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PUPET - EXAMINATION  作者: ずちなしもの
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Walpurgisnacht #4


 今や傾いた太陽の西日を浴びながら、久しく唐土は身震いに襲われた。

 久しい、と頭で思いながらも体はその感覚をどこか直近の事のように記憶している。その筆舌しがたい不思議な感覚による違和感を噛みしめながら、僅かに痺れた両手の指先を見つめる。

 人々の往来を肌を掠る煽り風で感じ、バーガーショップに至るまでの曲がり角に差し掛かる。

 辻道に面しているバーガーショップに差し掛かり、唐土が木製の扉の取っ手に手を掛けようとしたとき、ふと先ほどからだまりこくっているびっくりアニマルのことが気にかかった。

 元は鯵ヶ原の知人、もとい知猫だというウェリラがこうして姿を消し、テレパシーを送って来なくては存在すら認知できない存在となったこの状況下において、こういった能力を行使する際に必要とされている『観測者』はいったいどういう扱いで構成されているのだろうか。

 まず視認できない以上、誰かに見られて存在証明が確立され、力が十全に使いこなせるというメカニズムでは動いていないような印象を受ける。となると、そもそも自己紹介的に自分は姿を消して壁を透過出来るというテレパシー発言を一方的に唐土に送り付けたという行為そのものに概念としてのウェリラの特性が確定され、唐土がウェリラはそういうびっくりアニマルだと認識していること自体が観測者としての役割を担っているのではないかという可能性が高いと思われる。


「ねぇ、ウェリラ」

『んだよ、人間は一人でごちってると気味悪いもんだろ』

「君って」


「アラ、唐土君じゃない」

 足元に伸びた大柄の人物の影に気付くとほぼ同時に、耳慣れたごついオカマの店主の声が聞こえてきた。

 取っ手に手をかけたまま止まっている唐土を不審がってか、その表情はどこか曇っているようにも見える。

「店長。今日って定休日でしたっけ?」

「何言ってんの、openの札が掛ってるじゃない」

「アレ?」

「変なの。まぁ寄っていきなさいよ。ジュースの一つでも出すわ」

「はい」


 促された唐土は三日前と同じ席に腰かけ、少し値引いてもらったコーラが届くのを待った。

 すると、少しと経たないうちに店の扉が開き、これまた見慣れた鰺ヶ沢が入店してきた。

 

「んん、唐土君。仕事熱心で関心じゃ。注文でも済ませようかね」

 相変わらずのっそりとしている動きだが、注文の流れは以前と比べていくらかスムーズに済ませた。

 刀を机の脇に立て掛け、唐土の向かいに腰かける。

「あらあら、前も思ったけど随分と変わったお友達ねぇ。まさか唐土君のお父さんってことはないでしょう?苗字も鰺ヶ沢さんって言ってたし」

「え、先生。店長に名乗ってましたっけ」

「この方、ここ三日間連続で来てくださってるわよ。ねぇ?」

 店主の問いかけに鰺ヶ沢は頷きで返す。

「ハンバーガーにハマったっちゃんじゃよ」

 

 この容姿でバーガーショップに通い詰めるのもどうかと思うところだったが、鰺ヶ沢がいくらかこの店に馴染んでくれればこの店を待ち合わせにするにおいては都合が良いように思われた。だが、それでもいい大人がハマったっちゃんじゃよ、とはなかなか肌寒いものを感じてならない。


「ところでマスター、ここは喫煙の赦しのある席かい?」

「ほんとは駄目よ。でも、今はお客さんいないからそこで吸っても良いわよ」

「そりゃ有難いのォ」

「はい、唐土君のコーラと鯵さんのヨーグルト照り焼きバーガー」

「どうも」


 そそくさと厨房の方へと引っ込んでいった店主を眼で見送ると、鯵ヶ沢は葉巻を取り出した。


「で、例の猫カフェにでも行ったのじゃろ。何かと成果はあがったんじゃないかの」

「えぇ。情報はいくらか入手しました。店員が見える範囲で常時三、四人。客はペアやおひとり様含めて十人弱が基本ですかね。店にはほぼ確定で人狼がいるとみて間違いないです」


 じっとりとした視線だった。

 滅紫を吹かす鰺ヶ沢はどこか猫の炯眼に似た目つきで唐土をめつけた。


「まるで店員が人狼であると言わんばかりじゃな。…まずは何故、あの店に人狼がいると結論づけたかを訊かねばならんのォ」

「あー……。そういえば、あれですね。収穫という収穫でいえば、言ってしまえばあの猫と話したくらいでした」

「猫、じゃと?」

「ええ。びっくりアニマルのウェリラ……」


 机にあがっていたケースから一本の葉巻が宙に浮き上がった。それが宙でフラットカットされ、滑るように浮きながら移動して隣の席の少し上のあたりで留まった。すると透明に広がったカーテンがなくなるように、空気が揺らめいてその中から一人の大男が姿を現した。

