⑼ 炎のランナー
レイナの指示を見て、フミカは全身の筋肉が緩んで行くのを感じた。まるで体全体から心地よい音が聞こえてくるような気分だ。ヒーリングの魔法というのは、かけられたらきっとこんな気分なんだろう。
トラブルが起きてから5~6分のはずだから背景の映像の長さも、まだギリギリ足りそうだし...
拍手が徐々に止んで静まる中、フミカは会場に向かって軽く会釈をしながらレイナに軽く微笑むと、ピアノの椅子に姿勢を正して座りなおした。
すぐに、オミの演奏するホルンのようなシンセサウンドが始まる...
ラストの曲『炎のランナー』のスタートだ!
背景のスクリーンにはちょうど走って行く人物たちがスローモーションで映し出されている。
<⭕♫YouTube によるサウンド♫⭕:ラストの曲:炎のランナー>
https://youtu.be/asIHOHR_DvI
深いエコーに包まれたホルンサウンドが終わると、応急処置の完了したシーケンサーが8つの LED を順番にチカチカと点灯させ、8分音符のリズムパターンを演奏し始めるのが譜面台の鏡越しに見えた。
リサがシンバルをマレットのロールでクレッシェンドする中、フミカはゆっくりとピアノの演奏を開始する。
『炎のランナー』は、今回の選曲の中で、もっともクラシカルな技術が要求されるナンバーだ。
元々クラシックのピアノを得意とするフミカにとって、ゆったりした大きなメロディーの隙間を早いアルペジオのパッセージで埋めたり、最初に高い音域で弾いていたメロディーを低い音域で受け継いで弾いたりするといった曲想は、今まで習って来た演奏テクニックの本領を余すところなく発揮できる。
フミカは細部に注意しながらも、ゆったりと体を左右に揺らし、流れるように華麗なピアノを披露した。
シーケンサーが自動演奏する無機質なリズムと情感を込めたピアノの演奏。それは背景に流れる『走る』という機械的動作と人間同士のせめぎ合いというスローモーション映像にマッチして豊かな雰囲気を作り上げていった。
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リズムとメロディーは、うねるように繰り返され、曲は徐々にエンディングに向かって行く。あと少しで思い出深いステージも終演となる。
ラストのメロディーが繰り返され始めた。あとはテーマを2回、メロディー最後の2小節だけを4回、そして伴奏だけになって終わる。
"嫌だなあ、もう終わるの? もう少し弾いててもいいのに...”




