⑵ ステージへ!
ほどなくしてバンドの演奏が終わり、拍手と共に舞台のカーテンが降りて来た。
カーテンが完全に降り切るのを確認したサエコが、
「さあ、行くよ。」
と言いながら早足にステージ中央へ向かう。
さっきまでステージの上の音が大きくて会場は静かだったのに、今は逆にステージ上が静かになってカーテンの向こう側にザワザワとざわめきが聞こえ、不思議な気分だ。
何人ものスタッフがステージに現われたかと思うと、無言で分担した役割をこなして行く。あるスタッフは不要になったマイクスタンドを下げ、別のスタッフはそのマイクにつながっていたケーブルをクルクルと自分の腕に巻き取って行く。
3人が『ハァ~、大したもんだねえ』と感心していると、サエコが、
「じゃあ電子オルガン移動するから手ぇ空いてる人は来て。」
と声をかけた。
すぐさま3人のスタッフがオルガンに駆け寄って来る。リサとフミカもシンセユニットの乗った机に手をかけた。
「このオルガンの上に乗ってる押しボタンのオバケと、そっちの机に乗ってるボリュームのカタマリは派手な色のケーブルでつながってるから足引っかけたりしないように注意して。全員が一緒に持ち上げたらゆっくり平行に動くこと。ケーブルを引っ張っちゃったりしないように! もし何かあったらすぐ声出して。手足を挟まなように気をつけて! それじゃ行くよ! せ~の!」
と合図を出し、オルガンとシンセユニットをステージ左前方に移動させた。
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「OK、あとシンセ類のセッティングは LFO に任せるからよろしく。」
サエコはそう言うと、今度はピアノのマイクセッティングを足ばやに確認しに行った。
「じゃあ私たちもキビキビ行きましょう。オミ、キーボードとシンセユニットを Midi ケーブルでつないだらフミカと一緒にシンセのボリュームセットして。私はドラムの方やるから。」
リサはそう指示しながらドラム椅子に座り、スネアの高さやシンバルの角度を調整し始めた。緊張はすっかり消えたようだ。リサが確認のために時々スティックで軽く叩くドラムの音がステージの床や壁に反射し、少し遅れて耳に届いて来る。
フミカは手早くシンセのボリュームセッティングを終えると、ステージ右側にあるグランドピアノへと移動した。
ピアノの椅子の高さを調整し、譜面台に手作りの譜面を並べると、その横にストップウォッチ代わりのスマホと、後方を確認するための鏡を置く。
鏡にはシンセの状態を確認するオミと、林のように並んだシンバルスタンドの隙間からリサの顔が見える。ピアノを弾いている間は、この小さな鏡がリサとオミを確認するための唯一のモニターだ。
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マイクをセッティングしていたサエコがフミカたちに準備完了の合図を出した。
フミカとオミはシンセ、電子オルガン、ピアノの音を順番に確認する。一つ鍵盤を弾くたびに足元のモニタースピーカーから深いリバーブの付いた音が返って来る。PA のセッティングも完了しているようだ。
3人がサエコの方を振り向いてうなずくとサエコはインカムに向かって、
「ステージ準備できました、PA、照明よろしければ本ベル鳴らします。」
と確認し、ステージサイドの壁ぎわにあるボタンを押した。カーテンの向こう側からブザーの鳴る音が聞こえて来ると同時にステージ側の照明がスーっと暗くなって行く。
ブザーが鳴り終わって数秒するとカーテンの向こう側のざわめきがおさまった。
サエコがスタッフに手で合図を出すと『ウィーン』という無機質なモーター音がかすかに聞こえ、カーテンがゆっくりと上がり始めた。
いよいよ本番だ!




