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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第百話 金と灰と黒

 契約が結ばれてから数十分後、我らはバジルの馬車にてアルベスタを移動し、とある店の前にたどり着いていた。そこに辿り着くまでにバジルとの騒がしい会話があり、信じられないことに乗り物酔いを食らってしまった我はそれを隠しながら涼しい顔で返答をしていた。


 たった数十分であるが、馬車というのはそこそこ揺れる。バジルの馬車は改良を重ねて揺れが少ないようだが、我は馬車を経験したことがない。付け加えて凄まじい厚着をしていた。故に……ああ、気分が悪くなるのだ。だが、それを顔や口に出すことは憚られた。それではあまりにも情けない。魔王としての体裁が丸潰れなのだ。


 そうして無事に気が付かれることなく馬車を降りた我は達成感に満ちていたが、そこで放たれたバジルの「あんた、意外に可愛い男やな」という言葉が刺さり、一瞬にして喜色は雪辱へと変わった。呆れ顔で我を見るリサを視界へ入れないために、我は目の前の店を見上げる。


 全体的に黒っぽく、さして広くもない平屋に掛けられた看板は『魔道具専門店 ミント』。それを見て、我は己の痴愚を呪った。ああそうか……バジルの笠下にある店は、店名が香草の一種になっているのか。いくら寒さで頭が弱っていたとて、あまりにも鈍感である。

 我は二重の意味で頭を抱えそうになりながら、バジルを見た。


「さて、アイツはちゃんと起きとるかな。……寝とっても起こすけど」


 服屋での話の後、バジルはまず我らに『何が欲しいんや?』と聞いてきた。さながら伝承の願いを叶える精霊のような言葉であるが、それに我は、寒いから何か服を頼む、と返した。するとバジルは幾らか考えて、それならば、とここへ案内したのである。


 店名からして服屋ではないが、バジル曰く白狼を狩るのならば服を着込むのは愚策だと説明された。確かに今の我が保温性の高い服を着込んだ所で、機動性が落ちるだけである。その上、ルゥドゥールの住む『音無(おとなし)の雪渓』は雪原など比べ物にならないほどの吹雪があるらしい。そこについては視界の共有で知っていたが、そこへ向かうのならば幾ら着込んでも凍るのは変わらぬと言われた。

 そういう経緯いきさつで、我らは魔道具を求めに来た。優秀な魔法使いの魔道具ならば、根本的な解決の一助になるだろう。


 バジルがふっと白い息を吐いて、店の扉を叩く。


「テラ、起きとるかー?」


 かなり強めのノックであったが、店内からは一切物音がしていない。屋根についた煙突から煙は出ていないが……我らが泊まっている宿のように、室内を暖める魔法があるとも限らない。

 バジルはすこし待った後、ため息と共に腰元にある鞄から何かを取り出した。見ればそれは銀色の鈴であり、バジルはそれを二回左右に振った。リン、リン、と軽い音が鳴って周りの視線が我らに集まり――店の奥でガタリと音がした。


「……眠気を醒ます魔道具か?」


「それがまぁ、違うんや。単純にこの店の扉に付いてる鈴とおんなじ鈴鳴らして、客が来たって起こしとるだけや」


 これの方がドア殴るよりよっぽどマシやからな、とバジルは苦笑いを浮かべる。ドタドタと煩い店の物音はこちらに近づいて、やがて扉の前で止まった。板一枚を挟んで小さな咳払いが聞こえると、鍵が内側から開けられて、ギィ、と扉が開く。バジルが鳴らしたのと同じ鈴がもう一度鳴った。

 その僅かばかりの隙間から、黒い瞳が覗く。


「相変わらずの寝起きやな、テラ」


「す、すみません、オーガスタ様。いや、本当に悪気があった訳では無くてですね――」


「知っとるわ。もう何回目か分からん話聞きに来た訳やないで」


「あ、はい……えーと……」


 魔道具専門店、ミントの店主――テラの声は……なんというか、中性的であった。高いが、高すぎない。強張りもざらつきもない。敢えて説明するのならば、声変わりをする前の男児のような声である。

