ラグナ・ブレイブ・オフライン〜SSSランクゲーマーな俺はドラゴンになって幼女と日本を旅します〜
全裸の黒髪幼女が、そこにいた。
女児誘拐、逮捕。
その文字が脳裏によぎる。
え……、何これ……? 夢? 無自覚なロリコンの俺が見ている夢なのか? それともバーチャルリアリティ映像のエッチな広告か? ちゃんとVRヘッドギア外して寝たよね?
昨日の夜を思い起こす……。
「龍桜刃紅嵐!!」
俺の胸から血飛沫が舞う。血液が天より降り注ぐ。
無数の血の雨。
力ある言葉の魔力によって、雨が剣となり、幾千もの刃が龍の姿を形取る。
そして緋色の龍が、魔物の巨体を引き裂き、貫き、霧散させる。
「ラグブレ最高ぅー! 皆もやれば良いのに」
カッコ良くモンスターを倒した快感に酔いしれ、思わず独り言を呟く。
自分の身体を動かす様に遊べるゲーム、それでこそVRゲーム!
そして俺の理想が詰め込まれたMMO、ラグナ・ブレイブ・オンライン!!
この二つが合わさる事で、俺はゲームの世界で無限に遊べる!
モンスタードロップを確認して上機嫌な俺へと声が掛けられる。
「カイト」
地の底から響く声が俺を呼ぶ。
声の方へ振り返ると、異形の者が煙の様に現れる。
真紅のローブに身を包み、顔は仮面で覆っている為に素顔は見えない。悪魔か死神の様な姿。
「ルシファー! 久しぶりじゃんか! 今まで何してたんだよ、心配したぞ」
眼前に立つ死神アバター、その姿を見て嬉しくなる。
「アクティブユーザーが殆どいなくなっちゃったからね。色々と準備してたのさ」
どこか疲れた様子で答えてくる。やはり高校生の身で、MMOの運営なんて大変なんだな。
「アップデートとかか? そんなもん無くたって、このゲームは最高だぜ?」
俺の中学二年生の夢が詰まったゲームだからな!
俺が思い描いた厨二設定、理想の種族、職業、世界観。
そこにルシファーがストーリーを書き加え、生み出してくれたVRMMO。
百種類を超える無数の職業が存在する大作。ラグナ・ブレイブ・オンライン。
面白いに決まってる。
「アプデ無しなんて訳にはいかないさ。まあ個人運営なんて、最初から無理があったのかもね」
ゲーム製作者が静かに呟く。
二年前のリリースと共に爆発的な大ブレイクをしたラグブレ。
しかし今となってはその栄光もかつての物。ルシファーを中心とする数人のチームで運営したゲームは、他社とのアップデート競争にアッサリと敗北。
僅か半年で衰退してしまった。
「もう俺しか、残ってないもんな……」
ルシファーの言葉を聞き、俺の気持ちも沈んでしまう。
かつては俺とルシファーだけじゃなく、沢山の仲間がいた。彼らは徐々に姿を見せなくなり、やがて疎遠になった。
「落ち込ませてすまない。けど安心してくれ、凄いアップデートを用意したんだ。きっと皆楽しんでくれる」
楽しんでくれるって言っても、まずは戻ってきて貰わなきゃ……。
「君の誕生日に間に合って良かった。明日、期待しててくれよ?」
俺の誕生日……? あぁ、世間では七夕って言うけどな。
「覚えててくれたのか。アプデが誕生日プレゼントってか?」
根っからのクリエイターだな。けど俺にとっちゃ最高のプレゼントとも言える。
「ふふ、そんなところさ。まあ今日のところは夜も遅いし落ちようか。明日も早いんだろう?」
何か意味深な返事だな。確かに明日も早い、学校があるしな。
俺は頷き、メニュー画面からログアウトを選択した。
じゃあなルシファー。明日、楽しみにしてるよ。
素顔の見えないルシファーの仮面を見つめ、俺の意識は現実に引き戻されていった。
VRゲーム用のヘッドギアを外す。
電気の付いていない自室、ベッドに横たわる俺。
広い家に家族はいない。両親は海外、妹は北海道の実家で別居中。
俺一人だけの世界、ゲームと一緒だな……。
暑い……。重い……。
あまりの寝苦しさに意識が覚醒する。
真夏の朝は暑苦しくて堪らない。しかしこの重苦しさは何だ……?
