって思ってたから」という言葉があり、我はその可能性もあったと返した。

 もし、統率を司る角が帰ってくれば……我は王城へ向かう際に、深々と布を頭に被らなければならなかっただろう。


 とにかく我は素早さを取り戻し、それにリサは興味深そうな顔をした。我は俊敏というものがどういったものかを説明してやろうと思ったが、この部屋はあまり広くはない。加えて我は力を取り戻してから日も浅く、うまく速度を制御できない可能性が僅かにあった。ちらりと脳裏に王城で粉砕した枕のことを思い浮かべたのである。


 我は力については後々見せる、と告げた後に、戦後処理に話を続けた。トーヴとルードを馬車に乗せ、アルゴダを旅に連れる御者としたこと、そしてヴァストラに連れられて城へ向かった後の話である。

 リサはアルゴダを引き連れた辺り――主に我が魔王と告白したという点――から顔を驚愕に染めていたが、それから続く謁見やその内容に度肝を何度も抜いており、トーヴとルードが目覚めたこと、勲章、報奨、クリフィンやその女王エリュアレイの恐ろしさと、あまりにも大きな話の連続にぐらついていた。


 やはり普通を自称するだけあって、あまりにも大きな情報を与えるとリサは困惑してしまうらしい。なんだか頭が痛いような顔をしているが、話の本題はここらからである。

 我は容赦なく、医務室でのあれこれを話した。我らの次の目標はクリフィンという国であり……そうして、その旅路にトーヴやルードが参入を希望しているということである。


 それを言ったリサは唖然としており、続けて「一旦待って」と前後の情報を整理していた。が、時間を与えても受け入れるのは難しいらしく、焦げ茶色の瞳がぐるりぐるりと困惑に渦巻いている。


 まあ、予想通りというか、リサらしい反応であった。が、困惑され続けていては話が進まない。我は時間を使い、懇切丁寧に事の詳細を説明した。


 ルードという人間について、同じくしてトーヴという人間について。二人が旅に同行しようと願った理由、二人を連れることの利益と不利益。馬車が六人乗りとなることや、我がこの二人の同行に肯定的であるということ。


 窓の外の光景が茜から藍へと変わる中、我はリサへの説明を終えた。後はお前の判断である、と告げると、リサは深々と頭を悩ませていた。リサにとってルードとトーヴは見知らぬ他人であり、我がいくら説明をしたところで、その人となりを完全に信じることなど不可能だろう。

 加えて、リサは女である。そういったあれこれに関する心配はないはずだと告げたが、それでも拭いきれないものがあるに違いない。我にはとんと理解できないが、そういった感情があるという知識は持っていた。


 リサはしばらく真剣に悩み、本当に信頼出来るのかだとか、旅先の夜はどうするつもりなのかだとかを聞いてきた。それに対して我なりの見解を述べると、リサはまた悩み出して……静かに結論を出した。


「……分かった。あたしも、賛成する。……色々と怖いところはあるけど、あんたが大丈夫って言うなら大丈夫だと思うし……それに、一々旅先で戦えそうな人を探すのって、本当に大変だと思うから」


「……先程から、中々素直であるな。我が言うのならば大丈夫、か」


「何? 偏屈にやってほしいならやるけど。……あと、あんたがどう思ってるかは知らないけど……あたしはあんたの目とか、そういうのに関しては結構信じてるつもりなんだけど」


「……」


「……ちょっと、黙らないでくれる? 変な雰囲気になるじゃない」


 すまぬ、と我は言って、平静を取り戻そうとした。が、あまりにも唐突に投げつけられた信頼が意外で、どう扱ったものか戸惑ったのである。リサは若干やりづらそうに「そういうことだから」と言って、話を切った。その目線は忙しなく、リサの動揺を示しているように思われる。


 我はそれを一瞥してから、トーヴとルードを旅に同行させることを確定事項とした。続けて、本題に入る。これからの予定についてである。同時に、我がこの国に残した最後の目的であるエリーズについての話を始めた。


「さて……これが最後であるが、今後の予定と『計画』について話をする」


「ん……? 計画?」


「そうである」


 言いながらにして、我は計画の概要を脳裏に反芻させた。我ながら魔王的というか、若干現実離れした計画である。だが、絵空事を描いたつもりはない。

 我は一瞬だけ周囲に気を張った。誰もこの部屋の会話を聞いていないことを気配で確認し、そして部屋から言葉の一言一句が漏れ出さないよう気を付けながら、首を傾げるリサに話をする。


「我はこの国に、二つの大きな目標を持って上陸した。一つは当然欠片の回収であり、そしてそれは無事に達成された。俊敏の権能は我が手にあり、この国に残す目標はただ一つである」


「……エリーズのこと?」


「そうである。我はこの国に春をもたらした。欠片を取り戻し、一応の仲間を三人迎えることとなり、次の目標も定まった。だが、それで終わりではない。終わりの手前に、もう一つ取り逃していたものがある」


 我は以前、リサにエリーズが国から出たがっていることを伝えていた。その理由についてはあまりにも個人的であったため伏せたが、とにかくエリーズはこの国にて生きることを是としていないのである。エリーズはリサとの旅を尊び、そしてリサもエリーズとの旅を望んでいた。そして我自身も同様となれば、やることは一つしかあるまい。


「我はこの国の王、カトラス・ノア・アルベスタに報奨を望む権利を与えられた。出来る範囲の報奨を与えると言われた。――が、どう考えてもエリーズという存在を希求すれば、その場は叙勲式ではなく修羅場と化すだろう」


「……」


「だとしても、我はそれを選ぶ。何をどうしても、エリーズを旅に加えようと思うのだ。……であれば、やるしかないだろう」


 我の言葉にリサがすべてを悟ったように顔色を変えて、その爪先が少しだけ丸くなる。リサは静かにベッドのシーツを握って、我はその不安げな、それでいて期待するような面持ちに、はっきりとこう告げた。


「我は、第二王女を誘拐する。強奪に近い手段をもって、正面から奪い去る。そのための力と道筋は手に入れた」


「……」


「とはいえこの計画は、どう考えても法的な問題を孕むものである。一つでも手を貸せば、その瞬間お前は、世界に名を連ねる大罪人となるだろう。だが、お前は必ず『それでもいい』と言うだろう。だから、我はお前に計画を語るのだ」


 我の言葉を受けたリサは瞳を揺らして、はっきりと頷いた。瞳にも顔色にも否定の色は一切見られず、確かな決意だけがそこにある。我はそれを確かめて、笑みを作った。魔王に相応しい、傲慢かつ荘厳な笑みである。


 ……問題を考えるのならば幾らでもある。逃走経路に誘拐方法、少し目線を変えればバジルの問題が見えてくる。が、それらが我の進路を妨害するというのならば、もろとも解決してしまうまでである。そこまでを考えて、我は語り始めた。


 魔王によるアルベスタ第二王女誘拐計画を。



補足:リサががさごそとしていたのは、部屋に一人きりでラフな格好だったからです。具体的に言うと下着姿だったので、大慌てで服を着替えていました。

 リサはヴァチェスタが来る前から寝るときや休日は基本的に下着姿で、ヴァチェスタを気にして色々と服を考えていたりします。

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