 テラはバジルの言葉に緊張した様子を見せ、我らを一瞥した後にゆっくりと扉を開いた。


 開いた扉の奥は当然真っ暗であり、入り口には一人の少……あー、どちらだ? 我は声で判断できぬテラの姿を見て、更に判断を難しくした。テラの格好は、はっきり言って寝巻きである。白と水色の縞模様のだぼっとした服装で我らを迎えていた。

 その時点で中々強烈な第一印象だが、それを上回るものがあった。テラの容姿である。テラの髪は寝癖であちこちに跳ねており……説明が難しいが、金色と灰色と黒の三色で構成されていた。ロッシュのように白髪が混じって、といった感じではなく、縞模様に染めたような髪色なのだ。頭頂部が斜めに金色で、それから一気に灰色へ色を移し、最後には地毛らしき黒色がある。


 眉や瞳の色は平均的な黒だが、眉は眠気のせいか八の字に曲がっている。そういった頼り無さげなテラであるが……この我をして、性別が分からぬ。本当に中性と言いたくなる見た目をしているのだ。気弱そうな顔は男子に近いような気がするが、体は華奢で背も低く、服のせいで分かりづらいが体に丸みがあるように見える。

 声も相まって、本格的にどちらか分からぬ存在であった。


 あまりにもちぐはぐなその容姿にリサも目を見開いており、テラは我らの視線に、あはは、と小さな苦笑いを浮かべた。バジルは慣れているようで特に驚く素振りを見せず、さて、と口を開いた。


「紹介するで。こいつはテラ・テオール。魔道具が好きすぎて研究しまくってたらこんな見た目になってもうた上、魔道具一本で名誉爵位ぶんどった超天才や。ちなみに性別は男って言ってるで」


「言ってるんじゃなくてそうなんですけど……。あ、テラ・テオールです。よろしくお願いします」


「……ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトだ」


「リサです。ただのリサなので……はい」


 男なのか……言われてみれば、と思わなくもないが、納得よりも困惑の方が大きい。それに加えてどうにも聞き逃せない話題が大盤振る舞いであった気がする。魔道具でこの見た目に、というのは……そのままだろうか。たかが平民が魔道具だけで爵位を得るというのは分かりやすく才能を示しているが、その前が強力すぎてどうでも良くなっている。


 テラは我の名前に一瞬驚いてバジルを見たが、バジルの堂々とした佇まいを見て言葉を飲み込み、慎重に口を開いた。


「あ……立ち話もあれなので、どうぞ中に……。といっても汚い店ですが……」


「清掃屋呼んだら楽に片付くんやろうけど……コイツの場合、転がっとる魔道具と設計図だけでかなり価値あるからな。下手に掃除出来んのよ」


 ちらりと見た店の奥は何かが乱雑に積まれており、アーカムの店を彷彿とさせた。が、めちゃくちゃな度合いはこちらの方が上である。よく分からんが物が多すぎる。平屋一杯に、大量の何かが積んであるのだ。

 テラは「灯り、灯り……」と手をふらふらさせながら店の奥へ消えていき、バジルがその後を追った。残された我らであるが、当然二人の後を追う他ない。


 尻込みするリサを置いて暗がりに入ると、やはりめちゃくちゃな有り様である。しかし埃っぽさはあまりなく、空気自体は淀んでいなかった。暗がりにいくつかの足音が聞こえる中、唐突にパチリと光が満ちた。遅れてテラが「おー」と何やら感心した声をあげる。……自分でも明かりがつけられたことに驚きらしい。


