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舘家の三兄弟  作者: トウリン
博愛無私のお姫様

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48/69

興味があるわけじゃない

 どうにも、頭から離れない。

 何がと言えば、あの時の彼女の表情が、だ。

 今も指を動かしつつもいつしかそのことに考えが向いていることに気付き、優人(ゆうと)はパソコンのキーボードにのせていた手を止める。そうしてモニターを見返し、一ヵ所、ミスがあることに気付いた。

 些細な打ち間違いだ。だが、普段は、そんな凡ミスなどしたことがない。

 それを犯した理由は彼自身にも判っているし、その理由が取るに足らない埒もないものであるから、苛立ちもひとしおだ。


 その、理由――優人の集中を削ぐ、記憶。


 かれこれ三日前に目にした藤崎唯香(ふじさき ゆいか)の謎の表情は、未だに謎のままだ。脳裏に残

るそれが、どうにも彼の思考を掻き乱してならない。


 椅子の背もたれに身を預け、優人は、あの時の遣り取りを思い返す。

 唯香がボランティアに参加する動機を、彼は自己満足だと理解した。

 無償奉仕をし、相手が喜ぶ顔を見て、自分も満足する。

 それを『自己満足』と言わずして何と言おう。

 だからそのまま口にしたが、指摘された彼女は、驚いていた。


 ――単に、今まで誰にも言われたことがなかったからだろうか。

 優人は眉間にしわを寄せて考え、かぶりを振った。

 それは違う気がする。

 あの時の唯香は、『驚いた』を通り越して『愕然とした』と称した方がいいような顔をしていた。

「今まで言われたことがなかったことを言われた」程度で、そんな反応は見せないのではなかろうか。何か、唯香自身が気付いていなかった彼女の中の何かをえぐったから、あの顔だったのではないだろうか。


(じゃあ、それは何なんだ?)


 考えても一向に疑問が消えないから、考えれば考えるほど――考えたくはないのに考えてしまうほど、優人は苛々する。

 たった三回顔を合わただけの、しかも挨拶を交わした程度の相手のことなど、さっさと頭から消し去ってしまえばいい。

 そう思うのに、普段なら、どうでもいいことは視界から消えた瞬間になかったことにできる彼の脳みそが、いつまで経っても彼女について考えることをやめてくれない。


「くそ」

 優人は作業を諦め、ファイルを保存する。パソコンを閉じて代わりにスマホを手に取った。登録してある数少ないアドレスの一つにメールを送り、しばし待つ。


 ほどなくして、電話が鳴った。

「よう、ニート。何の用だよ?」

 第一声は、それだった。

 電話の相手は岩崎一美(いわさき かずよし)という男だ。片手の指の数にも満たない優人の友人の一人で、中学生の頃から付き合いがあり、高校を共に過ごし、現在、医学部に通っている。


「ちょっと訊きたいことがある」

「ああ、で?」

 無造作に促され、優人は言葉に詰まった。

 つい、話がしたいとメールを送ってしまったが、いざ切り出そうとすると言いたいことが出てこない。

「舘?」

「……お前が通っているのは兄さんと同じ大学だろう?」

「そうだな。卒業したの、二年前だっけ?」

「多分」

 訊かれても、優人もうろ覚えだ。適当に流して、知りたいことをそのまま口にする。


「お前の大学、病院ボランティアというやつを派遣しているのか?」

「病院ボランティア? いや、派遣っていうか、医学部と看護学部合同のサークルみたいなのはあるようだけどな」

 電話でもちろん表情は見えないが、岩崎が「なんでそんなことを訊いてくるのか」と思っていることはその声から明らかだ。

 この先を続ければ、彼にいいからかいのネタを提供しそうだと思いつつ、優人は言葉を継ぐ。


「そのメンバーのことを知っているか?」

「ボランティアの? まあ、何人かは知ってるが……なんだよ、まさかお前がやろうってわけじゃないだろうな? お前がそんなことを言い出したら日本が沈没するだろ」

「ボランティアには興味はない」

 優人は、きっぱりとそう答えた。


 しばしの沈黙。


 そして。


「――へぇ?」

 にやにやと笑う気配が、伝わってきた。

「ボランティアの活動に興味がないってことは、そこに参加している人間に興味があるってことか?」

「……」

 沈黙は肯定だと受け止められたらしい。

 確かに、ボランティアをしている藤崎唯香のことを訊きたいのは事実だ。もっとも、抱いているのは興味ではなく、疑問だが。

 興味を持つということは、その人物の隅々まで知りたいと思うことだ。だが、優人が知りたいのは自分の言葉が引き出したあの不可解な表情の理由だけであって、それ以上のことは求めていない。

