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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第九十九話 商人と勝負師と賭博師と

 我に向き合ったバジルは、さてさてー? と笑みを深めた。その仕草には若干の不機嫌が滲んでいる。何だか今朝に見たリサの顔に似ており、我は既視感を覚えた。


「まず、一つ聞かせてもらってええか?」


「うむ」


「あんた……本当に魔王なんか?」


……一瞬第三王女の言葉がちらついたが、我は落ち着いて口を開いた。


「……我は、間違いなく魔王である。訳あって力は無いが、それだけは真実だ」


 我の言葉を聞いたバジルは「うぎゃあ」とわざとらしい声を吐いて、椅子の背もたれに仰け反った。上を向く顔には苦笑のような、納得のような色がある。バジルは天井を仰いだままからりと笑って、ため息を吐いた。


「やってもうたなぁ……初恋が魔王って、そこらへんの夢小説でも鼻で笑われるわ」


 初恋という単語に二人の店員が固まるが、それを気にせずバジルは続けた。


「……まあ、色々隠しとるなぁとは思っとったけど……それは流石に予想外っちゅうやつや」


「それについては……すまぬ。だが、言うわけにもいかないだろう?」


「まあなぁ。ずっと体隠しとるから……まぁ、奴隷だったり獣人やったり、魔法で見た目ちょろまかした妖精辺りかと思ってたんやけど」


 バジルは姿勢を戻して我を見た。そしてなんとも言えない顔で我を見ると、「まさに魔性の美ってことやな」と言った。うまいことを言ったつもりか、と我はため息を吐いたが、バジルはさして反応を見せずに話題を変えた。


「まあ、それは分かったけど……あんた、城に連れてかれて、どうなったん? 拷問とかはあの王様やからやらんと思うんやけど……」


 興味津々に聞いてくるバジルに、我は城での経緯いきさつを話した。おおよその反応はリサと変わらないが、王と一対一で話した、という点にバジルはキラリと目を光らせた。流石に白狼云々に関してはぼかしたのだが、恐らく商人という仕事柄での着眼であろう。


 ふふん、と好奇心の透けた笑みを溢しながらバジルは口を開いた。


「大方どうなったかは分かったんやけど……気になるなぁ」


 バジルは敢えて曖昧な事を言った。我には……一応、リサにもそれが何を示しているのかは分かっているだろう。バジルは単純に確かめたのである。その話題に触れていいものか、我らに話す気があるのか、と。

 我はそれを意識しながら、どうしたものかと思った。別に話すこと自体はやぶさかではないが……そもそも、バジルは我に騙されていた身である。そこで幾らか話があると思えば、一切の反応がない。ああ、やっぱり、と納得と諦めが掻き混ざった一笑をしただけである。


 その辺りについては、流石に触れなくてはなるまい。我は少しだけ椅子に深く座り直した。


「……一つ、確認するべきことがある」  


「ん?」


「我は……魔王だぞ? 正真正銘の魔族であり、人類の天敵である」


 言葉と共に、我はするりと尻尾をローブの外へ出した。寒さに縮こまり、筋肉が固くはなっていたが、数週間に及ぶ鍛練によって、その操作性は格段に向上していた。我の腰元から出た金色の尻尾をリサは凝視し、店員は二人して腰を抜かし、バジルは大きな瞳を開いて唖然とした顔をした。が、すぐにその驚きは消え失せてしまう。


「うぉ……初めて魔族の尻尾見たわ。まあ、見たら死んでまうから当たり前やけど」


「……種族によって、尻尾は異なる。角の形に至っては同種族でも個性が出るものだ」


「成る程なぁ……」


 バジルは感心するように言って、その瞳を我に向けた。我の言葉は多少足りない部分があるが、バジルの洞察力は凄まじい。簡単に言葉の空白を埋めることがてきるだろう。その上で、どんな答えが来るものか。我は静かにバジルと目を合わせた。


「……ここで嘘つく意味とか死ぬほど無いから、ざっくり言うわ。うちは、あんたが魔族……魔王って知って、正直『はぁ?』って思ったわ」


「……」


「結構話したつもりでも全然深いところまでは口開いてくれんし、うちとの距離も一歩遠いし……やのに、そこのお仲間さんとは打ち解けてるみたいやし、秘密は聞いたら聞いたでアホらしいし……」


 数を数えるように指を折りながらバジルは言った。リサが少し驚いた反応を見せて、バジルが恨めしそうにそれを笑った。軽々しくも確かな苦笑である。その笑みで、バジルは続けた。


「アホな話が本当なら、さっさと手ぇ引くべきやな、とか思ったり……ムカついたり、イライラもしたわ。それやのに支店は馬鹿やらかしとるし、忙しいしムカつくし」


「……」


「――でもなぁ……うちも、焼きが回ったんかな。どうしてか分からんけど、あんたのこと……簡単に嫌いになれんかったんよ。変なもんよなぁ……ズルいっちゅうか、しぶといっちゅうか。まあ、どっちにしたって関係無いわ」


