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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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あなたの言葉だから

 唯香(ゆいか)が所属するボランティア部の部員は、全部で十八人。大学のクラブ棟の一角にあるその部室は、十畳ほどの広さだ。

 何か催しがあるとき、その準備は主に部室で行うことになるのだが、そこに参加するメンバーはコンスタントにせいぜい五、六人というところ。唯香はほぼ毎日顔を出し、それ以外は、十人弱の部員がそれぞれ手隙の時に参加するらしい。

 では、残りの十人弱ほどは何をしているのだということになるが、彼女らはいわゆる幽霊部員で、飲み会の時しか顔を出さないのだとか。今回のクリスマス会のように、病院ボランティアは研修医と合同で活動するときがしばしばあり、そういう時の打ち上げ狙いらしい。

 取り敢えず、十八人のメンバーが揃うことはまず有り得ず、その広さにその程度の人数であれば、パーソナルスペースが広めな優人(ゆうと)でも、特に窮屈さを覚えることはなかった――つい最近までは。


 優人にとっても意外に居心地が良かったその部室の平穏を破る存在が現れたのは、三日ほど前のこと。


「ねぇねぇ、舘君が持ってるそのパソコンって、すごく高いやつだよね」

 優人が小脇に挟んだモバイルを見て、部員の一人がやけに耳に響く声を上げた。彼女は唯香と同学年の看護学生らしいが、まったく趣が違う。

「あ、私も知ってる。前付き合ってた工学部の彼氏が持ってた。あれは三十万くらいって言ってたけど、舘君のは?」

 彼を挟んで反対側から、また別の女子部員が話を振り込んでくる。


 本当に、ほんの数日前までは、とても落ち着いた環境だったのだ、この部室は。だが、三日前から突然それが打ち破られてしまった。

 その原因は、優人を挟んでひっきりなしに話しかけてくる、この二人だ。

 二人とも、それまでは一度たりとも見かけたことがなかったというのに、何故か突然連日顔を出すようになったのだ。そして何かと彼に絡んでくるから、優人としては、迷惑この上ない。


 今も、黙々と作業をしている唯香が気になり、彼女のところに行って手伝いたいのだが、この二人を引き連れて行けば邪魔になるだけだから、我慢を強いられている状態だ。

 そんなふうに唯香に気を取られていたから、優人は答えたくもない質問にポロリと答えてしまう。

「ねえ、優人君、聞いてる?」

「四十六万」

 無意識に金額を口にした瞬間、両側からステレオよろしく歓声が上がる。

「え、すごぉい!」

「私のの十倍くらいするよ」

「舘君って、岩崎君のお友達なんでしょ? 岩崎君ちって、大きな病院なんだよね」

「やっぱり、類は友を呼ぶんだぁ」

 彼女たちは、むやみやたらとスゴイを連発している。


 優人は、イラっとした。

 唯香の友人だと思えば耐えて口をつぐんできたが、そろそろ限界だ。


「この会話は、今この場で必要なことですか?」

「え?」

 それまでむっつりと黙り込んでいた優人からの自発的な発語に、彼女たちはキョトンとする。そんな二人を冷ややかに眺めやり、彼は続ける。

「僕の所有物がいくらなのかという情報も、僕の友人が誰かということも、この場に不要な情報です。この会話に有用性を見出せません。そもそも、あなたたちが今ここで動かすべきなのは、口ではなく手だと思いますが」

 優人としては明確で揺るぎない事実を口にしたつもりだったが、彼女たちは鼻白んだ顔になる。

「えっとお、あ、そうだ。私、バイトあるんだった」

「私も……」

 二人はじりじりと後ずさり、そして、微妙に引きつった笑顔で手を振りながら部屋を出ていく。


 まるで潮が引くように、鮮やかで速やかな退場。


「何のために来たんだ?」

 結局無駄話だけで姿を消した彼女たちに、優人の口からは、思わずそんな台詞がこぼれる。

 と、クスリと小さな忍び笑いが聞こえた。唯香だ。

 彼女は画用紙に描いた絵を切り抜く手を止めて、愉快そうに優人を見ている。目が合うと、また、笑った。唯香のそれは、べたべたとなすり付けてくるように向けられていたあの二人の笑顔とはまったく違って、どこかホッとする。


