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舘家の三兄弟  作者: トウリン
絶対聖域のお姫様

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17/69

日曜の朝の驚愕の出来事

 救急部の勤務は、日勤、夜勤、そして休日で成り立っている。彼らは一週間という単位では動いておらず、したがって、一般の人々が休日である土日に休めるとは限らない。基本的には月単位で勤務日程が決まってくるが、下っ端の聖人(まさと)には、しばしば急な変更がある。確実な日程は、一週間前にならないと定まらない。


 聖人は最新の勤務表で、今日の日曜日が彼の休みとなっていることをしつこいほどに確かめていた。


 これでようやく、(ほたる)との時間を充分に取れる。

 仕事がある日よりも一時間以上朝寝をした聖人は、ベッドの上で身体を起こし、やれやれと息をついた。


 ――『あの夜』から、およそ十日。


 蛍には、微妙に避けられている気がする。いや、気がする、ではなく、恐らく、確実に。

 といっても、露骨に逃げられているわけではない。

 ただ、二人きりになろうとすると、さりげなくかわされてしまうのだ。


(やっぱ、警戒されてんのかな)

 聖人はため息混じりに胸中でつぶやいたが、そうされて当然だという自覚はたっぷりとある。今日だって、前もって予定を訊いて一緒に過ごそうとしたら何か理由を付けて断られるのが判っているから、抜き打ちで吹っ掛けるつもりだ。日曜日、蛍は舘家のことを色々しに来るのが常だから、むしろ前もって何も言っておかない方が捕まえやすいはずだ。

 着替えながら、聖人はそんなことを考える。

 あとは、いつも蛍がやって来る時間――たいていは朝の九時――になるのを待つだけだ。

 今はまだ八時。まだ一時間はある。


(取り敢えず、何を言うべきで何を言わざるべきかを、考えておかないと)

 少なくとも、状態の回復――以前のように警戒されずに傍にいられること、そして、可能であれば事態の改善――彼女のことを子ども、ましてや妹などとは思っていないということを解ってもらうことが、目標だ。

 聖人は幾通りかのシミュレーションを繰り返しながらリビングに行き、コーヒーを飲んで時間を潰す。


 九時になった。


 が、蛍はまだ来ない。


 おかしいな、と思いつつ、聖人は面白くもないテレビを横目で眺めながら更に待った。


 だが、しかし。


 十時になっても彼女の姿は現れず、代わりに腹を掻きながら寝ぼけ顔の賢人(けんと)が階段を降りてきた。

「あれ、兄貴いるんだ。仕事は?」

「今日は休みだよ」

「へぇ」

 気のない返事を寄越しながら、賢人はコーヒーサーバーに向かった。

 聖人はもう一度時計に目を走らせ、さりげなさを装って弟に声をかける。


「今日は蛍がまだ来ないんだけど、何か聞いているか?」

「蛍? ああ、あいつね。今日は午後にならないと来ないんじゃないかな」

「え?」

「人と会うんだってさ」

 思わず聖人は立ち上がって、賢人に向き直った。


「人って、学校の友達か?」

 つい、詮索がましい口調になってしまう。だが、今まで、蛍が日曜日の朝に舘家に顔を出さなかったことはなかったのだ。少なくとも、聖人がいる時は、必ず彼女はここで過ごしていた。

 賢人はすぐには答えず、まず、コーヒーを一口飲んだ。もったいぶった素振りで、ゆっくりと。


 そして、言う。


「SNSで知り合った人」


 一瞬、聖人は弟の台詞が理解できなかった。


「……は?」

 その『は?』は、問い返すというよりも、非難の『は?』だ。

 だが、賢人は、律義に繰り返す。

「SNSで知り合った人」


「聞こえたよ。どういうことだ?」

「どういうことって、だから、SNSで知り合って、リアルでも顔合わせるようになったってことだろ。もう二年近く前からの付き合いだぜ? 兄貴、聞いてねぇの?」

 聞いていない。というか、そんな付き合いがあるどころか、彼女がSNSをしていたことも、聖人は聞いていない。

「何でそんなこと……」

「それって、どうしてSNSなんか始めたのかって意味? それとも、そんなもんで知り合った奴と付き合ってるんだって意味? あるいは両方か? まあ、どっちにしても、ちょっと考えれば判るんじゃないか?」

 そう言って、賢人が唇を曲げるような笑みを浮かべた。


(二年前――って、俺がこの家を出て行ったとき、か?)

 つまり、聖人のせい、なのか。


 愕然とする彼を横目で見ながら、賢人は澄ましてコーヒーを口に運んでいる。

「ま、相手のことは優人(ゆうと)に調べさせたから心配はいらねぇよ。ちゃんとしたところに勤めてるし、ロリコンでもなさそうだし。最初に会いに行ったときは、オレもついていったしな。いい人だったぜ? さっぱりしていて男前で」


 賢人の評価は、やけに高い。

 それを耳に入れているうちに、聖人の胸の中でムクムクと嫌な感じが膨らんでいく。それは彼をひとつの考えに導いた。


(もしかして、そいつが蛍の好きな奴――?)


 思い至った瞬間。

 胸が、むかついた。


「相手は社会人なのか?」

「まあね」

 平然と肩をすくめた賢人の胸倉を、掴み上げてやりたかった。だが、代わりに、もっと建設的かつ今為すべきことをする。


「どこで会ってるんだ?」

「駅前のカフェらしいぜ――って、まさか、兄貴行く気か?」

「ああ」

 ムッツリと答えた聖人に、賢人は呆れ返った顔になった。

「やめとけよ。笑いもんになるのがオチだぜ」

「放っておけるか」

 短く返して、聖人は上着を取りに自室へ向かう。その背中に小さな笑い声が届いたが、それに反応する暇も余裕も、今の聖人にはなかった。


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