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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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意味不明な苛立ち

 優人(ゆうと)のもとに岩崎から一通のメールが届いたのは、それから三日後のことだった。

『十九時に指定の場所へ』

 本文はそれだけの情報しかないメールには地図が添付されており、その場所は駅前の繁華街にある居酒屋だった。

 そのメールが届いた時点ですでに十七時を過ぎており。

 優人はすぐにどういうことだと返信したが、それに対する返りはなく、訳が解からないまま時間になってしまった。


 居酒屋という場が好きではないし、このメールだけでは何をするかも、どういう状況なのかも判らない。

 できたら行きたくなかったが、そもそも優人の方から頼んだ手前、すっぽかすこともできず、彼は渋々ながらその場所へ向かった。


 店に着いて通されたのは、奥にある座敷だ。つまり、岩崎一人が待っているわけではないということになるが。


 嫌な予感を覚えつつ、優人は障子の引き戸を開ける。


 と。


「おぅ、来たな」

 まず声をかけてきたのは、もちろん岩崎だ。

 部屋の中には、他にも男女が半々で計十人ほどが。

 そのうちの一人に、優人の眼が勝手に引き付けられる。その一人とは、優人が希望した、藤崎唯香(ふじさき ゆいか)だ。多数の人間の中で埋もれてしまうはずなのに、サッと視線を巡らせただけで彼はすぐに彼女に気がついた。


 唯香は病院で見た時と同じようなジーンズ姿だが、他の者は皆、特に女性はキラキラしい格好をしており、気軽なサークル仲間の飲み会、というふうには見えない。

(これは……)

 多分、合コンというやつではなかろうか。


 部屋の入り口で眉をしかめている優人を、岩崎が呼ぶ。

「何やってんだよ、早く入れって。ああ、こいつ、舘優人。俺の高校時代の友人で、ニートで人と会う機会がないから呼んでやったんだ。ほら、舘、空いてるところに座れって」

 言われて見渡せば、空いている席は一番端の一つだけ――唯香の隣だ。


 優人は、一瞬、このまま踵を返して去ってしまおうかと思った。

 だが、踏み止まる。

 ここで帰ってもモヤモヤが解消されずに残るし、また効率悪く日々を過ごすことになる。それより、さっさと用を済ませて、すっきりしてから引き上げればいいのだ。


 眉間にしわを寄せながら座布団に腰を下ろした優人に、唯香が笑みと共にペコリと頭を下げる。

「こんばんは」

 優人は唯香の様子を窺った。

 彼女の様子は屈託なく、何か彼に対して思うことがあるようには見えない。

「……今晩は」

 そんなふうに挨拶を交わすのはなんとなく妙な気分だったが、少しばかり言葉を探ってみたものの他に応えようもなく、結局優人はそう返した。


 ぎこちない優人をよそに、岩崎が音頭を取って飲み会が始まる。

 場は、騒がしかった。

 だが、こんな空気の方が軽く話が進められるかもしれない。

 優人が隣に目を走らせると、唯香は料理を突いている。


 彼はどう話を切り出そうかと考えた末に、無難なところから始めることにした。

「今日は、病院は?」

 唯香が手を止め、優人を見る。改めて気付いたが、距離が近い。

 優人は気持ち横にずれたが、彼女は彼のそんな動きに気を留めたふうもなくにこりと笑った。

「お休みしました。この会に、どうしても人数が足りないって言われて」

「……好きで参加したわけじゃないんですか?」

「実は、飲み会は、あんまり……や、美味しいもの食べられるから、嫌いなわけじゃないんですけど」


 唯香は口ではそう言ったが、こういう場が好きなようには見えないし、似合いもしない。


(頼まれたら断れない、というやつか?)

