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舘家の三兄弟  作者: トウリン
絶対聖域のお姫様

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18/69

……期待?

 駅前のカフェと言っても、チェーン店のものから個人営業のものから、少なくとも五軒はある。

 学生として入りやすいのはチェーン店だろうが、相手が社会人となると個人営業のしゃれた方を選ぶかもしれない。


(まあ、片っ端から廻ってみるか)

 五軒あるが、たかが五軒だ。

 聖人(まさと)がそう思った時だった。


 何気なく巡らせた視界に、求めた姿が飛び込んでくる。

 それは駅に一番近い店舗のテラス席だった。

 満面の笑みの(ほたる)と、その向かいに、聖人の方に背を向けて、もう一人。

 彼女は、舘家ではあまり見せたことのない可愛らしい服装、それに髪型をしていた。

 いつもはTシャツにズボン、それに髪は二つに分けたおさげか下ろしっ放しにしている。今の蛍は、彼女によく似合う淡いピンクのワンピースに、髪は結い上げ何かアクセサリーで留めているようだ。


 いつもと、全然、違う。

 そう思って、聖人は自分を嗤う。

(そりゃそうだ。家事をする格好でデートに来るわけがないだろう)


 と、蛍が、また笑った。

 聖人に向けられているものではない蛍のその笑顔は久しぶりに目にする屈託のないもので、彼の胸がキリキリと痛んだ。聖人は、彼女の笑顔から、それを与えられている男へと視線を動かす。

 蛍の向かいに座るSNSで出会ったという輩は完全にこちらに背を向けているから、顔は全く見て取れない。ただ、男にしては髪が長く、すらりとした背中をしている。


(ああいう優男が好みなのか?)

 ずかずかと大股でそちらに向かいながら、聖人は面白くない気分でそう思った。きっとその顔は、かなり険しいものになっていたのだろう。すれ違う人がギョッとしたようによけていく。


 二人の会話が聞こえるかどうかという距離まで近づいた時、蛍が彼に気付いた。前に座る男に向かって何かを言いかけたところでピタリと固まり、足を緩めることなく近づいていく聖人を凝視する。彼女のその様子に、向かいの男も振り返った。が、聖人は彼に構わず蛍の前に立ち、その腕を掴む。


「お、兄ちゃん、なんで……?」

「お前こそ、何やってんだよ?」

 目をしばたたかせている蛍を引っ張って、立ち上がらせた。

「何って、人と逢って――」

「ネットなんかで知り合った奴と会うとか、ヤバ過ぎるだろう。子どもじゃないんだから、そのぐらい判るだろう!」

 苛立ちで放った聖人のその台詞に、蛍は束の間目を丸くし、そして一転怒りをその眼差しに浮かべて睨み上げてくる。


「わたしのことを子どもだって言ったの、お兄ちゃんじゃない」

「それは! それは――」

 言い淀んだ彼に、蛍は言葉を畳みかけてくる。

「お兄ちゃんはいつだってわたしのこと子ども扱いするくせに!」

「ほたる……?」


 グイ、と彼女が腕を引いて聖人の手を振り払った。今まで聞いたことのない蛍の大きな声に呆気に取られていた彼は、容易にそれを許してしまう。

 蛍は一歩後ずさり、キッと聖人を睨み付けてきた。


「わたし、もう十六歳なんだよ? もう、六歳じゃないんだから! あんな――あんなことされたら、期待しちゃうんだから! 子どもだって思ってるなら、あんなこと、しないで!」

 蛍は息継ぎを入れず一気にそうまくしたてた。


 他の客やら通行人やらがジロジロと視線をよこしてくるが、聖人はそれに構っている余裕などない。

 こんなに声を荒らげた蛍は、初めて見る。こんなに感情をあらわにした彼女も。


 蛍が怒っているのはよく判っているが、息を切らせて頬を紅潮させてキラキラと輝く目を向けてくる彼女を、聖人は無性に抱き締めたくなった。もちろんこんな大通りでそんなことをするわけにはいかないし、そんなことをした日には一層火に油を注ぐことが判りきっていたから、彼は拳を固めて自分を抑え込む。


 自制に精一杯で何も言えずにいる聖人を、蛍は「何か反論は?」とでも言いたげな眼差しでねめつけてきた。


 もちろん、聖人に言い返す言葉などない。


(蛍はもう十六歳で、六歳では――子どもではない。子どもではない蛍に、キスなどするべきではなかった)

 彼は自分自身に彼女の台詞をぶつけ直した。と、その中の一つに、ふと違和感を抱く。


(――期待?)


 何に対して?


 聖人は眉根を寄せてまだ頬を紅くしている蛍を見下ろした。と、そこに、ケラケラと明るい笑い声が割って入る。

 その声の主は、もちろん、聖人をここまで連れてこさせた諸悪の根源だ。


「あんた――……え?」

 バッとそちらに向き直った聖人は、その先に続ける言葉を失った。呆気に取られている彼に、相手がヒラヒラと手を振ってよこす。


「いや、面白いもの見せてもらったわ」

 堪えきれない忍び笑いを残しながら、彼女はそう言った。


 そう、『彼女』だ。目の前に座っているのは、どこからどう見ても、男では、ない。


「ああ、失礼。私は平井克美(ひらいかつみ)って言います。初めまして」

「あ、ええ、俺は――」

「お兄ちゃん――聖人(まさと)さん、でしょう? お噂はかねがね」

 そう言って、またクスクスと笑う。


 克美は半分ほど中身が残っているカップを持ち上げ、飲み干した。そうして立ち上がる。

 テーブルを回った彼女は腰をかがめて蛍と目線を合わせた。


「いい機会じゃない。その調子で全部ぶちまけちゃえば?」

「でも……」

 顎を引いて目を逸らした蛍の頭を、克美がクシャリと撫でる。

「大丈夫大丈夫、きっと悪いようにはならないよ」

 ニッコリ笑った彼女は、また背筋を伸ばして今度は聖人に向き直った。


「この一年、彼女の口から出るのはあなたのことばかりでしたよ。ちゃんと逃げずに向き合ってやってくださいね」

 そう言って、克美はヒールの音を響かせて去っていく。残されたのは、颯爽とした背を見送るしかない聖人と、うつむいている蛍だ。


(これから、どうしよう)

 聖人がチラリと蛍のつむじを見下ろしたところで、おずおずと声がかけられる。

「あの、お客様? 他の方のご迷惑になりますので……」

 店員の顔はにこやかだが、さっさと帰ってくれ、とその眼が何よりも雄弁に語っていた。そっと周りを窺うと、周囲の視線がサッと逸らされる。


「……すみません。蛍、ちょっと、他に行こうか」

 そっと声をかけると、蛍はうつむいたまま声なくうなずいた。


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