表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
12/260

第十二話 懐かしさに酔う

誤字脱字等がございましたら、ご指摘のほどをよろしくお願いします。

 花の匂いをかき分けて、二階からリサが戻ってきた。その表情に陰りは一つも見えず、さも自然な顔であった。が、明晰な洞察力を持つ我からすれば作った表情などバレバレである。そこへ敢えて突っ込むことはしないが、ほんの少し……ちんまりとした好奇心が心の隅に残った。


 リサが戻るとエリーズはいつもの笑顔になり、何事も無かったように教科書のページを指し示した。勉強の再開である。日の入りまでまだ幾ばくか時間がある。それを横目で確認し、我はもう一度勉学への集中を高めた。


 我の隣のエリーズから出された問題をなんとか解き、それに対して暇を持て余したリサがテーブルの対角線から小さな笑いと共に助言を投げてくる。悔しいがその助言は中々分かりやすく、知識の深さの差を堂々と見せつけられた気分になった。


「『選ばれた三十六人の』……うーむ」


「最終候補者だよ」


「候補者に最終が掛かってるのがこの記号で判るから、その一つ前の三十六人は一旦切り離す。次は下の単語の『最終』は形容詞的用法の単語ってことがこの部分で判るから、それを確認して上の単語と接続詞無しで組み合わせるの」


「……ぬぅ」


「何で微妙に悔しそうなんだか……」


 一瞬成る程と答えそうになるほど適切な説明である。だが我の中の何かがそれをなぜか頑固に認めようとしない。恐らく、この女に対して料理や経験、更には知識や教育力すら劣っているという事実を認めたく無いのであろう。

 我ながらどうにも子供らしいと嘲笑したくなるが、やはり認めたくはない。


 そんな微妙な劣等感。そしてそれに反抗する精神を両端に抱えながら、時間は刻々と過ぎていった。



 ――――――――――



 時刻は夕方。勉強を切り上げて、我々は依頼主である店主の経営する『魔術のアロエ』へと向かっている。依頼の時間の関係上、早めの夕飯を食った我は中々に機嫌が良かった。


 リサは黙々と弓の弦や弓矢の羽を確かめており、エリーズは相変わらずのほほんとしている。我は当然のごとく威風堂々、凛と大地を踏みしめていた。


 そんな我に対して、恐らく武器の最終点検が済んだらしいリサが半目で口を開いてきた。


「何、その歩き方」


「何とは失礼な。これは我の魅力を周囲に知らしめる『王の行進』である」


「普通に歩いてた方が間違いなくマシだと思うんだけど。胸を張りすぎて背骨折れそう」


「……お前、もう少し我に対して敬意を払えないのか? 話をしていてこめかみが破裂しそうである」


「こめかみが破裂しないうちに普通に歩いた方が良いんじゃない?」


 二の句を接ぎたかったが、呆れてため息が先に出てしまった。完全に舐められている。どうにか挽回せねば、我はこの女に弱々しく学のない非常識な記憶喪失者という査定をされてしまう。それだけは許せん。魔王を継いだ我が、他人から甘く見られる事など許されないのだ。


 ともかくリサからの精神衛生によろしくない小言を避けるため、王の行進は封印することにした。若干気落ちしながら夕日の街道を歩いていると、またもやリサから声が飛んできた。


「金髪」


「なんだ」


「二度目だけど……あんた、どのくらい強いの? エリーズを守った時と腕立て伏せが出来ない時との差が激しすぎるの」


「腕立て伏せ……?」


「記憶からその単語を消すことを推奨する。……まあ、お前達二人にならば話しても良かろう」


「はいはい」


「おー……」


 何だと身構えてみれば……我の実力についてか。語るに黙すというか、分かりきったことであるな。……だが、何度も言った通り全員に一度説明はしたのだ……まあよい。

 我はにやりと鋭敏な笑みを浮かべて黒服の袖を捲った。


「二度目であるが、語ってやろう。我には神をも凌駕する実力がある。その鱗は刃を通さず、腕を振るえば山河が築かれる。魔法を使えば星すらも消せるのだ。……しかし、今のところ鱗以外の全てを神々に奪われてしまった。その鱗が……これだ」


「……え?」


「えぇ!? 凄い!」


「金色の……鱗?」


 ふふふ、見惚れているようだな。捲った我の腕の皮膚……その内側――本来ならば筋肉が内在する場所に、薄く金色の鱗が透けている。普段は見せぬが、その気になればこうして皮膚の下に浮き上がらせることが出来るのだ。


