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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第百六十七話 雷鳴と鬼の休息

 ルードに関するあれこれに始まり、大きすぎる報奨や謎の勲章、新天地の情報からカトラスの惚気と続いた謁見は、その後つつがなく終了した。本当ならば半分の時間で終わるものだったらしいが、随分と引き伸ばされたものである。

 謁見の終了に伴い、我らの所在をどうするかについて、カトラスは叙勲式まで城に泊まっていくと楽だろう、と言ってきたが、顔を青くする家臣どもの顔とこれからのあれこれを考えて、我はやんわりとそれを断った。


 リサの事についてならば、共に呼んでも構わないが、とカトラスは何やら勘違いをしていたが、手荷物を纏めるのが面倒と言って再度断った。謁見の終わった我らは一週間後の叙勲まで暇を貰い、城から街へ出ようとした。が、その前にルードやトーヴと顔を合わせた方が良いか、と思った。今回の戦いにおける最大の功労者に対して顔を見せることなく事件を起こして国外へ、というのは、なんとも冷淡な話である。故に一応の顔合わせを、と考えてカトラスに許可を求めると、二つ返事で頷かれた。


 騎士の案内でたどり着いた医務室は城の二階、庭に面した陽当たりの良い場所にあった。目立つ白い扉を開くと、まず酒精の匂いがする。部屋の中はおおよそが白で、思った以上に広い造りだった。向かって右側に白い仕切りで分けられたベッドがあり、ベッドの左手側に窓が来るように並べられている。窓の外は以前見た庭園であり、雪を失ったそれは青々とした光景を見せていた。

 医務室の左側の壁には薬品や包帯、添え木などがある。奥行きのある正面の壁には本棚と机、椅子があって、簡素な診療所となっているらしい。


 白の目立つ医務室に入ると、後ろで扉が閉められた。気を使った騎士が閉めたのだろう。傍らのアルゴダは医務室が珍しいのかキョロキョロと内部を見回しており、我はそれを一瞥してから部屋の奥へと向かった。手前側のベッドにはルードとトーヴが居なかった。恐らくは奥から詰めて寝かされているのだろう。


 十あるベッドの後端に着くと、そこには大分印象の変わった二人が居た。一番奥のベッドに寝かせられたルードは、とにかく全身に包帯が巻かれていた。両腕と両足に添え木と共に分厚く包帯が巻かれ、首から下、水色の入院着から覗く殆どが雁字搦めとなっている。まるで雪だるまのようである。無事なのは目元だけであり、額には包帯が当てられ、首が固定されているせいか天井をただ見上げている。……見た目には全身を複雑骨折したように見えるが、こいつはこの重体でも意識を取り戻している。本当に意味不明な生命力だった。


 そんなルードに比べれば、トーヴの処置はまだ軽いものであった。入院着に身を包んだトーヴは左腕の袖を余らせ、覗く首元には右半身の傷を隠す包帯がある。見えなくなっていた左目には白い眼帯があり、今回の戦いで酷使された右腕は一際分厚く固定され、台のようなものに乗せられている。

 全身を固められているルードと違ってトーヴはベッドから体を起こしており、静かに窓から庭園を見つめていた。こちらから見える右耳や頬には綿紗ガーゼがあり、ルゥドゥールとの戦いがどれ程過酷であったかをありありと示していた。


 我がおい、と声を掛けるとルードの赤褐色の瞳がこちらに向いて、口元が軽く笑みを作る。トーヴは肩に掛かった白髪を揺らしながら首をこちらへ傾けて、白い瞳で我を見た。シワだらけの老いた顔であるが、浮かんでいる表情は穏やかである。


「久方ぶり……といっても一日程度顔を合わせなかっただけであるが……あー、調子はどうなのだ」


 顔合わせ云々と考えていたが、実際向かい合うとなんと口にしていいか分からぬ。辿々しい言葉にルードは笑って、続けて言った。


「おじさん、死にそうだ。全身痛くてたまらないよ」


「……にしては中々余裕がありそうだが」


「痛いのは慣れてるから余裕あるだけで、気を抜いたらいつ気絶するか……まあ、してもいいんだけど、なんか嫌なんだよね」


 寝る以外で意識を断つのが苦手で、とルードは笑って、やはりその有り様には余裕が見える。……が、ルード曰くそれは虚勢らしいので、一応人間らしく重体にあえいでいるようだった。

