プロローグ
舘家の末子舘優人には、二人の兄がいる。
長兄聖人は全方面に有能な人だ。学生時代は文武両道で鳴らし、今は医者になった。
次兄賢人も、思考回路は短絡的だがまあ根本的なところでは頭も悪くないし、放っておいても人が寄ってくるような人柄のアルファタイプと言えよう。
そんな彼らに優人が勝っているところと言えば頭脳くらいのもので、彼はそれなりに兄二人をヒトとして尊敬していた――ある一点を除けば。
その尊敬できない一点とは、恋愛だ。
彼らはどちらも恋愛方面にはグダグダで、長兄は隣の家の子どもに年単位ですれ違いの片思いだったし、次兄は付き合い始めて三年以上にはなろうというのに微妙に一方通行感のあるベタ惚れ状態だ。彼女たちのことを話すとき、いや、恐らく考えているだけでも、二人の顔はにやけている。
もちろん、この年になるまで優人もそれなりの数の『彼女』がいた。彼女たちとは、優人にとっても彼氏彼女ならではのそれなりのメリット――主に肉体的生理的な――があった。付き合うことでのデメリットの方が遥かに大きいものだったが、まあ、メリットも、あった。
だが、兄二人はそうではない。
確かに、聖人の相手の子は優人も子どものころから知っていて、可愛いししっかり者だし一緒にいて気持ちの良い子だ。
賢人の相手も彼曰く抜群に性格が良くて可愛いくて、しかも、優人は写真でチラリとしか見たことがないが、少なくともスマホの小さな画像で見る限りは、桁外れの美少女だ。
だがしかし。
聖人は相手が八歳年下だから手を出せず、賢人の方はと言えば相手方の保護者の監視の厳しさと、当の彼女の鈍さから、どちらも未だ手を握る程度でとどまっているらしい。
そんな相手と『付き合う』メリットが――彼氏彼女としてお互いを縛るまでするメリットが、どこにあるというのだろう。
優人には甚だ疑問だ。
にも拘らず、聖人も賢人も彼女の為なら何でもするし、彼女たちの笑顔一つで誕生日とクリスマスと正月が一緒に来たような顔になる。たとえ触れられなくても自分のものにしておきたい、彼女が自分のものであると思えるだけでいいのだと、口を揃えて言うのだ。
とてもではないが、優人は二人のようにはなれなかった。
正直、バカみたいだ。いや、実際、バカだと思う。
他に、もっと時間と頭と金を割くことはあるはずだ。
(僕は、多分これから一生、あんなふうにはならないだろう)
今日も今日とて鼻の下を伸ばしている兄二人を頬杖をついて横目で見ながら、優人は思った。
自分の理性に絶対の自信を持っている彼は、間違いなく、一分の揺らぎもなく、そう確信していたのだ――色づいた葉が落ち始めたある晩秋の日に一人の女性と出逢うまでは。




