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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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57/69

どうして、あなたは

 クリスマス会はつつがなく終わった。子どもたちの反応も良く、成功だったと言ってよいのではないかと思う。


 結局優人(ゆうと)も最後まで残り、片付けを手伝い、気付けば打ち上げの場にまで足を運んでいた。

 先日岩崎と飲んだ時とは違い、打ち上げの会場に選ばれたのは、ずいぶんとやかましい居酒屋だった。座敷だからか開始から一時間ほど経過した今となっては席もぐちゃぐちゃで、その雑然たるさまは不快の域だ。


 クリスマス会に参加していたボランティア部員はせいぜい五、六人。そこにクリスマス会のメインメンバーである数人の看護師が加わり、更に医者が四、五人。総勢十五人がせいぜいというところのはずが、いざ数えてみれば、座敷の中には二十人以上がひしめき合っていた。

 増えた分は、準備にさえもろくに顔を出していなかった十人弱のボランティア部員だ。打ち上げとなったらいそいそと姿を現し、クリスマス会の立役者以上に高い声を響かせていた。その中には散々優人に絡みついてきていたあの二人組もいるが、先だっての会話が功を奏していると見え、彼には目もくれずに研修医を挟みこんでいる。そしてその(くだり)が部員中に知れ渡っているのか、他の者も微妙に遠巻きだ。


 そんな気楽な状況下で、優人は一番端の席に腰を据えて、分刻みでテンションが上がっていく酔客たちを眺めていた。彼が手にしているのは、烏龍茶だ。酔うという状態がどんなものなのかを身をもって知った今では、もう二度と飲む気にはなれない。少なくとも、このメンバーの中ではごめんだった。


 正直なところ、岩崎と飲んだ夜のことは、二杯目を飲み終えるかどうかいうあたりから、ほとんど記憶に残っていないのだ。岩崎にどんな話をしたかも覚えておらず、後日確かめてはみたが、彼はニヤつくばかりでまともに答えてくれなかった。

 岩崎相手ならばともかく、赤の他人の中で、あの状況には陥りたくない。だから、優人は、よほど信頼できる相手とでなければ、アルコールは決して口にするまいと心に決めたのだ。


 酒を飲みたいわけではなく、この騒がしい空気が好きなわけでもない。

 では何故優人がこの場にいるのかと言えば、唯香(ゆいか)に訊かれたからの一言に尽きる。


 片付けが終わった後、軽く首をかしげて「優人さんは行けますか?」と彼女に問われて、彼に断れるわけがない。反射的に頷いて、直後に「しまった」とは思ったが、すぐさま嬉しそうな笑顔を向けられては、返事を撤回することもできなかった。


 そんなこんなで優人はこの場にいて、飲みたくもない烏龍茶をチビチビと口に運びながら、一Paたりとも圧力をかけることなく彼をここまで引っ張り出した元凶、唯香の姿を目で追っていた。彼女は、相も変わらず、酔っ払いの中で甲斐甲斐しく立ち働いている。


 飲み会が始まってしばらくは、唯香も優人の隣で料理に箸を伸ばしていた。いくつか、クリスマス会についての会話も交わしたと思う。だが、酔い潰れた者が出た途端、そちらの方に行ってしまったのだ。


 優人は、それが不満だ。

 別に、一人で放っておかれているからではない。

 彼女がいいように他人に使われているように見えてならないからだ。


 ボランティア部の作業をしている時も多々感じたことだが、こうやって、他の者が勝手気ままに楽しんでいる中で、一人、あちらに呼ばれ、こちらに呼ばれしている唯香を見ていると、どうにも苛々する。


(皆いいオトナなんだから、潰れたなら潰れたで、放置しておいたらいいじゃないか)

 眉間にしわを刻みながら、優人は内心そう独り言ちた。

 今も唯香は、グデグデになっている女子部員をトイレにでも連れて行こうとしているのか、その部員の腕を肩に乗せて立ち上がらせようとしている。明らかに自分よりも大きな身体をしている相手に四苦八苦している彼女に、優人は思わず舌打ちを漏らした。


 納得いかないことこの上ないが、唯香が難渋しているのを黙って眺めていることもできず。

 非常に渋々ながらも優人は立ち上がり、彼女たちのところへ向かう。


「トイレに連れて行くんですか?」

 声をかけ、隣に膝を突くと、唯香が振り向きホッとしたように頬を緩めた。

「はい。気持ち悪いらしくて」

 放っておけばいい、そう言いたいのを喉の奥に押し込めて、優人は無言で腕を伸ばし、彼女から蒼い顔をしている女子部員を引き受ける。抱き上げるほど労力を使いたくはないので、何とか立たせて、歩かせた。


