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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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53/69

その気持ちの名前は

「なあ、優人(ゆうと)。お前、兄貴の病院で小児科のクリスマス会の手伝いしてるんだって? しかも、タダ働きで」

 舘家のダイニング、三兄弟と(ほたる)が揃った夕食の席で、ニヤつきながら賢人(けんと)がそう訊いてきた。優人は、彼に目を向ける。

 兄の笑みには何か含みがあるように見え、彼の問いは、単純な事実確認のためだけのものではないように思われた。


 若干警戒しつつ、優人は頷く。

「ああ」

「マジかよ。どうしたんだよ。なんか悪いもんでも食ったのか? ていうか、本番、大雪んなるんじゃんねぇの?」

 大仰に声を上げた賢人は、本気で心配しているようだ。そんな彼の向かいに座る聖人(まさと)が、次兄に負けず劣らず人が悪そうな笑顔を浮かべて割り込んでくる。


「それな、俺が優人にソフトの使い方を教えてくれるように頼んだことあっただろ? あの時に会ったボランティア部の子に誘われて、始めたんだよな」

「そんな前から? てか、もしかしてそれ、女の子か?」

「ああ、可愛い子だよ。な、優人?」

 にんまり笑った聖人を冷やかに見返し、優人は答える。


「……普通」


「何だよ、それ。もうちょっと何か言えないわけ?」

 不満そうな賢人に、優人は脳裏に唯香(ゆいか)の顔を思い浮かべながら答える。

「輪郭はハート型。目ははっきりした二重で大きめ。目尻は下がり気味。鼻は高くないが筋は通っている。唇は小振りでふっくら。髪は柔らかいくせ毛で短い」

 つらつらと特徴を列挙し、これでいいかと優人は賢人を見返した。が、二人の兄は何だか妙な顔をしている。


「兄さん?」

 呼びかけると、ハタと我に返ったという風情で賢人が瞬きし、次いで、眉をしかめた。

「それで、結局、その顔に対してどう感じてるんだよ? その子のこと、どう思ってるわけ?」

「感じる?」

「だから、可愛いとか、綺麗系だとか」

「特には」

 真ん中に盛られた唐揚げに手を伸ばしながら優人が答えると、賢人は呆れたような声を上げる。

「いや、お前がそれだけ人の顔を覚えてるってこと自体驚きだけどさ、その容姿に対して、何か感じるだろ? 例えば、ほら、蛍は可愛い、とかオレの雛姫(ひなき)は超美少女、とか」

「超美少女……」

「え、ちょっと待って、ほら、見てみろよ」

 そう言って、賢人が自分のスマホを突き付けてくる。待ち受け画面は一人の少女の写真だ。

「どうよこれ、めっちゃキレイだろ?」

 優人は目を輝かせている兄を見つめ、写真を見る。確かに、整った顔立ち――一般的に称されるところの『美少女』だ。それは、優人も認める。


「……バランスの良い顔だな」

 一般的に、黄金比に則った目鼻口の配置だと、『美しい』と感じるものだ。兄の彼女の顔は、それにピタリとはまっている。

 つまり、美しいということなのだろう。


 だが、優人の返事に賢人は天を仰ぐ。 

「ああ、もう、なんなの、その乾いた評価! もういいよ、お前なんかに見せるのもったいない。二度と見せてやらないからな!」


 別に頼んでいないのだが。


 心の中でそうツッコミつつ、声に出したらまた面倒臭い拗ね方をするだろうから、優人は黙って肩をすくめるだけにした。そんな彼に、苦笑混じりで聖人が首をかしげる。

「でも、ほら、好みの顔とか、えぇっと、見ていて気分がいいとか、そういうのはあるんじゃないのか?」


 言われて、優人は考える。


 好み、とは、どういうものだろう。

 食べ物の味などなら判るが、ヒトの顔立ちについて好きとか嫌いとか、どういう基準で決まるのだろう。

 五感を使うわけでもないし、数値化もできないものは、判定できそうになかった。


(見ていてどうか、というのは……)

 優人は、唯香と過ごしている時のことを思い浮かべた。


「――見ていて飽きない、とは思う」

「……それはつまり、お前言語で『ずっと見ていたい』ということか?」

 眉根を寄せた聖人に、優人は黙考する。


 見ていたい、というよりも、気付くと見ている、と言った方がいいかもしれない。


 優人がそう答えようとした丁度そのとき、テーブルに置いてあるスマホが鳴った。唯香からのメールだ。

 開いてみるとシンプルな文字だけの文面で、『明日、少し早く始めることにしました。十六時には部室にいます』とあった。

 病院に行くのは唯香の授業が終わってからなので、通常、平日は十七時半に待ち合わせている。いつもよりも一時間半早く始めるわけだが、きっと、その分早く切り上げるわけではないのだろう。

 つまり、いつもよりも長く彼女と作業することになるわけだ。


 スマホを置いて改めて聖人に答えようと顔を上げた優人は、自分に皆の視線が集中していることに気がついた。兄二人も蛍も、彼を凝視している。


「何?」

 問いかけると、賢人がボリボリと頭を掻いた。

「いや、別に? ただ、お前もそういう顔するのね、と思ってさ」


(顔?)