 惚れた弱みってやつやなぁ、とバジルは笑い、続けて瞳に真剣な色を宿した。笑いながら真剣に、軽々として宣言をするように、バジルは二律背反な言葉を紡いだ。


「うち――まだ、あんたのこと好きみたいやわ。馬鹿みたいな話よな。カッコいい顔と買えないあんたに一目惚れしてもうて、一ヶ月も無いくらい話しただけっちゅうのに……本当にどうしょうもないわ」


「……重ねて言うが、我は魔王――」  


「――知っとるで。ちゃんと頭では理解できてるんや。けど……それでもうちは、あんたを諦めきれんわ。女々しいって思うんやったら笑ってくれてもええ。うちも笑いたいくらいやからな」


 我はあまりにも直線的なその言葉に対して何ら防御をしていなかった。降り注ぐ弓矢に呆然とするように、急に降り注いだ一撃が我を強かに捉えたのだ。我は思わず言葉を飲んで、からりと笑うバジルを見た。

 その軽薄な態度から放たれた言葉はいくつかの要因を伴って、分厚く動かせない言葉になっていた。


 バジルは固まる我から目を反らして、リサを見た。バジルの目を正面から見たリサがすこしばかり仰け反る。


「お仲間さん。うち、あんたに負けるつもりは無いで。うちなりのやり方で、うちの欲しいもんをひっつ捕まえるつもりや」


「え、ちょ……待って下さい。別にあたしは金髪のこと……」


「ほら、そういうとこやで」


「え?」


「もし、うちが魔王さんに『金髪』なんて言ったら……きっと気分を悪くさせるわ。でもな、あんたは違うんや。あんたの言葉を、この人は気にしてないんよ」


「いや、それは慣れてるからじゃないかなって……思うんですけど」


「かぁぁ、妬かせるなぁ。……その『慣れ』がうちには無いんや。少なくとも、見た感じ魔王さんの中のうちは、きゃんきゃん言いながら寄ってくる犬や。そこら辺の人間は虫とか空気みたいに思っとるやろうから全然マシなんやけど、あんたほど打ち解けてはいないんよ」


 あんたはこの人にとって『人間』なんや。そんなバジルの言葉にリサは驚きながらこちらを見上げた。……正直、我がリサの金髪呼びを許しているのは、慣れの面が大きい。リサの言葉はあまりにも気安く、雑で、尚且つ取り消させることも止めることもできない。最初こそは何度となく修正を口にしたが、今はもうしょうがないとさえ割りきっている。


 それを打ち解けていると表現できるかは議論の余地があるが……確かに、一般と随分違うのは確かだ。そこらの者が同じ口を利いたのならば、我は不快感と共に激しく撤回を迫るだろう。無言の肯定をした我にリサは愕然とした顔をした。

 リサの様子に笑いながら嫉妬を口にしたバジルであったが、すぐに気を取り直して、話を元の路線へ戻す。


「元の話、しようか。うちがあんたに寄ってくるのは、あんたが好きやから。そんでもって、あんたに恩を売……助けたいからや。……それで、あんたが王様と話したのは一体何の話なんや?」


 さも当然、と言った顔で言い放ったバジルであったが……声にはらしくない羞恥があった。微かなそれを感じ取った我は少しだけ安心して、カトラスとの会話をバジルに明かすことにした。もちろん、我の大目標やルゥドゥールの行動についての話を絞った上である。

 我の説明を受けたバジルはぱちぱちと何度も瞬きをした後に、考えるように顎へ手を当てた。


「つまり……あんたは今、魔王の力を失ってて、それを持ってるのが大白狼やから、何とかして倒したいっちゅうことやな?」


「大まかに言えばその通りである」


「……あんた、イカれてるなぁ。分かってはいたつもりやけども」


「……そうか?」


 バジルは大きく頷いた、その目には呆れと期待の両方が混じっていて、我はそれに困惑を返した。


「大白狼とか言う前に、白狼がどれだけヤバイのか知っておくべきや。この国の鍛え上げられた騎士が寄ってたかって十人掛かりでも尻尾掴むのがやっとの魔物やで? そんなのの親玉狙うなんて、頭がおかしいとしか言われへんわ」


「……そうだとしても、やるしかないのだ。我の目標は揺るぎ無い。そこにどれだけの障害や壁があろうと、関係は無い」


 我の言葉に、そうは言ってもなぁ、とバジルは言った。白狼がいかに凶悪な強さをしているのかについて知ったリサは大白狼の力量を推し量り、青い顔で我を見た。


「うちはあんたに手ぇ貸してやりたいけども……うちは傭兵団やない。用心棒はおるけど、それだけや。傭兵雇うにしても、大白狼とやり合うようなアホはこの国には居らんで。頼るとしても白伐ちとかやなぁ……まぁ、白伐ちは国の機関やから、雇うとか出来るわけ無いんやけど」


「……『白い鬼』と呼ばれる白伐ちが居ると、カトラスから聞いた」


 白伐ちの単語を聞いて、我はカトラスの言葉を抜き出した。禁足地にて一人、吹雪に混じって白を斬る。同じ志の仲間にすら鬼と渾名される男であり、ルゥドゥールの恨みと警戒を買う存在である。