 我の後をちょこちょこと追従していたリサが後ろ手にドアを閉めて、部屋の内容に呆然とする。正直な所、我も中々に驚いている。こんなところに人間が住めるのか。付け加えて眠れるのか、といった様相である。まず、床には棒だの剣の鞘だの、もしくは角の丸くなった紙が散らばっており、部屋の四隅へ行くにつれてその密度を増やし……角に至っては、天井に着くほどに道具が積まれていた。四つある角すべてが、道具の塔になっているのだ。この店は決して狭くは無い。平屋だが平均的な大きさはあった。が、流石にここまで物を詰め込まれると、部屋自体が縮小してしまったような閉塞感がある。

 そんな異様な光景の中、部屋の中央には鉄の作業台が一つあって、隣に粗末なベッドがある……だけだ。本当にそれ以外の家具は一切無い。照明のための魔力灯や、窓の一つも無い始末である。


「……倉庫だと言われた方が、まだ何倍も説得力があるな」


「す、すみません……片付けられないんです……」  


「うひゃあ……また増えたなぁ」


「ご飯とかどうしてるんですか……?」


 リサの呟きに、テラは曖昧な顔をした。何やら秘密があるらしい。それに関してバジルが何かを話すのかと思ったが、バジルは魔道具の群れに向き合っており、説明をするつもりは無いようである。


「……ボク、ちょっと……あ、いえ。かなり変なんです。ボク、魔道具が好きで、色々研究しながら新しい魔道具を作ってるんですけど……ボク、独学で魔道具を作ってきたので、変なものばっかり出来ちゃって……普通はネズミとかで試験をするんですけど、可哀想だから自分で使ってみたりして……」


「……」


 我は呆れていた。リサもそうである。何故自分の体で人体実験を行ってしまうのだ。魔道具はきちんとした知識と魔力がなければ不安定である。素人が適当に刻んだ文字で大災害が、とはならぬが、本人の力量に応じて予想の付かない魔法が発動しうる。

 下手をすれば自爆になりかねないのだ。


「今はもう変なものはあんまり出来ないですけど……それまでに色々あってですね。例えば、急に眠気が来るようになったりとか、水の中でも呼吸が出来るようになったり、4日に一晩右足が鶏の足になったり、ご飯の代わりに鉄を食べて過ごせるようになったり……この髪も、体も、全部魔道具の影響です」


「ほんっと、聞く度に驚くわ。普通は適当に文字刻むなんて命知らずのやることや。命がいくつあっても足りないやろ」


 魔道具というのは、魔法使いが道具に魔力を込めて文字を刻み、生み出す物である。どの程度の事が出来るかは込めた魔力と魔法使いの腕次第であり、何が起こるかは刻んだ文字次第である。

 そして癖が強いことに、この『文字』というのは、普通の文字で無くとも良い。さらに言えば文字でさえ無くとも良い。


 何でもいいのだ。直線を刻もうと、星形を刻もうと、それに魔力が込められていれば、その並びで魔法が発動する。『文字』というのは言語ではなく、一つの記号の事なのだ。

 恐ろしいのは、その『文字』の枠組みが広すぎるが故に、何が起こるかの特定が難しい、ということである。どんな記号も文字という状況の中、数百年を掛けて魔法使い達は文字の性質を発見し続けてきた。  


 丸印を刻むと熱を発する。丸に縦線を入れると燃える。丸に横線を入れると熱が道具から空気に発される。丸印に縦と横の線を入れると、炎を直線に発射する。発される熱の量は刻んだ魔法使いの技量次第……と、こんな具合である。