目を開き体を起こそうとする。だが重くて体が持ち上がらない。胸に重さを感じる。
何だ……? 金縛りか……!? だが両手は動く。
視線を自分の胸に向けて状況を確認する。
「ん、んぅ……」
全裸の黒髪幼女が、そこにいた。
回想終わり。
うん、俺はしっかりVRヘッドギア外してるね。つまりコレは現実……。てゆーか枕元にヘッドギア転がってるわ、コンセント抜けてるし。
目の前の幼女がスヤスヤと寝息を立てている。
リアルすぎる小学校低学年らしき幼女。
細くしなやかな黒髪、長い睫毛、ぷにぷにのホッペ。そして一糸纏わぬ姿……。
ゴクリ、唾を飲み込む。
違う! 別に興奮してるとかじゃない。あまりの事態に恐怖しているんだ。
「誰に言い訳しているんだ俺は!!」
「んん〜……」
やばい……、声に出してしまった……! 起きるか? 起きるよな。ヤバすぎるぞ。
ロリコンとして逮捕、牢獄行き、学校は退学。
そして俺がゲーム三昧な生活を送っていた事が報道され、ゲームは性的に悪影響とかマスコミに言われるんだ。
すまない……、全国のゲーマー達……。
幼女が呻きながら目を覚ます。
終わった……。特に何か対策を講じる暇もなく終わった。
「んぅ、お兄ちゃん誰?」
大きな青い瞳に真正面から見つめられ、思わず布団で顔を隠してしまう。
「誰でもありません。あと俺は何も見てないんでお気になさらず」
何を言ってるんだ俺は。誤魔化せるつもりなのか? 醜い悪あがきだ。
布団隠れの術を披露していると幼女がハシャギ始める。
俺の体の上でピョンピョン跳ね始めやがった……!
痛い、痛い、ごめんなさい許してください。悪気は無かったんです、初犯です。むしろ濡れ衣なんです。
だがそんな意思は届く訳も無く、俺はズシンズシンと痛めつけられていく。そして夏の暑さが布団に潜る俺を苦しめる。
「でえい! 暑いし重いわ!!」
布団ごと幼女を跳ね除ける。どーゆー災難なんだコレは……! 今の衝撃で夢から覚めたりしないよな?
「お兄ちゃん誰?」
「…………桐生開斗だ。短い間だろうがよろしくな」
全裸幼女ポルノを見つめ名乗ってしまう。もはや投げやりだ。
「ふーん。私はエル! よろしくねカイト!」
エル……? 目も青いし日本人じゃないのか? いや、それより……。
まだゲームオーバーは早いんじゃないか? 服着せて適当に交番連れてけば何とかなるのでは……?
「ねえカイト! 朝ごはんは?」
エルが小首を傾げて尋ねる様子が可愛らしい。だが残念だったな俺はロリコンじゃない。
多少ぶりっ子されてもーー。いや待て、朝ごはんだと?
閃き。どうにか持て成して上機嫌にさせた後、速やかに帰って貰えば……!
「あぁ、エルちゃん、だっけ? もちろんこれから用意するさ! ちょっとココで待っててね。一歩も動かずに」
急げ俺! とりあえずメシは冷凍をチンしてトーストでも焼けば良い!
問題は服だ。妹の小学生の時の服を見つけろ! 頼む、まだ捨ててないよな? 兄の人生が掛かってるんだ。勝手に部屋漁るけど許してくれ……!