 白い鬼の名前を聞いたバジルはどこか苦い顔をする。流石というか、知っていたらしい。


「……白い鬼のトーヴやろ? ……うちはあんま薦められんけどなぁ」


「どうしてだ?」


「あいつ、全然話通じないんよ。うちらのこと全員どうでもいいって本気で思っとるから、こっち見てもくれんし、声かけても全部無視や。……多分、興味が無いんやと思う。あいつは白狼と大白狼のことしか頭に無いんや。そんな気がする」


 鬼の手借りるなんて、危なっかしいで、とバジルは茶化すように言った。だが、その目は中々本気の色であり、件の老人がどれだけ気難しい存在だったのかをありありと表していた。

 ……が、最後の綱であったトーヴさえ切られれば、いよいよ我に勝ち目はない。時間に焦って単身乗り込もうと、勝てる筈がないのだ。話を聞く限り、大白狼のルゥドゥールは人の手に負えぬ化け物である。


 砂漠の亡霊も大概であったが、あれと同程度の面子を集めろと言われれば……正直な話、難しい。あれは途轍もない偶然と、エリーズという規格外の存在による演算、そして限りなく都合のいい状況と流れが組み合わさって、初めて一同に介したのである。


 それをこのアルベスタで……いや、集めた所で意味がない。今回ばかりは相手が特殊すぎる。今回の戦いで求められているのは力量ではなく、“白狼を狩る“力量である。それがなければ吹雪の中をひたすら惑い、狡猾な知恵に惑わされ、あっという間にその胃袋へ体を運ぶことになるだろう。


 とはいえ白伐ちは公的機関……つまるところ騎士や衛兵と立場は変わらぬ。金では決して雇えぬだろうし、そもそも我の言葉に耳を貸すだけの余裕さえ無いのかもしれぬ。

 我はちらりと窓の外に積もりゆく雪を見て、小さくため息を吐いた。


 考えれば考えるほど八方塞がりであり、それを打開する術が無いように思えてくる。それだけならばまだしも、我を八方に塞ぐ壁はゆるゆるとその範囲を狭め、首を絞めてくる。

 故に、話が通じない云々で貴重すぎる戦力を失うわけにはいかないのである。トーヴという老人に関しては、我が何とかするしかないだろう。

 そこまで考えて、我はじっとバジルに向き直った。


「大白狼に関しては、これからどうするか考えていく。この件に関してお前の手を借りることは無いだろうし、そもそもお前は貸すことのできる手が無いであろう」


「……まあ、そうやけど」


「だから――一つ、頼みがある。我らが欲しいのは確かに戦力である。大白狼を打倒し、春を生むにはそれが必要だ。だが、それ以前に必要なものが我には多すぎる」


「……成る程、分かったわ。物やな?」


「そうだ」


 我らの会話に、リサが置いてきぼりを食らってしけた顔をしていた。今回の件に関して、バジルは正直上手く手を貸せはしないだろう。商人のバジルには中々相性が最悪な問題なのだ。

 故にこそ……バジルには、相性が良い問題を解決して欲しい。それはつまるところ、物資面での問題である。


 忘れかけていたが、我らは元々ここへ服を買いにやって来たのだ。服以外にも、買いそろえなければならぬものはいくらでもあるし、払わなければいけない金もある。そして我の寒さへの弱さを克服するためのなにかが必要である。


 バジルがもし我らに手を貸すというのならば、どうかそこに手を差しのべて欲しい。そんな意図を汲み取ったバジルは、ふふん、と鼻を鳴らして勝ち気に笑った。


「ええわ、乗ったる。そこなら、うちらの独壇場や」


「……良いのか? 何度も言うが、我は魔王で、今の我らにはお前たちへの借りを返せる確証がない。それだけ分が悪い賭けであるし――」


「上等や。分が悪い賭けで充分。魔王に手ぇ貸したやろーって後々言われんのは面倒やけど……けど、あんたならきっと、やってくれるはずや」


「……全くもって賭博師であるな」


 うちは商人やって何度も言っとるやろ? 投資みたいなもんや、とバジルは笑って、続けて右手を差し出してきた。形の良い唇が柔らかく揺れて、「勿論、タダやないで?」と笑った。

 その手を取れば、確かにバジルへ貸しを作ることになる。生半可な貸しではない。大きな、大きな貸しである。いずれ何かしらで返すことが確定していて、その手段も考えねばならない。


 我は何度か頭の中で考えた。考えを巡らせた。巡らせて……そうして最後に一瞬だけ迷って、ゆっくりと――その小さな手を握った。


「契約成立って言いたいところなんやけど……これ、ただうちが惚れた弱みであんたに入れ込んどるだけやからな……言いづらいわ」


「それを受ける側の我も、中々に気が不味いのだがな」


 女物の服屋の一室、急ごしらえな面会のテーブル上で……片や世界に名を轟かせる大商人、もう片や遠い未来に名を轟かせてしまった魔王との不思議な契約が、確かに結ばれた。

誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

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