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舘家の三兄弟  作者: トウリン
女の子サイドSS

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蛍:内緒のいたずら

 そろそろ冬の眠りに就いていた生き物たちが目覚めようとしている、春のある日。

 (ほたる)は二週間後に高校の卒業式を迎えようとしていた。

 卒業後は、聖人(まさと)が通った大学の看護学部に進むことが決まっている。推薦入試で早々に合格してしまったから、半年近く、のんびりした日々を送っていた。


 今日は日曜日で、三月になったばかりとは思えないほど暖かい。朝一番で舘家の朝食を用意して、その後いったん自宅に戻った。珍しく聖人がお休みの日のはずなのだけれども、昨日は当直で、朝食を用意した時にはまだ帰ってきていなかった。


(身体、大丈夫かなぁ)

 蛍の意識は、どうしたって彼のことに向いてしまう。

 聖人からは同じ学校の子たちとの関係を大事にしろと言われているけれど、受験も大詰めになった頃からは同級生の方にそんな余裕がなく、この冬からはやっぱり舘家に入り浸り状態になっている。


(でも)

 気持ち、蛍は頬を膨らませる。

(元々、聖人さんが、勝手に言い出したことなんだし)


 蛍は、自分の意思で彼のことを選んだのに、この気持ちを『刷り込み』みたいなものだなんて。


 聖人が言いたかったことは理解しているし、受け入れもした。

 彼は『オトナ』だし、きっと、蛍のことを想って、彼女の為に、色々なことを考えてくれたのだとは思ったから。

 でも、蛍の気持ちは、蛍のものなのだ。


(わたしは、ちゃんと、解かってるんだから)


 確かに、初めは『憧れ』だったかもしれない。家に入れなくて、暗くなってきた外の世界はとても怖くて、そんなときに手を差し出してくれた聖人に対して抱いた想いは。


 助けてくれた人に対して淡い気持ちを抱くなんて、当たり前のことだと思う。

 でも、それから、聖人の苦しみや悲しみを傍で見て、彼の弱さを――彼にも弱さがあることを、知って。


 憧れが形を変えたのがいつなのかは、今はもうはっきりと判っている。

 奈美が亡くなった時だ。

 凍てつく夜の闇の中で打ちひしがれる聖人を見つけた時、まだ幼かった蛍の胸は、締め付けられた。泣かないでと慰めて、冷えた体を温めて、眠れない目を閉じさせてあげたかった。

 神様のようだと思っていた彼のことを、この手で守りたくてたまらなくなったのだ。


 恋心を自覚しても、聖人にとって自分は『妹』でしかないと思っていたから、想いを表すことはできなかった。それはとても苦しいことだったけれども、知られたら、傍にいられなくなると思っていたから、隠していた。


 だから、想いが通じ合ったときは、とても、嬉しくて。


 ――嬉しかったのに。


「わたしだって、いつまでもコドモじゃないんだからね」

 まだ蛍のことを守ろうとする聖人に向けてブツブツと呟きながら、舘家の玄関の扉を開けた。

 鍵が開いているのだから誰かがいるはずなのに、家の中は静まり返っている。

 蛍は足音を忍ばせてリビングに行った。

 ソファには、誰もいない。

 きっと、賢人(けんと)は留守だ。彼は家にいる時はたいていリビングでテレビの前に陣取っているから。

 優人(ゆうと)は、家にいても自分の部屋に閉じこもっていることが多いから、もしかしたら彼は二階にいるのかもしれない。

 聖人は――もうじきお昼になるけれど、まだ寝ているのだろうか。


 取り敢えず天気もいいし、空気の入れ替えをしようと縁側に向かう。

 と、そこで、蛍は足を止めた。

 陽だまりの中で仰向けになっている聖人を見つけて。


 どうやら帰って来たはいいものの、二階には辿り着けなかったらしい。

 少し迷ってから、蛍は足を進め、聖人の横に膝を突いた。


 よく、眠っている。


 蛍は、しげしげとその寝顔を覗き込んだ。

 徹夜して、仕事が終わったらすぐに帰ってきたのだろう。いつも身だしなみはきっちりしているのに、薄っすらと、不精髭が生えている。

 ちょっと突いたくらいでは、目覚めそうにない。


 束の間思案し、蛍は頭を下げた。


 ほんの少し、触れるだけ。


 そっと、そっと、唇を重ねる。


 身を起こし、やっぱり眠ったままの聖人にホッとしながら、蛍は囁く。

「お仕事、お疲れさま」

 そうして静かに立ち上がり、キッチンに向かった。


 ――ほとんどしない足音が完全に聞こえなくなってから、聖人は目を開けた。

「マジか」

 彼は呻き、両手で顔を覆う。

 蛍が部屋に入ってきたことには、気付いていた。夢うつつではあったが、気付いてはいた。

 聖人は先ほど起きたことを反芻し、しみじみと呟く。

「目を開けなくて良かった……」

 唇が触れ合っただけの、こんなのキスといってもいいのかよとツッコみたくなるような、キスだ。

 ただそれだけのものに、こんなに舞い上がるなんて。

「中学生かよ」

 こぼした声には自嘲が混じる。

 だが、唇が一瞬触れただけであろうが何だろうが、蛍からくれた、キスなのだ。

「ったく」

 思わず、笑いが漏れた。

 彼女のことが、愛おしくて仕方がない。

 聖人は両手を揚げる。

 蛍が彼の上に身を乗り出してきたとき、どれほど抱き締めたいと思ったことか。そして、それを我慢するのに、どれほど自制心を振り絞ったことか。

 ――我慢した甲斐があったというものだ。


 しかし、蛍は聖人が眠り込んでいると信じていたからあんなことをやらかしたわけだが、もしも狸寝入りだったことを知ったら、いったい、どうするだろう。

 きっと真っ赤になって、ワタワタと取り繕おうとするはずだ。

 想像するだに、可愛らしい。


「まあ、バラしたら二度としてくれないよな、きっと」

 そう結論付けて、取り敢えず、もう少しだけ寝たふりをしてからキッチンに向かおうかと、聖人はパタリと両手を落とした。


1年経ってのSSです。

雛姫や唯香も書く予定ですが。

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