俺は素早くキッチンで朝食の準備をし、留守にしている妹の部屋へと突撃する。
別居中の妹の部屋……、何も無え、スッカスカだ。
タンスを漁るが大して服が残っていない! そもそも普通子供服なんて残さないよね……。下着もダメだ、数枚しか無いし俺の一つ下の妹用じゃサイズが合わないだろう。
待て……、物置部屋のダンボール……! あの中に俺とか妹の子供服残ってたりしないか?
探せ、何としてでも……!
真夏の早朝。クソ暑い中でダンボールひっくり返して、俺は何をやっているんだ……。
「エルちゃーん、服を持ってきたよー」
自室で待つエルに服と下着を放る。疲れた……。
「エル服着なくていー!」
着ろよ……! 頼むから……! 誰の為にわざわざ探したと思っているんだ。まあ俺の為でもあるんだけども。
「頼むよ、着せてやるから……」
自発的に着て欲しかったが仕方ない。大丈夫だ、俺は何もやましい気持ちなんて無い。
「わーい! 着るー!」
すんなりかよ、じゃあ最初から着ろよ。
はーい、バンザーイ。パンツは自分で穿けるかな? よーし広げてあげるから足を通してみよー。わぁー、これでお着替えできたねー。
何故に朝からこんなことを……、つらい……。
「カイトこれ美味しいね!」
白のワンピースに身を包んだエルがジャムトーストを咥えて喋る。妹のおさがりだが似合うな。
「そっかー、良かったねー」
飯の最中に喋るんじゃない、マナーのなってないお子様だ。まあ俺もスマホを弄りながら食べてる訳だが。
くそっ! 朝起きたら裸の幼女がいる時の対処法なんて、調べて出てくる訳無いだろ! 俺の馬鹿!
「エルちゃん、おウチどこかな? なんで俺のベッドにいたの?」
極めて優しく尋ねる。ここで泣かれでもしたら一発アウト、慎重になりすぎて困る事などない。
「知らなーい」
こいつ……! 俺の苦労も悩みも知らずにテキトーな事を……!
「えっと……、じゃあ、交番。お巡りさんの所行く……?」
いや、行かれたら俺がアウトなのでは……!? 自分の愚かしさに言ってから気付いてしまう。
「え、やだー! カイトと一緒が良い!」
助かった……。だがこの後はどうするんだ……?
「とりあえず学校は休むか……」
「え! ダメだよー! ちゃんとお外出ないと!」
くっ! 誰のせいで俺は外に顔向け出来なくやっていると……!
「私……、お巡りさんのとこ行った方が良い……?」
エルが泣きそうな声で訴えてくる。まずい……!
「いや学校に行こう! そうしよう! エルもその方が良いよな!」
「わーい! やったぁー!」
やってしまった……。つい焦りで雑な誤魔化しをしてしまった……。
「ゲームの世界で生きたいなぁ」
快晴の夏空の下。周囲の学生たちが楽しげに通学路を歩く中、俺だけが憂鬱に呟いた。
いや、周囲も楽しげとかでは無い。幼女と手を繋いで歩く高校生を見て、不審げに話しているだけだ。
その不審な高校生は俺なのだが。
「ダメだよー! 朝からそんな事言っちゃ!」
君のせいだぞ? そう意思を込めてエルを見つめる。
ただでさえ俺は学校に行くのが辛いんだ。その上こんな奇異の目を向けられる苦痛。ずっとゲームの中で遊んでいたいと思っても仕方ないだろう。
「カイト……、そんなに見つめちゃ恥ずかしい……」
赤くなるな、変な事を言うな。俺が変な目で見られるんだ!
無視して歩みを進める。
「カイト今日誕生日だから良い事あるよ!」
エルがめげずに語りかけてくる。
そう、今日は俺の誕生日。だがこんな誕生日プレゼントは望んでいない。
いや待て、何故エルが俺の誕生日を知っている?