 優人はスマホを手に取り、暗くなった画面に映っている自分の顔を確認してみた。目が二つに鼻が一つ、口が一つ。別に、いつもと同じだ。

 どういう意味だと訊ねようとした優人だったが、それより先に賢人が放った台詞に遮られる。

「ついにお前も彼女持ちかぁ」

 感慨深げに腕を組み、頷いている賢人に、優人は眉をひそめた。

「……彼女?」

「ああ。だろ? ったく、水臭いな。できたならできたって、早く言えよ。いつもの『何ちゃって彼女』とは違うんだろ?」


 その、『何ちゃって彼女』とは何だと言い返したかったが、それよりも聞き捨てならない言葉があって、優人はそちらの方の訂正を優先する。


「彼女は別に『彼女』じゃない」

「はぁ? でも、ほとんど毎日会ってるだろ?」

「手伝うことを約束したから」

「いや、そもそもさ、お前がタダ働きしようって気になること自体がおかしいだろ」

「やってみれば、彼女がそれをする理由が僕にも解かるかもしれないと言われたから」

 そう言われて、唯香が感じているものが自分にも理解できるようになるのならば、とも思ったのだ。

 賢人が、まじまじと優人を見つめてくる。

「だからさ、――……まあ、いいや。つまりそれって、お前がその子のことを好きだってことだろ?」

「僕が?」

 賢人の言葉で、優人は二人の兄を順々に見遣った。


 唯香に関する自分の言動は、彼らがそれぞれの恋人に対して見せるものと同じだろうか。


(いや、違う)

 確かに、唯香といると妙に心地良い。積極的に会いに行こうと思うのは、彼女に対してだけかもしれない。

 だが、兄たちのように、恋人のことを思うだけでニヤけたりはしないし、逢うのを一分一秒心待ちにはしていない。


 そう告げると、聖人と賢人が顔を見合わせた。そして聖人が軽く首をかしげて優人に目を戻す。

「じゃあさ、お前はふとした拍子に彼女のことを考えたりはしていないわけだ」

「ふとした拍子に?」

「ああ。例えば、パソコンの画面から、ちょっと目を放した時とか、風呂でぼんやりしている時とかにさ」


 ……考える、かもしれない。


 それを声には出していないはずだったが、何故か聖人たちには伝わったらしい。

「それは、お前が彼女のことを好きだからなんじゃないのか?」

 重ねて問われて、優人は自分の中を振り返った。


(そもそも、『好き』の定義は何なんだ?)

 どんな思考や感覚のことを、そう呼ぶものなのだろう。

 兄に指摘された通り、唯香は、今まで接してきた女性たちとは明らかに違っている。彼女自身他の女性とは一線を画しているような気がするし、優人の中にある、彼女に対して感じているものも、これまで『付き合って』きた面々とは違う。確かに、優人は、唯香に対して感じるもしくは思うことを、他の者には抱いたことがない。

 だが、それがどんなものなのか、何がどう違うのかを説明しようとしても、できないのだ。

 眉間にしわを刻んで深々と考え込んだが、その曖昧模糊とした代物は、優人には理解しがたいものだった。


「良く、解からない」

 思わず、彼はそう呟いていた。

 呟いて、愕然とする。

 自分の中に自分が理解できないものが居座っているという事態は、優人には受け入れがたいことだった。

 これを理解したい、あるいは、自分がすでに理解しているもののどれかに、分類したい。そうしないと、落ち着けない。


 顔をしかめて固まっている優人に、そっと蛍が呼びかけてくる。

「ねぇ、優人くん」

 目を上げると、蛍は軽く首をかしげて優人を見ていた。


「別に、無理にその気持ち解ろうとしなくてもいいと思うよ?」

「……でも、すっきりしない」

 憮然とそう返すと、蛍は微笑んだ。


「優人くんは、その人といたいと思うんだよね? 楽しいとか、嬉しいとか、心地良いとか」


 多分、それは、そうだ。


 心の中で頷いた優人を、蛍がジッと見つめてくる。彼の中を覗き込むように。


 そして。


「一緒にいて幸せだと思える人ができて、良かったね」


「え?」


(幸せ?)


 眉をひそめた優人に、彼女はまるで我がことのように嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。


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