 きっと、そうなのだろう。

 だが、唯香の方は単なる人数合わせのつもりでも、他の面々が――特に男側が――そう受け取るとは限らない。


 馴れ馴れしく言い寄られても笑顔で対応する唯香の姿が目に浮かぶ。そこに浮かんでいるのは、最初に会った時に彼が見た、彼女の笑顔だ。

 この間の昼飯時も、唯香は笑顔を大安売りして、声をかけてくる者全員に振り撒いていた。合コンの席であんな態度を取っていたら、男たちはまず間違いなく勘違いする。絶対に。


 彼女が誰かれ構わず笑いかける光景も。

 その笑顔をどこかの誰かが受け取る光景も。


 どちらに対しても、優人は、妙にイラッとした。どうしてなのか解からないが、とにかく、不快だった。


 それが表情に出たのかもしれない。


「舘さん?」

 小首をかしげて覗き込んでくる唯香を、優人は見返した。

 彼女のその眼差しは、駆け引きやおもねりの欠片もない、真っ直ぐなもので。


 誰かにそれを向けるのかと思うと、また、みぞおちの辺りがむかついた。


 そして。


「男漁りをする気がないのなら、来るべきじゃないと思いますが」

 ボソリとそう言ってしまってから、優人は自分の口からそんな台詞がこぼれていたことに気が付いた。一瞬、舌を切り取ってしまいたくなったが、放った言葉が戻るわけじゃない。

 彼は奥歯を噛み締める。

 脳を通さず喋ったこともそうだが、その台詞の内容そのものも優人は我が身から出たことだとは信じられなかった。


 合コンに出ようが何をしようが、唯香の自由だ。優人に彼女の行動について云々言える権利はないというのに。


 案の定、唯香はキョトンと目を丸くしている。

「いや、今のは……」

 優人は失言を謝ろうとしたが、次の瞬間、彼の出鼻をくじくように唯香がパァッと満面の笑みになった。


「もしかして、心配してくれました?」

「え?」

「だいじょうぶ。わたしだって、ちゃんと嫌なことは嫌って言います。断るところは断りますから」

 そう言って、唯香はフフッと笑った。


 その笑顔に、優人の眼が勝手に吸い寄せられる。

 こういう顔なら、いい。この表情は、安心できた。


 気が緩んだ拍子に、また、口が緩む。

「僕はあなたを傷付けましたか?」

 さっきと同様、頭で考えるより先に言葉が口から滑り出て、優人は、それで彼女に通じるはずがなかろうがと己を叱責する。

 無言で優人を見つめている唯香に、彼は気まずく言い足した。

「その、先日の昼食の時、僕が言ったことであなたは妙な顔をしていたから」


 唯香が、目をしばたたかせた。


 そして。


 彼女は笑った。


 それは、初めて会った時に見せたような陽が照るようなものでもない、三度目に会った時に聖人(まさと)の言葉で引き出された、笑顔の筈なのに笑っているようには見えないものでもない、ふわりと、小さな花が綻ぶような笑顔で。


「舘さんは、わたしを傷付けたりなんてしてません」

 唯香は、小さくかぶりを振った。

「わたしがボランティアをする理由……誰かが喜ぶ顔が嬉しいっていうのは、本当のことですよ。それは、舘さんが言うように自己満足なのかもしれませんけど……でも、喜んでくれている人がいるのも、確かなことですから。相手も嬉しい、わたしも嬉しい、需要と供給が合っているっていうことで、万事オッケーって、なりません?」

 翳りのない笑みでそう問われたら、優人は、反論はもとより追加の疑問すら考えられなくなる。


「そうですね」

 彼の肯定に、唯香の笑顔がいっそう明るくなった。そしてそこに、いいこと考えた、と言わんばかりの表情が加わる。

「そうだ、舘さんもやってみませんか?」

「は?」

「病院ボランティアです。やってみたら、どこがいいのか、舘さん自身で解かるかもしれません」


 キラキラと輝く眼差しが迫ってくる。

 優人はボランティアなんて嫌いだ。存在すら認めていない。


 だが。


 唯香のその眼に押され、優人は、三度目に口を滑らせた。

「優人でいいです」

「え?」

「舘では、兄のことを呼んでいるみたいですから」

 唯香の頬で、また、花が綻んだ。

「優人さん。わたしと一緒に、ボランティアをやってみませんか?」


 ――その誘いに、どうして頷いてしまったのか。


 これから優人は何人もの疑問の声を聞く羽目になるのだが、一番腑に落ちないのは彼自身だったのだ。


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