 男は指先で火の玉を出現させると、口から同じく滅紫を吹かす。

 大男の頭髪はどこかの猫のようなキジ白の模様で尖るように逆立っていて、纏っている衣装は部隊俳優のように派手なものだった。耳に開けられた無数のイヤリングとピアスが擦れ合って微かな音を発していて、切れ長に引かれた紫っぽいアイラインと削られたように尖った八重歯がどこか威圧的な印象を放っていた。

 黒いシャツにぶかぶかの羽織ものと鳥の羽そのもののようなマフラーを巻いている大男はホストのような顔に、口がまるごと湾曲するような笑顔を浮かた。


「久しぶりだな、アジ」

「ガラデックスか。この街に居ついたという噂は耳に入れておったが、よもや唐土君と接触するようなことがあろうとはな」

「猫カフェってのは随分と居心地がいいもんだぜ。たまに俺の頭撫でてくる命知らずもいるが、人間ってのは基本可愛いもんだよな。人間大好きさ。面白れぇし、飽きねぇ。それに店にいるだけで食い繋いでいけるってのが得してるような気になれるのが良い」

「はえぇ、ウェリラって結構デカいんだね。まぁ猫の時も割と大きかったけど」

「にゃはは。お前さん、文句言わずにつれてきてくれてありがとな。お礼はしねぇけどヨ」

 

 机に雑魚寝していたウェリラは軽々と身を翻して注文カウンターに向かった。その姿はやはり大きく、端正な顔立ちに似合わず二メートルちかくはありそうな巨躯だった。

 店員の一人である壮年の盛上もりかみに注文を付けた彼はそそくさと元の位置に戻り、今度は態度と姿勢は悪いながらもきちんと椅子に腰かけた。


「積る話はあるが……それはそれ。この時期とならりゃあヴァルプルギスナハトだろ。なんやかやで大騒ぎしてるみたいじゃねぇか」

「大騒ぎ?」

「猫というのはいつの時代も噂好きで好かんのォ。……そうさな。唐土君、儂は儂の方でいろいろと方々に出張っていたんじゃが、なかなかに興味深い話を聞くことが出来た」

「にゃはは。ついでに『殺人ピエロ』と『古美術館の怪絵』も刎ねたんだってなァ。いかれてやがるぜ」

「まぁ、散歩ついでに儀式関連の者らを多少屠りはしたが、そんなことはどうでもいい」

 

 ヨーグルト照り焼きバーガーを咥えながら鰺ヶ沢は人差し指を立てる。


「ヴァルプルギスの夜はまだ終わってはいない。…正確には中断された。何者かの妨害があったんじゃよ。強い力を持った何者かが儀式がもう一息でお開きになるという所で登場し、儀式の参加者の何人かを殺したうえで姿を眩ませた。……儀式に参加していたウィッチたちは一目散に解散し、元の生活に戻っているがやはり儀式をぶち壊されたということで不完全燃焼感はあるようでな。欲求不満な連中は儀式を仕切りなおそうと働きかけようとして自分からわかりやすいアクションを起こす。そういう連中は簡単に殺せるんじゃが、中にはその襲撃者を恐れて潜伏力と警戒心を一層強めた者もいるじゃろうな」

「にゃはは。怖い話だよな。俺なんかつるっとられそうだぜ」

「ヴァルプルギスナハトに参加していたウィッチの殆どはそこまで強い力を持たない者ら故に逃げるに徹するのが大半だったが、中には奮闘して傷を負った者らも多い。好戦的だったり仲間意識の強い者らは率先して報復を画策するじゃろうな」

「それでアクティブになって見つけやすくなれば、いくらかウィッチの特定も楽になりそうですね」

「ああ、それはそうなんじゃが…普段はばらけている連中が徒党を組むと途端に厄介になるからのォ。恩恵もあるが、束になっているウィッチに仕掛けても逃げられてしまうリスクも同時に生まれてしまう。出来ればパペットをもう一人追加して事に当たりたいんじゃが……如何せん、この街に集まっているパペットも恐れているんじゃ」

「何をです…?」


 注文したと思われる焼き立てのスコーンが運ばれてくると、ウェリラは深々とお辞儀してそれを盛上から受け取った。

 

