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舘家の三兄弟  作者: トウリン
難攻不落のお姫様

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42/69

エピローグ

 放課後、日直の仕事を終わらせて教室に戻ってきた賢人(けんと)は、そこに春日(かすが)一人の姿しかないことに眉根を寄せた。職員室に日誌を置きに行っただけだから、ここで別れてからせいぜい十分かそこらしか経っていないはずだが。


「雛姫は?」

 賢人の問いに春日は読んでいた文庫から目を上げて、一呼吸分彼を見つめてから、答える。

「例の、アレ。男子からの呼び出し」

「またか! どこだ?」

「中庭」

 聞くなり窓際に駆け寄って見下ろした。

 賢人たちがいるのは二階で、中庭に面している教室だ。

 人の姿を探せば――いた。が、まだ相手の男だけだ。雛姫の姿はない。


「お前――」

「ねえ、舘君」

 眼下の男子生徒に声をかけようとしたところを止められ、賢人は春日を振り返った。彼女は文庫を机に伏せて軽く首をかしげて彼を見つめている。

「何だ?」

「そうやって、敵を追っ払ってるだけじゃ、何も変わらないんじゃないの?」

「え?」

「雛姫ちゃんに寄ってくる虫を払うばっかで、舘君、雛姫ちゃん本人には何もしてないよね?」

「……」

 春日はジトリと賢人を睨み、黙ったままの彼に続ける。

「美紗ちゃんと仲直りして、雛姫ちゃんがすっかり元に戻ってから、もう一ヶ月も経ったじゃない。なんで何もしないのよ?」

 だらしないわねと言わんばかりの口調で言われ、賢人はムッと眉間にしわを寄せる。彼とて雛姫との距離を詰めたいのはやまやまだが、ままならないあれやこれやが多々あるのだ。


「潮時を窺ってるんだよ」

 ムスッと答えた賢人に、春日がため息をつく。

「そんな悠長にしてると出遅れるよ? 雛姫ちゃん、もう、モッテモテなんだから」

「わかってるよ」

 目をすがめて見つめてくる春日から視線を逸らして、言われなくても、と賢人は胸の内で付け足した。


 本当に、焦ってはいるのだ――こうやって離れているときは。


 それなのに。


 覚醒した雛姫の半端ない威力を持つ、何の陰りもない花が開くような笑みを向けられると、賢人は傍にいられるだけで全てがどうでも良くなってしまう。フィトンチッドでも放出しているのではないかと思うレベルだ。

 だがしかし、その笑顔がこれまた曲者だった。

 残念ながらその笑顔は賢人だけのものではなく、今や万人に、惜しげもなく振舞ってしまうのだ、彼女は。

 あれほど日陰の存在だった雛姫は完全に消え失せ、今の彼女は誰にでも分け隔てなく接し、朗らかで親切で、まさに天使だ。

 髪を切った当初は際立つ容姿が皆の目を引いたが、今ではその笑顔のせいで、雛姫に言い寄る男が後を絶たない。三日と空けずに湧いてきやがる。


(マジで、腹立つ)

 ギリギリと窓枠に爪を立てる賢人の耳に、苦笑混じりの春日のつぶやきが入ってくる。


「聖藍にいたとき無事だったのは、美紗ちゃんがガードしてたからなんだよね。雛姫ちゃんは気づいてなかったけど、結構待ち伏せされたりしてたんだ。でも、美紗ちゃんのブリザード攻撃で撃退されてた」

 そこで彼女はため息をついた。

「だからこそ、詰まんない奴に引っかかったのかもしれないけど」

「詰まんないって、アイツのことか?」

「そ、『かね』何とかって奴。多分ね、美紗ちゃん、雛姫ちゃんに男子が寄ってくることに焼きもち妬いてたんだと思うな」

「木下が雛姫に嫉妬してたって?」


 それはないだろうと思う。

 あれから何度か木下美紗も交えて出かけたりしているが、彼女の雛姫に対する独占欲は相当なものだ。木下がいると、賢人は雛姫の半径一メートルに立ち入ることすらできない。


 思わず笑ってしまった彼に、春日が肩をすくめる。

「そうじゃなくて、『かね』何とかを彼氏だって紹介して、雛姫ちゃんにも自分と同じように、焼きもち妬いて欲しかったんだと思う」

「それって、金谷の方が当て馬だったってことか……」

「そ」

 さっくりうなずく春日に、賢人は少しばかり彼が気の毒になった。雛姫と木下の二人に取り合われるどころか、どちらの視界の片隅にも入っていなかったということになる。


 はは、と賢人が力なく笑うと、春日が睨みつけてきた。

「他人事じゃないよ? それくらい強力なライバルがいるんだから、のんびりしてたらいつまで経ってもこのまんまだよ? わたしは、雛姫ちゃんを元の雛姫ちゃんに戻してくれた舘君を応援してるけど」