 仕切りを挟んで右隣のトーヴがちらりと己の体を見下ろした後に、掠れた声で言葉を挟んできた。


「…………全身の感覚が無い」


「……それは大丈夫なのか?」


「死にはしない。……しばらくすれば、まともになる」


「おじさんと感覚を交換してほしいよ。全身骨折と肉離れで、毎秒体が砕けてるみたいだ。魔法と薬でマシになってこれだから、頭おかしいと思う」


「痛みがあるだけまだマシな方だろう。本当に不味いと感覚は消え失せるし、変に思考が明晰になるのだ」


「分かっているけど……痛いものは痛いだろう?」


 ルードはなんとも子供のようなことを言った。が、怪我の度合いを見れば一概に子供らしいとは言えないのかもしれぬ。下手をすれば大の大人が泣き叫びかねない激痛がルードを襲っているのだ。

 そんなことを考えていると、我の隣のアルゴダが少しだけ身じろぎをした後に、トーヴへ向けて頭を下げた。


「お、俺は、御者のアルゴダっす。は、初めまして……」


「……」


 そういえば、トーヴとアルゴダは面識が一切無いのだったな。アルゴダはトーヴから寄せられた視線にそれを察して、自己紹介を行ったのだろう。それを受けたトーヴは無言であったが、首がこくりと縦に振れて、一応の挨拶らしきものを交わしたように見える。それにアルゴダは一安心をして、トーヴがちらりと我を見た。正確に言えば、我の金色の尻尾を見ていた。


 大方、アルベスタの中心も中心である城の中で魔族の象徴である尻尾を晒していて良いのか、と思っているのだろう。それについて、魔王であることは既に王室の周知だと我は言った。続けて我は、一般には我の素性が知れ渡っていないこと、この場の全員は我が魔王であることを知っているということを説明した。


 するとトーヴは少し不思議そうな顔になって、「魔王を野放しにする王か」と呟いた。そこに咎めるような色はなく、単純に奇怪に思ったのだろう。我もそれに関しては肩を竦めざるを得ない。カトラス含め、我が出会った人間は、本当に魔王というものを軽く受け止め過ぎである。ヌトやヴァストラのようにすぐさま剣を抜き、全力で殺しに掛かるのが一番まともなのだが……バジルやカトラス、バストロスを始め、魔王に友好的な人間が多すぎる。


 そんなことを考えていると、ルードがおもむろに大きくため息を吐いた。一瞬アルゴダに何か文句をつけるのかと思ったが、ルードの目元は何か感慨に似たものを感じていた。


「どうした」


「いや……おじさんが言うのもあれかと思うけどさ……本当に、良く勝てたなって思ってね」


「…………」


「何度死んだって思ったか、憶えてないよ。最後の方なんて、記憶が飛んじゃったからね」


 ルードの言葉にどうしてかトーヴが少しだけ反応して、唇をまごつかせる。戦闘の苦労に関しては……本当に、我はほとんど活躍が出来なかった。事の発端を起こしておいて、なんとも情けないことである。トーヴがちらりと我を見て、咳払いをした。


「……助かった」


「……?」


「……最後にあなた(・・・)が動かなければ、全滅していた。それ以前に、二人が手を貸してくれなければ……私は、簡単に死んでいた」


「……」


「おじさん、最後の最後で力尽きちゃったけど、そう言ってもらえると心が軽いね……トーヴさんも、コルベルト君も、勿論アルゴダ君も――この場に居る四人の内、誰かが欠けてたら、どれだけ大惨事になってたか」


 本当である。あまりにも綱渡りが過ぎた戦いであった。一歩を誤れば死に、恐ろしい数ほどあった選択を一つ以上誤っても死んでいた。苛烈な戦いを思い返すように、診療所に沈黙が満ちて、でもまあ、とルードは気安く言う。