もしかして、親戚の子とかなのかな……? 後で母さんに連絡してみるか、時差もあるし昼頃とかに。
そんなことを考えている内に校門まで着いてしまった。
「とりあえず……、職員室行くか」
歩きながらエルに話しかけると同時、スマホの着信が鳴る。メールか?
繋いでる手を離してスマホを取り出す。ルシファーからか。何の用だ?
ーーーー
誕生日おめでとう
初期魔力は皆100
ステータスは君基準だよ
プレイヤーの能力はサービスしといたから
ーーーー
何だこれ、アプデ絡みか? それにしても要領を得ないな。サービス……、強くてニューゲームか?
こんな状況でも思わずニヤついてしまう。
途端、体にぶつかる衝撃。手に持っていた鞄を落としてしまい、驚いて前を見る。
「おい、てめえ桐生。いきなりぶつかって来るとは良い度胸じゃねーか」
大柄の先輩、カズさんがそこにいた。そして先輩の取り巻き二人がニヤニヤと笑って見つめている。
「あーぁ、桐生ちゃんやっちゃったねー。てゆーか何この子? 桐生ちゃんもしかしてロリコン? 性犯罪者?」
「マジウケんだけど! カズ君にぶつかるのコレで何度目よー!」
やってしまった……、朝っぱらから不運の連続だ。
男子平均身長の俺からしたら先輩はかなり大きい。まともに相手してはいけない。
「うーわ桐生の奴、また先輩に絡まれてるよー」
「あいつも学習しないなー」
「てゆーかアイツ何女の子連れてんの?」
「え、桐生くんロリコン?」
「暗いとは思ってたけどそーゆー趣味なんだ?」
「キモ〜ひくわー」
周囲の生徒、もといクラスメイト達が俺のを蔑んで笑う。くそ、誰がロリコンだ。俺がお前たちに何をしたと言うんだ。
「すいません先輩。前方不注意でした」
腰を折り曲げてしっかりと謝罪する。見逃してくれよな。
顔を上げると不機嫌そうな強面が見える。
勘弁してくれ、アンラッキーなのはお互い様だろ? むしろ俺の方がアンラッキーだ、同情してくれ。
「ちっ、気を付けろよな」
先輩はそう言って、俺に軽く腹パンを決めて過ぎ去っていく。
「は〜い、気を付けま〜す」
ヘラヘラと愛想笑いする俺、こんな自分が嫌になる。だから学校なんて嫌なんだ。
はぁ……、災難だったな。
瞬間、身体に走る激痛。全身が燃える様な痛み。俺は蹲り、呻き声をあげる。
握っていたスマホが足元に落下し、カツーンと音が鳴る。
何だこれ? やばい、発作? 何かの病気、もしやさっき殴られた衝撃か!? 遅れて来たと言うのか!?
「カイトの事虐めないで!!」
エル!? 何言ってるんだ! やめてくれ! ダメだ、声が出せない……。
カズさんが振り向き、こちらへ戻ってくる。
「おう桐生、てめ何言わしてんだ」
「カイトに謝って!!」
エル、本当にいいから! それより救急車を、救急車を呼んで!
ホントにやばい、特に左眼が凄い痛い。抉られてるんじゃないかって感じだ。
「おら、お前立てよ」
カズさんが胸ぐらを掴み俺を起こしてくる。
それどころじゃ無いっつーの!
思わず先輩を睨んでしまう。
「あぁ? 何睨んでんだよ、顔抑えてんじゃねーよ」
手が振り払われ、痛む左眼で先輩の顔を見る。
俺大丈夫? 流血してない? 苦しんでるのわかるでしょ? 救急車を呼べえ!!