 トイレは男女共用で、中に入るまでは優人がやったが、その先は唯香に任せる。

 廊下で待つことしばし。

 唯香と一緒に出てきた女子部員は、多少マシな顔つきになっていた。彼女を支えて部屋に戻り、座敷の隅に寝かせてやる。

 酔っ払いにコートをかけてやり、他に手助けがいりそうな者がいないことを確かめるように部屋の中を一望してから、唯香はようやく優人の隣に戻ってくる。そうして、冷めきった料理の残りかすのようなものに手を伸ばし始めた。


 中途半端に料理が残った皿を次々綺麗にしていく唯香に、優人は眉をしかめる。

「何か新しいのを頼んだらどうですか?」

「いいですよ、こんなに残ってますし」

 言いながら、唯香は刺身のツマをきれいに平らげた。もちろん、刺身そのものは残っていない。


 優人は唇を引き結び、苛立ちを抑え込もうと、烏龍茶をガブリと一口飲んだ。

 多少鎮まったところで、言う。

「クリスマス会の下準備、半分は藤崎さんがやったようなものだ。あなたが一番の功労者なのだから、この場でも一番労われる立場では?」

 唯香は冷たくなった出し巻き卵に伸ばしかけていた手を止め、キョトンと優人を見返してきた。

「あなたが酔っ払いの世話をする義理はないでしょう。しかも、仕事はせずに、飲み会だけ参加するような輩相手に……放っておいたらいいじゃないですか」

 苛立ちがあからさまに声に出てしまっていたと思う。だが、隠すつもりもなかった優人は、取り繕うことはせずに唯香の返事を待った。


 彼女は一つ二つ瞬きをして、そして微笑む。

「ありがとう。でも、好きでやってることですから」

 それが、不満なのだ。明らかに、唯香が提供しているものに相応しい見返りが、彼女には与えられていない。いいように、彼女の善意が搾取されているようにしか思えない。


 優人はムッと唇を引き結び、提案する。

「あなたは、もっと要求した方がいいのでは?」

「要求? 何をです?」

「だから……」

 こんな損得勘定もできないのかと思いながらも優人が説明を加えようとしたその時、部屋の反対側から唯香を呼ばわる声が届く。


「ちょっと、藤崎さん! この子気持ち悪いみたい!」

「あ、はい。お話の途中でごめんね、優人さん」

 そう言い置いて、唯香はスッと立ち上がり、彼女に手を振る部員の方へと行ってしまう。


(だから、何故!)

 思わず声を上げそうになるのを、優人は烏龍茶をグイグイと飲み干すことで堪えた。


 何がこれほど腹立たしいのか。


(多分、彼女が軽んじられているような気がするからだ)

 周囲の者に、そして、誰よりも唯香自身に。


 優人から離れた場所で、唯香はまた人の世話を焼いている。その様を、彼はジッと観察した。唯香を呼びつけた者は手伝う素振りも見せず、隣に座る研修医らしき男と笑いさざめいている。気に入らない構図だが、唯香自身はこれっぽっちも気にしていない様子だ。


 彼女は人の喜ぶ顔が嬉しいのだというけれど、これは何かが違う気がする。逆に、どうしてそこまで他人を喜ばせようとするのだろう。


(僕なら、もっと彼女を尊重するのに)

 優人は誰かの世話を焼いたことなどないし、焼き方などさっぱり判らないが、それでも、彼なら唯香のことをもっと大事にできるはずだ。彼女は、もっと大事にされて然るべき人なのだから。


 そこで、彼はふと気づく。

(そうか。僕がすればいいのか)

 それは天啓めいた閃きだった。

 他の誰も唯香のことを気遣ってやらないのならば、そしてそれが気になって仕方ないのならば、優人自身が彼女をそう扱ってやればいいのだ。そうすれば、この苛立ちを覚えずに済むに違いない。


 自身のことを気遣えない分、優人が彼女のことを気遣ってやる――そんな状況を想像してみた。やはり具体的なところは思い浮かべることができないが、何となくのイメージを。


(悪くない)

 悪くないどころか、とてもしっくりくる気がする。


 ここに来て初めて、優人は目の前に立ち込めていた暗雲がすっきりと晴れた気分になった。


 差し当たって何をすればいいのかはまだ判らないが、取り敢えず腹の虫は治まった気がする。


(まずは、このくだらない会が終わるのを待とう)

 これまでになく寛いだ気分になった優人は、空になったグラスを置いて、壁に寄り掛かった。


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