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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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奇妙な心地良さ

「そのホームページ、作った時から放置してたみたいなんです」

「作った時から……」

 優人(ゆうと)は眉間にしわを寄せてラップトップのモニターを見る。

 つまり、かれこれ十年以上になるようだが。


 今、優人がいるのは、兄の聖人(まさと)が卒業し、現在、彼の友人の岩崎と藤崎唯香(ふじさき ゆいか)が通っている大学だ。大学のサークル棟の一室、ボランティア部の部室で、優人は持参したパソコンの前に陣取っていた。この部屋にも部のものであるデスクトップパソコンがあるのだが、恐らく、ウェブサイトと同じくらい古い代物と思われる。それは、優人には耐えがたいほど性能が低かったのだ。あれでは、とてもではないが作業できない。


 先の台詞は肩越しにモニターを覗き込んできた唯香のものだ。

「時々、部員の誰かがいじろうとして、いっつも挫折してたんです。優人さんが得意で助かりました。なんか、すごくホームページっていう感じになりましたね」

 唯香はいかにも楽しそうに弾む声でそう言った。

 優人はそんな彼女にチラリと目を走らせてから、またモニターに目を戻す。


 ホームページ。


 まあ、確かに、自分たちの活動を世に知らしめるためのパソコン上のウェブサイトのトップページという意味でなら、たしかにホームページと呼んでもよいのだろう。

 だが、優人が手を加えるまでのその画面は、そもそもそのトップページしかなかった。そのページも、お義理程度の数枚の写真と文字の羅列でしかなく、いったい誰が興味を持ってみてくれるんだよ、という代物だった。

 優人の感覚では、とてもではないが、それはウェブサイトと呼べないもので、唯香が属するボランティア部の部室を訪れた時、最初に彼が手を付けたことだった。自分が関与している集団がそんなものを公に晒していることが、耐えがたかったからだ。


 最後の修正に保存を加え、優人は作業を終了する。

 これで、多少は見られるものになったはずだ。


 手を下ろした彼に、横から缶コーヒーが差し出される。見上げると、唯香の笑顔があった。

「お疲れさま」

「ありがとう」

 受け取ると、まだ熱い。まるで買ってきたばかりのようだ。


 唯香には、こういうところがある。丁度良いタイミングで、相手が欲しがるものを提供してくるのだ。

 彼女の活動に優人が参加するようになってからまだひと月ほどではあるが、彼はしばしばそういう場面に遭遇した。彼自身に対してだけでなく、他の者に対してのものも。

 単に場の読みが良いだけなのか、あるいは、それほど常に周囲に気を配っているのか。

 いずれにせよ、気疲れしそうだが、当の本人は全く苦にしていないように見える。


 唯香は椅子を引き寄せ、マウスを操り優人が作り替えたウェブサイトのページを変えていく。

「すごいですね。見ててちゃんと面白いです」

 そう言って、彼女が笑った。相変わらず屈託のないその笑顔から目を逸らし、優人は顎をしゃくる。

「後で写真を替える方法を教えておくから、何かイベントがあったときには変更していってください」

「はい」

 唯香は頷き、次いで、首を傾げた。

「でも、優人さん、毎日ここに来てくれてますけど、いいんですか?」

「何が?」

「その、他の用とか」

「別に、特にすることもないですし」

「でも、ほら、その、彼女とか……こんなに放っておいたら、怒らせちゃいません? ここに誘ったわたしが言うのもなんですけど」


 遠慮がちな風情でそう言ってきた彼女に、優人は肩をすくめる。

「そういう相手はいませんから」

「え、でも、優人さんモテそうなのに。学校とか行ってなくても、普通に道端でナンパされそう」

「面倒なので」

「ナンパされるっていうところは、否定しないんだ?」

 確かに、事実ではあるので否定はしない。今でも、街を歩いていたり、岩崎を出かけた時などにはしばしば声をかけられる。

 だが、高校時代に両手の指の数以上の『彼女』を作った経験から、そういった関係を作ることにはもううんざりしていた。一度たりとも良い思いをしたためしがない。


 相手の方から付き合ってくれと言ってくるのを断ると、邪魔にならないようにするからと懇願されて、断るよりかは付き合ってしまう方が世話がないからと承諾していた。それに、まあ、興味がなくても世間一般で行われていることは経験しておいた方がいいだろうという気持ちもあったのだ。