「バ、バケモノ!?」
突如、カズ先輩が叫び俺を突き飛ばす。そしてそのまま後退りし、地を這って逃げていく。
俺は地面に叩きつけられる。痛い。
誰がバケモノだよ。もしかして本当に目から流血なのか? そんなにグロテスクな事態なのか? 頼むから誰か助けてくれ。
ふと身体から痛みが消える。さっきまでの苦痛が嘘だった様に。
いや、マジで何? 痛すぎて痛覚マヒしたのか?
俺は起き上がり、全身をペタペタと触って体の無事を確認する。
「カイト、大丈夫……?」
エルが心配そうな目で俺を見てくる。
「……大丈夫みたいだ。……ありがとな」
先輩はまだ這いずっている。取り巻きの二人も俺を見て狼狽えている。
カズさん達……、何をやっているんだ……。
瞬間、空から爆音が鳴り響く。
うおっ!? ホントさっきから何なんだよ!
音の出所を見る。そこにあったのは紅い稲妻。無数の雷が轟き、雷鳴を響かせ続けている。そして空一面を黒い雲が覆い尽くす。
今日、晴れてたよね? この天気ありえなくない……?
エルが俺の腰にしがみついてくる。
「エル、大丈夫だ。怖くないぞ……、多分」
そう言ってエルの頭を撫でる。
一際眩しく閃く雷。思わず目を閉じる。
目を開き周囲を見渡すと、他の生徒たちがスマホを取り出し写真を撮っている。
俺もやらなきゃ、別に投稿とかしないけど。
落としたスマホを拾い、雷を撮る為に再び空を見る。だがそこにいたのは巨大な人影。
全身を紅く染め上げたローブに身を包み、フードから見える顔に仮面を付けた巨人。
突然の事態に思考が停止する。
いや、頭は回転している。だが追い付かない、理解が出来ない。
巨人の姿、俺はあいつを知っている。
俺は呆然と真紅の衣の巨人を見つめる。
「愚かなる人間どもよ。我は魔王サタン、異世界より来たりし魔王」
地の底から響く様なくぐもった声。
見覚えのある姿、聞き覚えのある声。
サタン? けどあの見た目は……。
「我はこの世界を支配する、だが普通にやっては面白くない。故に貴様らにチャンスをやろう。ステータスオープンと唱えるが良い」
は……? 今何て言った? 異世界から来た魔王が世界を支配する?
だが最後の言葉。それが俺の興味を強く惹きつける。
いや……、言うか? ステータスオープン……。ルシファーの盛大な誕生日サプライズなのでは……? ホログラムだろコレ。
辺りを見回すと叫んでるお調子者が何人かいる。ステータス開いたとか言ってはしゃいでる。
オープンしてしまうのか、ステータス……。本気か?
写真連打してる女生徒もいるし……。ルシファー本人かはともかく、ドッキリだろうな。
「少しは理解して貰えたかな。では人類よ、足掻くが良い。最後に我からチュートリアルを送ろう」
その言葉を最後に真紅の巨人、魔王さんは姿を消した。
チュートリアル? 何のことやら。……俺も言うか? ステータスオープン、周りのハシャギっぷりを見ると俺もやりたくて仕方ない。
けどこれドッキリだろうし、言ったら馬鹿にされるよな。でも開いちゃったら……、これマジなのか……?
そんなことを考えてると突如、周囲に無数の光が灯る。
その光は一瞬で収まり、その光の中から人影が現れる。
現れた人影。緑の体躯、不恰好な四肢、不潔な体。
俺はその姿を知っている。ゲームなら御馴染みのモンスター、ゴブリン。
だがその体躯は小柄では無い、人と同じくらい。だが横幅が大きく無理やり拡大サイズにしたみたいだ。
着ぐるみか……?
モンスター達は動かない。
女生徒たちが黄色い声を上げて写真連打している。俺も撮っとくか。
手に持ったカメラ機能でゴブリンを激写する。
瞬間、俺が撮っていた魔物が動く。
拳を振り上げ、女生徒を殴り飛ばす。
え……?
