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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第十七話 魔王と剃刀

 こんな大金を持ったまま移動は出来ないという二人の意見に従い、一旦家に戻ってから依頼主の元を目指した。やはり上流階級の人間が住んでいる場所は随分と空気が澄んでおり、外を出歩いている人間の品も相応に高い。依頼書を片手に、びくびくしながら進む二人の背中に声をかけた。


「もっと堂々としていろ。逆に目立つぞ」


「そんなことを言われたって……」


「お金持ちの人達ばっかりで緊張するよぅ……」


「全く……」


 なっていないな。我からすればここを歩く人間全てが我の下にあるので、緊張も何もない。我には血統という圧倒的なアドバンテージがあり、尚且つ実際の立場も王族ときている。多少小綺麗なだけの人間など恐ろしくないな。

 それよりも建物の感じが随分と変わってきていることの方が気になっていた。


 石作りの集合住宅染みた町の様子に、一軒家が混じり始めたのだ。リサとエリーズの自宅のように、煉瓦だの木材だのを使った建物が増えてきて、その分積み木のような住宅群は姿を減らしていく。路上に店を構える人間は格段に数を減らしており、それと反比例して衛兵と度々すれ違った。


 建物は基本的に白色で、木材も白く塗っている。白がここの人間たちにとって何を意味しているのかは定かではないが、まあ何か象徴的なものがあるのだろう。人通りがそこそこ多い大通りを人波に沿って歩いていると、随分と向こうに大きな建物が見えた。


 神殿のような、あるいは要塞のような……太陽の光を真っ白に反射する大きな建築物だ。だが、神殿というのにはあまりにも質素すぎる白さであり、砦と呼ぶにはあまりにも非合理的な造りをしている。その癖大きさだけは上記の二つに近しいので、なんとも不気味な建物だ。

 考えようと答えが絞り出せる訳でもないので、素直に二人に質問をした。


「おい」


「んー?」


「あの奥の建物は何だ? 神殿か砦だと思っているのだが……」


「奥……? あ……」


「うむ?」


 我の言葉が通じたらしいエリーズが、顔を青くする。依頼書の簡易地図を眺めていたリサも、上げた顔をひきつらせた。なんだ、何がそんなに不味い。粛々と聞き耳を立てていると、エリーズが周囲を気にした小声で言った。


「あれはね……国王様のお城だよ」


「……はっ、冗談はよせ。あんなものが城な訳が無いだろう。第一城とは王を守り、権威を引き立たせるもの。それがあんなちんけで――」


 凄まじい速さで口元を押さえられた。目先の衛兵が若干怪訝な顔をしてこちらを見ている。二人はその衛兵に最大限媚びた笑顔を見せながら、我の両腕を引っ張った。

 ずるずるとしばらく連行され、人波も随分とばらけてきた辺りで二人が手を離す。近くで見たその顔は随分と硬い作り笑顔のままだった。


「……あんた、マジでぶっとばすわよ。衛兵の目の前で何馬鹿なことしてんの?」


「さ、流石に私もちょっと心臓が……」


「なんだ、悪いのか? よくあれを見てみるがいい。防壁すらないぞ?」


 少し接近した城とやらはやはり質素極まりなく、その癖図体は傲慢に大きかった。あんなものでは主の資質が問われるというものだ。付け加えれば他からの侵攻をどうやって食い止めるというのか。尖塔を枝のように生やし、敵の攻撃を遅延させることすらできない。

 見れば見るほど、まるで食後の口直しに出てくる氷菓子のような形だ。


「あんたは誰かをこき下ろさないと呼吸が出来ないの?」


 が、リサやエリーズから随分顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまった。事実を述べたまでだが……。


 微妙な空気のまま、依頼の場所に到着した。が、リサとエリーズは何度も依頼の住所を確かめている。それもそのはず、というものだろう。我の目の前にある『錬金鯨の胸鰭』とやらは、茶色っぽく地味な一軒家であり、庭の一つどころか店構えが貧相さを醸し出していた。

 周りを見れば白磁や煉瓦の建物が広々と建ち並んでいるにも関わらず、この店はその間に呆然と立ち尽くすようである。


 依頼書の内容から読み取れる品格と目の前の店との齟齬に戸惑う二人は、何やら覚悟を決めたらしく店の扉前に向かっている。我としては漸くまともな空気が吸えたというのに、またもや煙たい場所に向かうのかと辟易していたが、今の我にはどうしようもない。