 どうするの? と目で問いかけてくる春日から賢人は視線を逸らし、また、中庭を見下ろす。と、ちょうどそこに雛姫が現れた。そわそわと待ち受ける男子生徒に、彼女は軽い足取りで近づいていく。男子生徒は待っていられないというように、一歩、二歩と踏み出した。


 そうやって、彼女に他の奴らが近寄るだけで、賢人はムカつく。

 こんな独占欲が自分の中にあったのかと驚くほど、雛姫のことになると心が狭くなる。惜しげもなく笑顔を振りまく彼女を見るたびに、すっぽり包んで隠してしまいたくなるのだ。彼女が笑うたび、それを見られる喜びと、他の奴らも見ているのだという苛立ちに、気持ちの針が大きく振れる。


 春日が言うように、賢人だってさっさと雛姫を自分だけのものにしてしまいたい。彼も健全な男子高校生だから、自分のものにした彼女に、あれやこれや色々したいと思っている。


 が。


 現状、自分は雛姫の一番近くにいる男で。

 賢人に向けられる雛姫の笑顔は、明らかに、他の野郎どもに向けられるものと、違う。

 彼に向ける彼女のそれはただの笑った顔ではなくて、もっと、こう、なんというか――


(嬉しそう、だ)


 幸せそうで、嬉しそうで、まさに、浮かんだ瞬間光を放つ感じ。

 その特別な笑顔を向けられると悶え死にそうになって、ひっくり返って腹を晒す犬さながらに、もう何でもいい、という気分になってしまうのだ。


(いや、もう、全然良くないんだけど)

 賢人は窓枠に顔を伏せ、深々とため息をつく。

 壁を取り除いたら楽勝だと思っていたのに、なければないで別の問題が生まれるとは。


 と、その時。

「あ」と、隣から小さな声が。


 顔を上げると、いつの間にか隣に春日が立っていた。

「何?」

 眉根を寄せた賢人に、彼女は黙って窓の外を指さす。


 その先では。


「あの野郎」

 呻き、賢人は窓枠に足をかけた。そして、躊躇なく飛び下りる。

 雛姫から二歩ほど離れたところに着地した賢人は、彼女が振り返るよりも早く手を伸ばし、その身体を引き寄せた。今にも雛姫の肩に触れそうになっていた男子生徒の指先は、宙に浮いたままそこに留まっている。背中から抱き締めた雛姫の頭の上から睨みつけると、呆気に取られていた告白野郎はパッとその手を下げた。


「え、と、舘くん……?」

 首を巡らせて振り返りながらの確認するようなその声を無視して、賢人は男子生徒に笑いかけた――威嚇の眼差しのままで。

「あ、えっと、じゃあ、僕は――また今度」

 男子生徒はしどろもどろでそう言うと数歩あとずさり、クルリと身を翻して走り去っていく。

 その姿が校舎の角の向こうに消えるまで賢人は目で追い続け、消えると同時に深々とため息をつく。ついでにまだ雛姫に回したままの腕にぎゅぅと力を入れた。


 まったく、これで何人目だろう。

 校内では一年から三年まで、最近じゃ、登下校の時に声をかけてくる輩もいるらしい。

 最初にその話を聞いた時、家まで送り迎えしたいと言ったら、雛姫には笑って「なんで?」と言われてしまった。まあ、そりゃ、ただのトモダチからそんなことを言われたら、そう返すだろう。隣近所に住んでいるわけでもないのだから。


 友達だから、傍にいられる。

 けれど、友達だから、それ以上傍には行けない。

 変えたくなくて、変えたい、その距離感。


 賢人は雛姫の頭の上でため息をこぼす。

 そのため息と一緒に。


「雛姫が、オレのこと好きならいいのに」


 胸の中でのつぶやきのつもりだったそれは、無意識のうちに声に出ていたらしい。気づかないまま、はあ、と彼がもう一度息をついた、その時。


「好きだよ?」

 雛姫の丸い頭に頬をのせていた賢人は、下から聞こえたその声にパッと身体を起こした。

「えっ!?」

 雛姫の肩に手を置いて、クルリと彼女をひっくり返して真正面から向き合う。目と目が合うと、雛姫はもう一度繰り返した。


「わたし、舘くんのこと好きだよ?」


 この上なく、心外そうな声。


 一瞬、校舎よりも高く舞い上がりそうになった賢人だったが、心の中で自分の肩を叩いた。

(ちょっと落ち着け)