殴られた女子は数メートルほど吹き飛び地を転がり、奇妙な呻き声を上げる。
彼女を見ると体がくの字に曲がっている。
数秒の間が空き、体がありえない方向に曲がっている事に気付く。
女生徒は動かない。
その場にいる誰もが、その光景を見て静まり返っている。
そして、響き渡る絶叫。生徒たちの悲鳴。
今、何が起きた? 頭では理解している。しかし心が拒否をする。
未だ地面を這いずるカズさんの前にゴブリンが立つ。取り巻きの二人はとっくに逃げ出している。
魔物が笑みを浮かべた様な歪な形相へと変わり、拳を振り下ろす。
グチャリという音が響き、先輩の頭が潰される。
即死……。その事を理解するのに数秒かかる。
生徒は逃げ回り、ゴブリンが追う。その様はまさに地獄絵図だった。
違う……、これはアイツのサプライズなんかじゃない。これは、現実。
魔物が俺へと向かってくる。
まずい……。いやだ、来るな。まだ死にたくない、来ないでくれ。
「来るんじゃねえ!!」
思わず叫んでしまう。言葉なんて通じる筈が無いのに。
目の前にいるのは魔物、人を殺すモンスター。
例えゲームでは最下層のゴブリンでも、俺たち普通の人間からしたら十分に脅威だ。
だがモンスターは予想外の行動を取る。
俺が叫ぶと同時に硬直し、その体を震わせている。
何だ? 怯えているのか? まるで、さっきの先輩みたいに……。
俺が叫ぶと動きが止まる……? いや、睨むと……?
襲われずに済んだことで少しだけ冷静さを取り戻す。エルを、この小さな女の子を守らないと。
「エル! 逃げるぞ!」
手を引いて校舎へと向かう。
だがその道をゴブリンが阻む。
くそ! どきやがれ、邪魔するんじゃねえ!
そう意思を込めて睨む。
俺の思惑通り、魔物はその動きを止めて怯える。
奴らを避けるように間を縫って、校舎入り口へと向かう。
校舎の中、建物の中なら外より安全な筈だ。
玄関まで辿り着き、閉じた扉を押し……。
開かない。
くそ! 先に逃げた奴ら、鍵を掛けやがったのか!? まだ外には人が沢山いるんだぞ!?
いや、俺だって先に逃げてたらそうしたかも知れない。他人を恨んでる場合じゃない。
「カイト!」
「裏口に回る! 大丈夫、ゴブリンは俺を襲えない。校舎に入れなくても、助けが来るまで待てば良いだけだ」
だがその考えは無残にも打ち砕かれる。
あいつら、俺の威圧に慣れ始めた。先ほどまで怯えるだけだった魔物が、少しづつ動いている。
くそ……! まずい、どうする? どうすれば良い……!
瞬間、脳裏に浮かぶ閃き。
魔王、ステータスオープン、チュートリアル、ルシファーからのメール。
これは……、あいつの作ったゲームの世界? いや、そんな筈は無い。あいつがこんな残酷な事をする筈が無い。
徐々にゴブリン達が近付いてくる。
ダメだ、もう考えてる時間がねえ!!
くそ! 出なかったら魔王でもルシファーでもぶっ飛ばしてやる!
「ステータスオープン!!」
突如、眼前に現れる画面。見慣れた光景。
VRMMOラグナ・ブレイブ・オンラインのステータス表示。
ーーーー
ステータス:桐生開斗 Lv1
性別:男
職業:操血の勇者
種族:ハーフドラゴン
HP100/100 MP100/100
筋力100耐久100敏捷100魔力100
アビリティ
『竜の魂』
Lv1……竜眼(威圧、視力強化)
『血液操作』
Lv1……硬化
スキル
・鮮血の斬撃
ーーーー
やはり……、そうだ。多少ツッコミ所があるが間違いない。コレは俺のキャラクターのステータス。
竜の魂を宿した操血者。
「カイト!!」
エルの叫びで顔を上げる。
ステータスを眺めてる間にゴブリンが目前へと迫っている。くそ! 完全に威圧を克服しやがった!