 くすみのない金色は折り重なり、寄り合い、整然と並んでまさに黄金のようである。この一鱗一鱗が神話級の硬度を秘めており、神々も攻めあぐねる至高の盾なのだ。


 女二人は呆然と、或いは恍惚と我の鱗を見つめ、言葉を失っている。うむ、良い気分である。その調子で我を崇めろ。鱗を不可視に戻した後、暫くの間を持ってリサが一言呟くように言った。


「あんた、本当に魔物だったんだ」


「おい、お前……第一に、我は魔物ではない。魔族を束ねる魔の王である。第二に……何故、今まで信じていなかったのだ」


「だって……あまりにも一般人過ぎたから。……あ、頭以外ね」


「ぶちのめすぞ」


「あ、もうすぐ着くよー」


 渾身のローキックをリサの足元へお見舞いしてやろうかと考えた手前、いつもながらマイペースなエリーズが笑顔で目的地らしき酒場を指差した。

 それを見ると、この程度で憤慨しているのがどうにもバカらしくなり、我はため息と共に押し黙った。


 流石のリサも少し言い過ぎたというか、気まずいという気分になったらしく頭を掻いて口を閉ざした。


 エリーズに連れられてたどり着いた酒場は白い石膏の壁に上品な黄緑色の魔力灯が掛けられており、両開きの扉、店から漂う清潔感と、見るからに品の良さそうな店構えであった。

 こういった店の良し悪しを我はこれっぽっちも判断できないが、両隣の女の呆然としたような緊迫顔で、ある程度予想がつく。


「うっわぁ……」


「や、ヤバイね……なんだか不安になってきたよ」


「こんな大きなところで依頼失敗なんてしたら……間違いなく首が飛ぶわね」


「私たちの首って意外に安いもんね……身だしなみ整えないと……」


「ふむ……」


 我としては冒険者組合のあの荒んだ雰囲気や煤けた臭いが不快というか苦手であったので、この店は好印象である。小綺麗で明るい。店の奥からは何やら嗅いだことのない爽やかな香りが漂ってきている。

 いかにも上品に酒を楽しむに相応しい様だ。まあ、我は城のテラスから月を眺め、一人で飲むワインが至高だと思っているが……ここも悪くないだろう。


 緊張でガタガタと震えだした二人に先導されながら、店の中に入った。同時に視界がぱっと華やかになり、店内から視線が飛んできた。組合の二倍……いや、三倍はある店内には綺麗な布を纏った人間が大量におり、人気店であることが伺える。カウンターの……バーテンダーだったか。その背後に控えている瓶一つですら気品が宿っている。


 綺麗な床、高い天井。加えて上品な人集(ひとだか)りがあれば、当然のごとく場違いに女二人が酒場で浮く。我も視線を集めているが、それはどうやら別の類いの物のようだ。ふむふむ、女どもからの視線が熱い。慣れてはいるが、懐かしいものだ。


 入り口から少し離れた所で待っていると、店の奥から小太りの男が駆け足で寄ってきた。同時にリサとエリーズを見て苦い顔をしている。


「冒険者の方々ですか……? 三人組と伺っていたのですが……取り敢えず、お客様の邪魔になっているようですので、一旦横へ――」


「えっ? あ、えーっとですね……」


「お客様っ? ……あれ、居ない」


「……成る程、我か」


 くくく……表情筋の興奮を抑えられぬな。いい気分である。やはり、ある程度人を見る目がある人間は違うな。この我を上等な客だと思っているらしい。リサとエリーズを、そんな我の進路を塞ぐ非常識な冒険者だと思っているようだ。これは傑作といって過言ではないだろう。


 やれやれ、と軽くため息を吐いて、我はいつも通り王としての気品を背負って男に口を開く。


「男よ、我を客と見なすのも無理はない。それどころか至極当然だ。がしかし、この場合においてその判断は間違っていると言っておこう」


「……と、おっしゃいますと……えぇ!? お客様ではなくて冒険者の方でしょうか!?」


「肯定しよう」


 酒場のどよめきが心地よい。うむうむ……最近不足していた魔王的欲求が満たされていくのを感じるぞ。リサが何か言いたそうにしているが、さすがにこの会話に口は出せまい。大体予測すると、敬語を使えとかその辺りであろうが、この我が敬語なぞを使うと思うか? あり得ぬ。むしろ我にへりくだれと言いたい。