 一つ深呼吸してから、彼女に訊く。

「そっかぁ、で、春日のことは?」

「好き」

 当然、というように、こくり。


 賢人の足は、一気に地面に着いた。


「じゃ、木下のことは?」

「大好き」

 微笑みながら、こくり。


 賢人の肩は、地面に着きそうなほどに、がくんと落ちた。


 明らかにテンションが下がった賢人に、雛姫が眉をひそめる。

「……どうしたの?」

 本当に、解らないのか――きっと、本当に解かっていないのだろう。

 何でもないよと答えかけ、賢人はふと口をつぐむ。

 彼の脳裏に、先ほどの春日との遣り取りがよみがえった。

 新たに出現した壁の最たるものは、賢人の側だけでなく、やっぱり雛姫自身にある。それは、今までのように他人を拒むために意図して彼女が築いたものじゃない。ある意味、彼女が持っていないものとも言えるか。


 ジッと雛姫を見つめれば、「何?」と問うように見返してくる。それはもう、キラキラ光る大きな目で、真っ直ぐに。


(クッ)

 直視できずに、賢人は目を逸らす。

 今の雛姫を守るもの――それは彼女のこの鈍さ、だ。梁川先生も木下美紗も、いったいどれだけ雛姫を純粋培養してきたというのか。


 思わず片手で目を覆った賢人に、心配そうな声がかかる。

「舘くん、だいじょうぶ?」

 手を下ろして彼女を見れば、声と同じく彼を案じる眼差しが。


(これは、特別、か……? それとも、他の奴らと同じ、なのか……?)

 雛姫は、困っていそうな者、具合が悪そうな者、そういう、人の手を必要としていそうな者には、誰にでも声をかける。普通に道を歩いていても、だ。

 今の『だいじょうぶ?』も、それと同じなのだろうか。


(そんなの、いやだ)

 即座に、思った。そして、それが翻ったかのように、言葉が口を突いて出る。

「オレは?」

「え?」

「もう一回聴きたい。オレのことは?」

 雛姫がキョトンと丸くした目を、しばたたかせた。

 次いで蕩けるような甘い笑顔になって。


「好き」


 思わず賢人はその場にしゃがみ込んだ。

「舘くん?」

 一緒になってうずくまり、雛姫は心配そうに彼の顔を覗き込んでくる。


(これで満足するなよ、オレ)

 間近にある大きな目を見返して、賢人は自分に言い聞かせた。


 雛姫の『好き』は、明らかに、賢人の『好き』とは違う。

 にも拘らず、それでも彼女の笑顔と『好き』の言葉は、嬉しい。嬉しくてたまらない。ともすれば、これでもいいかと満足してしまいそうになる。


 だが、ダメだ。

 現状では賢人が立っているのは友達ポジションで、彼が望んでいるのは断じてそれではない。


 賢人は雛姫に手を伸ばし、彼女の頬にかかっている長い髪をそっとよける。そうして、指先をそこに残したまま雛姫の目を覗き込むと、彼女は無邪気この上ない眼差しで見返してくる。

 彼のことを信頼しきって無防備この上ない雛姫に、一瞬、賢人はキスの一つもしてやろうかと本気で思った。

 賢人は雛姫の頬に触れていた手を滑らせて、それを包み込む。もう片方の手も上げて、同じようにした。手のひらを満たす、吸い付くような柔らかさ。

 少しばかり頭を下げると、前髪が触れ合う。


 互いの吐息が感じられるほどの距離まで近づいた時――雛姫が目をしばたたかせた。

「舘くん?」

 どうしたの? という声、眼差し。


 キスしようとしてたんだよと言ったら、彼女はどう返すのだろう。

 真っ赤になって逃げだすか、それとも、どうして彼がそんなことを言いだすのか解らない、という顔になるか。

 後者をやられたら物凄くへこむが、二択のうちどっちになるかと言われたら、そっちの方の気がしてならない。


「舘くん?」

 いぶかしげな響きを含んだ声でまた呼ばれ、彼は深々息をつき、雛姫から手を離す。

 その声が、彼女の反応を何より雄弁に物語っているというものだ。


(まあ、いいよ。しばらくの間は『オトモダチ』でも)