魔物が腕を振るう。
まずい……!
俺はエルを庇う様に抱いて飛び退く。
背中に走る衝撃、激痛。
そのまま地を転がってしまい、右腕を擦りむいて血を流す。
致命傷じゃねえが……。くそ、コレが本当にゴブリンなのかよ? ゲームバランスおかしいんじゃねーか!?
エルが倒れ込む俺へと抱きつき、泣きそうな声を出す。
そんな顔すんな、俺は全然大丈夫だ。
もう逃げる事は出来ない。
俺は泣き叫ぶエルを制止し、立ち上がる。
「エル、そこで座っててくれ。絶対俺の前に出るなよ?」
怖え……。けど怯えるな俺、覚悟決めろ俺!
エルだって俺の為に、あの怖えカズさんに立ち向かってくれたじゃねえか。
勇気を出せ俺。
頼むぞ、成功してくれ。
精神を統一し、息を吸う。
ちょうど腕から出血もしてる、ちょうど良いじゃねーか。
「血液操作! 硬化、赫羽々斬!!」
流れる血液が掌へと集う、身体を襲う虚脱感。
守る。エルを護る。その意志を込めて必死に体を奮い立たせる。
集まる血液がやがて刀身の姿へと固まる。
襲い来るゴブリンを見つめ、右手に剣を構える。
意識を集中しているからか、先ほどまで見切れなかった魔物の拳が見える。
奴らの動きが捉えられる。
体を反らして攻撃を躱す、同時に紅の刃を魔物の腕へと突き立てる。
何の抵抗も無く突き立てるられる血液の刀。それをそのまま斬り抜き、致命傷とさせる。
返り血が飛び散り、魔物が地へと倒れ込む。
ーーレベル2に上昇。ステータスアップーー
突如頭に声が響く。
これ、マジでゲームかよ……。
血を見て興奮したのか、ゴブリンの群れが一斉に襲い掛かってくる。
遅いな。
エルに背を向け、彼女を守る様に戦う。
突き、斬り抜き、斬り上げて、蹴り飛ばす。
負ける気がしない。
当然か、俺が慣れ親しんだゲームキャラだもんな。
ゴブリン程度に、負けてたまるか!
ーーレベル5に上昇。ステータスアップーー
身体に力が漲り、動きが加速する。ステータスアップのおかげなのか……?
襲いくる集団との乱戦を紙一重で躱し、剣撃を放つ。
一匹、また一匹と魔物を始末していく。
ーーレベル9に上昇。ステータスアップーー
気がついた時には、そこに立っている者はただ一人。俺だけだった。
俺の体は脱力し、血液の刃が霧散する。
ふと両腕を前に出し、自分の体を見る。
「はは、血塗れじゃねーか……」
戦いを切り抜けた安堵、全身を襲う疲労感。そして、エルを守りきれた喜び。
様々なものが混じり合う。
疲れた……。突然血みどろスプラッタなんてついていけねーよ……。グロすぎるわ。
俺は膝から崩れ落ち、身体が脱力してフラつく。
「カイト!!」
エルが叫ぶと同時、俺の体が支えられる。
エル……?
エルが小さな体で倒れる俺を支え、そのまま崩れ落ちる。それでも尚、エルは俺を力いっぱいに抱きしめる。
潰さないで良かった。
「エル……、ありがとな」
泣いている少女の頭をそっと撫でた。
雷鳴轟き、紅の稲妻が迸った空の下。とある校舎内。
窓の外を見つめ少年が呟いた。
「魔王、ゴブリン、そして血を操る力……」
言葉を発した少年は静かに笑う。変わりゆく世界を待ちわびたかの如く。