 そういった歴史と努力によって産み出された記号を魔法使いは文字と呼び、本に纏めて暗記をして、ようやく魔道具が安定して製作されるのだ。

 テラがやっているのは、文字の探求である。何が起きるかさっぱり分からない文字を適当に刻んで効果を確かめる……完全に博打だが、テラはその博打に勝ったようである。


 無論無傷では無いが、五体満足……いや、定期的に足が鶏になるのならば五体満足では無いのか? まあとにかく、無茶を通り抜けて生き延びているのである。

 新たな文字を大量に見つけたのならば、確かに名誉爵位を授けられてもおかしくはあるまい。


 納得する我に、バジルが言葉を畳み掛けた。


「室内暖房とかも、テラの作った魔道具やったりするし……コイツは凄い男なんや。見た目は残念やけど」


「め、名誉の負傷です……」


「あれはやはり魔道具であったか……」


「あー……それじゃあ、さっきから言葉がたどたどしいのも……」


「……それはボクの問題です」


 リサが納得したように声を上げて、テラが悲しそうな顔で否定した。リサは非常に申し訳なさそうな顔となり、テラは若干引きずるような顔になっている。

 すこしばかり暗くなった雰囲気を霧散させるように、バジルが大きく咳払いをした。


「……さて、説明は済んだ訳や。本題に入るで」


「うむ」


「分かりました」


 そうである。あまりの衝撃に忘れかけていたが、我がここに来た目的は、寒さの克服である。どうにかして、あの凄まじい吹雪の中で戦えるだけの手段を得なければならない。

 その突破口は、どうやらテラが開くらしい。人間としてはあまりにも人格と体質に問題があるテラだが、技術は確かな筈である。


 バジルは今回テラを訪ねた理由をさらりと語り、テラはそれを受け入れた。……そう言えば、この二人の関係性は一体どういったものなのだ? 我は疑問に思い、するりとそれを口に出した。我の質問を受けた二人は顔を見合わせると、珍しく悩むように唸った。テラは知らぬが、口と頭が切れるバジルが言い淀むのは珍しい。


「……えぇと……書類上、ボクはオーガスタ商会に付随する店舗の店長なので……会長と部下、なんですかね?」


「まあ、そんなもんでええんやないか? ……正直これに関してはなっから説明しとったら時間の無駄やわ」


 バッサリそう言い放ったバジルの言葉にテラが心なしか悲しそうな顔をする。どうやらこの二人の間には並々ならぬものがあるようだが、確かにこの場においては全くもって関係がない。

 我はちらりと隣に立つリサを見た。先程から口を閉ざしているリサは部屋に積まれた魔道具の山を眺めており、焦げ茶色の瞳には興味がありありと浮かんでいる。


 リサのような一般人は魔道具に触れる機会がほとんど無いからであろう。珍しいその様子に若干驚きながら、我は三色頭のテラに向き直った。

 魔道具に刻まれる文字は当然、長くて複雑であればあるほど強力になっていきます。刻むのに使う魔力はそれほど多くないので、ふざけて七文字八文字と適当に刻む馬鹿が居たりしますが、そういった場合は効果が発動しません。

 正確には発動していますが、魔法使いの技量が低すぎる、もしくはあまりにも非効率的な文字の組み合わせでロクな効果が出ないのです。


 『異なる世界への扉を開く』とか『七日間で世界を火の海にする』とかの文字を偶然に引き当てた魔法使いは居ましたが、技量が低すぎた(足りなかった)結果、『本当に一瞬だけ原子一個分の扉が開く』だとか『道具がほんのり暖かい』位の効果しか出ません

 こう聞くと、高位の魔法使いが一文字で道具を作れば……と考えたくなりますが、前述の通り魔道具は文字が複雑で長ければ効果が高まります。短くて単純なものだと、そもそも発動する現象自体がショボすぎるので、そこに幾ら技量が加わっても焼け石に水です。


それをどうにかするのが文字列の組み合わせ方なのですが、魔道具界隈では『それ、魔法で良くね?』と常々圧力が掛けられているので中々研究が進みません。


 ……このような設定により、ヴァチェスタの居た未来では十年という時間で文字の研究が進み、本編ではあり得ない強力過ぎる魔道具が大量に現れていたのです。……結局八割から九割はヴァチェスタが破壊してしまいましたが。

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