「にゃはは。自覚足りねぇヨ人間。当然、ウィッチ共はパペットの連中がヴァルプルギスの夜を直接襲撃してくることを忌避してぇって思うだろ?そこで厳重に敷いたカモフラージュと仕掛けでひっそりと儀式を終わらせようとしてたのによ、それが突破されて儀式は台無しにされて、お友達もぶっ殺された。だったらまずパペットの仕業と捉えるのが常道ってやつだろ。パペット以外に儀式をぶっ潰して得する奴はいねぇからヨ。そうなりゃ俄然、ウィッチの連中はパペットの襲撃に対してやる気だして逆襲しだすわけよ。言ったら、反撃の準備を奴らなりにするのさ。そーしてのこのこやってきたパペットをつるっと殺すのさ」

「そう。もとよりパペットは報酬のためにウィッチを討伐する一種の暗殺者であり、街の治安を守る保安官でも警察官でもない。以前からウィッチによるパペットへの返り討ちはそれなりに発生していたが、今回の儀式襲撃を受けてウィッチたちの中でパペットに対する反攻意識が一挙に高まってしまった」

「じゃあ、先生も下手をすれば討伐するどころか反撃にあって負けてしまう可能性もあるってことですね」

「追々儀式の仕切り直しするとなればまた亡骸を集めなくてはいけないからな。それをウィッチ狩りに勤しんでいるパペットで補填しようとすれば奴にとっても一石二鳥というわけじゃなァ」

「なかなか、事態がいろいろと動いているようですね」


 一口が小さい鰺ヶ沢はヨーグルト照り焼きバーガーという珍味をゆっくり食べ進める。

 スコーンにかぶりつくウェリラはどこか無邪気で子供っ気があった。


「ところで、先生はその襲撃者について目星は付いていないんですか?」

「目星なぁ…ついとると言えばついとるんじゃがァ。如何せん、なんとも言えないようなうすっぺらい可能性のお話じゃ。あまり、確定的な発言は出来んよ。……しかし、事件現場の写真を見返してもあまりその襲撃者の痕跡というか、派手に暴れ回ったような跡は見受けられんのよな」

「現場に戻ってもう一度確認してみるというのは…?」

「にゃははッ!!お前さんは天然だな。それをしたくないからアジはスマホなんかで写真とって保存してんだよ。単一のウィッチを狙うならまだしも、儀式の現場にそう何度も出向けば目を付けられる。それに、いくら隠蔽能力が薄れた空間とはいえ、そう何度も何度も思い通りに辿りつけるとも限らねぇしな」

「現場の座標でいうとこの店のすぐ近くで確定してるけど、思うように辿りつけるわけではないってこと?」

「そうだろうよ。だって、腐っても秘密の儀式だぜ」

「どーなんじゃろうな。唐土君なら案外辿りつけるかもしれんぞい」

「にゃふ。まぁ、そんなことは良いじゃねぇか。それより、うちの店の人狼ちゃんのことはどうなんだヨ」


 鰺ヶ沢は大湊を鞘からひょいと持ち上げ、器用に手の平の上で転がしてから柄の頭をウェリラの目先に突きつけた。


「ガラデックス。おどれは男や年増の女性にゃ呼び捨てで呼ぶが、年若い女子おなごにゃ必ずちゃんを当てるよな。この店の主人にちゃんが適用されるのか気になるところではあるが、ひとまず猫カフェのスタッフないし客のうち年若い女性が人狼ということになるな」

「にゃはははは!さーてどうかねぇ。俺はいつでも適当なこと言うからなぁ」

「んん。どうだい唐土君。年若いスタッフや客で目のついた者はおったかな?」

「にゃふふふ」


 蕩けそうなほど歪んだ笑みをウェリラが浮かべる理由は実に明瞭だった。


『どーだい……怖くなっただろ?』


 氷が解け、薄まったコーラを喉に流し込む。

「えぇ。一人、心当たりがありますね」

「ほぉ。なら、その者だと何とか特定してもらいたい。それが出来ればあとは拙者が即座に殺してやろう」

「正直、少し気が引けますが……明日にでもまた店に向かいます」

「んん。頼んだぞ」


 満面の笑みを絶やさないびっくりアニマルに視線を移す。

「ウェリラ。……君、僕が殺されそうになったら助けてくれないかな。いや、お礼は先生が後から支払うからさ」

「んー。俺を金で良いように扱えると思ってんならそりゃあご都合主義だぜ?猫は媚るし、猫を被るのが素だが、根っこの所は自由が好きだ。お前さんは見てて面白いが、お前さんが人狼ちゃんに食い殺されても別に『それはそれ』として受け止めるだけさね」

「そっか」

「まぁ別に安心しても良いんじゃねぇかな。あの店にゃ人狼ちゃん以外にもまだ超能保有者はいる。ヴァルプルギスの夜に関係したのは俺を除いてあの店に二人いるってことだな。向こうで意見が合わない限り、適当に客を襲って殺すようなことはしねぇと思うぜ」

 

 もう、ほぼ七飯が人狼だと言っているようなものだった。


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