 断じて。

 その理由さえ理解でき、納得できれば、もう二度と彼女のことなど頭に浮かび上がらなくなるだろう。

 ――そのはずだ。


 無言のままの優人に、回線を通して忍び笑いが聞こえてくる。

「お前が、他人に、ねぇ?」

 しみじみとした口調に、そりゃスゴイだかなんだかいうセリフが続いた。

「……」

「メンバーは九割方女子だったと思うが、もちろん、女の子だよな?」

「……性別は」

「何だよ、出し惜しみするなよ。名前は? どうやって知り合ったんだ?」

「兄さんの用で病院に行ったとき、少し……名前は藤崎唯香だ」

 答えてしまってから、ムッと続ける。

「ただ、確認したいことがあるから会う算段をつけたいだけだ。別に、他意はない」

「判りましたって」

 いなすようにそう言った岩崎だったが、やはりそれだけでは終わらせなかった。


「けどな、あれだけ寄ってくる女子を弾き飛ばしてたお前が、お前の方から会いたいとか、ほとんど天変地異ってレベルだろ」

「別に弾き飛ばしていたつもりはない。相手をしていても、向こうの方から離れて行っていただけだ」

「まあ、そりゃ、お前のその愛想も素っ気もない物言いに耐えられる人間はそうはいないだろうさ。お前、高校の頃になんて呼ばれてたか知ってるか? 『氷の魔王』だぜ? しかもかなりガチで」

 苦笑混じりの声。

 そう言った岩崎は、その『優人の物言いに耐えられる希少な人間』のうちの一人になる。

「しかし、ホントに、お前が女の子になぁ。対人スキルが壊滅的な、お前がなぁ」

 まだ信じられないと言わんばかりの彼の呟きに、優人はムスリと返す。

「お前だって大概だろう。付き合いがひと月ともたない上に、別れ際はたいてい揉めるじゃないか」

「おかしいよな。俺だってこじれさせるつもりはないから、ちゃんと最初に『付き合う』わけじゃない、遊ぶだけだって言ってあるんだぜ? なのに、そのうち色々要求してくるようになるんだよな」

 ため息混じりの台詞には、反省の色など微塵もない。


「お前は……」

 今はどうだか知らないが、高校三年間は岩崎の隣から女子の姿が消えたことがなかった。そして、次から次へと変わっていく彼女たちと彼との間に生じる華々しいトラブルを優人が目にしたのは、両手の指の数でも足りないくらいだ。

 にも拘らず、女子は常に岩崎に群がっていたのだが、正直、優人には痛い目に遭うことが判っているのに懲りずに近寄る彼女らの思考が理解できない。

 果たして、この男が誰か一人に本気になるときが訪れるのか。

 もしもその日が来た暁には、さぞや苦労することだろう。というより、苦労すべきだ。

 ――もっとも、優人には、そもそもそんな事態が訪れるとは到底思えなかったが。


 友人の将来に思いを馳せる彼をよそに、岩崎が軽い口調で言う。

「まあ、とにかく、その件は了解したから、ちょっと待ってろよ」

「え?」

 そこで電話は唐突に切れる。優人が問い返す猶予など与えず。


 優人は、ツー、ツー、と静かに電子音を流す手の中のスマホを見つめた。

 今の話の流れで、彼はいったい何を画策するつもりになったのだろう。

 もしかして、兄に話を持ちかけた方が良かったのではなかろうか。

 そんな考えが優人の頭の中をチラリとよぎったが、すでに岩崎に話してしまった以上、今更それをなかったことにはできない。


 妙なことをしでかさなければ良いがと眉根を寄せつつ、優人は電話を置いた。


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