 賢人は膝の間に頭を垂れて、はぁ、と大きく息をついた。と、その時。


「二人とも、何してるの?」

 賢人の背後から、呆れたような声がかけられた。振り返った先に、春日が立っている。


「舘くんが具合悪いみたい」

「雛姫の可愛さに()られた」


 二人から同時に答えが返って、春日は小首をかしげた。微妙に変わった表情から、状況を理解したことが伝わってくる。

 彼女はやれやれというように息をつき、次いで、ふと何かに気づいたように眉根を寄せた。


「そう言えば、前から気になってたんだけど」

 そう言った彼女の目が向いているのは雛姫ではなく賢人の方だ。

「何だ?」

 訊ね返した賢人に向けられた春日の眼差しは、『納得いかないんだけど』と言っている。

「あのさ、雛姫ちゃんは『可愛い』よりも『キレイ』じゃないの?」

 彼女のその台詞に、賢人は即座にかぶりを振る。

「いや、可愛いだろ。まあ、外見はそっち系かもしれないけど、中身は撫で繰り回したくなる系だろ?」

「あぁ……まあね。なんかギュッてしたくなるよね、見てると」

「だろ?」

「えっと、小春ちゃん、舘くん……?」

 おずおずと間に入ろうとする雛姫を無視して春日と二人うんうんとうなずき合っていると、半径五十メートルの気温を五度は下げそうな冷やかな声が天から降ってきた。


「春日さんはともかくとして、君がそれをやったらその手を切り落とすからね、舘君?」

 賢人たちは一斉に声がした方を見上げた。

 まるで餌を待つ燕の雛のようだろう彼らに、二階の窓枠に肘をのせて見下ろしてきている梁川先生はニッコリと笑みを返す。その眼は、賢人と視線が合うと同時にスッと冷えた。


「やあ、相変わらず仲が良いね」

「これからもっと仲良くさせてもらう予定ですが?」

 ヘラッと笑って賢人がそう答えると、梁川の頬がヒクリと引き攣るのが、二階分の距離を隔てていても見て取れた。


「へぇ……あ、そうそう、言い忘れてたけど、その、うちの最高に可愛い妹と付き合うには、お友達と言えども、それ相応の条件があるんだよ」

 やけに『お友達』の部分に力を入れて、梁川はそう言った。


「条件?」

 眉根を寄せて賢人が隣の春日を見ると、彼女も同じように眉をひそめてかぶりを振った。何だろうと思いつつ、彼はまた梁川を見上げる。


「付き合いの長い春日さんはともかくとして、もしも万一舘君と二人きりで過ごすようなときがあるとすれば、平日の門限は六時だ」

「はぁ?」

 そんなの、放課後はほとんど一緒に過ごせないということになるではないか。

 抗議の声を上げようとした賢人を封じるように、梁川が続ける。

「休日は特別に七時まで許そう。電話は九時までだ。そして身体的接触は手をつなぐまで」


 さすがにそこで待ったをかけた。


「ちょっと待って、せめてハグまでは。ハグまでは許可を求める!」

 チッと舌打ちが聞こえた気がした。


 次いで。


「仕方がないな、三秒までは許そう」

「せめて十秒!」

「…………五秒」

 この上なく渋々と、とった風情で、梁川が返してきた。


 雛姫との未来を築くうえで、一番敵に回してはいけない者が、この兄なのだ。あまり粘って接近禁止令でも出された日には、目も当てられない。

 賢人はクッと唇を噛み締め、拳を握ってその条件を受け入れた。

 雛姫を取り囲む人を拒むための壁は崩したものの、まだまだ、前途多難だ。いや、ある意味、これまで以上に厄介なのかもしれない。


 賢人は隣に立つ雛姫を見下ろした。目が合うと、彼女はごくごく自然な笑みをくれる――『友達』に向ける笑みを。


(まあ、いいさ。あとは、これを変えるだけだし)


 長期戦は、覚悟の上だ。

 とはいえ、いつまでも『お友達』でいる気はないからな、と胸の中でつぶやきながら、賢人は屈託のない笑みを雛姫に返した。


雛姫に対してももっとガンガン行くはずだったのですが……

賢人と雛姫が彼氏彼女になれるのは、いったいいつのことになるのやら。

ひとまず次男のお話はおしまい。

次は淡白な三男優人のお話です。

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