 そうやって付き合い始めて、最初のうちは相手も嬉しそうにしているが、すぐにそれが変わっていく。


「付き合ってくれと言われて付き合っても、ひと月もしないうちにもういいと言って去っていく。訳が解からない」

 彼女たちの言い分はだいたい同じで、思っていることを口に出しもせずに、何かというと『解かれ』『察しろ』と要求してくるのだ。そして、それが叶えられないと去って行く。同性相手でも似たようなことはあるから付き合いがある友人も数少ないが、女性相手よりはまだマシだ。

 そんなことが繰り返されると、誰かと付き合うという行為は、『どうでもいいこと』からむしろ『忌避すべきこと』になっていった。優人ははなからたいして興味がなかったから、それを苦に思ったことはなかったのだ。


 優人の言葉を聞いて、唯香はしばし首をかしげる。

「えっと、つまり、優人さんの方が振られちゃうんですか?」

「まあ、相手の方から別れを切り出すことをそう言うのなら、そうですね」

 ただし、優人の方に未練は微塵もないが。


 平然としている彼とは裏腹に、唯香は納得がいかなそうに眉根を寄せている。

「なんでなんでしょう」

「さあ」

「理由は教えてくれないんですか?」

「ああ」

 背を向ける前に、皆判で押したように「そんなのいちいち言わなくても判るでしょ」と言ってくる。だが、優人は超能力があるわけではないので、言われないことなど判るわけがない。


 憮然とする優人の隣で、唯香が頷いた。

「そっかぁ」

 そして彼を覗き込み、笑いかけてくる。

「言ってくれなきゃ、解かんないですよね」


 まさに優人の心中を代弁した唯香を、彼は思わず見つめた。

 彼女はいかにも当然、といった風情でそう言ったが、この手の話をすると、彼はいつも、「そりゃ、お前が悪い」と言われてきたのだ。身近な兄弟や友人にも、だ。それに釣られて自分に非があると思うようになることにはならなかったが、それでも――自分に非があると思えなかっただけに、常に釈然としない気持ちが残った。

 延々そんな待遇だったというのにここに来て初めて肯定の言葉を返されて、優人は何だか奇妙な感じだった。


 それを、どう表現したらよいものか。

 目には見えない手触りの悪い何かが取り払われ、代わりに、温かく柔らかなもので包み込まれたような。


 奇妙で、不思議と心地良い、感じだった。


 口をつぐんでいる優人の隣で、唯香が身をよじって机の上に置かれた何かを引き寄せる。

「じゃあ、彼女とかいないんだったら、これ、参加してみませんか?」

 彼に与えた衝撃など気付いたふうもなく、唯香は一枚の紙を差し出した。

「病棟でクリスマス会があるんです。わたしたちは色々前準備とか、当日のちょっとした手伝いとかとか、そういうのをするんです。でも、いつも、手が足りなくて。どうでしょう?」

 まだぼんやりしていた優人は、疑問形に対して反射的に頷いてしまう。

「ああ……」

「手伝ってもらえますか? 良かった」

 嬉しそうな唯香の声で、優人は我に返った。


「ちょっと待った――」

「楽しみですね。あ、優人さんのお家でもクリスマスってやりますか? でも、だいじょうぶです。会は二十四日じゃないですから」

 キラキラと輝く眼差しを返されて、いったい何が言えようか。


「……段取りを教えてください」

 そうとしか答えられなかった優人に、唯香はその目と同じくらいまばゆい笑顔を返してよこした。


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