 リサの腕が慎重に扉を三度叩いた。が、返事はない。なんだ、呼んでおいて留守か、と我が悪態をつく前に、店の奥から物音がした。何かを崩すような、同時に倒すような音だ。その音は我にしか聞こえていないようで、リサは怪訝にもう一度扉に触れた。


「……すみませーん。ヴァト支店から参りました、352番リサです」


「……ドアは開いているよ」


「あ……では、失礼します」


「し、失礼します……!」


「うむ」


 妙に曇った声に首を傾げながらリサが扉を開ける。と同時に埃混じりな空気が店内から飛び出してきた。我は全力で飛び退いたが、前方に立っていた二人はまともにそれを受けたらしく、驚きと共に咳を吐いた。


「我を崇めぬことへの帳尻がここで合ってきたようだな」


「けほっ、何言ってるんだか……けほっ」


「埃が……っくしょん!」


「あぁ、すまないね。また足が棚に引っ掛かってしまって」


 埃が舞う扉から、小さな人影が浮き出てきた。見るからに子供ほどの大きさしかない影から聞こえるのは、不釣り合いに大人びた中性的な声……ふむ、この声はどこかで聞き覚えがあるような……。

 そんな我の違和感を無視して埃は晴れ、その奥に店主らしき少年が現れた。慌ててリサとエリーズが挨拶をするが、我は悠々と眼前の少年を観察する。


 目元が辛うじて見えるつば広の三角帽子、ぶかぶかなネズミ色のローブ。背格好は小柄なエリーズと殆ど同じか、若しくはそれ以下しか無さそうである。総評して、店主の子供が悪戯で変装をしていると見るのが容易い所だが……何か、目の前の子供からは嫌な予感がするのだ。

 自己紹介を改めたリサが、我に向かって早く名乗れという類いの視線を向けてくる。必要か、と口に出したかったが、話が拗れる。しょうがないので我は一つ肩の埃を払って、荘厳に名乗りを上げた。


「我こそは! ……うむ。我が名はヴァチェスタ・ディエ・コルベルト。貴き血脈を継ぐものである」


「……成る程。まあ、随分と面白い人達のようだけれど……この際いいとするよ」


 いつもの癖が回り、堂々と衛兵が歩く町中で魔王という単語を発してしまう所であったが、女二人の釘を刺すような空気に気がつき修正することができた。我ながらきらびやかさに欠ける名乗りではあるが、王に相応しい危機回避である。

 リサが謎に軽く頭を下げると、店主はひらひらと手を振って、依頼の話をし始めた


「さて、君たちにお願いしたいのは店内の掃除だよ。見てもらえれば……というか、もう体験してもらったと思うけれど、僕の不手際で戸棚をまとめて倒してしまって、ひどい有り様でね。とはいえ僕は忙しい上非力なもので、掃除がまともに出来ないんだ」


「それでご依頼をされた、という訳ですね?」


「……正直に言うと、あまりこういった機関には依頼をしないんだけれど、今回ばかりはしょうがなくてね。もう薬剤の一つを取るために登山をしないといけないんだ」


 少年は小さく笑って依頼の詳細を語ろうとし、何かを思い出したような顔をした。


「あぁ、すまない。自己紹介を忘れていたよ。名乗らせるばかりとは失礼なことをした」


「あぁ、いえ」


「えーと、お願いします」


「僕の名前は……そうだな、アーカムと呼んでくれ。今日は1日、宜しくね」


 子供――アーカムの挨拶に我ら三人が一礼を返すと、アーカムは依頼の詳細を語り始めた。立ち話か、と我は一瞬怪訝な顔をしたが、よくよく考えれば座って話せる空間が眼前の店内に確保されている保証はない。軽くため息を吐いて、我はアーカムの話に耳を傾けた。


「基本的な作業は埃と塵の撤去。それと地面の本を本棚に戻して貰うことだよ。掃除は器具を貸し出すし、換気だのなんだのは君たちに一任する。本は上下さえ合っていれば適当に戻してくれていいよ」


 こまめな性格のリサは手元の紙に指示を書き込んでいる。エリーズはエリーズなりの集中で話を聞いているようだ。我らに説明を続けるアーカムは少し声色を低くして、ただし、と言った。


「壁や棚の薬剤や溶媒の入ったガラス瓶の中でも、赤い付箋が付いたものは割らないこと。加えて、興味本意でそれらの中身を混ぜ合わせないこと。下手をしたらこの店が君達の棺桶になるからね」