 思わず見入る優人に、彼女は軽く首をかしげて言う。

「優人さんがカッコいいから、みんなお友達になりたいんですよ」

「僕が? ……僕と?」

 優人は眉根を寄せた。

 自分の容姿が世間一般の基準と比べて上位にあることは、これまでの人生でも散々言われてきたから、多分そうなのだろうとは思っている。とは言え、そのことに何か意味や利点を感じたことはない。


 が、今、彼は不意に気になった。

「藤崎さんもですか?」

 前置きもなく尋ねた優人に、唯香は目をしばたたかせる。

「え?」

「藤崎さんも、僕のことを『カッコいい』と思いますか?」

 唯香の眼が、泳いだ。

「え、えっと……」


 今まで他人が自分をどう見ているかということなど全く気にしてこなかったが、何故か、彼女がどう感じているのかは非常に気になった。


 珍しく口ごもっている唯香に、優人は歩み寄る。一歩分ほどの距離を置いて立ち止まった。

 ジッと彼女を見つめていると、丸みのあるその頬がじわじわと紅く染まっていく。


(触ってみたい)

 柔らかく温かそうなそれを眺めている優人の中に、不意に、そんな衝動が込み上げた。それは見えない手に背中を押されるような感覚で、彼は肩を強張らせる。

 馴染みのない反応に、優人は困惑に近いものを覚えた。


 と、小さな声が。


「――ますよ」

「?」

「カッコいいと、思いますよ……色々な意味で」

 色々な意味とは、どんな意味なのだろう。

 唯香が考えていることを知りたくて、優人は、つい、質問を重ねてしまう。

「色々とは、どういう意味ですか?」

 唯香の顔が、更に紅くなった。

「ツッコムなぁ、もう……えっと、見た目はもちろんカッコいいですよ。でも、それよりも、ブレない姿勢がカッコいいです。すごく、強い感じで……少し、うらやましい」

「うらやましい?」

「はい。だって、優人さんは何かに影響されたりしないでしょう? 自分は自分っていう感じで」

「でも、そういう面は、社会の中では受け入れられない場合が多いでしょう」

 むしろ、唯香のように、誰とでもうまくやっていける人間の方が需要は高いはずだ。


 優人の言葉を聞いて、彼女はほんの一瞬目を丸くし、そして笑った。

「自覚、あるんですね」

「自分の特性は理解しています。ただ、変える気がないだけで」

「ほら、そういうところ。そういうところが、カッコいいんです」

 また、唯香が言った。


 その言葉を、優人は、もう何度も言われ続けてきた。別に驕るつもりは微塵もないが、彼を評する言葉で一番多いと言っていい。だが、今までそれを嬉しく思ったり、自慢に思ったりしたことは一度もなかった。

 にも拘らず、唯香の声で告げられたその言葉は、恐ろしいほどに優人の心に響く。同じ単語だとは、思えないほどに。


(どうしてだろう)


 いつも、唯香が特別なことばかり言うからだろうか。

 あるいは、――あるいは、唯香自身が特別な存在だからなのだろうか。


 多分、その時の優人の頭はオーバーヒートしていたのだと思う。続いた唯香の台詞に反応するのが、一瞬、遅れる。


「だから、優人さんがうらやましい。わたしは、そんなに強くなれないから」

 彼女の視線はテーブルの上に落ちていて、優人を見てはいなかった。それを再び自分に向けさせたい、その眼の奥にあるものを確かめたいと思いつつ、彼は彼女の言葉を繰り返す。

「……強く?」

「そう、わたしが誰にでもいい顔をするのは、多分、弱いから、なんです」

 そう言った唯香の口元に浮かぶ、自嘲の笑み。

 それは、彼女に似つかわしくないものだった。

 だから、それを消したくて、優人の口が勝手に動く。


「僕は、あなたのそういうところが好きです。あなたのそれは、弱さではないと思う」

 何も考えず、自然とこぼれた、その言葉。

 言った当人も呆然とするが、言われた唯香も目を見開いて固まっている。

 お互い無言で、視線が絡む。


 先に動いたのは、唯香の方だった。

 その眼から翳りが消えて、口元がふわりと綻ぶ。


「ありがとう。わたしも、優人さんの優人さんらしいところが、好きだよ」


 優人はと言えば、多分傍から見たらさぞかし間抜けな顔をしていたことだろう。だが、彼女のその柔らかな微笑みから、視線を逸らすことができなかったのだ。


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