「最後には勝てたんだから、おじさんはそれで満足だよ。借りってやつも、これで返せただろうし」


「うむ。正直、対価としては充分すぎるほどの活躍であった」


「……おじさんも、ここまでとんでもないヤマだとは思ってなかったなぁ。お釣り返してほしいよ」


「……借りっすか?」


 苦笑するルードにアルゴダが興味深そうな声を出した。我がさらっと説明をしようとしたが、その前にルードが言葉を挟んで、我と交わした契約のようなものを話し始めた。ルードはそれほど多くを喋る男ではないが、恐らくは一戦を終えた後の興奮と、じっと病室にはりつけにされていることによる鬱憤が口を回しているのだろう。

 ちらりと見ればトーヴも仕切りごしにルードの話を聞いており、面白そうに口元を緩めている。


 トーヴも、最初に対面した頃は鬼を思わせる冷血さと無表情であったが、現在は憑き物が落ちたように朗らかである。十中八九ルゥドゥールを討ったことによる変化だろうが、それだけでは説明がつかないものがそこにあるように我は感じた。とはいえ、それが何かは分からない。

 何が出てくるか分からぬ藪をつつくつもりもないので、我は一頻りルードの説明を聞きつつ、謎に誇張された我の行動を修正するために小言を挟んだ。


 加えて、王からのあれこれを話した方がいいのでは、と言ってきたアルゴダの言葉に従って、告げられていた報奨や勲章について二人へ説明をした。トーヴは何かを考え込み、ルードは我の説明に苦笑していた。


「……報奨、か」


「ははは……おじさん、結構母国で色々やっちゃったから……大丈夫かな?」


「そこらに関して考えぬ王ではないだろう。大方うまく事を運ぶに違いない」


「ち、ちなみに俺は……馬車を改良してもらうことをお願いしたっす」


「おぉ……まあ、確かに傷が多い馬車だったからね。動きに問題は無さそうだったけれど、色々と直すのも良いと思うよ」


「後々、どんな形に改良してほしいかお願いできるらしいっす。……一応、お客さんとの長旅に備えて一回り馬車を大きくしてもらいたいっすね。ラーズとズーラなら結構余裕なはずっすから。……あぁ、後、車輪回りも色々と変えてみたいっすね。なんか東の方ですぷりんぐ? っていうのが出来たらしいっすから、それで揺れを減らせたらなぁ、とか。あとは流線型を意識した形に屋台骨を削ってもらえたらとか、その分お客さん達が寒くないように色々加工してもらったりも頼みたいっすね」


 カトラスの前では緊張でおかしくなっていたアルゴダであるが、指を立てながら馬車についての話をする様には迷いがなく、そして遠慮無しに貪欲であった。その在り方は御者として実に正しいものであり……そんなアルゴダに、ルードとトーヴは目を丸くしていた。アルゴダの言動を意外に思った、という訳ではなさそうである。


「あー……やっぱり、この国には長居しないのか」


「……」


「えっと……一応、次の目的地はクリフィンってことになってるっす……よね? お客さん」


「うむ。そうだが……どうした。それほど意外ではないだろう」


 我は力を求め、東奔西走している。このアルベスタに来たのも、力を求めてのことである。それを知らないトーヴはまだしも、ルードが意外に思うのは謎だった。もしかすれば、クリフィンの方に比重を置いた『やっぱり』なのかもしれぬが……。

 トーヴに関しても、驚きと同時に何かを考え込むような仕草を見せている。トーヴはルードと違って、我と共に戦うことは協力せねば勝てない、という理由以外が無かったはずである。


 我に対する貸し借りもしがらみもなく、トーヴの性格ならばあっさりと無言を通すものかと思っていたのだが、違うようだった。考え込むトーヴの姿はルードから見えておらず、ルードの様子もトーヴには見えていない。しかし二人は若干似通った雰囲気で唸るなり考えるなりをしており、我と共にそれを見ていたアルゴダは不思議そうに我を見た。そんな顔で見られても、我も謎なのだ。


 考えるトーヴがちらりと我を見て、そして掠れた声でこう聞いてきた。


「……あなたはどうして、クリフィンへ向かうのだ」


 どうして、と問われれば、それに答えるように魔王のあれこれを話さねばならない。力を奪われたことは話したが、欠片については話していなかったはずである。少し込み入った話であるが、今は特別時間に追われているという訳ではない。

 加えて、欠片についての説明や魔王についての説明を、我は幾度となくしてきた。ある程度は纏まった説明が出来るはずである。

 我は簡潔に理由を説明する為に、小さく空気を吸い込んだ。

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