 上機嫌のまま男に依頼の話をする。


「して、お前。何者だ」


「あぁ、これは失礼致しました。私、この酒場の店主のモルドバと申します」


「ほう、お前が依頼主か。依頼の内容は聞いている。今夜は我にこの場を預けよ。何、後悔はさせぬ」


 一応後が不安になってきたので、なるべく我なりの丁寧な口調で話し掛けたのだが……うむ、駄目だったようだな。エリーズ共々リサが絶望的な表情をしている。

 が、やはり店主は物分かりが良く、毛の薄い頭に片手を乗せながら丁寧な笑みを浮かべた。


「ああ、貴方のような人がここを守ってくださるならば、私達も安心して仕事が出来ます。今夜はよろしくお願いいたします」


「うむ」


 ちょこりと店主が頭を下げたのを見て、リサとエリーズは慌てて頭を下げた。初対面でのこの対応……我からすればこれが普通なのだ。我を――金色の魔王を少しでも知っていれば、人間魔物問わず地面へ頭を擦り付けるのが当たり前……なんといっても天上の神を幾柱も殺しているのだ。生物としての格が違う。


 リサとエリーズが何やら周りに迷惑にならぬ小声で店主と会話を幾つか交わし、店主は納得したような表情で頷いた。同時に我をちらりと見て満足げな表情をし、笑顔でまた店の奥へと戻っていった。


 店主の後ろ姿が消えるのを見届けた二人は深くため息を吐いて、やはり小声で我に文句を言ってきた。その顔は青く、怒りよりも疲れが全面に出ていた。


「ちょっとあんた……流石に勘弁してよ。……一瞬本気で首が飛んだと思ったわ」


「私も冷や冷やしたよー……」


「冒険者は、そんな簡単なことで首が飛ぶのか」


 試しにそんな疑問を投げ掛けてみると、強く頷かれた。なんでも冒険者の立場は驚くほど低く、信用も同様に低いらしい。チンピラや破落戸に対して、同じく崩れたような連中をぶつける……そんな程度の存在だと言う。

 依頼主から苦情が飛べばすぐに減給。場合によっては逆に罰金を取られ、最悪除名……これらが『態度が悪い』の一言を依頼主から飛ばされるだけでもあり得るらしいのだ。


 とはいえ、あの店主の態度をみれば我がとった選択を間違いと言える人間は少ないだろう。


「初対面の相手には強く出るのが常套だ。こちらが元より下手というならば別であるが、相手は我を上客だと勘違いしていた。ならばそこにつけ込まぬのは損というよりも、最早愚行と言えるだろう」


「……納得は出来るんだけど、納得したくない……」


「うぅ……確かに、出来ることならそうするのが正解かも……」


 どうしてこやつらはこんなにも小心者なのか、と疑問を持ったが……ああ、そうか。我が特別なだけで、庶民にこの手法は到底扱えまい。先程の首の軽さを持ち出せば、二人が恐怖を掻き立てられたのは想像に難しくないな。

 まあ、我にそれを改める気概は一切ないが。


 堂々たる我の様子にその片鱗を感じ取ったのか、女二人は深くため息を吐いて、依頼へと話を戻した。ぽつりぽつりと告げられる会話の内容を整理すると……ふむ。


「お前達二人は後方待機。我が扉付近で待機。実力行使が必要になればリサが影から矢を放つ……と」


「あたし達があんたの隣に立ってたら……相手が強気になるし、何より足手纏いだから」


「……うん。私も、ちょこっとだけ魔法で援護するよ。だから、頑張って」


「無論だ。我に失敗はあり得ない」


 正直、こうやって足手纏いにしかならないから嫌だったんだけど、とリサは呟いた。確かに、今夜二人が出来ることと言えば突っ立って我を見守ることだ。援護をするとは言われても、砂ゴブリン程度に負ける実力では期待は出来ぬ。

 実質、我の独壇場ということだ。それじゃあ、と二人は酒場の隅へと歩いていく。


 辛気臭い雰囲気を漂わせている二人に、少しだけ考えて声をかけた。


「おい」


「何?」


「我を誰と心得る。……足手纏いの一人や二人、抱えて丁度良い男だ」


 二人は少しだけ驚いた表情を我に見せて、何故だか軽く笑った。そして、それだけを残してもう一度奥へと歩きだす。溢した笑みの理由は知らぬが、今見えている背中が、なかなかどうして面白そうなので、取り敢えず良しとする。


 さて、そろそろ日が沈む。夜が来る。狼が鳴き出す時刻だ。初めての仕事……緊張はしていないが、一抹の不安だけは残っている。情けないそれを落ち葉を踏むようにして砕き、我は酒場の壁に背中を預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