「わ、わかりました」


「ふむ」


 まあ、間違いなく我は無事だろうな。山一つ消せる火力でなければ、我に大した傷を負わせることは難しい。とはいえ現在の家主であるリサとエリーズを消し炭にしてしまっては元も子もないので、一応警戒はするとしよう。

 一通りを語り終わったらしいアーカムは、ふう、と短い息を吐いた。


「さて……僕は店の奥で作業をしているから、分からないことがあったら質問してくれ。それじゃあ、宜しく」


 期待してるよ、冒険者さん達。そう残して、アーカムは店の扉を押し開けた。途端に店内の様子が明らかになる。まとめて倒れた戸棚に、散らばった本。舞い散る埃が燦々と嘲笑うように輝いていた。


「……これは、うん」


「えへへ……ちょっと大変かもね」


「我の高級な衣服が汚れてしまうではないか……ありえぬ」


「汚れてもいい服途中で買おうかってあたし言ったからね?」


「あんな品性の欠片もない布切れを服とは言わぬぞ」


「コルベルトさんが選ぶ服、お値段の桁が二つか三つ高いからね……」


 ここへ向かう道中、エリーズが我の服について言及を始め、リサが替えの服を買おうと言い出したが、その服の質があり得ないほど低かったのだ。替えとはいえ、金色の魔王の二つ名を掲げる我が安物の白い上着を羽織るなど言語道断である。


 一応流石の我も汚れ作業にマントを羽織るほど馬鹿ではないので、泣く泣く玄関にて手放したのだが……その結果がこの状況である。どうしたものか。


「どうしたもこうしたも……自業自得でしょ。ささっと作業に取りかからないと」


「そうだね……」


「……」


 言うや否や、呆れ顔で店内に向かう二人の背中に最大限の不服を込めた顔を向け、我はその後を追った。

 ……この服が汚れ、それを洗うのに掛かる金額の方が間違いなく報酬より大きいだろう。そんな憂鬱がくるりと我の素肌にめり込んだ。


 店内に入ると、かなり薄暗い。先に入ったリサとエリーズはすぐに店の窓を開き、カーテンを開いた。これだけで大分まともになったが、とはいえ現状は一切変化していない。差し込む光芒に煌めく埃が我を汚すのが分かりやすくなっただけである。


「何からやった方がいいのかな……?」


「取り敢えず倒れた棚を戻す? じゃないと掃除がまず出来ないし……」


「……成る程」


 我は足元へ倒れ込んだ棚を見た。何の変哲もない、木材の棚である。背丈は我の肩ほどといった所のそれへ、ゆっくりと強靭な両腕を差し込み――全力で持ち上げた。


「……うむ」


「おー……」


 棚に何も入っていないのもあったが、思ったよりも軽く棚を持ち上げることができた。さすがにこのくらいの事ができる筋力はあるようだ。とはいえ間違いなく二つを同時に持ち上げることは難しそうである。

 だが、そんなことは当然尾首にも見せることはしない。我は淡々と、至極当然な顔をした。そして、我を見る二人へとため息を吐く。


「我を働かせ、それを見るだけとはいい身分であるな」


「あ、ごめん。エリーズ、一緒に起こすよ」


「うん、分かった」


 我の言葉にリサとエリーズは二人一組の仕事を始めた。我も威厳を込めた咳払いをひとつして、棚に手を伸ばす。同時に地面へ視線を向ければ不自然に埃が薄く、木材が凹んでいる場所がある。そこが棚の元あった場所であることは自明の理であるので、軽く棚を押し込んでそこへと落とし込む。

 途中、足元に転がっていた本が邪魔であったが、どうせ後で戻すものである。一応踏むことは避け、しばらく放置することにした。


「せー……のっ」


「……っしょ。」


 横目でちらりと二人を確認すると、古臭い埃に咳き込みながらもなんとか棚を戻している。口元を質素な布で覆うリサが我の視線に気づいたのか、不思議そうな顔をした。


「あんた、意外に埃とか大丈夫なのね」


「……我は強靭な肺を持っているからな。この程度の空気、汚れる以外の被害など受けぬ」


 さらり、と無言に言葉を飲み込んでそう言うと、リサは、へえ、と言葉を返した。エリーズはなんだか羨ましそうな視線で我を見てくるが……そう良いものでもない。むしろ嫌悪すべきなのだ。

 我は一つ息を吸って、次の戸棚に腕を伸ばした。吸った空気が濁っていようとも、我の呼吸が乱れることはない。


 何故ならば――慣れているからな。そんな一言を再び脳のゴミ箱へと投げ捨てて、再三、からの両手に力を込めた。

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