⑽ トラブル再び~エンディング
フミカがそう思った瞬間、突然8分音符のベースを演奏しているシーケンサーが停止しベース音が出っぱなしになった。
驚いたフミカが鏡で後方を見ると、動いているはずのシーケンサーはステップの途中で LED が点いたまま止まっている。
”そんな!
エンディングまでまだ1分近くあるのに... シーケンサーをなんとかしないと...”
フミカは演奏しながら慌てた。
しかし曲の途中でシーケンサーを再起動するには、誰かがもう一度スイッチを押さなければならないし、停止したのが故障のせいならスイッチを押しても無駄だ。
もし再起動できても途中でシーケンサーがスタートしてしまったら、恐らく全員のリズムが狂ってしまうだろう。
”このまま音を出しっぱなしにして、何食わぬ顔で演奏を続けるしかない!”
フミカはそう判断せざるをえなかった。
問題は全員が演奏を終わって音を止めても、シーケンサーのベース音だけが『ブー』っと間抜けにも鳴り続けてしまう事だ。そんな事になったら、せっかく素晴らしいステージが一気に台無しだ。
エンディングまで1分を切ってしまった今、レイナに PA で音を止めてもらう事を伝えるのも不可能だ。
"ステージサイドでは誰か気づいてくれてるだろうか?"
"ああ、でもそんな事、確かめてる余裕はない! どうする???"
考えられる唯一の方法は、エンディングで全員が演奏をやめた瞬間に誰かがシンセユニットに飛びついてボリュームを片っ端から下げる事だ。
少しみっともないけど、感動のエンディングで音が鳴りっぱなしになるよりはマシだろうし、何事もなかったかのような素振りでやれば、気づかない人だっているかもしれないし...
鏡ごしにリサとオミを見ると、やはりシンセユニットの方を気にしている。恐らく二人も同じ事を考えているのだろう。
”とにかく誰かがシンセに飛びつくしかない!”
フミカは覚悟を決めてラストの演奏に入った。
” 残りあと3小節... ”
.
.
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” 2小節... ”
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” 1小節... ”
心の中のカウンターがゼロになり、フミカはラストの鍵盤を押さえた。
" よし! "
と、彼女が椅子から飛び出す態勢をとって中腰になり、鍵盤から手を離そうとした瞬間、何もしていないのにシーケンサーのランプが『フッ』と消え、ベース音は停止した。
曲の終わったホールはリバーブの余韻が消えるとシーンと静まり返った。
ほんの少しの間を置いて会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こり始める。
フミカは放心状態でシンセの方を見て音が止まった理由を悟った。
電子オルガンの陰に座り込んでいたサエコが、手で押さえていたケーブルをエンディングと同時に強引に引っぱって再び断線させたのだ。おかげでシーケンサーが停止し音も止まったのだった。
”サエ師匠ありがとう! さすが師匠です!”
フミカは感激の言葉を独り言のようにつぶやいた。
サエコはちぎれたケーブルを両手に、大きく息をはきながらグッタリとオルガンにもたれかかっている。
我に帰ったフミカはリサとオミの方を見た。大きな拍手の中、二人は茫然と立ち上がる。
目の合った3人は無意識のうちにステージの中央へと歩いて行った。会場の拍手はさらに大きくなり、スタンディングオベーションが始まった。
フミカが徐々に照明の明るくなり始めた会場を見ると、緊張で PA 卓にうつぶしていたレイナが頭を上げ、ニヤッと笑いながら親指を立てて3人に合図した。
3人はステージ中央で何度も挨拶をするが拍手は止まらない。
リサとオミは申し合わせたように後ろへ行き、オルガンの陰に隠れているサエコの手をつかんでステージ中央へと連れて来る。
ほぼ同時にフミカもステージ前方へ行き、PA 卓のレイナに手招きをした。
レイナは少し恥ずかしそうに、顔の前で手を左右に振って断わるしぐさをしたが、親衛隊の子達がレイナに駆け寄ると、彼女の手を引っ張っぱったり、背中を押したりしながらステージに誘導した。
はにかみながらステージに近づいて来るレイナ。フミカは手を彼女の握って、レイナをステージの上へ引き上げた。
拍手と歓声が続く中、5人はにこやかに手をつないで何度も頭を下げて挨拶する。
左からオミ、サエコ、リサ、レイナ、フミカ...
終演の幕が5人の前に降りて来た。幕がステージと客席を遮る直前、フミカの潤んだ目にはホールの時計が目に入った。
午後1時58分をまわった所... 予定時間ピッタリ、いい仕事だ。
LFO の最初の挑戦はこうして終わったのだった。
ーーーーー The End ーーーーー




